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第10章 舞踏会の長い夜
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男達が扉の向こうに消えたあと、マルティーヌはジョエルの顔を見た。
緊張感を振り払うように軽い口調で言う。
「さて、これからどうしよっか?」
「一旦、避難してみますか?」
ホールにいた招待客は約半分ぐらいの人数になっていた。
警備の騎士や兵達が、人々の誘導と気を失った者達の搬出を始めている。
「城の奥に向かっているようですね。とりあえず、そちらに行ってみますか」
「ううん」
マルティーヌは首を横に振った。
「今、王太子殿下はどこにいるの? わたしとヴィルジール殿下が踊っていた時には、もう王族席にいなかったよね」
「ええ。王太子殿下はご挨拶の列が終わってしばらくしてから、退席されました」
そう説明しながらジョエルはあたりを見回した。
ぐるりと一回転しても見つけられなかったのか、もう一度回る。
「あれ? あれ……おかしいですね。どこにもいらっしゃらない。私の目で視えないなんて」
さらにもう一度回ろうとすると、腰に剣の鞘だけを下げた手ぶらの騎士が、息を切らして駆け寄ってきた。
「ジョエル様! ご令嬢も、早くここからお逃げください。危険です!」
「オーブリー殿。剣はどうされた」
「ヴィルジール殿下に命じられてラヴェラルタ騎士団の男に渡しました。剣がなければ魔獣と戦えませんから、仕方なく誘導を手伝っているのです」
彼は無念そうに話しながらも、剣を奪われて魔獣と戦わなくて済むことに、明らかにほっとしていた。
王都にいる騎士や兵士で、魔獣と戦った経験がある者はほぼいないのだ。
「みなさんは、どこに避難しているのですか」
「大聖堂です。大聖堂なら庭園から城を挟んで反対側にありますし、聖女様の結界に守られていますので安全です」
「そうですか。では、我々も大聖堂に向かうことにします。ああ、私がついていますから、オーブリー殿は付き添ってくれなくても結構です。しかし、武器がいるな」
ジョエルは側を通りかかった騎士をちらりと見た。
「トゥーサン殿。貴殿は外に出なくて構わないから、その剣をお貸しいただけないか」
「はっ。かしこまりました」
恐ろしい魔獣を前に騎士の矜持も何もないらしく、この男もすんなりと長剣を引き渡した。
ジョエルは剣を手早く腰に装着すると「さぁ、参りましょう。マルティーヌ嬢」と、左手をすっと差し出した。
ヴィルジールの側近として仕えている場面しか見たことがないから少し意外だったが、やはり彼も高位貴族。
格下の騎士への対応は堂々としており、女性をエスコートするマナーも完璧だ。
「ゆっくりで構いません。どうぞ、足元にお気をつけください」
「ええ」
貴族ってほんと怖い——。
マルティーヌは苦笑しながら右手を彼に預け、ゆっくりと歩き出した。
ホールから避難する人々が、次々と追い抜いていく。
「どうします? このまま本当に大聖堂に行きますか」
「うーん、大聖堂も気にはなるけど……。やっぱり、今も王太子の姿は視えない?」
この混乱に乗じて、できれば王太子の周辺を探りたい。
王太子が魔王なら、今、魔獣を召喚しているのは彼なのだから。
マルティーヌが念を押すように問うと、彼は「そうですね……」と少し右に視線を走らせた。
「この方向の手前に王太子殿下の執務室、奥の建物に私室があるのですよ。しかし、やはり姿が視えません。これまでも、ヴィルジール殿下に言われて王太子殿下を探ったことがあるのに、どうして今日に限って視えないのでしょう」
彼はその後、周囲をぐるりと見回したが、結果はため息だけだった。
「まさか、死んでる……とか?」
マルティーヌがぼそりと言う。
