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第3部
第五章 笑う男①
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「ふふ、タチバナさん。エマリアさんもお久しぶりです」
言って、ボルドは二人に――特にユーリィに対して手を振った。
しかし、ユーリィはそれには一切応えず、ただオトハにしがみつく。
「……おやおや。私も随分と嫌われてしまったようですね」
がっくりと肩を落として嘆息するボルド。
アッシュは忌々しげに舌打ちした。
「当然だ。てめえらが、何回ユーリィを攫おうとしたのか分かってんのかよ」
対し、ボルドは気まずげに頬をかき、
「ええっと、報告書では二十八回でしたね。しかもことごとく失敗。まったくクラインさんの手腕には脱帽ですよ」
「……だったら、とっとと諦めろ。ユーリィは渡さねえ」
険しい顔で告げるアッシュに、ボルドはかぶりを振った。
「そうもいきません。なにせ、エマリアさんは現在確認されている唯一の《金色の星神》です。しかも《金色聖女》と呼ばれる有名人ですからね。いくらでも出すから欲しいと仰られるお客様が大勢いらっしゃるのですよ」
すいませんねえ、とボルドは言葉を締めた。
アッシュは再び舌打ちする。
――《黒陽社》第5支部・支部長、ボルド=グレッグ。
かの組織にて、人身売買部門を統括する男。
噂によると《黒陽社》には社長の直下に三人の本部長、次いで六人の支部長がおり、計九人の幹部がいるらしい。ボルドはその九大幹部の一人だった。
「しかしクラインさん。久しぶりの再会なのに別テーブルで会話するというのもなんですからこちらのテーブルにこられては? コーヒーの一杯ぐらい奢りますよ」
ボルドは、親しげな笑みを浮かべて誘ってくる。
アッシュはしばし沈黙する。
オトハとユーリィはその様子をじっと見つめていた。
「……いいだろう。一番高いのを注文してやるぜ」
そう言ってアッシュは立ち上がり、ボルドの向かいの席に座り直した。
「ははっ、どうかお手柔らかに。流石に経費では落ちませんので」
ボルドは笑って、そう告げた。
オトハとユーリィもアッシュに続くが、席にまでは座らない。
オトハは左手を小太刀の柄に、右手をユーリィの肩に乗せる。
ユーリィは一言も発さず、睨むようにボルドの挙動を見据えていた。
そんな彼女達の対応に、ボルドはポリポリと頬をかき、
「おやおや。女性陣は物騒なご様子ですね」
「当然だろ。……そこの姉ちゃん。このプレミアムコーヒーってのを一つ頼む」
アッシュは近くにいたウエイトレスに宣告通り注文する。
ウエイトレスは「かしこまりました」と一礼すると去っていった。
ボルドはふふっと笑い、
「ああ、そうそう。忘れるところでした」
と、呟くなり、自分の隣の椅子に置いてあった何かを手に取った。
そして、トスンとテーブルの上に置く。
「……何だそりゃあ?」
アッシュが怪訝な顔を見せる。ボルドが取り出したのは、色鮮やかな布に包まれた箱状の物。一見しただけでは、何なのか分からない。
すると、ボルドはあっけらかんと答える。
「菓子折りですよ。クラインさんが転職されたと聞きましたので、少しばかりドキッとするようなものをチョイスしてみました。どうかお受け取り下さい」
言って、ススッと菓子折りを前に押し出す。
「…………」
アッシュは無言のままボルドが「菓子折り」と言った品に目をやる。
そしてわずかに考え込んだ後、
「……おう、そうか。んじゃあ頂くよ」
「お、おい、クライン……」
オトハが困惑した声をかけてくる。ユーリィも眉をひそめていた。
まさか、アッシュがそんな怪しげな物を受け取るとは思わなかったのだ。
「まあ、くれるって言ってんだしな……」
白髪の青年は腕を組んでそう答える。
無論、アッシュとて額面通りに捉える気はない。
しかし、何かしらの情報も欲しい。後で慎重に調べるつもりだった。
「ふふっ、まぁつまらないものですが」
ある意味ようやく目的を遂げ、ボルドが上機嫌に笑う。
アッシュはとりあえず「菓子折り」をテーブルの端に寄せて、ボルドを睨みつける。
