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第5部
第七章 そしてすべての黒幕は……。②
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ズシン……と。
ランプで照らされた坑道内を、漆黒の鬼が進む。
三層による胸部装甲と、甲殻獣の背を彷彿させる手甲と具足。頭部からは前に二本、後ろに二本と、計四本の紅水晶のような角が天へと延びている。
白い鋼髪をなびかせるアッシュの愛機――《朱天》。その完全武装した姿だ。
場違いなまでの威圧感を放つ鎧機兵は、時折、尾を揺らしつつ歩を進めていた。
「……ねえ、アッシュ」
その時、ユーリィが声を上げた。
彼女は今、《朱天》の操縦シートの後方に座っていた。
「ん? どうかしたかユーリィ?」
少し身体を捩じって後ろに振り向くアッシュ。同時に《朱天》も足を止めた。
ユーリィはアッシュの顔を見つめて言葉を続ける。
「チェンバーさんを探しに行くのはいいけど、私までついてきてよかったの?」
「う~ん、それなんだけどなあ……」
アッシュはそこで言葉を詰まらせた。告げるべきかどうか少し迷っている顔だ。
――現在、アッシュ達は第三坑道内にいた。
この場所で行方不明になったライザーを探すためである。
本来、こういった緊急時には、この街に常駐する第三騎士団が動くのだが、親方はそれを躊躇し、アッシュの元へと相談に来たのだ。
親方の話では、ライザーは以前にもこの第三坑道で行方不明となり、第三騎士団の世話になったらしい。その折、もしもまた同様の問題を起こした場合、各坑道への出入りを禁止すると通告されているそうだ。
にもかかわらず、今回再び起こした行方不明。全く懲りていない状況に、アッシュもユーリィも呆れたものだったが、親方は渋い顔でこう告げたのだった。
『あの馬鹿、実は王都で借金していてな。ここを追いだされると本気でまずいんだよ』
どうやらライザーは、かなり切羽詰まった人生を送っているらしい。
ユーリィはその時点で小さく嘆息した。
何だかんだで人のいいアッシュに友人とも呼べる人間を見捨てられるはずもない。貴重な一日が潰れるのは不本意だが、例の『暗人』の噂もある。きっと今日の発掘は中止にして、アッシュはライザーを探しに行くだろう。
ユーリィはそう確信していた。事実、アッシュはそう判断した。
しかし、ただ一つ予想外だったのは――。
「……どうして私まで連れてきたの?」
と、ユーリィは再びアッシュに尋ねる。
てっきり彼女は、自分は宿に残ると思っていたのだ。
人間の捜索となると、ユーリィがいてもいなくても同じだろう。
だと言うのに、アッシュはユーリィの同行を求めた。
ユーリィにはその意図が分からなかった。
「はっきり言うとな。この状況でお前を一人にしたくなかったんだ」
すると、アッシュは少し躊躇ってからそう答えた。
ユーリィは訝しげに眉根を寄せる。
「どういう意味?」
「う~ん、正直なところ、情報が少なすぎてかなり推測混じりなんだが……」
どうもアッシュ自身、何かに迷っているらしい。
「とりあえずもうちょっと先に進もう。少し頭の中を整理させてくれ」
そう告げると、前を向き、《朱天》を再び歩かせ始めた。
ユーリィは黙ってアッシュの腰を掴んだ。
そうして《朱天》が、重い足音を響かせながら坑道内をしばらく進んでいくと、不意に分かれ道に辿り着いた。《朱天》は再び足を止め、左右の道を見やる。
「……チェンバーさん、どっちに行ったんだろう」
と、《朱天》の中でユーリィが呟くが、ふと気付く。
「アッシュ。あれって」
「ああ、矢印だな」
ユーリィの指摘に、アッシュも頷いた。
坑道の岩壁を見ると、デカデカと白い矢印が描かれていた。
ユーリィが首を傾げてアッシュに尋ねる。
「チェンバーさんが迷わないように描いていったの?」
可能性としてはそれが一番高い。
