類を惹く

星来香文子

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拝啓 天国のあなたへ

社 美穂・38歳・被害者の勤務していた会社の上司

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 あなたと私が出会ったのは、六年前のことです。
 
 当時の私は、初めて新人研修の責任者に任命され、ほんの少し浮き足立っていました。
 この会社は一族経営で、社長はとてもいい人でしたが、副社長である長男と専務の次男の二人とも癖の強い人で……大した仕事もできないくせに、社長の子供というだけで出世した人たちでした。
 社長も、このままではまずいと思ったのでしょう。
 新人が入っても、自分の息子たちのせいですぐにやめてしまうのですから。
 
 そこで、私が社長直々に、新人研修を任されたわけです。
 「これからは新しい時代だ。だから、女性社員に任せてみようと思う」なんて言っていました。

 自分なりに考えたのか、たくさんいる愛人の入れ知恵か、男女格差をなくそうと、ジェンダーの問題に取り組もうとしていたのです。
 その年の新入社員は、中途採用を含めても珍しく男性はあなた一人だけでした。
 
 女性の中には前職は水商売をしていた人もいました。
 おそらく、社長か副社長のコネで入ったんだと思います。
 私の友人にもホステスとして働いている友人はいましたし、変な偏見はありませんでしたが、その人は明らかにその偏見に部類されるような、いかにも男に媚びることで生きて来た人間という感じでした。
 本当に色々やらかしまして、結局は専務と既婚者である社員数名と不倫関係になり、一年も経たずに辞めて行ったのをあなたも覚えていることでしょう。
 
 ————とにかく、そんな最悪な状況の中でも、あなたは一際美しかった。
 
 中年太りのメタボなおっさんとそこそこな年齢の女性社員しかいないようなこの会社で、私にとっては唯一の癒しという感じです。
 仕事もできましたし、何より顔がいいので、たくさん営業を取っていました。
 特に、女性経営者の会社からは絶大な支持をえていましたね。

 あなたは知らないと思いますが、あなたが契約を取った後に別の社員が対応に行ったら、汚物でも見るような目で「あの綺麗な社員さんを呼んで来て」と怒鳴られたこともあったくらいです。
 おっさん社員たちは、あなたの美しさに嫉妬して目の敵にしていたのを、私たち女子社員は必死に守ったものです。
 本当にいい歳をした大人がやることではないのですが、領収書をあなたの分だけわざと破って捨てたり、ミーティングの時間をわざと遅れてくるように別の時間を伝えたり……
 他にもたくさんの嫌がらせをしていたんです。
 
 それでも、私たち女子社員は、あなたを守ろうといつも目を光らせていました。
 やっと入った優秀な社員を、こんなくだらない男の嫉妬で潰されてたまるかと思っていたのです。

 私も上司として、あなたにはできるだけ優しく接していました。

 
 そんな時、私と二人で、離島にある島まで営業で行った時のことを覚えていますか?
 大雨が降って、フェリーが欠航になり仕方がなく二人で島に唯一ある旅館とうか、民宿というか、小さな古びた宿泊施設に泊まったことがありましたね。
 空いている部屋が一つしかなくて、あなたは気を使って「自分は廊下で寝ますから」なんて言って、部屋の外に出て行こうとしたのを、私は必死に引き止めました。

 大事な部下を、廊下で寝させるなんてそんなこと恐れ多くてできませんでした。
 もしそんなことがバレたら、私は他の女子社員から白い目で見られてしまう。
 あなたは我が社の王子様でしたから……

 朝になるまでやることもなかったですし、あなたの二人きりだなんて緊張してとても眠れる気がしなかったので、結局二人で飲み明かすことになりましたね。
 見たことのない色をした魚のお刺身がとても美味しかった。
 あれは、なんて名前の魚だったのか、未だに思い出せません。

 私は相当酔っ払ってしまって、最後はうっかり眠ってしまいました。
 とても恥ずかしい姿を見せてしまったかもしれません。
 あの時は、本当にごめんなさい。
 お酒に酔った勢いとはいえ、あんなことをしてしまって……

 ————でも、あなたも満更ではなかったんでしょう?
 だから、あの夜の出来事を会社に戻っても誰にも話さなかった。

 私は上司で、あなたは部下でしたから、一歩間違えればセクハラだと訴えられてしまったかもしれません。
 ハラスメントというのは、相手が嫌だと思ったらそれで成立してしまうのだそうです。

 あなたは、嫌ではなかった。そういうことでしょう?
 あれ以来、あなたと私の距離はほんの少し近づいたような気がしていました。
 私もこんな年齢ですから、実家に帰ると無神経な近所のおばさんに「結婚はまだか」と何度も聞かれてうんざりしていたんです。

 あなたさえ良ければ————なんて、少しだけ期待したりしていたんです。
 だって、あなたはあの後も、私の誘いを断らなかったじゃないですか。
 別の年、あれもまた台風の日ですね。

 天気がものすごく悪くて、まだお昼にもなっていないのに真っ暗で……
 家が近くてなんとか出社したのは私とあなただけ。
 結局、珍しく帰宅命令が出て帰ることになりましたが、あの時、誰もいないオフィスで二人でほんの少しだけ過ごしたあの時間も、私はきっと、ずっと忘れないでしょう。
 
 だって、今でも時々思い出しては体が疼くのです。
 あの時、間違い電話が鳴らなければ、きっと最後まで————なんて、想像したりするんですよ。

 だから、今だに信じられません。
 そんなあなたが、私たちの、私の王子様がもうこの世にいないなんて。

 本当に、信じられないんです。
 いつも爽やかな笑顔で、その美しすぎる国宝級の顔で、私の心のオアシスとなっていたあなたが、もう、二度とここへ来ることがないなんて、信じられません。
 
 あなたのデスクや給湯室の棚、社員用のロッカーにも、あなたの荷物は残されていて、あなたがここにいた形跡がまだ残っているのに……
 不意に、ひょっこり現れて、また私が勝手にあなたのマグカップを使っているのを笑いながら諌めに来るのではないかと、思ってしまうのです。


 あなたを殺したのは、隣に住んでいた女だと聞きました。
 一体、どういう関係だったのですか?

 テレビのニュースでも、ネットでもそんな話で溢れかえっていて、「被害者の男性がイケメンすぎる」なんて記事が出て、いっそう騒がれていました。
 中には「こんなにイケメンなら、女性関係のトラブルがあって当たり前」「絶対顔だけのクズ」「女の敵。死んで当然。地獄に落ちろ」だとか、そんな誹謗中傷もありました。
 あなたは決して、そんな人ではなかったと、私は知っています。

 そんな汚い言葉で、私の王子様を穢さないで欲しい。
 何もかも、すべてはあなたの命を奪った、あの女のせいです。

 あなたは優しい人だから、きっと今頃天国にいるのでしょうね。
 
 どうか、そこから私を見ていてください。見守っていてください。
 
 私はあなた以外、もう誰も愛さないと決めました。私が愛しているのはあなただけです。
 これから先も、私の心も体も、全部あなたに捧げてもう少しだけ生きてみます。

 だから、どうか、私が私の人生を終えた時は、また私を抱いてくださいね。
 あなたの長い指で、私の体をなぞってください。
 あなたのその薄い唇で、私の体に消えない痕を残してください。
 その日を夢見て、私は生きます。どうか、それまで待っていてください。


 愛しています。愛しています。
 心の底から、私はあなたを愛しています。


 私は、あなたのもので、あなたは、私のものです。

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