「で、お前は何しにここに来たんだ?」
「いきなりですねえ。まあ、目的としてはエマリアさんの様子を見に。後はクラインさんにご挨拶に来たんですが……」
ボルドはやや気恥ずかしそうに苦笑を浮かべ、
「実は少々有給を溜めこんでしまいまして。一ヶ月半ほど有給を消化しているところなんですよ。今はカテリーナさんと一緒に、ちょっとしたバカンス中ですね」
「……ふん。随分と優雅だな。支部長様は」
アッシュは眉をしかめて、吐き捨てるように言い放つ。
しかし、今の台詞の中には重要な情報もあった。
(……カテリーナか。あの厄介な女もこの国に来てるってことか)
カテリーナ=ハリス。
アッシュも二、三度しか出くわしたことはないが、決して侮れない女だ。
なにせ、この眼前の喰えない男が、全幅の信頼を寄せる腹心の部下なのだから。
アッシュは、ほんの一瞬だけ隣に立つオトハに目配せする。「気をつけてくれ」という意志の伝達だ。彼女はこくんと小さく頷いた。
と、そうしている間もボルドの話は続いていた。
《黒陽社》の支部長はテーブルに肘をつき、楽しげに語る。
「いやあ、この国は中々いい所ですね。存分に堪能できましたよ。まあ、サメのせいで海に入れなかったことはいささか残念でしたが」
「はン。そりゃあご愁傷様だったな」
と、軽口を叩いた時、ウエイトレスがコーヒーを運んできてくれた。
アッシュはウエイトレスに礼を言ってコーヒーを受け取った。そして口元にカップを近付けながら、身体に纏ったベストに意識を集中し始める。
この紅いベストの裏側には小型のハンマーと一振りの小太刀を隠し持っている。どちらも《朱天》を呼び出すのに必要な召喚器だ。オトハ同様、アッシュもまた武器を携帯していたのである。長い付き合いからオトハとユーリィも、アッシュがそろそろ戦闘状態に入ろうとしていることを感じ取った。二人して身構える。
その緊迫感は、当然ボルトも勘づいているはずなのだが――。
「あっ、そうだ。クラインさん」
笑う男は決して親しげな態度を崩さない。
「ところで、あなたは知っていますか」
ボルドの問いかけに、アッシュは眉根を寄せる。
「……何をだ」
低い声で問い返す。同時にアッシュはタイミングを見計らっていた。この熱いコーヒーを眼前の男にぶっかけてやるつもりだった。開戦の狼煙代わりである。
しかし、ボルドの次の言葉に思わず硬直する。
「なに。今の人身売買の売れ筋についてですよ。稀少な《星神》は相も変わらず大人気なのですが実は最近になって急激に人気の出てきた《商品》があるのですよ」
にこにこと笑いながら、そんなことを告げてくる。
オトハは表情を険しくし、ユーリィはオトハの手をギュッと掴んだ。
「へえ。そりゃあ何だよ?」
アッシュがぼそりと尋ねる。その声にはもう感情は込もっていなかった。
対して、ボルドは笑みを一切崩さずに答えた。
「ハーフですよ」
「――なに?」
アッシュが目を剥く。ユーリィ、オトハも同様だ。
「最近何かの流行りなのか、うちのお得意様の方々は、どうもハーフにご執心のようなのです。《星神》と違ってハーフに《願い》を叶える力はありませんが、あの銀の髪がよい、と。しかもハーフもまた美男美女が多い。我々としても相応の価格で販売させて頂いています。中々の利益ですよ」
堂々と人身売買で利益を得ていると語る男に、アッシュ達は言葉もなかった。
しかし、代わりとばかりにボルトの話は続く。
「ですが、少々困ったこともありまして。元々ハーフは《星神》ほどではありませんが、数が少ない。人気が出すぎて在庫が切れていたんですよ」
「……なん、だと」
アッシュが声を絞り出す。ボルドは腕を組んでうんうんと頷いた。
「いやあ、本当にこの国に来て良かったですよ。見たところ年の頃は十六、七ぐらいですかな。美貌、スタイルともに申し分ない。銀の髪はもちろん、あの琥珀の瞳にはお客様もさぞやご満足なされるでしょう」
アッシュは無言だった。ユーリィは青ざめ、オトハは唇をかみしめている。
そしてボルドはそんな三人に対し、困り果てたような表情で頭をかき、
「いやあ、ここでは仕事なんてしないと決めていたんですが……つい仕事意欲が湧きまして。まったく私のワーカーホリックは結構深刻なものかもしれませんねぇ」
