496 / 499
第15部
第八章 二人の未来⑦
しおりを挟む
「……すげえな。サーシャの奴」
アッシュの腕を掴んだまま、レナが、ポツリと呟いた。
彼女は、まじまじと舞台を見つめていた。
「あの猛攻をよく凌いでるよ。大したもんだ」
「……まあな」
アッシュが、険しい顔で頷く。
「あの子は諦めない子だからな。自分が出来ることを考えて必死に堪えている」
舞台でが、《ホルン》は満身創痍の状態で立っていた。
装甲の損傷は激しく、すでに円盾は腕から外れており、長剣は、大きな刃こぼれを起こしている。時折、関節から火花も散らしていた。
しかし、それでも闘志だけは衰えない。
純白の鎧機兵は、真っ直ぐ敵を――《パルティーナ》を見据えていた。
《パルティーナ》は長尺刀を脇に構えて、間合いを図っていた。
――いや、あれは図っているというよりも……。
「……最後の一撃を狙っているようだな」
ボソリ、とそう告げたのは、今までほとんど口を開かなかったラゴウだった。
アッシュとレナが、後ろに立つラゴウに視線を向けた。
「……ふむ。やはりそうか」
主君であるゴドーも、腹心を見やる。
「すでに戦闘開始から、すでに四分。シェーラ君も限界のはずだからな」
「……やっぱ、フォクスさんは《焦熱》を使ってんのか」
そう呟いたのはレナだった。
流石は現役の傭兵。レナもまた、シェーラの異常には気付いていた。
ビッグモニターを見やる。
険しい表情のサーシャ。これだけの劣勢だ。サーシャは肩で息をしていた。
しかし、シェーラの方と言えば……。
『……はァ、はア、はア……』
零れ落ちる呼気。
優勢のはずのシェーラは、サーシャ以上に苦しそうだった。
ずっと、呼吸困難のように息を荒らげている。額からは大量の汗を流していた。
今、戦闘を中断しているのは、間合いを図るためではない。
限界を察して、最後の一撃のために、必死に呼気を整えているのだ。
シェーラの異常な消耗ぶりは、対戦相手であるサーシャも、ビッグモニターを見る観客たちも気付いていた。
困惑しつつも、シェーラの必死の眼差しに言葉を失っている。
「……次の一撃にすべてを賭けるか」
ゴドーは、双眸を細めた。
「ラゴウよ。シェーラ君には、何か切り札はあるのか?」
「……一つだけ」
ラゴウは、弟子の姿を見据えつつ、主君に答える。
「……吾輩の必殺の闘技を一つだけ授けました」
「………ほう」
興味深そうに、ゴドーは呟く。
アッシュとレナも、ラゴウに注目していた。
「会得したとは、流石に言い難い」
ラゴウは、さらに語る。
「されど、あの娘には、やはり優れた才があります。形だけではありますが、成っております。今のあの娘に、あれ以上の闘技はないでしょうな」
「今は、その闘技のための準備ってことか」
アッシュは、視線を舞台に戻した。
二機は静かに対峙している。
サーシャとしては、この隙に攻撃したいところだろうが、激しく消耗しているのは彼女も同じだ。サーシャも呼気を整えるのに必死だった。
(……サーシャ)
アッシュは、グッと拳を固めた。
恐らく、これが最後の勝負だ。
フォクス選手の一撃を凌げれば、サーシャの勝ちだろう。
だが、それは、フォクス選手の方も、よく理解しているはず。
すべてを賭けて、渾身の一撃を放ってくるに違いない。
「……いよいよ決着だな」
「……ああ。そうだな」
ゴドーの呟きに、アッシュが訥々と答える。
ラゴウは何も語らない。レナは静かにアッシュの腕を強く掴んだ。
VIPルームは、静寂に包まれた――。
(……フォクスさん)
一方、《ホルン》の中で、サーシャは神妙な顔を見せていた。
ビッグモニターに目をやる。
そこには、荒い呼吸のフォクス選手の姿が映されていた。
(……どうして?)
