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最終章 切り開く未来
新たな道へ(1)
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翌日の昼過ぎ。
ラヴェラルタ辺境伯家の者たちとアロイスは、正装に身を包み王城に向かった。
マルティーヌは襟元のつまったクリーム色のシックなドレス。
髪はカツラであるが、優雅にまとめ上げられている。
胸元にはヴィルジールから贈られた大粒のエメラルドが輝くネックレス。
母親が何も言わずにつけたものだが、マルティーヌは拒否しなかった。
謁見する相手はヴィルジールであるものの、こういった正式な場が初めてのアロイスは硬い表情だ。
マルティーヌは二度目だが、初回と違った緊張を感じて、無意識のうちに胸元のエメラルドを握っていた。
一行はアダラールに謁見した時と同じ貴賓室に案内された。
室内の様子は以前と全く違っており、テーブルやソファなどは置かれていない。
部屋の奥に拡張高い大きな椅子が二つ並べられており、その椅子に向かって部屋の中央に赤い絨毯が敷かれていた。
「謁見の間のような配置だな」
父親のグラシアンが周囲を見回しながら言う。
通常、王族から労いの言葉を受けたり、褒賞の伝達などの儀式は謁見の間で行われる。
しかし、国王が病床にあったため以前より謁見の間は使われておらず、さらに先日の事件によって内部が大破した。
そのため貴賓室を似た様式にしたようだ。
「だが、なぜ椅子が二つあるんだ?」
「どなたが座られるのだろう」
現状で国王陛下の代理を務められるのは、次期国王と目される第四王子のヴィルジールだけだから、玉座の代わりに置かれた椅子が二つあることが解せなかった。
しばらくして、椅子の後方にある扉が開く。
「国王陛下がお出ましになられます」
聞こえてきたのは思いがけない言葉だった。
「えっ、国王陛下?」
「まさか……」
誰もが驚きつつ、慌てて深く膝を折り顔を伏せた。
国王が臣下の前に姿を見せるのは、実に四年ぶりだ。
彼は長らく原因不明の病と戦っていたが、王太子アダラールが毒を盛ったことが原因であったことが判明した。
解毒治療には時間がかかると思われていたが、人前に出られるほどには回復したのだろうか。
国王とヴィルジールが並んで座るのであれば納得だ。
顔を伏せているから目では確認できないが、五、六人の気配が入ってくる。
あれ……?
ヴィルジール殿下がいない?
強い魔力を持った者が一人いるが、彼の魔力とは違っていた。
マルティーヌと同じことを感じ取ったセレスタンの肩もぴくりと動いた。
やがて、目の前の椅子にその強い魔力の持ち主と、消え入りそうな魔力の二人が座った後、残りの者たちは部屋を出て行った。
「顔を上げよ」
国王のものではない低く張りのある声で告げられ、マルティーヌたちは顔を上げた。
目の前の左側の椅子には、予想通りドゥラメトリア国王が座っていた。
土気色の痩せ細った頬。
目は落ち窪み、唇はひび割れている。
以前は見事な銀であった髪と髭は真っ白で艶がない。
まっすぐに座ることが難しいらしく背もたれに斜めに寄りかかり、肘掛けに置かれた両手はかすかに震えていた。
明らかに無理をしている様子だ。
国王の隣に座っていたのは、やはり第四王子ではなかった。
王族特有の銀の髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ、五十代ぐらいの恰幅の良い穏やかな雰囲気の男。
国王の後継者として何度か名が上がったことのある、王弟のピエラ公爵だった。
国王と王弟が同列で座っていることも奇妙だが、側近や護衛などが誰一人ついていないことも異常だ。
そんな中、王ではなく王弟が重々しく口を開いた。
一般的な挨拶の後、こう述べる。
「此度のラヴェラルタ辺境伯家、並びにラヴェラルタ騎士団の多大なる貢献に感謝する」
体調が思わしくない国王の代理を務めるのは、次期国王と期待される王子ヴィルジールではないのか。
しかし、彼の姿は室内のどこにもなかった。
魔力の気配も全く感じられない。
その違和感を誰も口にすることができないまま、公爵の言葉が続いていく。
ラヴェラルタ辺境伯家の兄弟にはそれぞれ男爵位と勲章、辺境伯家と騎士団には報奨金が与えられることになった。
アロイスにはラヴェラルタ兄弟と同じく男爵位と勲章、そして。
「ミュルヴィル公爵から没収した南部の領地の一部を割譲する」