しかし、アッシュは眉をしかめた。
「そうだなあ……多分描いたのはライザーなんだろうけど、こりゃあ自分が迷わねえためじゃねえだろうな」
「自分のためじゃない? どういうこと?」
ユーリィはアッシュの肩を掴んで身を乗り出し、青年の横顔を見やる。
するとアッシュは操縦棍から手を離し、腕を組んだ。
「そうだな、そんじゃあ分かっているところまで話すか。実はな、ライザーの奴は一般人なんかじゃねえんだよ」
「……え?」
唖然とした声を上げるユーリィ。
アッシュは岩壁に描かれた矢印を見据えて言葉を続ける。
「多分、あいつ本格的な戦闘訓練を受けてんぞ。そんなの一般人とは言えねえよ」
「戦闘訓練を受けてるかどうかなんて簡単に分かるものなの?」
と、ユーリィが怪訝な顔で問う。
彼女の目で見た限り、ライザーはごく普通の青年に見えた。
荒事があって気付いたのならともかく、そういった出来事はなかったはずだ。
「まあ、普通は気付かねえよな。俺もいつもの習慣がなきゃあ気付かなかったよ」
「……そうなの?」
と、何やら質問してばかりのユーリィに、アッシュは苦笑する。
「随分と久しぶりだったが、習慣ってのは身体にしみつくみたいだな。ともあれ、そんな感じで俺はライザーをちょっと警戒してたんだよ」
「じゃあ、今回の一件は……」
眉をしかめるユーリィ。どうにも悪い推測ばかりが浮かぶ。
そんなユーリィの不安を察しつつ、アッシュは再び操縦棍を手に取って、立ち止まっていた《朱天》を坑道の奥へと向かわせる。
そしてアッシュは告げる。
「大丈夫だ」
ユーリィはアッシュの背中をじっと見つめた。
「この一件は間違いなくライザーの『誘い』だ。けど、どうも状況が読みきれねえ部分が多いからあえて乗ったんだよ。お前を連れてきたのは万が一に備えてだな。もし騒動になるのなら俺の傍にいんのが一番安全だし、お前は俺の戦闘にも慣れているからな」
そう告げられ、ユーリィはしばし沈黙する。
アッシュとユーリィの付き合いは長い。特に傭兵時代の頃は、アッシュの腰に掴まったまま戦闘に巻き込まれることなど日常茶飯事だった。
結果、彼女の三半規管は一流の鎧機兵乗りにも比肩するほど鍛えられている。
ユーリィならば、アッシュの全力戦闘にも平然とついていけるだろう。
「うん。アッシュの意図は分かった。だけど……」
アッシュの腰に両手を回しながらユーリィが尋ねる。
「結局、チェンバーさんは何者なの? もしかしてボーガンの手下?」
現状考えられる可能性で一番妥当なのがそれだ。
恐らくアッシュの監視役といったところか。
しかし、その推測を口にすると、アッシュは眉をしかめた。
「いや多分違うと思うぞ。そもそもボーガンが俺に監視役を付ける意味がねえ。別に借金している訳でもねえし。まぁボーガンと全く無関係でもねえだろうけどな」
そう言われ、今度はユーリィが眉をしかめた。
「ボーガンの手下じゃないけど、無関係でもない? それってボーガン以外にチェンバーさんの雇い主みたいな人がいるってこと?」
「おっ、流石はユーリィ。呑み込みが早いな」
愛娘の頭の良さに、親バカ丸だしの笑みを見せるアッシュ。
その間も《朱天》は坑道内を進んでいた。
「俺が思うに今回の一件、ボーガン以外にもう一人黒幕がいる。俺らが今ここにいるのはボーガンとその黒幕の思惑なんだろうな」
そう前置きしてから、アッシュは真剣な顔つきで告げる。
「恐らくこの奥には『何か』があるんだろう。『暗人』なんて芸のねえ情報操作まで使って隠したい『何か』がな。ライザーはそこに俺を誘い出すために行方不明を装ったんだ」
ランプで照らされた狭い坑道をアッシュは見据えた。
それからしばらくはアッシュもユーリィも何も語らず黙々と進み、再び分かれ道に辿り着いた。そこにも前回と同じく矢印が描かれている。
アッシュは迷わず矢印の示す道を選び、《朱天》を進ませた。
「……ねえ、アッシュ」