眉根を寄せる。
圧倒的に劣勢だった自分が消耗するのは分かる。
今も、呼吸が整い切っていなかった。汗も止まらない。
けれど、優勢だったフォクス選手が、どうしてあそこまで消耗しているのか。
肩で息をする彼女は、今にも倒れそうな顔色だった。
体力がないとも考えられるが、それにしてもあの消耗は異常だ。
(一体、何が起きてるの?)
疑問が浮かぶ。
しかし、ここで構えを解く訳にもいかなかった。
何故なら、フォクス選手の眼差しが、まるで死んでいないからだ。
燃えるような闘志を宿した眼光でサーシャを――《ホルン》を見据えている。
この強い眼差しがあるからこそ、異常を感じつつも、サーシャは構えが解けず、運営陣も試合を止められずにいた。
(……フォクスさんはまだ戦うつもりだ)
それを肌で感じ取る。
サーシャは、大きく息を吐き出した。
フォクス選手の闘志は、本当に見事なものだ。
彼女はこの大会で優勝したら、愛する人と結ばれるという話だ。
きっと、その人のことが、もの凄く好きなのだろう。
だが、それは、サーシャも同じことだった。
(うん。私だって負けられない)
愛機の性能も。
操手としての力量も、フォクス選手には及ばない。
けれど、想いの強さだけでは負けないつもりだ。
サーシャの愛する人は、今もどこかで彼女を応援してくれているはずだ。
彼の気持ちに応えたかった。
(……アッシュ)
サーシャは、キュッと唇を噛みしめた。
――何度、彼に助けられたことだろうか。
――何度、彼に抱きしめられて安堵したことだろうか。
彼のことを想うと、胸の奥がいつも熱くなる。
(……私は、アッシュのことが好き。愛している)
この想いは、サーシャの根源とも呼べる力だった。
サーシャは、操縦棍をグッと強く握りしめた。
――と、
『……サーシャ、さん』
おもむろに、シェーラが口を開いた。
サーシャは《パルティーナ》を見据えた。
『何でしょうか。フォクスさん』
『見事、な戦いでした』
シェーラは、まだ落ち着かない呼吸のまま語る。
『本当は……五分以内に、決着をつけたかった。それ以上は、とても、シェーラの体が持たない、から……』
ここまで粘られたのは、シャーラにとっては想定外だった。
彼女の未来の義娘は、本当に手強かった。
『だから、これが最後の勝負で、あります。シェーラが、先生から教わった闘技。未完成だけど、それに、すべてを賭けるので、あります』
『…………』
サーシャは無言で《パルティーナ》を見据えた。
恐らく、シェーラの言葉に偽りはない。
彼女は、残された力を使って、最後の勝負に出るつもりなのだろう。
サーシャとしては選択肢がある。
――受けるか。それとも、避けるかだ。
この場合、勝負を避けることが必勝に繋がる。
シェーラの消耗具合は尋常ではない。そう遠くない内に自滅するのは明らかだ。
――そう。この勝負に勝って。
アッシュと結ばれるには、勝負を避けることこそがベストなのだ。
(……だけど)
サーシャは、苦笑を浮かべた。
これが実戦ならば、その選択もありかもしれない。
だが、これは試合なのだ。
それも、互いの想いの強さをぶつけ合うための試合なのである。
だったら、ここで逃げる選択などあり得ない。
それをしてしまったら、アッシュを想うサーシャの気持ちが、シェーラの想いに負けていると宣言するようなものだ。
『……分かりました』
サーシャは、微笑んだ。
『フォクスさんの最後の勝負。お受けします』
『……ありがとうございます』
シェーラもまた微笑んだ。
『心から、感謝します』
そう告げて、シェーラの愛機・《パルティーナ》は片手突きの構えを向けた。
対するサーシャの愛機・《ホルン》も長剣を構えた。
互いの間合いは、およそ十数セージル。
二機は静かに対峙する。
観客席も、静寂に包まれた。
百人以上の人が集まっているというのに、誰一人、声を発さない。
そして――。
――ズガンッッ!
