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最終章 切り開く未来
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サーヴァは自発的に戦闘に参加していた。
隣国皇子を危険から遠ざけるために、ヴィルジールが手を引くよう要請しても、拒否したと聞く。
しかも、謁見の間の前にあるホールの床には、彼の身に何が起ころうともドゥラメトリア王国は責任を負わないという内容の誓文が、彼自身の手で残されていた。
魔術で刻み込まれた誓文は正式文書として扱われるため、たとえ皇子が戦闘中に命を落としても、賠償責任は発生しないはずなのだ。
「戦闘に参加したのは私の意思だが、今回の事件で、国賓である我々を危険にさらした責任は重い。特に皇女であるルフィナが襲われた件は、私もザウレン皇国皇帝も決して許さない。あの夜、ルフィは心に大きな傷を負い、我が国の護衛や侍女も犠牲になった。それを命じたのは当時の王太子。責任は当然、ドゥラメトリア王国にある」
「……あ」
そうだ。
あの誓文ですべてが免除されるはずがないのだ。
溺愛する妹が拉致監禁された事実を後に聞かされたサーヴァが、激怒したことは想像に難くない。
そしてその怒りを、皇族らしい強かさで、自分と自国の利益に利用しようとしているのだ。
サーヴァはテーブルに両肘をつくと、顔の前で指を組んだ。
その奥から威圧するような瞳で、マルティーヌと父親を代わる代わるに見る。
「ルフィナの婚約も、ヴィルジールが皇国に来る前提で決まったもの。皇帝陛下も私も、可愛いルフィを国外に出すつもりはないから、彼が国王になるのであれば破談となる。この件だけでも、王国側に膨大な慰謝料を請求できるのだよ」
そこまで言うと、組んだ指を開いて掌をこちらに向け、今度は人好きのする大らかな笑顔を見せる。
「だが、何も心配はいらないよ。私はすべての賠償を、マルティーヌ嬢との婚姻で帳消しにするよう、陛下に願い出るつもりでいるからね。君は私の元で何不自由なく幸せに暮らすといい。ドゥラメトリア王国も安泰だ。両国にとってこんな理想的な未来はない」
マルクと『死の森』で共に魔獣を追っていた時も、彼はよくこんな笑顔を見せていた。
皇族らしさを感じさせない気さくな彼のことは、決して嫌いではなかった。
「そう思わないかい?」
しかし、朗らかに念を押す彼の瞳の奥は全く笑っていない。
謁見の間でマルティーヌを問い詰めた時のような、獰猛な肉食獣を思わせる。
幸せを説く言葉は脅迫。
彼にとって都合の良い未来だ。
『死の森』では決して見せなかったこれが、彼の真の姿。
彼は明らかに、マルティーヌが大嫌いな権力者そのものだった。
「君はヴィルジールと親しいようだから、すべては君次第だよ、マルティーヌ嬢。提案が深刻な外交問題化する前に、よく考えてみて欲しい」
サーヴァが一見誠実そうな笑みを見せる。
妹のルフィナは「お姉さま。きっときっと、わたしの国に来てね! 待ってるから」と無邪気を装った。
ぞくりとした寒気が背筋に走る。
しかし、マルティーヌは言質を取られることのないよう、曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。
オリヴィエとセレスタンが屋敷に戻ってきたのは、家族が夕食後のお茶を飲んでいた時だった。
「明日、登城命令が出たぞぉ!」
二人は食堂の扉を開けるなり、嬉しそうに言う。
「と……登城命令?」
昼間、サーヴァから聞かされた話のせいで、マルティーヌと両親がぎょっとなった。
しかし、二人はその反応に気づかない。
少し酒を飲んできたのか上機嫌だ。
「そう。明日の午後、俺らとおやじ、あとアロイスも呼ばれてるんだよ」
「俺らって……もしかして、わたしも行くの?」
「もちろん」
事件の後、兄たちのように事後処理に駆り出されることはなかったのだから、今さら何があるというのだろう。
もしかすると、サーヴァ殿下がヴィルジール殿下に何かを言ったのかも。
そのせいで、呼び出された?