そう言って、笑うのだった。
言って、ボルドは二人に――特にユーリィに対して手を振った。
しかし、ユーリィはそれには一切応えず、ただオトハにしがみつく。
「……おやおや。私も随分と嫌われてしまったようですね」
がっくりと肩を落として嘆息するボルド。
アッシュは忌々しげに舌打ちした。
「当然だ。てめえらが、何回ユーリィを攫おうとしたのか分かってんのかよ」
対し、ボルドは気まずげに頬をかき、
「ええっと、報告書では二十八回でしたね。しかもことごとく失敗。まったくクラインさんの手腕には脱帽ですよ」
「……だったら、とっとと諦めろ。ユーリィは渡さねえ」
険しい顔で告げるアッシュに、ボルドはかぶりを振った。
「そうもいきません。なにせ、エマリアさんは現在確認されている唯一の《金色の星神》です。しかも《金色聖女》と呼ばれる有名人ですからね。いくらでも出すから欲しいと仰られるお客様が大勢いらっしゃるのですよ」
すいませんねえ、とボルドは言葉を締めた。
アッシュは再び舌打ちする。
――《黒陽社》第5支部・支部長、ボルド=グレッグ。
かの組織にて、人身売買部門を統括する男。
噂によると《黒陽社》には社長の直下に三人の本部長、次いで六人の支部長がおり、計九人の幹部がいるらしい。ボルドはその九大幹部の一人だった。
「しかしクラインさん。久しぶりの再会なのに別テーブルで会話するというのもなんですからこちらのテーブルにこられては? コーヒーの一杯ぐらい奢りますよ」
ボルドは、親しげな笑みを浮かべて誘ってくる。
アッシュはしばし沈黙する。
オトハとユーリィはその様子をじっと見つめていた。
「……いいだろう。一番高いのを注文してやるぜ」
そう言ってアッシュは立ち上がり、ボルドの向かいの席に座り直した。
「ははっ、どうかお手柔らかに。流石に経費では落ちませんので」
ボルドは笑って、そう告げた。
オトハとユーリィもアッシュに続くが、席にまでは座らない。
オトハは左手を小太刀の柄に、右手をユーリィの肩に乗せる。
ユーリィは一言も発さず、睨むようにボルドの挙動を見据えていた。
そんな彼女達の対応に、ボルドはポリポリと頬をかき、
「おやおや。女性陣は物騒なご様子ですね」
「当然だろ。……そこの姉ちゃん。このプレミアムコーヒーってのを一つ頼む」
アッシュは近くにいたウエイトレスに宣告通り注文する。
ウエイトレスは「かしこまりました」と一礼すると去っていった。
ボルドはふふっと笑い、
「ああ、そうそう。忘れるところでした」
と、呟くなり、自分の隣の椅子に置いてあった何かを手に取った。
そして、トスンとテーブルの上に置く。
「……何だそりゃあ?」
アッシュが怪訝な顔を見せる。ボルドが取り出したのは、色鮮やかな布に包まれた箱状の物。一見しただけでは、何なのか分からない。
すると、ボルドはあっけらかんと答える。
「菓子折りですよ。クラインさんが転職されたと聞きましたので、少しばかりドキッとするようなものをチョイスしてみました。どうかお受け取り下さい」
言って、ススッと菓子折りを前に押し出す。
「…………」
アッシュは無言のままボルドが「菓子折り」と言った品に目をやる。
そしてわずかに考え込んだ後、
「……おう、そうか。んじゃあ頂くよ」
「お、おい、クライン……」
オトハが困惑した声をかけてくる。ユーリィも眉をひそめていた。
まさか、アッシュがそんな怪しげな物を受け取るとは思わなかったのだ。
「まあ、くれるって言ってんだしな……」
白髪の青年は腕を組んでそう答える。
無論、アッシュとて額面通りに捉える気はない。
しかし、何かしらの情報も欲しい。後で慎重に調べるつもりだった。
「ふふっ、まぁつまらないものですが」
ある意味ようやく目的を遂げ、ボルドが上機嫌に笑う。
アッシュはとりあえず「菓子折り」をテーブルの端に寄せて、ボルドを睨みつける。
「で、お前は何しにここに来たんだ?」
「いきなりですねえ。まあ、目的としてはエマリアさんの様子を見に。後はクラインさんにご挨拶に来たんですが……」
ボルドはやや気恥ずかしそうに苦笑を浮かべ、