雷音が轟く!
《パルティーナ》が紫の閃光となって《ホルン》へと突進する!
だが、やはり消耗は激しかったのだろう。
その動きを、サーシャは見切ることが出来た。
(――見えた!)
サーシャは目を見開き、《ホルン》を操った。
白い鎧機兵はわずかに重心を沈めて、長尺刀の切っ先をかわした。
(――凌いだ!)
最後の攻撃はかわした。
シェーラにもう余力はない。後は反転し、攻撃を加えるだけだ。
サーシャは勝利を確信した――その時だった。
(――違う!)
研ぎ澄まされた感覚で瞬時に悟る。
彼女は最後の一撃は、未完成の闘技と呼んでいた。
しかし、これはただの刺突だ。直前の《雷歩》も未完成の闘技などではない。
(ここから何かが来るんだ!)
瞬き以下の時間で、そこまで察した。
――来る。来るとしたら、やはり剣からか。
長尺刀の刀身は丁度、《ホルン》の真横に有った。
ぞわり、と悪寒が奔る。
それは、決して目には見えない。
けれど、サーシャの瞳には刀身を中心に空気が歪んだように見えた。
(――マズい!)
サーシャは、強い危機感を抱く。
サーシャは知らないが、この闘技の名は《阿修羅斬》と言った。
刺突から武具を中心に、無数の《飛刃》を四方へと撃ち出す放出系の闘技だ。
《金妖星》ラゴウが編み出した、独自の闘技の一つである。
サーシャは、咄嗟に左腕を刀身と機体の間に割り込ませた。
しかし、きっと、これだけでは腕ごと弾かれてしまう。
どうにか、どうにかこの攻撃を受け止めなければ――。
(……盾! 盾が欲しい!)
そう思うが、《ホルン》の円盾は、すでに壊れている。
いかに極限状態で思考が加速していても、時間が停まっている訳ではない。
サーシャは、絶望を抱きそうになった――が、
『ん。基礎ばっかじゃあしんどいか。なら、たまには闘技でも教えるか』
不意に、彼の声が聞こえた。
その瞬間、サーシャはイメージした。
恒力を以て構築する。刃を防ぐ、無数の盾を――。
そして、
――ゴウンッッ!
轟風が吹き荒れる!
(……勝ったのであります!)
シェーラは、勝利を確信していた。
師より授かった《阿修羅斬》。
未熟な彼女では、威力も低く、数も少ない《飛刃》しか生み出すことできないが、この近距離で受ければ、損傷は計り知れない。
少なくとも、左腕と頭部は破壊されるはずだった。
(やったのであります! 叔父さま!)
シェーラの口元が思わず綻びそうになった、その時だった。
――ゆらり、と。
《パルティーナ》が大きな影で覆われた。
(……え?)
シェーラが唖然として見上げると、
(な、何故!?)
そこには、右の拳を振り上げる《ホルン》の姿があった。
しかも、多少の斬撃の損傷はあるが、左腕も、頭部も無事の姿だ。
(ふ、不発……いえ……)
まさか凌いだ?
初見のあの闘技を?
『――やああああああッ!』
呆然とするシェーラをよそに、サーシャは吠えた。
鋼の拳を、勢いよく振り下ろしたのである。
――ドゴンッッ!
拳の形をした鉄槌は、《パルティーナ》の頭部を打ち抜いた!