《朱天》がどんどん奥へと進む中、ユーリィはアッシュの名を呼んだ。
「その、ボーガン以外の黒幕って誰なの? この奥には何があるの?」
流石に不安を抱いているのか、ユーリィの声は少し硬い。
アッシュは一旦《朱天》の足を止めて、後ろを振り向きユーリィを見つめた。
「黒幕の方は見当がついているよ。狙いまでは分かんねえけどな。しかし、この奥にあるものについては……情報がなくて見当もつかねえな」
と、渋面を浮かべてアッシュは語る。
結局のところ、アッシュもすべてを見通している訳ではない。
「……そう」
ユーリィは小さくそう返して、再び黙り込んだ。
どちらにしろ、もうじき目的地に着く。
そこですべての真相は明らかになるのだろう。
「まあ、何が出てくるのかは見てのお楽しみってやつか」
アッシュはそう嘯いてから、《朱天》を前進させる。
そしていよいよ長かった坑道の終わりが見えてきた。
出口らしき場所から坑道のランプより遥かに明るい光が溢れており、何やら作業音のようなものも聞こえてきてくる。
「ようやく到着か」
皮肉気な笑みを浮かべて、アッシュ達の乗る《朱天》は坑道の出口をくぐった。
そしてアッシュとユーリィは目を見開く。
「……こいつは……」「……え?」
そこは、天井がほとんど見えないほどの広い大空洞だった。
アッシュ達が出た場所はその空洞の最下層だ。見たところ、《星導石》の原石はほとんどないが、構造そのものは第一坑道を始めとする他の坑道と変わらない。
しかし、そんな目新しくもない光景の中、アッシュ達を驚かせたのは、そこにいる作業者達の姿だった。
「これってなんかの建築をしてんのか?」
「……うん。そうみたい。けど、こんな場所になんで?」
アッシュの独白にユーリィが答える。
《朱天》を通じて見える光景は、いわゆる工事現場だった。
そこには二十数人の作業者がいて、忙しく建造物の土台を作っている。全員作業に集中しているようで大空洞の入口に立つ《朱天》に気付いていないようだ。
(う~ん、こいつは……)
アッシュは少し困惑していた。
確かに『何か』があるとは確信していたが、想像していたものとは大分違う。
こんな場所でまさか建造物を作っているとは予想もしていなかった。
「……アッシュ。どうするの?」
と、ユーリィもまた困惑した声で尋ねてくる。
それに対し、アッシュは少し迷う。
幸いにも、まだ誰も《朱天》の存在に気付いていない。
ここは一旦死角になる場所まで戻って様子を窺うべきか。
「そうだな……見たところライザーもいねえし、ここは一旦下がって……」
と、答えようとした時だった。
「……はあ?」
アッシュはふと視界の端に映った、その男の姿に唖然とした。
白髪の青年の視線は工事現場の前。直立した二人の黒服の男の間で一人悠然と椅子に座る男の背中に釘づけになっていた。
「……? どうしたの、アッシュ?」
いきなり無言になった青年に、ユーリィが眉根を寄せる。
アッシュは答えようにも答えられない。
思わず呆然自失になってしまうほど、その男の存在は予想外だったのだ。
するとその男は何かを感じたのか不意に後ろ――アッシュの方へと振り向いた。
「――あン?」
その男の呟きが聞こえる。
それから、その総髪の男は驚くような表情を見せて立ち上がった。
「……おいおい、一体こいつはどういうことだ?」
『……それは俺の台詞だろ』
《朱天》の拡声器を使ってアッシュがそう答える。
気付かれてしまった以上、もはや隠れるという選択肢はない。
その時点でようやく他の人間達もアッシュの――《朱天》の存在に気付いた。
ザワザワとざわめき始める大空洞。
そんな中で、アッシュの表情は徐々に険しくなっていく。
そして、白髪の青年はぼそりと告げた。
『……ガレック=オージス。なんでてめえがここにいんだよ』
ランプで照らされた坑道内を、漆黒の鬼が進む。
三層による胸部装甲と、甲殻獣の背を彷彿させる手甲と具足。頭部からは前に二本、後ろに二本と、計四本の紅水晶のような角が天へと延びている。
