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第3部
第四章 邂逅④
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ホテルの四階。階段へ続く廊下にて。
オトハは満面の笑顔を浮かべてユーリィの頭をポンポン叩いていた。
「エマリア。そんなに怒るな。クラインも悪気はなかったんだ」
「うるさい。黙れ。黒毛女」
バシッとオトハの手を払うユーリィ。
が、オトハは気にせず再びポンポンと叩く。
ユーリィは歩きながら、忙しくオトハの手を払い続ける。
「あなたの頭カラッポなの? アッシュのやったことは完全なセクハラ。あっさり許すあなたが変なの。天罰いる?」
「ま、まあ、あれは事故のようなものだしな。私はあの程度気にはしないぞ」
「……じゃあ、オニキスさんとかが同じことをしても?」
「ん? その時は首を飛ばすぞ」
「…………」
当然とばかりに告げるオトハに、ユーリィは無言になる。
アッシュは、そんな二人の後ろに少し離れた位置で眺めていた。
(やれやれ。本当に何があったんだ?)
そんなことを考えつつ、両腕を組んで黙々と二人についていく。
結局あの後。何一つ説明されず、困惑したままアッシュは実に二十分近くも例の「抱っこ」でユーリィを宥め続けることになった。
そして徐々に泣きやんでくるユーリィ。
すると、今度はオトハの様子が変になった。
最初は何やらもじもじしていたのだが、時々、うふふと笑いだすのだ。
が、すぐにかぶりを振る。そしてまたもじもじ。次はうふふ。それの繰り返しだ。
オトハとは長い付き合いなのだが、ここまで挙動不審な彼女は初めてだ。アッシュは冷や汗を流す。何か悪い物でも食べたのだろうか。
まあ、そんな心配をよそに、最終的にオトハはご機嫌になったのだが。
ともあれ、ようやくユーリィも落ち着き、アッシュ達は部屋を出ることにした。
そして繰り広げられる目の前の光景。もはや意味不明である。
と、悩んでいる内にも三人は階段を降りて、一階のラウンジに着いた。
(さて。メットさん達は……)
アッシュは丸テーブルが密集するラウンジを見渡した……が、
「あれ? メットさん達はどこだ?」
まばらに人はいるが、どこにもサーシャ達の姿がない。
「? おかしいな。さっきまではあの席にいたのだが……」
オトハが中央辺りのテーブルを指差す。そこに人はいなかった。
「……待ち切れずにどこかに行った?」
ユーリィが首を傾げる。
「いや、まだ今日の予定も決めていないんだ。流石にそれはないだろう」
オトハがあごに手を当てながら、ユーリィに答えた。
と、その時だった。
「失礼します。415号室のクライン様でしょうか?」
「……ん?」
不意に名前を呼ばれ、アッシュは振り向いた。
「クラインは俺だが……」
そこには、ロビーで受付嬢を担当する店員の一人がいた。
彼女は深々と一礼すると、
「実は、アリシア=エイシス様から言伝を承っております」
「言伝? アリシアから?」
アッシュは眉をひそめた。が、それには構わず店員は淡々と告げる。
「はい。エイシス様は十分程前に、お連れ様とご一緒にお出かけになられました」
「出かけた……って、どこに?」
アッシュがそう尋ねると、店員はラウンジの窓――その奥の景色を片手で示し、
「あの雑木林の方面。海が一望できる高台へ行かれるそうです。なんでも下見ということで。三十分ほどで戻られるそうです。皆様にはお食事でもして待っていて欲しいと仰っていました。以上が言伝でございます」
「ふ~ん。そっか。ありがとな、店員さん」
アッシュが笑みを浮かべて感謝を述べると、店員は「いえ。それでは失礼します」と言ってロビーに戻っていった。
「あいつら……下見とはどういう意味だ?」
オトハが眉根を寄せて呟く。朝の時点ではそんな話は聞いていない。
ユーリィも首を傾げて、
「私達がいない間に、メットさん達の間で何か提案があったのかも」
「う~ん、そうかもな。けど、考えても仕方がねえし、とりあえず朝飯にしようぜ。どうやらじきに戻ってくるらしいしな」
そう言って、アッシュは空いているテーブルの席に着く。
ユーリィとオトハは一瞬だけ顔を見合すが、すぐに後に続いた。
そして三人は近くのウエイトレスを呼び、それぞれ食事を注文する。
オトハとユーリィは、朝食メニューであるトーストセット。トーストと目玉焼き。そしてサラダ。食後にコーヒーがつく定番のセットだ。
一方、アッシュは朝から大盛りのパスタだ。痩身の割に彼は結構な大食漢で、このぐらい食わないと食った気にならないらしい。
そうしてしばらくして注文品が届き、アッシュ達は食事をとった。
