クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第3部

第四章 邂逅④

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 ホテルの四階。階段へ続く廊下にて。
 オトハは満面の笑顔を浮かべてユーリィの頭をポンポン叩いていた。

「エマリア。そんなに怒るな。クラインも悪気はなかったんだ」

「うるさい。黙れ。黒毛女」

 バシッとオトハの手を払うユーリィ。
 が、オトハは気にせず再びポンポンと叩く。
 ユーリィは歩きながら、忙しくオトハの手を払い続ける。

「あなたの頭カラッポなの? アッシュのやったことは完全なセクハラ。あっさり許すあなたが変なの。天罰いる?」

「ま、まあ、あれは事故のようなものだしな。私はあの程度気にはしないぞ」

「……じゃあ、オニキスさんとかが同じことをしても?」

「ん? その時は首を飛ばすぞ」

「…………」

 当然とばかりに告げるオトハに、ユーリィは無言になる。
 アッシュは、そんな二人の後ろに少し離れた位置で眺めていた。

(やれやれ。本当に何があったんだ?)

 そんなことを考えつつ、両腕を組んで黙々と二人についていく。
 結局あの後。何一つ説明されず、困惑したままアッシュは実に二十分近くも例の「抱っこ」でユーリィを宥め続けることになった。
 そして徐々に泣きやんでくるユーリィ。
 すると、今度はオトハの様子が変になった。
 最初は何やらもじもじしていたのだが、時々、うふふと笑いだすのだ。
 が、すぐにかぶりを振る。そしてまたもじもじ。次はうふふ。それの繰り返しだ。
 オトハとは長い付き合いなのだが、ここまで挙動不審な彼女は初めてだ。アッシュは冷や汗を流す。何か悪い物でも食べたのだろうか。
 まあ、そんな心配をよそに、最終的にオトハはご機嫌になったのだが。
 ともあれ、ようやくユーリィも落ち着き、アッシュ達は部屋を出ることにした。
 そして繰り広げられる目の前の光景。もはや意味不明である。
 と、悩んでいる内にも三人は階段を降りて、一階のラウンジに着いた。

(さて。メットさん達は……)

 アッシュは丸テーブルが密集するラウンジを見渡した……が、

「あれ? メットさん達はどこだ?」

 まばらに人はいるが、どこにもサーシャ達の姿がない。

「? おかしいな。さっきまではあの席にいたのだが……」

 オトハが中央辺りのテーブルを指差す。そこに人はいなかった。

「……待ち切れずにどこかに行った?」

 ユーリィが首を傾げる。

「いや、まだ今日の予定も決めていないんだ。流石にそれはないだろう」

 オトハがあごに手を当てながら、ユーリィに答えた。
 と、その時だった。

「失礼します。415号室のクライン様でしょうか?」

「……ん?」

 不意に名前を呼ばれ、アッシュは振り向いた。

「クラインは俺だが……」

 そこには、ロビーで受付嬢を担当する店員の一人がいた。
 彼女は深々と一礼すると、

「実は、アリシア=エイシス様から言伝を承っております」

「言伝? アリシアから?」

 アッシュは眉をひそめた。が、それには構わず店員は淡々と告げる。

「はい。エイシス様は十分程前に、お連れ様とご一緒にお出かけになられました」

「出かけた……って、どこに?」

 アッシュがそう尋ねると、店員はラウンジの窓――その奥の景色を片手で示し、

「あの雑木林の方面。海が一望できる高台へ行かれるそうです。なんでも下見ということで。三十分ほどで戻られるそうです。皆様にはお食事でもして待っていて欲しいと仰っていました。以上が言伝でございます」

「ふ~ん。そっか。ありがとな、店員さん」

 アッシュが笑みを浮かべて感謝を述べると、店員は「いえ。それでは失礼します」と言ってロビーに戻っていった。

「あいつら……下見とはどういう意味だ?」

 オトハが眉根を寄せて呟く。朝の時点ではそんな話は聞いていない。
 ユーリィも首を傾げて、

「私達がいない間に、メットさん達の間で何か提案があったのかも」

「う~ん、そうかもな。けど、考えても仕方がねえし、とりあえず朝飯にしようぜ。どうやらじきに戻ってくるらしいしな」

 そう言って、アッシュは空いているテーブルの席に着く。
 ユーリィとオトハは一瞬だけ顔を見合すが、すぐに後に続いた。
 そして三人は近くのウエイトレスを呼び、それぞれ食事を注文する。
 オトハとユーリィは、朝食メニューであるトーストセット。トーストと目玉焼き。そしてサラダ。食後にコーヒーがつく定番のセットだ。
 一方、アッシュは朝から大盛りのパスタだ。痩身の割に彼は結構な大食漢で、このぐらい食わないと食った気にならないらしい。
 そうしてしばらくして注文品が届き、アッシュ達は食事をとった。
 少々遅めの朝食のためか、三人とも食が進み、瞬く間に皿を平らげる。
 そして――。

「しかし、メットさん達、少し遅せえな」

 空になった皿を片付けるウエイトレスに軽く礼をし、アッシュがそう告げる。

「そうだな。そろそろ三十分。あいつらが出かけてからは四十分か……」

 オトハが運ばれてきたホットコーヒーを手に取りながら答える。
 すでに予定の時間より十分遅れている。

「……今日はみんな遅刻してばかり」

 ぶすっと呟くユーリィ。彼女の手にはアイスコーヒーが握られていた。
 暗に、愛娘に責められ、アッシュは苦笑いを浮かべる。

「ああ、悪かったよユーリィ。まあ、今後は頑張って起きるよ」

「ほう? クラインさんは朝が弱いんですか?」

「いや、たまにな――」

 不意に会話に入ってきた声に、アッシュは硬直する。
 オトハ、ユーリィも唖然としていた。

「いけませんねえ。寝坊は感心しませんよ」

 その声はさらに続く。

「ましてや団体行動。バカンスとはいえ他人に迷惑をかけてはいけません」

 アッシュの真後ろのテーブル。そこに座る男がふふっと笑った。
 かなり派手な柄シャツに、茶系統のハーフパンツ。完全に観光客の風体をした四十代の小柄な男性。糸のように細い眼が特徴的な男だった。

「き、貴様はッ!」 

 ガタンッと椅子を倒し、オトハが常に帯刀している小太刀の柄に手をかける。
 ――が、

「待て! オトッ!」

 アッシュが鋭い声で制止をかける。
 オトハは視線だけは男から離さずアッシュに問う。

「何故止める、クラインッ! こいつはッ!」

「……今はまだ手を出すな。それよりユーリィを頼む」

 言われ、オトハはハッとする。
 見るとユーリィは目を見開き、微かに震えていた。

「……エマリア」

 オトハはユーリィの傍に寄ると、ゆっくりと立たせてギュッと抱きしめる。
 その様子を、男は優しげな眼差しで見つめて、

「ふふ、まるで母親ですねタチバナさん。クラインさんの奥さんのようですよ」

「……貴様に言われても、嬉しくも何ともないな」

 オトハは男を睨みつける。
 だが、射抜くような眼光を前にしても、男はくつくつと笑うだけだ。

「……てめえ、一体何の用だ?」

 身体を反転させ、椅子に座ったままアッシュが問う。
 すると、男はテーブルの上で指を組み、

「いえ、ただあなたと旧交を温めにきただけですよ。しかしまあ……」

 そこで懐かしむように目尻を下げ、

「いやはや、お久しぶりです。クラインさん」

 ――《黒陽社》第5支部・支部長。
 ボルド=グレッグは、親しげに笑った。
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