白い鋼髪をなびかせるアッシュの愛機――《朱天》。その完全武装した姿だ。
場違いなまでの威圧感を放つ鎧機兵は、時折、尾を揺らしつつ歩を進めていた。
「……ねえ、アッシュ」
その時、ユーリィが声を上げた。
彼女は今、《朱天》の操縦シートの後方に座っていた。
「ん? どうかしたかユーリィ?」
少し身体を捩じって後ろに振り向くアッシュ。同時に《朱天》も足を止めた。
ユーリィはアッシュの顔を見つめて言葉を続ける。
「チェンバーさんを探しに行くのはいいけど、私までついてきてよかったの?」
「う~ん、それなんだけどなあ……」
アッシュはそこで言葉を詰まらせた。告げるべきかどうか少し迷っている顔だ。
――現在、アッシュ達は第三坑道内にいた。
この場所で行方不明になったライザーを探すためである。
本来、こういった緊急時には、この街に常駐する第三騎士団が動くのだが、親方はそれを躊躇し、アッシュの元へと相談に来たのだ。
親方の話では、ライザーは以前にもこの第三坑道で行方不明となり、第三騎士団の世話になったらしい。その折、もしもまた同様の問題を起こした場合、各坑道への出入りを禁止すると通告されているそうだ。
にもかかわらず、今回再び起こした行方不明。全く懲りていない状況に、アッシュもユーリィも呆れたものだったが、親方は渋い顔でこう告げたのだった。
『あの馬鹿、実は王都で借金していてな。ここを追いだされると本気でまずいんだよ』
どうやらライザーは、かなり切羽詰まった人生を送っているらしい。
ユーリィはその時点で小さく嘆息した。
何だかんだで人のいいアッシュに友人とも呼べる人間を見捨てられるはずもない。貴重な一日が潰れるのは不本意だが、例の『暗人』の噂もある。きっと今日の発掘は中止にして、アッシュはライザーを探しに行くだろう。
ユーリィはそう確信していた。事実、アッシュはそう判断した。
しかし、ただ一つ予想外だったのは――。
「……どうして私まで連れてきたの?」
と、ユーリィは再びアッシュに尋ねる。
てっきり彼女は、自分は宿に残ると思っていたのだ。
人間の捜索となると、ユーリィがいてもいなくても同じだろう。
だと言うのに、アッシュはユーリィの同行を求めた。
ユーリィにはその意図が分からなかった。
「はっきり言うとな。この状況でお前を一人にしたくなかったんだ」
すると、アッシュは少し躊躇ってからそう答えた。
ユーリィは訝しげに眉根を寄せる。
「どういう意味?」
「う~ん、正直なところ、情報が少なすぎてかなり推測混じりなんだが……」
どうもアッシュ自身、何かに迷っているらしい。
「とりあえずもうちょっと先に進もう。少し頭の中を整理させてくれ」
そう告げると、前を向き、《朱天》を再び歩かせ始めた。
ユーリィは黙ってアッシュの腰を掴んだ。
そうして《朱天》が、重い足音を響かせながら坑道内をしばらく進んでいくと、不意に分かれ道に辿り着いた。《朱天》は再び足を止め、左右の道を見やる。
「……チェンバーさん、どっちに行ったんだろう」
と、《朱天》の中でユーリィが呟くが、ふと気付く。
「アッシュ。あれって」
「ああ、矢印だな」
ユーリィの指摘に、アッシュも頷いた。
坑道の岩壁を見ると、デカデカと白い矢印が描かれていた。
ユーリィが首を傾げてアッシュに尋ねる。
「チェンバーさんが迷わないように描いていったの?」
可能性としてはそれが一番高い。
しかし、アッシュは眉をしかめた。
「そうだなあ……多分描いたのはライザーなんだろうけど、こりゃあ自分が迷わねえためじゃねえだろうな」
「自分のためじゃない? どういうこと?」
ユーリィはアッシュの肩を掴んで身を乗り出し、青年の横顔を見やる。
するとアッシュは操縦棍から手を離し、腕を組んだ。
「そうだな、そんじゃあ分かっているところまで話すか。実はな、ライザーの奴は一般人なんかじゃねえんだよ」
「……え?」
