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第10章 舞踏会の長い夜
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マルティーヌをオリヴィエに任せたアロイスは、窓際に一人たたずむセレスタンの隣に並んだ。
ふうと軽く息をつくと、腕を組んで妹と兄の様子を見ていたセレスタンに横目で睨まれる。
「お前、マティに何か言ったか」
「何か……とは?」
「二曲目の半ばぐらいからだよ。そこからマティの様子がおかしかったんだ。何か余計なことを言っただろう」
セレスタンはある程度「余計なこと」の内容を推測できているようだ。
アロイスはふっと笑う。
「さすがによく見ているんだな。マルティーヌ嬢がヴィルジール殿下のことで沈んでいたから、気を紛らわしてあげただけだよ」
「嘘だ。マティはすごく困っていた」
「……そうだな。困らせたかった」
「やっぱりか! 僕のマティに何を言った!」
音楽が流れているとはいえ、声を荒らげると注目を集めてしまう。
セレスタンが感情に任せて強い魔力をまとえば、魔力持ちの貴族たちに気づかれる。
二人は声と魔力を抑えての冷戦状態となっていた。
そこへ「君たちは踊らないのかな」と声をかけられた。
二人がはっと顔を向けると、そこにいたのはサーヴァだった。
「サ、サーヴァ殿下! この度はおめでとうございます」
「皇女殿下のご婚約、心よりご祝福申しあげます」
セレスタンとアロイスは慌てて姿勢をただし、膝を折った。
先ほどオリヴィエが挨拶に行ったから、もう大丈夫だと油断していたが、そう言えばマルティーヌとダンスをする約束をしていたのだ。
彼はそのために戻ってきたのだろう。
溺愛する妹への祝福にサーヴァは破顔する。
「ああ、ありがとう。急なことで驚かせただろう」
「確かに驚きましたが、この夜にふさわしい慶事でございました」
「そうか」
「ところで、皇女殿下はどちらにいらっしゃるのですか。姫殿下にもお祝いを……」
セレスタンがあたりを見回した。
少し離れた場所に側近らしき姿は見えるが、姫の姿はない。
「舞踏会は本来は大人のためのものだろう? 子どもはもうとっくに休む時間だから、部屋に行かせたよ。それにしても、こんなことになるなら、ルフィナにもっと上等なドレスと宝飾品を準備しておくんだったよ」
「それは、どういった……?」
今日の婚約発表が、予定になかったような口ぶりだ。
「ルフィナのやつが、アダラール王太子殿下の社交辞令を真に受けてしまってな。急遽、婚約発表をすることになったんだよ。まったく、あの子の我儘にも困ったものだ」
そう言いながらもサーヴァは満足そうに笑う。
「社交辞令……ですか?」
「ああ。今回の舞踏会には私一人が招待されていたのだが、ルフィナがどうしてもヴィルジールに会いたいと言うから観光がてら連れてきたのだ。そうしたら、アダラールに『こんなに利発そうで美しい姫なら、今すぐにでも婚約してもいいのではないか』と言われてね」
「では、婚約自体も?」
「いやいや、さすがに社交辞令で婚約まではしないさ。発表時期が早まっただけだ。彼との婚約は内定していたからな」
「そうですか」
やはり、先ほどのオリヴィエの話は真実だった。
ヴィルジールと隣国皇女の婚約は以前から決まっていたのだ。
急に発表が決まった経緯もほぼ推測通りだったが、小さな妹の我儘一つで、他国の王子との婚約を発表するとは、とんでもない溺愛ぶりだ。
隣国皇子は笑いながらホールの中央に視線を向けた。
そこではエメラルドグリーンの華やかなドレスを纏った美少女が、体格の良い男と踊っていた。
「おお、ラヴェラルタ家のお姫様と踊っているのはリーヴィか。魔獣ばかり狩っているかと思いきや、なかなかどうして、ダンスも様になっているではないか。マルティーヌ嬢は……少し元気がないように見えるが、どうしたのだ」
皇子は自分の妹とヴィルジールの婚約発表によって、マルティーヌがショックを受けたとは露にも思わない。
もちろん、彼女の次兄と婚約者がもめていた内容についても知るはずがない。
セレスタンは慌ててラヴェラルタ辺境伯令嬢の公式設定を持ち出した。
「妹は今回が初めての舞踏会ですし、あまり体が丈夫ではないので、少し疲れたのかもしれません」
「そろそろこの曲も終盤だから、次にダンスを申し込むとしよう。ああ、だが少し休憩をした方が良いかもしれないな。マルティーヌ嬢のために、何か飲み物でも持って来させるとしよう」
サーヴァは側近を呼び寄せながら「何が好みだろうか」と問う。
次に自分が踊るつもりだったセレスタンは悔しさを隠し、皇子の気遣いに礼を言う。
「ありがとうございます。妹はお酒はたしなみませんので、果実水をいただけたら」
「そうか。可愛らしいのだな」
しばらくの間三人で立ち話をしていると、サーヴァが「ところで」とアロイスを見た。
「最近だとは聞いたが、君はいつマルティーヌ嬢と婚約したのだ」
「つい一月ほど前です」
「ほう。本当に最近だったのだな。それで、結婚の予定はいつだ」
矢継ぎ早な質問にアロイスは戸惑う。
人々の注目を集めるであろうマルティーヌは、様々な質問を想定して答えを用意していたが、自分に矛先が向くとは思っていなかった。
しかも相手は皇子。
下手なことをは言えないから、当たり障りのない返答をする。