その勢いのまま、《パルティーナ》の全身は地面に叩き伏せられる。
(………あ)
大きくバウンドする操縦席の中で、シェーラは目を見開いた。
ブツン、と外の映像が消えた。愛機の頭部が破壊されたせいだ。
『……フォクス、さん』
そんな中、声だけが聞こえた。
『……私の、勝ちです』
少女の声だ。最後まで雄々しく戦い抜いた少女の声だった。
シェーラは、拳をグッと固めた。
「~~~~~~ッッ」
声にならない声を上げる。
けれど、彼女は、最後まで正々堂々と戦ったのだ。
ならば、その勝利を祝うのは、せめてもの礼儀だった。
『……見事であります。サーシャさん』
『……はい』
サーシャは微笑んだ。
『……とても勉強になりました。ありがとうございます。シェーラさん』
敬意から、自然と名前で呼んでいた。
シェーラは、微苦笑を零した。
本当に、この子はアラン叔父さまによく似ていると思った。
『……やはり、こればかりは、諦めきれないのでありますね』
『え? 何がですか?』
キョトンとした、サーシャの声が聞こえる。
シェーラは「むむむ」と呻きつつ、嘆息した時だった。
『――おおおおおおおおおおおッ! 決着がッ! 決着がつきました!』
司会者が、声を張り上げた。
『遂にッ! 遂に、決着がついたのです! 勝者はサーシャ=フラム選手! サーシャ=フラム選手です!』
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッッ‼」」」
観客席からも、大歓声が上がった。
次々と人が立ち上がり、興奮の声を上げている。
そして、改めて司会者が宣告する。
『まさに手に汗を握る熱戦でありました! 前回の覇者を破り、見事優勝したのはサーシャ=フラム選手! 第十八回 《夜の女神杯》 優勝者は、サーシャ=フラム選手です!』
『……サーシャさん』
そんな中、シェーラが告げる。
『応えて上げてください。あなたは勝者なのですから』
『は、はい。シェーラさん』
まるで母のような優しい声で促されて、サーシャはコクコクと頷いた。
そして愛機・《ホルン》が拳を天に突き出した。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッッ‼」」」
大歓声と喝采は、留まることを知らなかった。
アッシュの腕を掴んだまま、レナが、ポツリと呟いた。
彼女は、まじまじと舞台を見つめていた。
「あの猛攻をよく凌いでるよ。大したもんだ」
「……まあな」
アッシュが、険しい顔で頷く。
「あの子は諦めない子だからな。自分が出来ることを考えて必死に堪えている」
舞台でが、《ホルン》は満身創痍の状態で立っていた。
装甲の損傷は激しく、すでに円盾は腕から外れており、長剣は、大きな刃こぼれを起こしている。時折、関節から火花も散らしていた。
しかし、それでも闘志だけは衰えない。
純白の鎧機兵は、真っ直ぐ敵を――《パルティーナ》を見据えていた。
《パルティーナ》は長尺刀を脇に構えて、間合いを図っていた。
――いや、あれは図っているというよりも……。
「……最後の一撃を狙っているようだな」
ボソリ、とそう告げたのは、今までほとんど口を開かなかったラゴウだった。
アッシュとレナが、後ろに立つラゴウに視線を向けた。
「……ふむ。やはりそうか」
主君であるゴドーも、腹心を見やる。
「すでに戦闘開始から、すでに四分。シェーラ君も限界のはずだからな」
「……やっぱ、フォクスさんは《焦熱》を使ってんのか」
そう呟いたのはレナだった。
流石は現役の傭兵。レナもまた、シェーラの異常には気付いていた。
ビッグモニターを見やる。
険しい表情のサーシャ。これだけの劣勢だ。サーシャは肩で息をしていた。
しかし、シェーラの方と言えば……。
『……はァ、はア、はア……』
零れ落ちる呼気。
優勢のはずのシェーラは、サーシャ以上に苦しそうだった。
ずっと、呼吸困難のように息を荒らげている。額からは大量の汗を流していた。