ジョエルの標的視術で視えるのは命あるものだけ。
標的が命を落とすと同時に、彼の視界からは消えるのだ。
「ええっ! まさか!」
「うん。それはさすがにないよねぇ」
「多分、今日は調子が悪いんでしょう。こんな大事な時に役に立たないなんて」
「じゃあ、兄さまたちの様子を視てよ。他に誰か合流した?」
がっくりと肩を落とすジョエルに問いかけると、彼は後ろを振り向いて目を細める。
「バスチアンとマチューが参戦しました。魔術師はまだセレスだけです」
「魔獣の数は……どう?」
「う……わ。双頭熊も黒魔狼も増えています。まだ、魔法陣が破壊できていないんですね、きっと」
「ちゃんと視えてるじゃない!」
現時点で、ラヴェラルタ騎士団の騎士六名とヴィルジール、サーヴァと彼の側近数名が戦闘に参加している。
これだけの手練れが揃えば、すでに数頭の魔獣は仕留めているはずだが、倒した数より召喚される魔獣の数の方が多いのだ。
魔術師がセレスタンしかいないから、まだ魔法陣を見つけられていないか、見つけても破壊が難しいのかもしれない。
「でも、兄さまたちなら大丈夫」
マルティーヌはちらりと後ろを振り返った。
『死の森』で大針百足との終わりの見えない消耗戦に身を投じた時と違い、今は、魔獣の召喚を止める方法が分かっている。
魔法陣さえ破壊すれば、勝機は見える。
彼らはきっとやってくれる。
そう信じて前を向く。
「王太子は何らかの手段を使って隠れているんだろうけど、むやみに探し回ったらわたしたちの方が怪しまれるわよね。仕方がないから、大聖堂に行ってみよう」
そう言って走り出そうとしたマルティーヌを、ジョエルが「お待ちください!」と止める。
「どうしたの?」
「病弱なのですから、無理をなさってはいけません」
ジョエルはマルティーヌのお目付役としても優秀だった。
「……そうだった。じゃなくて、そうですわねって、言わなきゃいけない? ……ああ、もう。病弱令嬢なんてかったるいわ」
そうぼやきながら、ジョエルのエスコートで長い廊下をゆっくり歩き始めた。
緊張感を振り払うように軽い口調で言う。
「さて、これからどうしよっか?」
「一旦、避難してみますか?」
ホールにいた招待客は約半分ぐらいの人数になっていた。
警備の騎士や兵達が、人々の誘導と気を失った者達の搬出を始めている。
「城の奥に向かっているようですね。とりあえず、そちらに行ってみますか」
「ううん」
マルティーヌは首を横に振った。
「今、王太子殿下はどこにいるの? わたしとヴィルジール殿下が踊っていた時には、もう王族席にいなかったよね」
「ええ。王太子殿下はご挨拶の列が終わってしばらくしてから、退席されました」
そう説明しながらジョエルはあたりを見回した。
ぐるりと一回転しても見つけられなかったのか、もう一度回る。
「あれ? あれ……おかしいですね。どこにもいらっしゃらない。私の目で視えないなんて」
さらにもう一度回ろうとすると、腰に剣の鞘だけを下げた手ぶらの騎士が、息を切らして駆け寄ってきた。
「ジョエル様! ご令嬢も、早くここからお逃げください。危険です!」
「オーブリー殿。剣はどうされた」
「ヴィルジール殿下に命じられてラヴェラルタ騎士団の男に渡しました。剣がなければ魔獣と戦えませんから、仕方なく誘導を手伝っているのです」
彼は無念そうに話しながらも、剣を奪われて魔獣と戦わなくて済むことに、明らかにほっとしていた。
王都にいる騎士や兵士で、魔獣と戦った経験がある者はほぼいないのだ。
「みなさんは、どこに避難しているのですか」
「大聖堂です。大聖堂なら庭園から城を挟んで反対側にありますし、聖女様の結界に守られていますので安全です」
「そうですか。では、我々も大聖堂に向かうことにします。ああ、私がついていますから、オーブリー殿は付き添ってくれなくても結構です。しかし、武器がいるな」