少々遅めの朝食のためか、三人とも食が進み、瞬く間に皿を平らげる。
そして――。
「しかし、メットさん達、少し遅せえな」
空になった皿を片付けるウエイトレスに軽く礼をし、アッシュがそう告げる。
「そうだな。そろそろ三十分。あいつらが出かけてからは四十分か……」
オトハが運ばれてきたホットコーヒーを手に取りながら答える。
すでに予定の時間より十分遅れている。
「……今日はみんな遅刻してばかり」
ぶすっと呟くユーリィ。彼女の手にはアイスコーヒーが握られていた。
暗に、愛娘に責められ、アッシュは苦笑いを浮かべる。
「ああ、悪かったよユーリィ。まあ、今後は頑張って起きるよ」
「ほう? クラインさんは朝が弱いんですか?」
「いや、たまにな――」
不意に会話に入ってきた声に、アッシュは硬直する。
オトハ、ユーリィも唖然としていた。
「いけませんねえ。寝坊は感心しませんよ」
その声はさらに続く。
「ましてや団体行動。バカンスとはいえ他人に迷惑をかけてはいけません」
アッシュの真後ろのテーブル。そこに座る男がふふっと笑った。
かなり派手な柄シャツに、茶系統のハーフパンツ。完全に観光客の風体をした四十代の小柄な男性。糸のように細い眼が特徴的な男だった。
「き、貴様はッ!」
ガタンッと椅子を倒し、オトハが常に帯刀している小太刀の柄に手をかける。
――が、
「待て! オトッ!」
アッシュが鋭い声で制止をかける。
オトハは視線だけは男から離さずアッシュに問う。
「何故止める、クラインッ! こいつはッ!」
「……今はまだ手を出すな。それよりユーリィを頼む」
言われ、オトハはハッとする。
見るとユーリィは目を見開き、微かに震えていた。
「……エマリア」
オトハはユーリィの傍に寄ると、ゆっくりと立たせてギュッと抱きしめる。
その様子を、男は優しげな眼差しで見つめて、
「ふふ、まるで母親ですねタチバナさん。クラインさんの奥さんのようですよ」
「……貴様に言われても、嬉しくも何ともないな」
オトハは男を睨みつける。
だが、射抜くような眼光を前にしても、男はくつくつと笑うだけだ。
「……てめえ、一体何の用だ?」
身体を反転させ、椅子に座ったままアッシュが問う。
すると、男はテーブルの上で指を組み、
「いえ、ただあなたと旧交を温めにきただけですよ。しかしまあ……」
そこで懐かしむように目尻を下げ、
「いやはや、お久しぶりです。クラインさん」
――《黒陽社》第5支部・支部長。
ボルド=グレッグは、親しげに笑った。
オトハは満面の笑顔を浮かべてユーリィの頭をポンポン叩いていた。
「エマリア。そんなに怒るな。クラインも悪気はなかったんだ」
「うるさい。黙れ。黒毛女」
バシッとオトハの手を払うユーリィ。
が、オトハは気にせず再びポンポンと叩く。
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「……じゃあ、オニキスさんとかが同じことをしても?」
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「…………」
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アッシュは、そんな二人の後ろに少し離れた位置で眺めていた。
(やれやれ。本当に何があったんだ?)
そんなことを考えつつ、両腕を組んで黙々と二人についていく。
結局あの後。何一つ説明されず、困惑したままアッシュは実に二十分近くも例の「抱っこ」でユーリィを宥め続けることになった。
そして徐々に泣きやんでくるユーリィ。
すると、今度はオトハの様子が変になった。
最初は何やらもじもじしていたのだが、時々、うふふと笑いだすのだ。
が、すぐにかぶりを振る。そしてまたもじもじ。次はうふふ。それの繰り返しだ。
オトハとは長い付き合いなのだが、ここまで挙動不審な彼女は初めてだ。アッシュは冷や汗を流す。何か悪い物でも食べたのだろうか。
まあ、そんな心配をよそに、最終的にオトハはご機嫌になったのだが。
ともあれ、ようやくユーリィも落ち着き、アッシュ達は部屋を出ることにした。
そして繰り広げられる目の前の光景。もはや意味不明である。
と、悩んでいる内にも三人は階段を降りて、一階のラウンジに着いた。
(さて。メットさん達は……)
アッシュは丸テーブルが密集するラウンジを見渡した……が、
「あれ? メットさん達はどこだ?」
まばらに人はいるが、どこにもサーシャ達の姿がない。
「? おかしいな。さっきまではあの席にいたのだが……」
オトハが中央辺りのテーブルを指差す。そこに人はいなかった。