今、戦闘を中断しているのは、間合いを図るためではない。
限界を察して、最後の一撃のために、必死に呼気を整えているのだ。
シェーラの異常な消耗ぶりは、対戦相手であるサーシャも、ビッグモニターを見る観客たちも気付いていた。
困惑しつつも、シェーラの必死の眼差しに言葉を失っている。
「……次の一撃にすべてを賭けるか」
ゴドーは、双眸を細めた。
「ラゴウよ。シェーラ君には、何か切り札はあるのか?」
「……一つだけ」
ラゴウは、弟子の姿を見据えつつ、主君に答える。
「……吾輩の必殺の闘技を一つだけ授けました」
「………ほう」
興味深そうに、ゴドーは呟く。
アッシュとレナも、ラゴウに注目していた。
「会得したとは、流石に言い難い」
ラゴウは、さらに語る。
「されど、あの娘には、やはり優れた才があります。形だけではありますが、成っております。今のあの娘に、あれ以上の闘技はないでしょうな」
「今は、その闘技のための準備ってことか」
アッシュは、視線を舞台に戻した。
二機は静かに対峙している。
サーシャとしては、この隙に攻撃したいところだろうが、激しく消耗しているのは彼女も同じだ。サーシャも呼気を整えるのに必死だった。
(……サーシャ)
アッシュは、グッと拳を固めた。
恐らく、これが最後の勝負だ。
フォクス選手の一撃を凌げれば、サーシャの勝ちだろう。
だが、それは、フォクス選手の方も、よく理解しているはず。
すべてを賭けて、渾身の一撃を放ってくるに違いない。
「……いよいよ決着だな」
「……ああ。そうだな」
ゴドーの呟きに、アッシュが訥々と答える。
ラゴウは何も語らない。レナは静かにアッシュの腕を強く掴んだ。
VIPルームは、静寂に包まれた――。
(……フォクスさん)
一方、《ホルン》の中で、サーシャは神妙な顔を見せていた。
ビッグモニターに目をやる。
そこには、荒い呼吸のフォクス選手の姿が映されていた。
(……どうして?)
眉根を寄せる。
圧倒的に劣勢だった自分が消耗するのは分かる。
今も、呼吸が整い切っていなかった。汗も止まらない。
けれど、優勢だったフォクス選手が、どうしてあそこまで消耗しているのか。
肩で息をする彼女は、今にも倒れそうな顔色だった。
体力がないとも考えられるが、それにしてもあの消耗は異常だ。
(一体、何が起きてるの?)
疑問が浮かぶ。
しかし、ここで構えを解く訳にもいかなかった。
何故なら、フォクス選手の眼差しが、まるで死んでいないからだ。
燃えるような闘志を宿した眼光でサーシャを――《ホルン》を見据えている。
この強い眼差しがあるからこそ、異常を感じつつも、サーシャは構えが解けず、運営陣も試合を止められずにいた。
(……フォクスさんはまだ戦うつもりだ)
それを肌で感じ取る。
サーシャは、大きく息を吐き出した。
フォクス選手の闘志は、本当に見事なものだ。
彼女はこの大会で優勝したら、愛する人と結ばれるという話だ。
きっと、その人のことが、もの凄く好きなのだろう。
だが、それは、サーシャも同じことだった。
(うん。私だって負けられない)
愛機の性能も。
操手としての力量も、フォクス選手には及ばない。
けれど、想いの強さだけでは負けないつもりだ。
サーシャの愛する人は、今もどこかで彼女を応援してくれているはずだ。
彼の気持ちに応えたかった。
(……アッシュ)
サーシャは、キュッと唇を噛みしめた。
――何度、彼に助けられたことだろうか。
――何度、彼に抱きしめられて安堵したことだろうか。
彼のことを想うと、胸の奥がいつも熱くなる。
(……私は、アッシュのことが好き。愛している)
この想いは、サーシャの根源とも呼べる力だった。
サーシャは、操縦棍をグッと強く握りしめた。
――と、
『……サーシャ、さん』
おもむろに、シェーラが口を開いた。
サーシャは《パルティーナ》を見据えた。
『何でしょうか。フォクスさん』