マルティーヌは不安になったが、兄二人の様子を見る限りそうではなさそうだ。
「逃げた魔獣は全部片付けたし、調査もあらかた終わったから、おそらく褒賞の話があるだろう。俺は名誉にも金にも興味はないがな」
「やーっと領地に戻れるぞ! もう王都はうんざりだぁぁぁっ」
二人は着ていた上着をソファーに投げ捨てると、マルティーヌを挟むようにして両側の椅子に座った。
「なんだ。浮かない顔してるな。もうすぐ領地に帰れるんだぞ。嬉しくないのか?」
「早く帰りたいって言ってたじゃないか」
オリヴィエが妹の顔を心配そうに覗き込み、セレスタンは髪をくしゃりとなでる。
「それは、もちろん嬉しいんだけど……」
今はそれ以上に大きな問題が降りかかっているのだ。
「どうしたんだ。何かあったのか?」
「僕のかわいいマティにこんな顔させるなんて、許せない」
「あの……。えっと……」
マルティーヌは斜め向かいの席に座る父親の顔をちらりと見た。
国を巻き込む深刻な縁談話など、自分の口からはどうしても話しづらい。
兄たちは自分を溺愛しているし、相手は彼らもよく知る大物なのだ。
父親が娘の意を汲んで「実はな……」と昼間の出来事を息子たちに説明した。
「はあぁぁぁ? サーヴァ殿下がそんなことを!」
「なんて厄介なことに……。どうやったら断れるんだ、これ」
弟は椅子から立ち上がって叫び、兄はテーブルにつっぷして頭を抱えた。
「明日、ヴィルジール殿下にお会いできるのは、ちょうど良かった。今日の件をご報告申し上げよう」
辺境伯が大きなため息をついた。
どれだけ大きな戦力を持っていたとしても、自分たちではどうにもできない難題。
次男と同い年の若い第四王子が、娘の将来とこの国の行末を握っているのだ。
隣国皇子を危険から遠ざけるために、ヴィルジールが手を引くよう要請しても、拒否したと聞く。
しかも、謁見の間の前にあるホールの床には、彼の身に何が起ころうともドゥラメトリア王国は責任を負わないという内容の誓文が、彼自身の手で残されていた。
魔術で刻み込まれた誓文は正式文書として扱われるため、たとえ皇子が戦闘中に命を落としても、賠償責任は発生しないはずなのだ。
「戦闘に参加したのは私の意思だが、今回の事件で、国賓である我々を危険にさらした責任は重い。特に皇女であるルフィナが襲われた件は、私もザウレン皇国皇帝も決して許さない。あの夜、ルフィは心に大きな傷を負い、我が国の護衛や侍女も犠牲になった。それを命じたのは当時の王太子。責任は当然、ドゥラメトリア王国にある」
「……あ」
そうだ。
あの誓文ですべてが免除されるはずがないのだ。
溺愛する妹が拉致監禁された事実を後に聞かされたサーヴァが、激怒したことは想像に難くない。
そしてその怒りを、皇族らしい強かさで、自分と自国の利益に利用しようとしているのだ。
サーヴァはテーブルに両肘をつくと、顔の前で指を組んだ。
その奥から威圧するような瞳で、マルティーヌと父親を代わる代わるに見る。
「ルフィナの婚約も、ヴィルジールが皇国に来る前提で決まったもの。皇帝陛下も私も、可愛いルフィを国外に出すつもりはないから、彼が国王になるのであれば破談となる。この件だけでも、王国側に膨大な慰謝料を請求できるのだよ」
そこまで言うと、組んだ指を開いて掌をこちらに向け、今度は人好きのする大らかな笑顔を見せる。
「だが、何も心配はいらないよ。私はすべての賠償を、マルティーヌ嬢との婚姻で帳消しにするよう、陛下に願い出るつもりでいるからね。君は私の元で何不自由なく幸せに暮らすといい。ドゥラメトリア王国も安泰だ。両国にとってこんな理想的な未来はない」
マルクと『死の森』で共に魔獣を追っていた時も、彼はよくこんな笑顔を見せていた。