「……待ち切れずにどこかに行った?」
ユーリィが首を傾げる。
「いや、まだ今日の予定も決めていないんだ。流石にそれはないだろう」
オトハがあごに手を当てながら、ユーリィに答えた。
と、その時だった。
「失礼します。415号室のクライン様でしょうか?」
「……ん?」
不意に名前を呼ばれ、アッシュは振り向いた。
「クラインは俺だが……」
そこには、ロビーで受付嬢を担当する店員の一人がいた。
彼女は深々と一礼すると、
「実は、アリシア=エイシス様から言伝を承っております」
「言伝? アリシアから?」
アッシュは眉をひそめた。が、それには構わず店員は淡々と告げる。
「はい。エイシス様は十分程前に、お連れ様とご一緒にお出かけになられました」
「出かけた……って、どこに?」
アッシュがそう尋ねると、店員はラウンジの窓――その奥の景色を片手で示し、
「あの雑木林の方面。海が一望できる高台へ行かれるそうです。なんでも下見ということで。三十分ほどで戻られるそうです。皆様にはお食事でもして待っていて欲しいと仰っていました。以上が言伝でございます」
「ふ~ん。そっか。ありがとな、店員さん」
アッシュが笑みを浮かべて感謝を述べると、店員は「いえ。それでは失礼します」と言ってロビーに戻っていった。
「あいつら……下見とはどういう意味だ?」
オトハが眉根を寄せて呟く。朝の時点ではそんな話は聞いていない。
ユーリィも首を傾げて、
「私達がいない間に、メットさん達の間で何か提案があったのかも」
「う~ん、そうかもな。けど、考えても仕方がねえし、とりあえず朝飯にしようぜ。どうやらじきに戻ってくるらしいしな」
そう言って、アッシュは空いているテーブルの席に着く。
ユーリィとオトハは一瞬だけ顔を見合すが、すぐに後に続いた。
そして三人は近くのウエイトレスを呼び、それぞれ食事を注文する。
オトハとユーリィは、朝食メニューであるトーストセット。トーストと目玉焼き。そしてサラダ。食後にコーヒーがつく定番のセットだ。
一方、アッシュは朝から大盛りのパスタだ。痩身の割に彼は結構な大食漢で、このぐらい食わないと食った気にならないらしい。
そうしてしばらくして注文品が届き、アッシュ達は食事をとった。
少々遅めの朝食のためか、三人とも食が進み、瞬く間に皿を平らげる。
そして――。
「しかし、メットさん達、少し遅せえな」
空になった皿を片付けるウエイトレスに軽く礼をし、アッシュがそう告げる。
「そうだな。そろそろ三十分。あいつらが出かけてからは四十分か……」
オトハが運ばれてきたホットコーヒーを手に取りながら答える。
すでに予定の時間より十分遅れている。
「……今日はみんな遅刻してばかり」
ぶすっと呟くユーリィ。彼女の手にはアイスコーヒーが握られていた。
暗に、愛娘に責められ、アッシュは苦笑いを浮かべる。
「ああ、悪かったよユーリィ。まあ、今後は頑張って起きるよ」
「ほう? クラインさんは朝が弱いんですか?」
「いや、たまにな――」
不意に会話に入ってきた声に、アッシュは硬直する。
オトハ、ユーリィも唖然としていた。
「いけませんねえ。寝坊は感心しませんよ」
その声はさらに続く。
「ましてや団体行動。バカンスとはいえ他人に迷惑をかけてはいけません」
アッシュの真後ろのテーブル。そこに座る男がふふっと笑った。
かなり派手な柄シャツに、茶系統のハーフパンツ。完全に観光客の風体をした四十代の小柄な男性。糸のように細い眼が特徴的な男だった。
「き、貴様はッ!」
ガタンッと椅子を倒し、オトハが常に帯刀している小太刀の柄に手をかける。
――が、
「待て! オトッ!」
アッシュが鋭い声で制止をかける。
オトハは視線だけは男から離さずアッシュに問う。
「何故止める、クラインッ! こいつはッ!」
「……今はまだ手を出すな。それよりユーリィを頼む」
言われ、オトハはハッとする。
見るとユーリィは目を見開き、微かに震えていた。
「……エマリア」
オトハはユーリィの傍に寄ると、ゆっくりと立たせてギュッと抱きしめる。
その様子を、男は優しげな眼差しで見つめて、
「ふふ、まるで母親ですねタチバナさん。クラインさんの奥さんのようですよ」
「……貴様に言われても、嬉しくも何ともないな」
オトハは男を睨みつける。
だが、射抜くような眼光を前にしても、男はくつくつと笑うだけだ。
「……てめえ、一体何の用だ?」
身体を反転させ、椅子に座ったままアッシュが問う。
すると、男はテーブルの上で指を組み、
「いえ、ただあなたと旧交を温めにきただけですよ。しかしまあ……」
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