【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

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第10章 舞踏会の長い夜

(3)

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 宙を駆ける黒魔狼の胴体をオリヴィエが真っ二つにした。
 その彼に襲いかかる双頭熊の鋭い爪を、アロイスが腕ごと叩き斬る。
 そして、同じ個体の片方の心臓をロランが貫いた。

 彼らはうずくまるセレスタンの前に立ち、彼を魔獣の攻撃から守っていた。

「どうだ、セレス。見つかったか!」

 オリヴィエが叫ぶ。

「だめだ! おそらく魔法陣はもっと小さい!」

 ぐらりと傾いた獣の体は、もう一つの心臓で態勢を立て直す。
 闇夜を震わせる咆哮をあげる背にバスチアンが飛びかかり、残った心臓にとどめを刺した。
 血しぶきを上げた巨体は、大理石の彫像を巻き込み、もろともに石畳に落ちた。

 倒した双頭熊はすでに三体。
 黒魔狼はもう数えられないほどだ。
 しかし、その間にも新たな魔獣が出現しており、魔獣の数は徐々に増えていた。

 『死の森』とは違って、魔獣が召喚される穴は空中にはなかった。
 おぞましい獣たちは地面から湧き出るように現れており、おそらくそこが魔法陣の中心だ。
 しかし、陣がどれくらいの直径を持つのかは分からなかった。

 セレスタンは石畳の上を這いつくばり、少しずつ場所を変えて地面に魔力を流し、魔法陣の外円を探っていた。

 いくら国内最強の魔術師として知られるセレスタンでも、巨大魔獣の攻撃を阻む強力な結界を張りながら、魔法陣を探索をする繊細な魔力を操ることは難しい。
 そのため、身の安全を信頼する仲間たちに委ね、魔法陣探索だけに魔力を集中させていた。
 しかし、次々と出現する魔獣に阻まれて、なかなか前進することができなかった。

 庭園のホール側はラヴェラルタ騎士団がかろうじて死守しているが、奥にいる魔獣までは手が回らない。
 遠くの暗がりの城壁に沿って、魔獣たちが左右に逃れていく。

「くっそぉ! パメラはまだか! これじゃ埒があかない。早くなんとかしないと、大勢の被害者が出る」

 オリヴィエが顔にはねた魔獣の血をぬぐいながら、ちらりと後ろをうかがった。
 強力な聖結界の使い手であるパメラがいれば、セレスタンの防御を任せて一気に魔法陣の中心付近まで迫ることができる。
 騎士も魔獣討伐だけに専念できるのだ。

「彼女は大聖堂の捜索に行ったから、そう簡単には戻ってこれないだろう」

 クレマンが、倒したばかりの黒魔狼を蹴り飛ばしながら言う。

「ちょうど城を挟んで反対側か。建物を周ってくるならかなり距離があるから、待っていても無駄だ。はっ!」
「あいつ、体力も運動神経もないからな。やあぁぁぁっ!」

 ヴィルジールとバスチアンが同時に切り掛かり、一瞬で双頭熊を仕留めた。

「これ以上魔獣が増えたら対応できない! 押せ、押せ!」
「前に出ろ! 道を開け!」
「できるだけ中心部に近づくんだ!」

 途中で二人の魔術師が駆けつけたが、パメラほど強い聖結界は使えないため、防御ではなく攻撃に参加していた。
 城壁の上には弓師も現れた。

 ラヴェラルタ騎士団の精鋭が総がかりで、魔獣たちとの防御線をじりじりと押し上げていく。
 やがて、魔獣の討伐数が発生数を上回るようになった。

 それでもまだ、魔法陣の外周には手が届かなかった。

「さすが、ラヴェラルタ騎士団だ……と言いたいところだが、人数が増えていないか? なぜ彼らがここにいる」

 少し離れた場所で魔獣と戦っていたサーヴァが、部下とともに合流した。
 彼は、舞踏会会場で見かけなかった男たちが何人もその場にいることを不審がる。

「サーヴァ殿下、大変ご無沙汰しております!」
「殿下こそ、さすがの腕前で」

 血みどろのバスチアンとクレマンが、とぼけるように挨拶した。
 彼らはラヴェラルタ騎士団では高い役職にあるものの、身分は平民。
 王城に入れるはずがない者たちだ。
 他にも顔見知りの男たち数名が、手慣れた様子で剣を振るっていた。