「いえ、まだ決まっておりません。近いうちにとは思っていますが」
「……そうか。まだそんなに浅い関係なら……」
サーヴァがにやりと笑った。
ふうと軽く息をつくと、腕を組んで妹と兄の様子を見ていたセレスタンに横目で睨まれる。
「お前、マティに何か言ったか」
「何か……とは?」
「二曲目の半ばぐらいからだよ。そこからマティの様子がおかしかったんだ。何か余計なことを言っただろう」
セレスタンはある程度「余計なこと」の内容を推測できているようだ。
アロイスはふっと笑う。
「さすがによく見ているんだな。マルティーヌ嬢がヴィルジール殿下のことで沈んでいたから、気を紛らわしてあげただけだよ」
「嘘だ。マティはすごく困っていた」
「……そうだな。困らせたかった」
「やっぱりか! 僕のマティに何を言った!」
音楽が流れているとはいえ、声を荒らげると注目を集めてしまう。
セレスタンが感情に任せて強い魔力をまとえば、魔力持ちの貴族たちに気づかれる。
二人は声と魔力を抑えての冷戦状態となっていた。
そこへ「君たちは踊らないのかな」と声をかけられた。
二人がはっと顔を向けると、そこにいたのはサーヴァだった。
「サ、サーヴァ殿下! この度はおめでとうございます」
「皇女殿下のご婚約、心よりご祝福申しあげます」
セレスタンとアロイスは慌てて姿勢をただし、膝を折った。
先ほどオリヴィエが挨拶に行ったから、もう大丈夫だと油断していたが、そう言えばマルティーヌとダンスをする約束をしていたのだ。
彼はそのために戻ってきたのだろう。
溺愛する妹への祝福にサーヴァは破顔する。
「ああ、ありがとう。急なことで驚かせただろう」
「確かに驚きましたが、この夜にふさわしい慶事でございました」
「そうか」
「ところで、皇女殿下はどちらにいらっしゃるのですか。姫殿下にもお祝いを……」
セレスタンがあたりを見回した。
少し離れた場所に側近らしき姿は見えるが、姫の姿はない。
「舞踏会は本来は大人のためのものだろう? 子どもはもうとっくに休む時間だから、部屋に行かせたよ。それにしても、こんなことになるなら、ルフィナにもっと上等なドレスと宝飾品を準備しておくんだったよ」
「それは、どういった……?」
今日の婚約発表が、予定になかったような口ぶりだ。
「ルフィナのやつが、アダラール王太子殿下の社交辞令を真に受けてしまってな。急遽、婚約発表をすることになったんだよ。まったく、あの子の我儘にも困ったものだ」
そう言いながらもサーヴァは満足そうに笑う。
「社交辞令……ですか?」
「ああ。今回の舞踏会には私一人が招待されていたのだが、ルフィナがどうしてもヴィルジールに会いたいと言うから観光がてら連れてきたのだ。そうしたら、アダラールに『こんなに利発そうで美しい姫なら、今すぐにでも婚約してもいいのではないか』と言われてね」
「では、婚約自体も?」
「いやいや、さすがに社交辞令で婚約まではしないさ。発表時期が早まっただけだ。彼との婚約は内定していたからな」
「そうですか」
やはり、先ほどのオリヴィエの話は真実だった。
ヴィルジールと隣国皇女の婚約は以前から決まっていたのだ。
急に発表が決まった経緯もほぼ推測通りだったが、小さな妹の我儘一つで、他国の王子との婚約を発表するとは、とんでもない溺愛ぶりだ。
隣国皇子は笑いながらホールの中央に視線を向けた。
そこではエメラルドグリーンの華やかなドレスを纏った美少女が、体格の良い男と踊っていた。
「おお、ラヴェラルタ家のお姫様と踊っているのはリーヴィか。魔獣ばかり狩っているかと思いきや、なかなかどうして、ダンスも様になっているではないか。マルティーヌ嬢は……少し元気がないように見えるが、どうしたのだ」
皇子は自分の妹とヴィルジールの婚約発表によって、マルティーヌがショックを受けたとは露にも思わない。
もちろん、彼女の次兄と婚約者がもめていた内容についても知るはずがない。
セレスタンは慌ててラヴェラルタ辺境伯令嬢の公式設定を持ち出した。
「妹は今回が初めての舞踏会ですし、あまり体が丈夫ではないので、少し疲れたのかもしれません」
「そろそろこの曲も終盤だから、次にダンスを申し込むとしよう。ああ、だが少し休憩をした方が良いかもしれないな。マルティーヌ嬢のために、何か飲み物でも持って来させるとしよう」
サーヴァは側近を呼び寄せながら「何が好みだろうか」と問う。
次に自分が踊るつもりだったセレスタンは悔しさを隠し、皇子の気遣いに礼を言う。
「ありがとうございます。妹はお酒はたしなみませんので、果実水をいただけたら」
「そうか。可愛らしいのだな」
しばらくの間三人で立ち話をしていると、サーヴァが「ところで」とアロイスを見た。
「最近だとは聞いたが、君はいつマルティーヌ嬢と婚約したのだ」
「つい一月ほど前です」
「ほう。本当に最近だったのだな。それで、結婚の予定はいつだ」
矢継ぎ早な質問にアロイスは戸惑う。
人々の注目を集めるであろうマルティーヌは、様々な質問を想定して答えを用意していたが、自分に矛先が向くとは思っていなかった。
しかも相手は皇子。
下手なことをは言えないから、当たり障りのない返答をする。
「いえ、まだ決まっておりません。近いうちにとは思っていますが」
「……そうか。まだそんなに浅い関係なら……」
サーヴァがにやりと笑った。
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