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第10章 舞踏会の長い夜
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「マティ。綺麗だったぞ」
アロイスはオリヴィエの前に進み出ると、丁寧に頭を下げた。
そして、「マルティーヌ嬢をお返しします」と、マルティーヌの手を兄に託した。
「マティ、どうする。少し休むか?」
このままアロイスの近くにいるのは気まずいから、首を横に振る。
「大丈夫。このまま続けて踊るわ」
「そうか」
オリヴィエは自慢げに妹の手を取り、堂々とホール中央へと出て行く。
すると、二人の周囲からは人がさっと引いていった。
「え? 何があったの?」
「皆、マティの美しさに恐れを抱いたのだろう」
「……それはないわ。わたしはさっきも踊っていたんだから、今さらでしょ」
今度の相手は、ラヴェラルタ騎士団の団長だ。
マルクの存在は知られていないから、彼こそが、恐ろしい魔獣を屠るこの国最強の男だと一般には認識されている。
もし、ぶつかったりでもしたら大変だと誰も近寄らないのだ。
「ははっ。滅多に踊らないが、俺が踊るときはいつもこんな感じさ。広くて踊りやすいからいいだろう? さ、マティ」
促され、ゆっくりと踊り始めた。
オリヴィエがどっしりとした安心感のあるリードをしてくれることもあるが、もう踊ることに身体が慣れて、ぼんやりしていても足は動く。
頭の中では、さっきのアロイスの言葉がぐるぐると回っていた。
彼との未来……は、きっと穏やかだろう。
でも、そこにいる自分の姿が全然想像できない。
彼の瞳の奥に隠されていた甘さと熱には、戸惑いしか感じない。
けれど、彼が目論んだ通り、マルティーヌの心の中は一角どころか大部分を彼が占めていた。
オリヴィエに何度も呼ばれていることにも気づかないほどに——。
「……ティ、…………マティ?」
「あ……ごめん。呼んでた?」
「ああ。せっかくマティとこんな華やかな場所で踊れているのに、上の空なのは悲しいなぁ。何を考えていたんだい?」
茶化したような言葉だが、心配してくれていることは分かる。
でも、アロイスのことは言えない。
自分でもまだ混乱していて、どうしていいか分からない。
それに、彼にあんなことを言われたと知ったら、自分を溺愛する兄がどんな反応をするか、考えただけで怖かった。
「何って……別に、何も」
そう誤魔化すと、兄は声を潜めて言う。
「……ヴィルジール殿下の婚約のことだろう?」
「え? 違うわよ。だ、だから何も考えてないって……ば!」
オリヴィエの推測は間違いだ。
それでも、一旦ヴィルジールの名前を出されてしまうと、さっきまで心の中にいたアロイスは隅に追いやられ、あっという間に彼に占領されてしまう。
息がしづらいほどの重いものに乗っ取られる。
そんな状態であることも兄には知られたくなかった。
「そ、そういえばさっき、殿下のところに行ったでしょ?」
兄の推測に沿って、できるだけ普通を装いながら聞いてみる。
「ああ。御婚約のお祝いに行ってきたんだよ。さすがに、俺らとの関係を考えると、無視してはいられないからな」
兄も妹を気遣ってか、さらりとした調子で言う。
「王族席はどんな感じだったの?」
「挨拶をする人が列をなす状態だったから、流れに乗って簡単にお祝いの言葉を述べただけだ。ヴィルジール殿下ともサーヴァ殿下とも、それ以上の話はできなかったよ」
「皇女殿下は、どんな方?」
「ヴィルジール殿下にとても懐いているご様子だったよ。ヴィルジール殿下とサーヴァ殿下の間に立ってお二方と手を繋がれていたから、微笑ましい感じでね。とても婚約者同士には見えなかった」
さっきの二人のダンスもそんな感じだった。
年の離れた兄妹か、下手をすると親子でもおかしくない雰囲気だった。
それでも、あの小さな女の子がヴィルジールの婚約者なのだ。
「でも、結婚するんでしょ?」
「いずれ……。何もなければ、多分な」
オリヴィエが歯切れ悪く言う。
マルティーヌは踊りながら、王族席にちらりと目を向けた。
一段高い場所にある豪華な椅子には、王太子の姿が見えた。
彼の両隣にいるのは二人の妃だろう。