「随分、用意周到のようだな。一体、ここで何が起きている。王城に魔獣が出現するなどありえない。しかも、双頭の熊など初めて見たぞ」

「今は詳しくは話せませんが、魔獣が出現する場所を中心にして魔法陣が描かれているのです」

 持ち場から離れられない団長に変わり、バスチアンが答える。

「魔法陣……?」
「そうです。何百年も前に失われたはずの秘術です。その魔法陣を破壊しない限り、魔獣の出現が止まらないのです。今、セレスタンが調査していますから、殿下にも協力を願えませんか」
「なるほど。そういうことか」

 合同演習でのセレスタンは、人間技とは思えない派手な魔力攻撃を嬉々として繰り出し、魔獣たちを一掃していた。
 しかし今は、周囲を仲間たちに守らせ、地味に地面に這いつくばっている。
 その様子が、ラヴェラルタ騎士団全体の戦闘を、通常と違った奇妙なものに見せていた。

「いいだろう。セレスが前に進めるよう、貴殿らと同じ方向から攻撃を仕掛ければ良いのだな」

 サーヴァはそう言いながら、牙をむいて飛びかかってきた黒魔狼を薙ぎ払った。

 近くではヴィルジールが単独で双頭熊に挑んでいた。
 ごく低い位置で素早く剣を振り切り、両足で立ち上がった巨大熊の片足を切断。
 バランスを崩した巨体を、右の心臓を狙って剣を突き立てて押し倒し、素早く左の心臓も狙う。
 長い爪を持つ両手が、宙を掴むように跳ね上がった後、ばたりと地に落ちた。
 それは凄まじいほどに鮮やかな腕前だった。

「あれは……。まさか、ヴィルジールか」

 サーヴァは嫉妬にかられ奥歯をぎりりと噛む。

 ドゥラメトリアの王子は明らかに自分より強かった。
 彼は伝説級の魔物に一切ひるむことなく、的確な攻撃で倒していく。
 剣の軌道は残像すら残らないほど鋭く、身のこなしも力強く俊敏だ。
 ラヴェラルタ騎士団の精鋭たちと比べても全く見劣りがしない。

 もしかすると、あのマルクと互角かもしれない——。

「なかなかやるな、ヴィルジール。ドゥラメトリアの王子にしてはずいぶん魔獣に慣れているようだが、ラヴェラルタの者たちとどういう関係だ」
「殿下と同じですよ。ラヴェラルタ騎士団と合同訓練を行ったので」

 ヴィルジールは長剣を鋭く振って、剣身にまとわりつく血と獣脂を弾き飛ばすと、そのまま黒魔狼を一頭仕留めた。

「一度や二度、合同訓練をした程度で、そこまでの腕になるものか!」

 サーヴァも負けじと、一振りで黒魔狼を地に落とした。

「お褒めいただき恐縮です」
「マルティーヌ嬢とも、その時に知り合ったのか」
「えっ?」

 思いがけず出された名に、ヴィルジールは隣国皇子の顔をちらりと見た。

 まさか彼は、溺愛する妹の婚約者が別の女性と踊っていたことではなく、俺がマルティーヌ嬢と踊っていたことに憤りを感じている——?
 彼女は、今日初めてマルティーヌとして彼と会ったと話していたが。

「殿下はマルティーヌ嬢にご執心ですか。彼女はやめておいた方がいいですよ」
「なぜだ?」
「とんでもない病弱令嬢ですので、殿下の手には負えないかと」

 ヴィルジールはそう笑って、ひときわ大型の双頭熊に苦戦していたロランの援護に向かった。
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