思いがけない規模の褒賞に、アロイスは思わず目を見開いた。
ミュルヴィル公爵はアダラールの正妃の父。
先日の事件には直接関わってはいないものの、その調査中に判明した、ヴィルジールの元婚約者を死に至らしめた罪に問われた。
公爵の南部の領地は穀倉地帯として知られ、莫大な富を生む地域だ。
一部とはいえその優良な領地が与えられるとは、ラヴェラルタ家への褒章と比べて破格の待遇だった。
アロイスは爵位や領地を継ぐことのない子爵家の四男であるから、その両方を手にすることは願ってもない。
しかし、自分の働きに対して見合わないと感じていた。
「此度の受爵という栄誉に浴しまして、恐縮至極に存じます。しかしながら、一騎士に過ぎぬ私には余りにも身に過ぎる報労にございます」
「そなたは、ヴィルジールの命を救ったと聞いておる」
国王が掠れた声を挟んできた。
「殿下のお命を……?」
アロイスは考える。
おそらく、王子が庭園で黒魔狼に乗り掛かられた時のことを指すのだろう。
しかし、あの時は自分がトドメを刺しただけで、他の狼からの攻撃を防いでいたのはロランであるし、顔や肩の傷を治したのはセレスタンだ。
自分一人が評価されるのはおかしい。
そもそも、魔獣との戦闘の場では誰にも起こりうることだ。
「あれは魔獣との乱闘の場でございましたので……」
アロイスが事情を説明しようとすると、王弟が右手を挙げて制した。
「そなたはマルティーヌ嬢と婚約していると聞く」
「えっ?」
思いがけない指摘に、マルティーヌが思わず顔を上げた。
王弟はマルティーヌに視線を落とすと「そなたの大きな戦果は聞き及んでおる」と頷いた。
そして、アロイスに向き直り言葉を続ける。
「我が国の法では、女性に爵位を授けることも大きな褒賞を与えることもできぬ。それゆえ、いずれマルティーヌ嬢と結婚するそなたに授けることとする」
彼女の代わりに受け取るのであれば、これほどの法外な褒賞であっても理解できる。
今回の事件の事後処理はすべてヴィルジールが仕切っていた。
国王と王弟は、詳細な報告を受けていたにせよ、全く関わっていないはずだ。
褒賞についてもヴィルジールが原案を練り、国王が承認しただけだろう。
つまり。
「そ……それは、ヴィルジール殿下のご意向なのでしょうか」
アロイスが確認すると、王弟は「そうだ」と明確に肯定した。
ラヴェラルタ辺境伯家の者たちとアロイスは、正装に身を包み王城に向かった。
マルティーヌは襟元のつまったクリーム色のシックなドレス。
髪はカツラであるが、優雅にまとめ上げられている。
胸元にはヴィルジールから贈られた大粒のエメラルドが輝くネックレス。
母親が何も言わずにつけたものだが、マルティーヌは拒否しなかった。
謁見する相手はヴィルジールであるものの、こういった正式な場が初めてのアロイスは硬い表情だ。
マルティーヌは二度目だが、初回と違った緊張を感じて、無意識のうちに胸元のエメラルドを握っていた。
一行はアダラールに謁見した時と同じ貴賓室に案内された。
室内の様子は以前と全く違っており、テーブルやソファなどは置かれていない。
部屋の奥に拡張高い大きな椅子が二つ並べられており、その椅子に向かって部屋の中央に赤い絨毯が敷かれていた。
「謁見の間のような配置だな」
父親のグラシアンが周囲を見回しながら言う。
通常、王族から労いの言葉を受けたり、褒賞の伝達などの儀式は謁見の間で行われる。
しかし、国王が病床にあったため以前より謁見の間は使われておらず、さらに先日の事件によって内部が大破した。
そのため貴賓室を似た様式にしたようだ。
「だが、なぜ椅子が二つあるんだ?」
「どなたが座られるのだろう」
現状で国王陛下の代理を務められるのは、次期国王と目される第四王子のヴィルジールだけだから、玉座の代わりに置かれた椅子が二つあることが解せなかった。
しばらくして、椅子の後方にある扉が開く。
「国王陛下がお出ましになられます」
聞こえてきたのは思いがけない言葉だった。
「えっ、国王陛下?」
「まさか……」
誰もが驚きつつ、慌てて深く膝を折り顔を伏せた。
国王が臣下の前に姿を見せるのは、実に四年ぶりだ。
彼は長らく原因不明の病と戦っていたが、王太子アダラールが毒を盛ったことが原因であったことが判明した。
解毒治療には時間がかかると思われていたが、人前に出られるほどには回復したのだろうか。
国王とヴィルジールが並んで座るのであれば納得だ。
顔を伏せているから目では確認できないが、五、六人の気配が入ってくる。
あれ……?