唖然とした声を上げるユーリィ。
アッシュは岩壁に描かれた矢印を見据えて言葉を続ける。
「多分、あいつ本格的な戦闘訓練を受けてんぞ。そんなの一般人とは言えねえよ」
「戦闘訓練を受けてるかどうかなんて簡単に分かるものなの?」
と、ユーリィが怪訝な顔で問う。
彼女の目で見た限り、ライザーはごく普通の青年に見えた。
荒事があって気付いたのならともかく、そういった出来事はなかったはずだ。
「まあ、普通は気付かねえよな。俺もいつもの習慣がなきゃあ気付かなかったよ」
「……そうなの?」
と、何やら質問してばかりのユーリィに、アッシュは苦笑する。
「随分と久しぶりだったが、習慣ってのは身体にしみつくみたいだな。ともあれ、そんな感じで俺はライザーをちょっと警戒してたんだよ」
「じゃあ、今回の一件は……」
眉をしかめるユーリィ。どうにも悪い推測ばかりが浮かぶ。
そんなユーリィの不安を察しつつ、アッシュは再び操縦棍を手に取って、立ち止まっていた《朱天》を坑道の奥へと向かわせる。
そしてアッシュは告げる。
「大丈夫だ」
ユーリィはアッシュの背中をじっと見つめた。
「この一件は間違いなくライザーの『誘い』だ。けど、どうも状況が読みきれねえ部分が多いからあえて乗ったんだよ。お前を連れてきたのは万が一に備えてだな。もし騒動になるのなら俺の傍にいんのが一番安全だし、お前は俺の戦闘にも慣れているからな」
そう告げられ、ユーリィはしばし沈黙する。
アッシュとユーリィの付き合いは長い。特に傭兵時代の頃は、アッシュの腰に掴まったまま戦闘に巻き込まれることなど日常茶飯事だった。
結果、彼女の三半規管は一流の鎧機兵乗りにも比肩するほど鍛えられている。
ユーリィならば、アッシュの全力戦闘にも平然とついていけるだろう。
「うん。アッシュの意図は分かった。だけど……」
アッシュの腰に両手を回しながらユーリィが尋ねる。
「結局、チェンバーさんは何者なの? もしかしてボーガンの手下?」
現状考えられる可能性で一番妥当なのがそれだ。
恐らくアッシュの監視役といったところか。
しかし、その推測を口にすると、アッシュは眉をしかめた。
「いや多分違うと思うぞ。そもそもボーガンが俺に監視役を付ける意味がねえ。別に借金している訳でもねえし。まぁボーガンと全く無関係でもねえだろうけどな」
そう言われ、今度はユーリィが眉をしかめた。
「ボーガンの手下じゃないけど、無関係でもない? それってボーガン以外にチェンバーさんの雇い主みたいな人がいるってこと?」
「おっ、流石はユーリィ。呑み込みが早いな」
愛娘の頭の良さに、親バカ丸だしの笑みを見せるアッシュ。
その間も《朱天》は坑道内を進んでいた。
「俺が思うに今回の一件、ボーガン以外にもう一人黒幕がいる。俺らが今ここにいるのはボーガンとその黒幕の思惑なんだろうな」
そう前置きしてから、アッシュは真剣な顔つきで告げる。
「恐らくこの奥には『何か』があるんだろう。『暗人』なんて芸のねえ情報操作まで使って隠したい『何か』がな。ライザーはそこに俺を誘い出すために行方不明を装ったんだ」
ランプで照らされた狭い坑道をアッシュは見据えた。
それからしばらくはアッシュもユーリィも何も語らず黙々と進み、再び分かれ道に辿り着いた。そこにも前回と同じく矢印が描かれている。
アッシュは迷わず矢印の示す道を選び、《朱天》を進ませた。
「……ねえ、アッシュ」
《朱天》がどんどん奥へと進む中、ユーリィはアッシュの名を呼んだ。
「その、ボーガン以外の黒幕って誰なの? この奥には何があるの?」
流石に不安を抱いているのか、ユーリィの声は少し硬い。
アッシュは一旦《朱天》の足を止めて、後ろを振り向きユーリィを見つめた。
「黒幕の方は見当がついているよ。狙いまでは分かんねえけどな。しかし、この奥にあるものについては……情報がなくて見当もつかねえな」
と、渋面を浮かべてアッシュは語る。
結局のところ、アッシュもすべてを見通している訳ではない。
「……そう」
ユーリィは小さくそう返して、再び黙り込んだ。
どちらにしろ、もうじき目的地に着く。
そこですべての真相は明らかになるのだろう。
「まあ、何が出てくるのかは見てのお楽しみってやつか」
アッシュはそう嘯いてから、《朱天》を前進させる。
そしていよいよ長かった坑道の終わりが見えてきた。
出口らしき場所から坑道のランプより遥かに明るい光が溢れており、何やら作業音のようなものも聞こえてきてくる。
「ようやく到着か」
皮肉気な笑みを浮かべて、アッシュ達の乗る《朱天》は坑道の出口をくぐった。
そしてアッシュとユーリィは目を見開く。
「……こいつは……」「……え?」
そこは、天井がほとんど見えないほどの広い大空洞だった。
アッシュ達が出た場所はその空洞の最下層だ。見たところ、《星導石》の原石はほとんどないが、構造そのものは第一坑道を始めとする他の坑道と変わらない。
しかし、そんな目新しくもない光景の中、アッシュ達を驚かせたのは、そこにいる作業者達の姿だった。
「これってなんかの建築をしてんのか?」
「……うん。そうみたい。けど、こんな場所になんで?」
アッシュの独白にユーリィが答える。
《朱天》を通じて見える光景は、いわゆる工事現場だった。
そこには二十数人の作業者がいて、忙しく建造物の土台を作っている。全員作業に集中しているようで大空洞の入口に立つ《朱天》に気付いていないようだ。
(う~ん、こいつは……)
アッシュは少し困惑していた。
確かに『何か』があるとは確信していたが、想像していたものとは大分違う。
こんな場所でまさか建造物を作っているとは予想もしていなかった。
「……アッシュ。どうするの?」
と、ユーリィもまた困惑した声で尋ねてくる。
それに対し、アッシュは少し迷う。
幸いにも、まだ誰も《朱天》の存在に気付いていない。
ここは一旦死角になる場所まで戻って様子を窺うべきか。
「そうだな……見たところライザーもいねえし、ここは一旦下がって……」
と、答えようとした時だった。
「……はあ?」
アッシュはふと視界の端に映った、その男の姿に唖然とした。
白髪の青年の視線は工事現場の前。直立した二人の黒服の男の間で一人悠然と椅子に座る男の背中に釘づけになっていた。
「……? どうしたの、アッシュ?」
いきなり無言になった青年に、ユーリィが眉根を寄せる。
アッシュは答えようにも答えられない。
思わず呆然自失になってしまうほど、その男の存在は予想外だったのだ。
するとその男は何かを感じたのか不意に後ろ――アッシュの方へと振り向いた。
「――あン?」
その男の呟きが聞こえる。
それから、その総髪の男は驚くような表情を見せて立ち上がった。
「……おいおい、一体こいつはどういうことだ?」
『……それは俺の台詞だろ』
《朱天》の拡声器を使ってアッシュがそう答える。
気付かれてしまった以上、もはや隠れるという選択肢はない。
その時点でようやく他の人間達もアッシュの――《朱天》の存在に気付いた。
ザワザワとざわめき始める大空洞。
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セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。
彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。
セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。
「セラ、ウミ」
「ええ、そうよ。海」
ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します!
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