ジョエルは側を通りかかった騎士をちらりと見た。
「トゥーサン殿。貴殿は外に出なくて構わないから、その剣をお貸しいただけないか」
「はっ。かしこまりました」
恐ろしい魔獣を前に騎士の矜持も何もないらしく、この男もすんなりと長剣を引き渡した。
ジョエルは剣を手早く腰に装着すると「さぁ、参りましょう。マルティーヌ嬢」と、左手をすっと差し出した。
ヴィルジールの側近として仕えている場面しか見たことがないから少し意外だったが、やはり彼も高位貴族。
格下の騎士への対応は堂々としており、女性をエスコートするマナーも完璧だ。
「ゆっくりで構いません。どうぞ、足元にお気をつけください」
「ええ」
貴族ってほんと怖い——。
マルティーヌは苦笑しながら右手を彼に預け、ゆっくりと歩き出した。
ホールから避難する人々が、次々と追い抜いていく。
「どうします? このまま本当に大聖堂に行きますか」
「うーん、大聖堂も気にはなるけど……。やっぱり、今も王太子の姿は視えない?」
この混乱に乗じて、できれば王太子の周辺を探りたい。
王太子が魔王なら、今、魔獣を召喚しているのは彼なのだから。
マルティーヌが念を押すように問うと、彼は「そうですね……」と少し右に視線を走らせた。
「この方向の手前に王太子殿下の執務室、奥の建物に私室があるのですよ。しかし、やはり姿が視えません。これまでも、ヴィルジール殿下に言われて王太子殿下を探ったことがあるのに、どうして今日に限って視えないのでしょう」
彼はその後、周囲をぐるりと見回したが、結果はため息だけだった。
「まさか、死んでる……とか?」
マルティーヌがぼそりと言う。
ジョエルの標的視術で視えるのは命あるものだけ。
標的が命を落とすと同時に、彼の視界からは消えるのだ。
「ええっ! まさか!」
「うん。それはさすがにないよねぇ」
「多分、今日は調子が悪いんでしょう。こんな大事な時に役に立たないなんて」
「じゃあ、兄さまたちの様子を視てよ。他に誰か合流した?」
がっくりと肩を落とすジョエルに問いかけると、彼は後ろを振り向いて目を細める。
「バスチアンとマチューが参戦しました。魔術師はまだセレスだけです」
「魔獣の数は……どう?」
「う……わ。双頭熊も黒魔狼も増えています。まだ、魔法陣が破壊できていないんですね、きっと」
「ちゃんと視えてるじゃない!」
現時点で、ラヴェラルタ騎士団の騎士六名とヴィルジール、サーヴァと彼の側近数名が戦闘に参加している。
これだけの手練れが揃えば、すでに数頭の魔獣は仕留めているはずだが、倒した数より召喚される魔獣の数の方が多いのだ。
魔術師がセレスタンしかいないから、まだ魔法陣を見つけられていないか、見つけても破壊が難しいのかもしれない。
「でも、兄さまたちなら大丈夫」
マルティーヌはちらりと後ろを振り返った。
『死の森』で大針百足との終わりの見えない消耗戦に身を投じた時と違い、今は、魔獣の召喚を止める方法が分かっている。
魔法陣さえ破壊すれば、勝機は見える。
彼らはきっとやってくれる。
そう信じて前を向く。
「王太子は何らかの手段を使って隠れているんだろうけど、むやみに探し回ったらわたしたちの方が怪しまれるわよね。仕方がないから、大聖堂に行ってみよう」
そう言って走り出そうとしたマルティーヌを、ジョエルが「お待ちください!」と止める。
「どうしたの?」
「病弱なのですから、無理をなさってはいけません」
ジョエルはマルティーヌのお目付役としても優秀だった。
「……そうだった。じゃなくて、そうですわねって、言わなきゃいけない? ……ああ、もう。病弱令嬢なんてかったるいわ」
そうぼやきながら、ジョエルのエスコートで長い廊下をゆっくり歩き始めた。
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