ヴィルジール殿下がいない?
強い魔力を持った者が一人いるが、彼の魔力とは違っていた。
マルティーヌと同じことを感じ取ったセレスタンの肩もぴくりと動いた。
やがて、目の前の椅子にその強い魔力の持ち主と、消え入りそうな魔力の二人が座った後、残りの者たちは部屋を出て行った。
「顔を上げよ」
国王のものではない低く張りのある声で告げられ、マルティーヌたちは顔を上げた。
目の前の左側の椅子には、予想通りドゥラメトリア国王が座っていた。
土気色の痩せ細った頬。
目は落ち窪み、唇はひび割れている。
以前は見事な銀であった髪と髭は真っ白で艶がない。
まっすぐに座ることが難しいらしく背もたれに斜めに寄りかかり、肘掛けに置かれた両手はかすかに震えていた。
明らかに無理をしている様子だ。
国王の隣に座っていたのは、やはり第四王子ではなかった。
王族特有の銀の髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ、五十代ぐらいの恰幅の良い穏やかな雰囲気の男。
国王の後継者として何度か名が上がったことのある、王弟のピエラ公爵だった。
国王と王弟が同列で座っていることも奇妙だが、側近や護衛などが誰一人ついていないことも異常だ。
そんな中、王ではなく王弟が重々しく口を開いた。
一般的な挨拶の後、こう述べる。
「此度のラヴェラルタ辺境伯家、並びにラヴェラルタ騎士団の多大なる貢献に感謝する」
体調が思わしくない国王の代理を務めるのは、次期国王と期待される王子ヴィルジールではないのか。
しかし、彼の姿は室内のどこにもなかった。
魔力の気配も全く感じられない。
その違和感を誰も口にすることができないまま、公爵の言葉が続いていく。
ラヴェラルタ辺境伯家の兄弟にはそれぞれ男爵位と勲章、辺境伯家と騎士団には報奨金が与えられることになった。
アロイスにはラヴェラルタ兄弟と同じく男爵位と勲章、そして。
「ミュルヴィル公爵から没収した南部の領地の一部を割譲する」
思いがけない規模の褒賞に、アロイスは思わず目を見開いた。
ミュルヴィル公爵はアダラールの正妃の父。
先日の事件には直接関わってはいないものの、その調査中に判明した、ヴィルジールの元婚約者を死に至らしめた罪に問われた。
公爵の南部の領地は穀倉地帯として知られ、莫大な富を生む地域だ。
一部とはいえその優良な領地が与えられるとは、ラヴェラルタ家への褒章と比べて破格の待遇だった。
アロイスは爵位や領地を継ぐことのない子爵家の四男であるから、その両方を手にすることは願ってもない。
しかし、自分の働きに対して見合わないと感じていた。
「此度の受爵という栄誉に浴しまして、恐縮至極に存じます。しかしながら、一騎士に過ぎぬ私には余りにも身に過ぎる報労にございます」
「そなたは、ヴィルジールの命を救ったと聞いておる」
国王が掠れた声を挟んできた。
「殿下のお命を……?」
アロイスは考える。
おそらく、王子が庭園で黒魔狼に乗り掛かられた時のことを指すのだろう。
しかし、あの時は自分がトドメを刺しただけで、他の狼からの攻撃を防いでいたのはロランであるし、顔や肩の傷を治したのはセレスタンだ。
自分一人が評価されるのはおかしい。
そもそも、魔獣との戦闘の場では誰にも起こりうることだ。
「あれは魔獣との乱闘の場でございましたので……」
アロイスが事情を説明しようとすると、王弟が右手を挙げて制した。
「そなたはマルティーヌ嬢と婚約していると聞く」
「えっ?」
思いがけない指摘に、マルティーヌが思わず顔を上げた。
王弟はマルティーヌに視線を落とすと「そなたの大きな戦果は聞き及んでおる」と頷いた。
そして、アロイスに向き直り言葉を続ける。
「我が国の法では、女性に爵位を授けることも大きな褒賞を与えることもできぬ。それゆえ、いずれマルティーヌ嬢と結婚するそなたに授けることとする」
彼女の代わりに受け取るのであれば、これほどの法外な褒賞であっても理解できる。
今回の事件の事後処理はすべてヴィルジールが仕切っていた。
国王と王弟は、詳細な報告を受けていたにせよ、全く関わっていないはずだ。
褒賞についてもヴィルジールが原案を練り、国王が承認しただけだろう。
つまり。
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