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18 決意の夜半
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「十日後、ここを立つ」
疲れた顔のジョシュアが、重々しく告げたのは、年が明けてすぐのことだった。
新年の祝いもほとんどせず、周囲の貴族の挨拶も断っていた。軍閥貴族と言われる家系は、ジョシュアの置かれた立場を理解して、簡単な書状で済ませてくれたが、それ以外の貴族たちの中には、強く反発する人間も多かった。特に、王に近ければ近いほど、ジョシュアを侮っていた。
レイナールは忙しいジョシュアの代わりに返事をしたためた。返礼の品は、アルバートと相談して決めた。
鬱々とした状態の中、レイナールは何も言わず、ジョシュアに付き添うだけだった。どれだけ彼が遅くに帰ってこようとも、無理矢理起きて出迎え、朝早くに出て行く前に、寝間着のままでも見送り、ハグとキスをする。
ただそれだけの平穏な日常が、あと十日で終わってしまうことに、レイナールは動揺した。
「そう、ですか……」
静かに相づちをうつのが精一杯で、ジョシュアもそれ以上何も言わないものだから、アルバートが心配そうに見守っている。
いい考えは浮かばず、国王を翻意させることができなかった。ジョシュアは指を組んだまま俯き、微動だにしない。こちらを見ることのない彼に、レイナールはここまでに考えていた、自分にしかできないことを実行するときが来たのだと、密かに深呼吸をした。
夜が更けて、すっかり寝る準備を整えたレイナールは、自室を抜け出した。薄い寝間着で歩く廊下は肌寒く、背を丸めながら、足早に目的地へ向かう。
ジョシュアの寝室を訪れるのは、初めてのことだった。いつも、彼の方からレイナールの部屋に来て、酒を手にして語らった。もっとも、真夜中の逢瀬も帝国との戦争の話が出てからは、一切なかったが。
扉の前で一度呼吸して落ち着いて、ノックする。
誰もいない廊下は静かで、冷えた空気に、小さなコツコツという音がやけに響いた。
「はい」
受け答えがやや丁寧なのは、祖父の可能性を考慮してのことだろう。
「レイナールです。入っても構いませんか?」
名乗ると、扉の向こうの空気は一瞬ためらったように感じた。それから、そっと扉が開けられる。同時に、レイナールは突進して、ジョシュアに抱きついた。
「レイ。どうした、こんな夜中に……」
びくともしなかったが、突然のことに、さすがのジョシュアの声も慌てている。ぎゅっと抱き締めて離そうとしないレイナールに、呆れるでもなく、ただ髪を撫で、話し始めるのを待っていてくれる。
顔を上げ、潤んだ目で見上げてみるが、ジョシュアは「ん?」と、小首を傾げるだけだ。
遠回しの行動だけでは伝わらない。軍人は人の心も読んで、戦略に生かさなければならないはずなのに、どうも彼は、わかってほしいときにわかってくれない。
なので、レイナールはドキドキしながら、口に出した。
「ジョシュア様。私を、本当のパートナーにしてください」
ようやく意図を正しく理解してくれたようで、ジョシュアは戸惑いながら、「いや、しかし……」と、明らかに狼狽している。突き放すことも、抱き締めることもできずに、レイナールから手を離して、空中で握ったり開いたりしている動作は、相変わらずの天然で、レイナールは思わず笑ってしまった。
笑顔が緊張感を一掃した。ジョシュアはやや安堵した顔で、レイナールをベッドに座るように促す。横に並んだ彼は、まっすぐにレイナールの目を覗き込んだ。
「本当のパートナーが、どういうことをするのか、わかってて言っているのか?」
尋ねつつ、彼は実践で「こういうことだぞ」とわからせようというのか、レイナールの首筋に柔らかく噛みついた。
身も心も結ばれたパートナー、夫婦の夜の営みについて、経験のないレイナールでもしっかり把握していた。だから、今日はいつも以上に念入りに身体を洗った。湯上がりには、普段つけない花の匂いのする油を塗って、すべすべにしてきた。
「っ、ん……わ、わかって、言っているのです」
吐息と彼の短い髪が敏感な部位をくすぐり、レイナールは呼吸を乱しつつも、なんとかジョシュアに向かって返答をする。逞しい背に腕を回し、レイナールは彼を引き寄せながら、ベッドに身を横たえる。
潰さないようにと手をついたジョシュアに微笑みかけて、レイナールは自分の着ている夜着のボタンを外す。彼の前に裸体をさらすという緊張からか、小さなボタンに指がなかなかかからず、「あれ?」と、余計に焦った。
うまく動かない手に、ジョシュアの手が重なる。レイナールの小さな手はすっぽりと覆われて、ぎゅっと握られると、鼓動が速くなっていく。
今さらながら、自分から誘うなんてはしたなかったか、と、少し後悔した。「続きはまた今度」と言った彼の言葉を信じて、ジョシュアからの行動を待つべきだったのではないか。
不安になってジョシュアを見上げると、突然唇を奪われる。何もかもがレイナールよりも大きいつくりの彼は、もちろん口も大きく、食べられてしまいそうだった。
「ふ、んっ、んん……っ」
口内を蹂躙する舌に、必死に追いつこうとするけれど、結局は一方的に吸われ、貪られ、息が上がっていく。意識が飛びそうになったところでようやく解放されたレイナールは、涙の滲む目で、ジョシュアを見上げる。
彼の顔は、見たことがないほど歪んでいた。涙は零れていなかったけれど、泣いているように見えた。
軍人は、常に死と隣り合わせだ。しかし、戦場ではないところで命を散らす運命は、受け入れがたいのだ。
生きたい、生きたい。
彼の心音が、そう言っている。
レイの隣で、つつがなく一生を過ごしたい。
そう思ってくれているというのは、うぬぼれが過ぎるだろうか。
レイナールは手を伸ばし、彼の首を掻き抱いた。
「お願い……全部、ジョシュア様のものになりたい」
嵐のように覆い被さってきたジョシュアを、レイナールは目を閉じて受け入れた。
疲れた顔のジョシュアが、重々しく告げたのは、年が明けてすぐのことだった。
新年の祝いもほとんどせず、周囲の貴族の挨拶も断っていた。軍閥貴族と言われる家系は、ジョシュアの置かれた立場を理解して、簡単な書状で済ませてくれたが、それ以外の貴族たちの中には、強く反発する人間も多かった。特に、王に近ければ近いほど、ジョシュアを侮っていた。
レイナールは忙しいジョシュアの代わりに返事をしたためた。返礼の品は、アルバートと相談して決めた。
鬱々とした状態の中、レイナールは何も言わず、ジョシュアに付き添うだけだった。どれだけ彼が遅くに帰ってこようとも、無理矢理起きて出迎え、朝早くに出て行く前に、寝間着のままでも見送り、ハグとキスをする。
ただそれだけの平穏な日常が、あと十日で終わってしまうことに、レイナールは動揺した。
「そう、ですか……」
静かに相づちをうつのが精一杯で、ジョシュアもそれ以上何も言わないものだから、アルバートが心配そうに見守っている。
いい考えは浮かばず、国王を翻意させることができなかった。ジョシュアは指を組んだまま俯き、微動だにしない。こちらを見ることのない彼に、レイナールはここまでに考えていた、自分にしかできないことを実行するときが来たのだと、密かに深呼吸をした。
夜が更けて、すっかり寝る準備を整えたレイナールは、自室を抜け出した。薄い寝間着で歩く廊下は肌寒く、背を丸めながら、足早に目的地へ向かう。
ジョシュアの寝室を訪れるのは、初めてのことだった。いつも、彼の方からレイナールの部屋に来て、酒を手にして語らった。もっとも、真夜中の逢瀬も帝国との戦争の話が出てからは、一切なかったが。
扉の前で一度呼吸して落ち着いて、ノックする。
誰もいない廊下は静かで、冷えた空気に、小さなコツコツという音がやけに響いた。
「はい」
受け答えがやや丁寧なのは、祖父の可能性を考慮してのことだろう。