『見事、な戦いでした』
シェーラは、まだ落ち着かない呼吸のまま語る。
『本当は……五分以内に、決着をつけたかった。それ以上は、とても、シェーラの体が持たない、から……』
ここまで粘られたのは、シャーラにとっては想定外だった。
彼女の未来の義娘は、本当に手強かった。
『だから、これが最後の勝負で、あります。シェーラが、先生から教わった闘技。未完成だけど、それに、すべてを賭けるので、あります』
『…………』
サーシャは無言で《パルティーナ》を見据えた。
恐らく、シェーラの言葉に偽りはない。
彼女は、残された力を使って、最後の勝負に出るつもりなのだろう。
サーシャとしては選択肢がある。
――受けるか。それとも、避けるかだ。
この場合、勝負を避けることが必勝に繋がる。
シェーラの消耗具合は尋常ではない。そう遠くない内に自滅するのは明らかだ。
――そう。この勝負に勝って。
アッシュと結ばれるには、勝負を避けることこそがベストなのだ。
(……だけど)
サーシャは、苦笑を浮かべた。
これが実戦ならば、その選択もありかもしれない。
だが、これは試合なのだ。
それも、互いの想いの強さをぶつけ合うための試合なのである。
だったら、ここで逃げる選択などあり得ない。
それをしてしまったら、アッシュを想うサーシャの気持ちが、シェーラの想いに負けていると宣言するようなものだ。
『……分かりました』
サーシャは、微笑んだ。
『フォクスさんの最後の勝負。お受けします』
『……ありがとうございます』
シェーラもまた微笑んだ。
『心から、感謝します』
そう告げて、シェーラの愛機・《パルティーナ》は片手突きの構えを向けた。
対するサーシャの愛機・《ホルン》も長剣を構えた。
互いの間合いは、およそ十数セージル。
二機は静かに対峙する。
観客席も、静寂に包まれた。
百人以上の人が集まっているというのに、誰一人、声を発さない。
そして――。
――ズガンッッ!
雷音が轟く!
《パルティーナ》が紫の閃光となって《ホルン》へと突進する!
だが、やはり消耗は激しかったのだろう。
その動きを、サーシャは見切ることが出来た。
(――見えた!)
サーシャは目を見開き、《ホルン》を操った。
白い鎧機兵はわずかに重心を沈めて、長尺刀の切っ先をかわした。
(――凌いだ!)
最後の攻撃はかわした。
シェーラにもう余力はない。後は反転し、攻撃を加えるだけだ。
サーシャは勝利を確信した――その時だった。
(――違う!)
研ぎ澄まされた感覚で瞬時に悟る。
彼女は最後の一撃は、未完成の闘技と呼んでいた。
しかし、これはただの刺突だ。直前の《雷歩》も未完成の闘技などではない。
(ここから何かが来るんだ!)
瞬き以下の時間で、そこまで察した。
――来る。来るとしたら、やはり剣からか。
長尺刀の刀身は丁度、《ホルン》の真横に有った。
ぞわり、と悪寒が奔る。
それは、決して目には見えない。
けれど、サーシャの瞳には刀身を中心に空気が歪んだように見えた。
(――マズい!)
サーシャは、強い危機感を抱く。
サーシャは知らないが、この闘技の名は《阿修羅斬》と言った。
刺突から武具を中心に、無数の《飛刃》を四方へと撃ち出す放出系の闘技だ。
《金妖星》ラゴウが編み出した、独自の闘技の一つである。
サーシャは、咄嗟に左腕を刀身と機体の間に割り込ませた。
しかし、きっと、これだけでは腕ごと弾かれてしまう。
どうにか、どうにかこの攻撃を受け止めなければ――。
(……盾! 盾が欲しい!)
そう思うが、《ホルン》の円盾は、すでに壊れている。
いかに極限状態で思考が加速していても、時間が停まっている訳ではない。
サーシャは、絶望を抱きそうになった――が、
『ん。基礎ばっかじゃあしんどいか。なら、たまには闘技でも教えるか』
不意に、彼の声が聞こえた。
その瞬間、サーシャはイメージした。
恒力を以て構築する。刃を防ぐ、無数の盾を――。
そして、
――ゴウンッッ!