皇族らしさを感じさせない気さくな彼のことは、決して嫌いではなかった。
「そう思わないかい?」
しかし、朗らかに念を押す彼の瞳の奥は全く笑っていない。
謁見の間でマルティーヌを問い詰めた時のような、獰猛な肉食獣を思わせる。
幸せを説く言葉は脅迫。
彼にとって都合の良い未来だ。
『死の森』では決して見せなかったこれが、彼の真の姿。
彼は明らかに、マルティーヌが大嫌いな権力者そのものだった。
「君はヴィルジールと親しいようだから、すべては君次第だよ、マルティーヌ嬢。提案が深刻な外交問題化する前に、よく考えてみて欲しい」
サーヴァが一見誠実そうな笑みを見せる。
妹のルフィナは「お姉さま。きっときっと、わたしの国に来てね! 待ってるから」と無邪気を装った。
ぞくりとした寒気が背筋に走る。
しかし、マルティーヌは言質を取られることのないよう、曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。
オリヴィエとセレスタンが屋敷に戻ってきたのは、家族が夕食後のお茶を飲んでいた時だった。
「明日、登城命令が出たぞぉ!」
二人は食堂の扉を開けるなり、嬉しそうに言う。
「と……登城命令?」
昼間、サーヴァから聞かされた話のせいで、マルティーヌと両親がぎょっとなった。
しかし、二人はその反応に気づかない。
少し酒を飲んできたのか上機嫌だ。
「そう。明日の午後、俺らとおやじ、あとアロイスも呼ばれてるんだよ」
「俺らって……もしかして、わたしも行くの?」
「もちろん」
事件の後、兄たちのように事後処理に駆り出されることはなかったのだから、今さら何があるというのだろう。
もしかすると、サーヴァ殿下がヴィルジール殿下に何かを言ったのかも。
そのせいで、呼び出された?
マルティーヌは不安になったが、兄二人の様子を見る限りそうではなさそうだ。
「逃げた魔獣は全部片付けたし、調査もあらかた終わったから、おそらく褒賞の話があるだろう。俺は名誉にも金にも興味はないがな」
「やーっと領地に戻れるぞ! もう王都はうんざりだぁぁぁっ」
二人は着ていた上着をソファーに投げ捨てると、マルティーヌを挟むようにして両側の椅子に座った。
「なんだ。浮かない顔してるな。もうすぐ領地に帰れるんだぞ。嬉しくないのか?」
「早く帰りたいって言ってたじゃないか」
オリヴィエが妹の顔を心配そうに覗き込み、セレスタンは髪をくしゃりとなでる。
「それは、もちろん嬉しいんだけど……」
今はそれ以上に大きな問題が降りかかっているのだ。
「どうしたんだ。何かあったのか?」
「僕のかわいいマティにこんな顔させるなんて、許せない」
「あの……。えっと……」
マルティーヌは斜め向かいの席に座る父親の顔をちらりと見た。
国を巻き込む深刻な縁談話など、自分の口からはどうしても話しづらい。
兄たちは自分を溺愛しているし、相手は彼らもよく知る大物なのだ。
父親が娘の意を汲んで「実はな……」と昼間の出来事を息子たちに説明した。
「はあぁぁぁ? サーヴァ殿下がそんなことを!」
「なんて厄介なことに……。どうやったら断れるんだ、これ」
弟は椅子から立ち上がって叫び、兄はテーブルにつっぷして頭を抱えた。
「明日、ヴィルジール殿下にお会いできるのは、ちょうど良かった。今日の件をご報告申し上げよう」
辺境伯が大きなため息をついた。
どれだけ大きな戦力を持っていたとしても、自分たちではどうにもできない難題。
次男と同い年の若い第四王子が、娘の将来とこの国の行末を握っているのだ。
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