「実は少々有給を溜めこんでしまいまして。一ヶ月半ほど有給を消化しているところなんですよ。今はカテリーナさんと一緒に、ちょっとしたバカンス中ですね」
「……ふん。随分と優雅だな。支部長様は」
アッシュは眉をしかめて、吐き捨てるように言い放つ。
しかし、今の台詞の中には重要な情報もあった。
(……カテリーナか。あの厄介な女もこの国に来てるってことか)
カテリーナ=ハリス。
アッシュも二、三度しか出くわしたことはないが、決して侮れない女だ。
なにせ、この眼前の喰えない男が、全幅の信頼を寄せる腹心の部下なのだから。
アッシュは、ほんの一瞬だけ隣に立つオトハに目配せする。「気をつけてくれ」という意志の伝達だ。彼女はこくんと小さく頷いた。
と、そうしている間もボルドの話は続いていた。
《黒陽社》の支部長はテーブルに肘をつき、楽しげに語る。
「いやあ、この国は中々いい所ですね。存分に堪能できましたよ。まあ、サメのせいで海に入れなかったことはいささか残念でしたが」
「はン。そりゃあご愁傷様だったな」
と、軽口を叩いた時、ウエイトレスがコーヒーを運んできてくれた。
アッシュはウエイトレスに礼を言ってコーヒーを受け取った。そして口元にカップを近付けながら、身体に纏ったベストに意識を集中し始める。
この紅いベストの裏側には小型のハンマーと一振りの小太刀を隠し持っている。どちらも《朱天》を呼び出すのに必要な召喚器だ。オトハ同様、アッシュもまた武器を携帯していたのである。長い付き合いからオトハとユーリィも、アッシュがそろそろ戦闘状態に入ろうとしていることを感じ取った。二人して身構える。
その緊迫感は、当然ボルトも勘づいているはずなのだが――。
「あっ、そうだ。クラインさん」
笑う男は決して親しげな態度を崩さない。
「ところで、あなたは知っていますか」
ボルドの問いかけに、アッシュは眉根を寄せる。
「……何をだ」
低い声で問い返す。同時にアッシュはタイミングを見計らっていた。この熱いコーヒーを眼前の男にぶっかけてやるつもりだった。開戦の狼煙代わりである。
しかし、ボルドの次の言葉に思わず硬直する。
「なに。今の人身売買の売れ筋についてですよ。稀少な《星神》は相も変わらず大人気なのですが実は最近になって急激に人気の出てきた《商品》があるのですよ」
にこにこと笑いながら、そんなことを告げてくる。
オトハは表情を険しくし、ユーリィはオトハの手をギュッと掴んだ。
「へえ。そりゃあ何だよ?」
アッシュがぼそりと尋ねる。その声にはもう感情は込もっていなかった。
対して、ボルドは笑みを一切崩さずに答えた。
「ハーフですよ」
「――なに?」
アッシュが目を剥く。ユーリィ、オトハも同様だ。
「最近何かの流行りなのか、うちのお得意様の方々は、どうもハーフにご執心のようなのです。《星神》と違ってハーフに《願い》を叶える力はありませんが、あの銀の髪がよい、と。しかもハーフもまた美男美女が多い。我々としても相応の価格で販売させて頂いています。中々の利益ですよ」
堂々と人身売買で利益を得ていると語る男に、アッシュ達は言葉もなかった。
しかし、代わりとばかりにボルトの話は続く。
「ですが、少々困ったこともありまして。元々ハーフは《星神》ほどではありませんが、数が少ない。人気が出すぎて在庫が切れていたんですよ」
「……なん、だと」
アッシュが声を絞り出す。ボルドは腕を組んでうんうんと頷いた。
「いやあ、本当にこの国に来て良かったですよ。見たところ年の頃は十六、七ぐらいですかな。美貌、スタイルともに申し分ない。銀の髪はもちろん、あの琥珀の瞳にはお客様もさぞやご満足なされるでしょう」
アッシュは無言だった。ユーリィは青ざめ、オトハは唇をかみしめている。
そしてボルドはそんな三人に対し、困り果てたような表情で頭をかき、
「いやあ、ここでは仕事なんてしないと決めていたんですが……つい仕事意欲が湧きまして。まったく私のワーカーホリックは結構深刻なものかもしれませんねぇ」
そう言って、笑うのだった。
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