轟風が吹き荒れる!
(……勝ったのであります!)
シェーラは、勝利を確信していた。
師より授かった《阿修羅斬》。
未熟な彼女では、威力も低く、数も少ない《飛刃》しか生み出すことできないが、この近距離で受ければ、損傷は計り知れない。
少なくとも、左腕と頭部は破壊されるはずだった。
(やったのであります! 叔父さま!)
シェーラの口元が思わず綻びそうになった、その時だった。
――ゆらり、と。
《パルティーナ》が大きな影で覆われた。
(……え?)
シェーラが唖然として見上げると、
(な、何故!?)
そこには、右の拳を振り上げる《ホルン》の姿があった。
しかも、多少の斬撃の損傷はあるが、左腕も、頭部も無事の姿だ。
(ふ、不発……いえ……)
まさか凌いだ?
初見のあの闘技を?
『――やああああああッ!』
呆然とするシェーラをよそに、サーシャは吠えた。
鋼の拳を、勢いよく振り下ろしたのである。
――ドゴンッッ!
拳の形をした鉄槌は、《パルティーナ》の頭部を打ち抜いた!
その勢いのまま、《パルティーナ》の全身は地面に叩き伏せられる。
(………あ)
大きくバウンドする操縦席の中で、シェーラは目を見開いた。
ブツン、と外の映像が消えた。愛機の頭部が破壊されたせいだ。
『……フォクス、さん』
そんな中、声だけが聞こえた。
『……私の、勝ちです』
少女の声だ。最後まで雄々しく戦い抜いた少女の声だった。
シェーラは、拳をグッと固めた。
「~~~~~~ッッ」
声にならない声を上げる。
けれど、彼女は、最後まで正々堂々と戦ったのだ。
ならば、その勝利を祝うのは、せめてもの礼儀だった。
『……見事であります。サーシャさん』
『……はい』
サーシャは微笑んだ。
『……とても勉強になりました。ありがとうございます。シェーラさん』
敬意から、自然と名前で呼んでいた。
シェーラは、微苦笑を零した。
本当に、この子はアラン叔父さまによく似ていると思った。
『……やはり、こればかりは、諦めきれないのでありますね』
『え? 何がですか?』
キョトンとした、サーシャの声が聞こえる。
シェーラは「むむむ」と呻きつつ、嘆息した時だった。
『――おおおおおおおおおおおッ! 決着がッ! 決着がつきました!』
司会者が、声を張り上げた。
『遂にッ! 遂に、決着がついたのです! 勝者はサーシャ=フラム選手! サーシャ=フラム選手です!』
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッッ‼」」」
観客席からも、大歓声が上がった。
次々と人が立ち上がり、興奮の声を上げている。
そして、改めて司会者が宣告する。
『まさに手に汗を握る熱戦でありました! 前回の覇者を破り、見事優勝したのはサーシャ=フラム選手! 第十八回 《夜の女神杯》 優勝者は、サーシャ=フラム選手です!』
『……サーシャさん』
そんな中、シェーラが告げる。
『応えて上げてください。あなたは勝者なのですから』
『は、はい。シェーラさん』
まるで母のような優しい声で促されて、サーシャはコクコクと頷いた。
そして愛機・《ホルン》が拳を天に突き出した。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッッ‼」」」
大歓声と喝采は、留まることを知らなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~
さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』
誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。
辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。
だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。
学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる
これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。
落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!
ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。
ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。
そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。
問題は一つ。
兄様との関係が、どうしようもなく悪い。
僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。
このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない!
追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。
それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!!
それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります!
5/9から小説になろうでも掲載中
完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣
織部
ファンタジー
ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。
背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。
母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。
セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。
彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。
セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。
「セラ、ウミ」
「ええ、そうよ。海」
ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します!
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる