クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第13部

第一章 交錯する想い①

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 ――平和の国。アティス王国。
 その名に相応しい晴天の下で、彼は遠くを見つめていた。
 年齢は二十代の前半。
 やや細身ながらも、徹底的に鍛え上げられていることがよく分かる体に、白いつなぎを身に着けた青年だ。

 ――アッシュ=クライン。
 クライン工房の若き主人である。

 アッシュは工房の前の道で、無言のまま佇んでいた。
 沈黙が続く。
 が、ややあって、毛先だけがわずかに黒い白髪をくしゃくしゃと搔き乱した。
 その表情には、深い苦悩を浮かべている。


(……本当なのか)


 アッシュは、ずっと自問を繰り返していた。
 頭の中に浮かぶのは、先日弟から聞いたある事実だ。


『兄さんのことをボクに教えてくれたのは姉さんなんだよ。そう。生きているんだ。サクヤ姉さんは今も生きているんだよ』


 弟は確かにそう告げた。
 正直に言えば、信じがたい話だ。
 仮に弟以外の人間から聞かされれば、ふざけるなと怒鳴りつけていただろう。
 ――いや、それどころか、きっと相手を殴りつけている。
 たとえ冗談であったとしても許せない。
 それほどまでに、その話はアッシュにとって禁句であり、特別だった。


(……サクヤ)


 アッシュは空を見上げた。
 鳥が羽ばたく姿が見える。とても清々しい空だ。
 しかし、アッシュの表情は暗く曇っている。

 ――あの日。
 サクヤは、アッシュの腕の中で消えた。
 光となって消えたのだ。
 あの時の絶望感は、今でも両腕と心に残っている。
 その後の日々も。
 生きることさえ億劫だった。
 いっそ、彼女の後を追おうかと何度も思った。
 自分が生き続ける理由が分からなかった。
 もし、ユーリィがいなければ、自分は今生きていないだろう。
 それほどまでに辛い時間だった。
 アッシュは強く拳を固めた。


『サクヤ姉さんはこの国に来ているんだ』


 弟はそうも言っていた。
 あの日――いや、もっと以前から。
 一度も掴むことの出来なかった彼女の手。
 その彼女が今、この国にいる。
 アッシュは黒い瞳を静かに閉ざした。
 彼女を探し出すのは簡単だ。
 もし、本当に彼女がこの国にいるのなら――。


「…………」


 アッシュは意識を集中した。
 他者の気配を読む《星読み》だ。
 アッシュは、探査範囲をこの国全体に向けた。
 脳裏に浮かぶ数えきれないほどの星の数。
 その中において、月のように一際輝く大きな星。
 王城辺りにある気配だ。

 これはユーリィだ。《金色の星神》であるあの子の気配は桁違いだった。
 今日は王城に用があるということで、ユーリィは朝から九号を連れて出かけている。

 そして王城の近くには、ユーリィよりは劣るが、もう一つ大きな気配があった。
 これは、弟が妹のように可愛がっているアイリの気配だろう。
 あの子は《銀色の星神》だと聞いている。気配が大きいのは当然だ。

 さらに意識を集中すると、その近くにもう一つ気配があることに気付く。
 一般人よりは少し大きいが、アイリよりは小さな気配。
 これはきっと、《星神》のハーフであるサーシャの気配だ。
 サーシャも、王城に何か用があったのだろう。

 この国にいる《星神》の血を引く少女達。
 この三人までは想定内だ。

 だが――。


「…………」


 アッシュは無言のまま、拳をさらに固めた。
 もう一つ。
 もう一つだけ気配がある。
 場所は、恐らく市街区辺りか。
 ユーリィにも劣らないほどに強い気配がそこにある。


「……………」


 まるで、夜空に輝く双月のように――。
 金色の光を放つ気配がもう一つ、確かにそこにあった。
 アッシュは、ゆっくりと瞳を開いた。
 あれほどの気配を放つ者は、ユーリィ以外では一人しか考えられない。
 ユーリィと双璧を成す《黄金》だけだ。
 アッシュは再び、蒼い空を見上げた。
 弟の話を疑っていた訳ではない。
 弟がこんな悪質な嘘をつくはずもない。
 けれど、こうして自分で事実を目の当たりにしてアッシュは深く唇を噛んだ。
 彼女は――サクヤは、生きてこの国にいる。


「……サクヤ」


 彼女の名を呟く。
 一体、何が起きているのか。
 どうして、彼女が生きているのか。
 果たして、弟の言うように正気を取り戻しているのか。
 何もかもが分からない。
 分かるはずがない。
 だがしかし、それでも――。


「……サクヤ」


 アッシュはグッと瞳を閉じた。
 脳裏に輝く数多の星々。
 そこには、かつて失った大切な光もまた輝いていた。
 彼女は間違いなく、そこに存在しているのだ。
 もう二度と逢えないと思っていた彼女が、すぐ傍に……。


「……サク。本当に、本当にお前はそこに居るんだよな?」


 アッシュのその呟きは、風の中に消えた。
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