しかし、ヴィルジールとサーヴァの姿はそこには見えず、挨拶の列も既になくなっていた。
アロイスはオリヴィエの前に進み出ると、丁寧に頭を下げた。
そして、「マルティーヌ嬢をお返しします」と、マルティーヌの手を兄に託した。
「マティ、どうする。少し休むか?」
このままアロイスの近くにいるのは気まずいから、首を横に振る。
「大丈夫。このまま続けて踊るわ」
「そうか」
オリヴィエは自慢げに妹の手を取り、堂々とホール中央へと出て行く。
すると、二人の周囲からは人がさっと引いていった。
「え? 何があったの?」
「皆、マティの美しさに恐れを抱いたのだろう」
「……それはないわ。わたしはさっきも踊っていたんだから、今さらでしょ」
今度の相手は、ラヴェラルタ騎士団の団長だ。
マルクの存在は知られていないから、彼こそが、恐ろしい魔獣を屠るこの国最強の男だと一般には認識されている。
もし、ぶつかったりでもしたら大変だと誰も近寄らないのだ。
「ははっ。滅多に踊らないが、俺が踊るときはいつもこんな感じさ。広くて踊りやすいからいいだろう? さ、マティ」
促され、ゆっくりと踊り始めた。
オリヴィエがどっしりとした安心感のあるリードをしてくれることもあるが、もう踊ることに身体が慣れて、ぼんやりしていても足は動く。
頭の中では、さっきのアロイスの言葉がぐるぐると回っていた。
彼との未来……は、きっと穏やかだろう。
でも、そこにいる自分の姿が全然想像できない。
彼の瞳の奥に隠されていた甘さと熱には、戸惑いしか感じない。
けれど、彼が目論んだ通り、マルティーヌの心の中は一角どころか大部分を彼が占めていた。
オリヴィエに何度も呼ばれていることにも気づかないほどに——。
「……ティ、…………マティ?」
「あ……ごめん。呼んでた?」
「ああ。せっかくマティとこんな華やかな場所で踊れているのに、上の空なのは悲しいなぁ。何を考えていたんだい?」
茶化したような言葉だが、心配してくれていることは分かる。
でも、アロイスのことは言えない。
自分でもまだ混乱していて、どうしていいか分からない。
それに、彼にあんなことを言われたと知ったら、自分を溺愛する兄がどんな反応をするか、考えただけで怖かった。
「何って……別に、何も」
そう誤魔化すと、兄は声を潜めて言う。
「……ヴィルジール殿下の婚約のことだろう?」
「え? 違うわよ。だ、だから何も考えてないって……ば!」
オリヴィエの推測は間違いだ。
それでも、一旦ヴィルジールの名前を出されてしまうと、さっきまで心の中にいたアロイスは隅に追いやられ、あっという間に彼に占領されてしまう。
息がしづらいほどの重いものに乗っ取られる。
そんな状態であることも兄には知られたくなかった。
「そ、そういえばさっき、殿下のところに行ったでしょ?」
兄の推測に沿って、できるだけ普通を装いながら聞いてみる。
「ああ。御婚約のお祝いに行ってきたんだよ。さすがに、俺らとの関係を考えると、無視してはいられないからな」
兄も妹を気遣ってか、さらりとした調子で言う。
「王族席はどんな感じだったの?」
「挨拶をする人が列をなす状態だったから、流れに乗って簡単にお祝いの言葉を述べただけだ。ヴィルジール殿下ともサーヴァ殿下とも、それ以上の話はできなかったよ」
「皇女殿下は、どんな方?」
「ヴィルジール殿下にとても懐いているご様子だったよ。ヴィルジール殿下とサーヴァ殿下の間に立ってお二方と手を繋がれていたから、微笑ましい感じでね。とても婚約者同士には見えなかった」
さっきの二人のダンスもそんな感じだった。
年の離れた兄妹か、下手をすると親子でもおかしくない雰囲気だった。
それでも、あの小さな女の子がヴィルジールの婚約者なのだ。
「でも、結婚するんでしょ?」
「いずれ……。何もなければ、多分な」
オリヴィエが歯切れ悪く言う。
マルティーヌは踊りながら、王族席にちらりと目を向けた。
一段高い場所にある豪華な椅子には、王太子の姿が見えた。
彼の両隣にいるのは二人の妃だろう。
しかし、ヴィルジールとサーヴァの姿はそこには見えず、挨拶の列も既になくなっていた。
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