「レイナールです。入っても構いませんか?」
名乗ると、扉の向こうの空気は一瞬ためらったように感じた。それから、そっと扉が開けられる。同時に、レイナールは突進して、ジョシュアに抱きついた。
「レイ。どうした、こんな夜中に……」
びくともしなかったが、突然のことに、さすがのジョシュアの声も慌てている。ぎゅっと抱き締めて離そうとしないレイナールに、呆れるでもなく、ただ髪を撫で、話し始めるのを待っていてくれる。
顔を上げ、潤んだ目で見上げてみるが、ジョシュアは「ん?」と、小首を傾げるだけだ。
遠回しの行動だけでは伝わらない。軍人は人の心も読んで、戦略に生かさなければならないはずなのに、どうも彼は、わかってほしいときにわかってくれない。
なので、レイナールはドキドキしながら、口に出した。
「ジョシュア様。私を、本当のパートナーにしてください」
ようやく意図を正しく理解してくれたようで、ジョシュアは戸惑いながら、「いや、しかし……」と、明らかに狼狽している。突き放すことも、抱き締めることもできずに、レイナールから手を離して、空中で握ったり開いたりしている動作は、相変わらずの天然で、レイナールは思わず笑ってしまった。
笑顔が緊張感を一掃した。ジョシュアはやや安堵した顔で、レイナールをベッドに座るように促す。横に並んだ彼は、まっすぐにレイナールの目を覗き込んだ。
「本当のパートナーが、どういうことをするのか、わかってて言っているのか?」
尋ねつつ、彼は実践で「こういうことだぞ」とわからせようというのか、レイナールの首筋に柔らかく噛みついた。
身も心も結ばれたパートナー、夫婦の夜の営みについて、経験のないレイナールでもしっかり把握していた。だから、今日はいつも以上に念入りに身体を洗った。湯上がりには、普段つけない花の匂いのする油を塗って、すべすべにしてきた。
「っ、ん……わ、わかって、言っているのです」
吐息と彼の短い髪が敏感な部位をくすぐり、レイナールは呼吸を乱しつつも、なんとかジョシュアに向かって返答をする。逞しい背に腕を回し、レイナールは彼を引き寄せながら、ベッドに身を横たえる。
潰さないようにと手をついたジョシュアに微笑みかけて、レイナールは自分の着ている夜着のボタンを外す。彼の前に裸体をさらすという緊張からか、小さなボタンに指がなかなかかからず、「あれ?」と、余計に焦った。
うまく動かない手に、ジョシュアの手が重なる。レイナールの小さな手はすっぽりと覆われて、ぎゅっと握られると、鼓動が速くなっていく。
今さらながら、自分から誘うなんてはしたなかったか、と、少し後悔した。「続きはまた今度」と言った彼の言葉を信じて、ジョシュアからの行動を待つべきだったのではないか。
不安になってジョシュアを見上げると、突然唇を奪われる。何もかもがレイナールよりも大きいつくりの彼は、もちろん口も大きく、食べられてしまいそうだった。
「ふ、んっ、んん……っ」
口内を蹂躙する舌に、必死に追いつこうとするけれど、結局は一方的に吸われ、貪られ、息が上がっていく。意識が飛びそうになったところでようやく解放されたレイナールは、涙の滲む目で、ジョシュアを見上げる。
彼の顔は、見たことがないほど歪んでいた。涙は零れていなかったけれど、泣いているように見えた。
軍人は、常に死と隣り合わせだ。しかし、戦場ではないところで命を散らす運命は、受け入れがたいのだ。
生きたい、生きたい。
彼の心音が、そう言っている。
レイの隣で、つつがなく一生を過ごしたい。
そう思ってくれているというのは、うぬぼれが過ぎるだろうか。
レイナールは手を伸ばし、彼の首を掻き抱いた。
「お願い……全部、ジョシュア様のものになりたい」
嵐のように覆い被さってきたジョシュアを、レイナールは目を閉じて受け入れた。
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