クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
256 / 499
第9部

プロローグ

しおりを挟む
 長い廊下にコツコツと二人分の足音が響く。
 そこは《黒陽社》・第5支部。
 《黒陽社》の最高幹部・《九妖星》の一角であるボルド=グレッグの『城』だった。
 そして今、支部長室に続く窓のない廊下を歩いているのはボルド当人と、彼の秘書であるカテリーナ=ハリスの二人だった。


「いやぁ、それにしても」


 トントンと自分の肩を叩き、ボルドがしみじみと嘆息した。


「久しぶりの《星系会議》はやはり疲れましたね」


 二ヶ月ほど前に《黒陽社》の本社にて開かれた《星系会議》。最高幹部と社長を交えたその会議を終え、ようやくボルドは自分の支部に帰還したのだった。
 《黒陽社》の本社はとても特殊な場所にあるため、行って帰ってくるだけでここまで時間がかかってしまったのである。ただでさえ髪が薄く、猫背が目立つ彼が、さらにしょぼくれて見えてしまうのも仕方がないことだろう。


「お疲れ様です。ボルドさま」


 隣を歩くカテリーナが柔らかに微笑んで心労を気遣う。
 彼女の方はそこまで疲労していなかった。
 四十代後半のボルドに比べ、まだ二十代半ばということもあるが、何より彼女は会議にまでは参加していないからだ。


「一年に一度だけとはいえ、最高幹部の方々の会合。やはり議題はご負担のかかる重大なものばかりなのですね」


 と、本社までボルドに同行したカテリーナが《星系会議》の内容を推測する。
 するとボルドはあごに手を当て「う~ん、そうですねぇ」と呻き、


「確かに社の方針レベルの議題が多かったのは事実ですが、それ以上に《九妖星》達は本気で我が強すぎてとても疲れるのですよ」


 一拍おいて、


「まともに気遣ってくれるのは《金妖星》ぐらいですかね。彼は《黒陽社》の中でも極めて貴重な人物ですよ。まったくもって他の《妖星》ときたら、皆好き勝手に自分の言い分を優先しますからね。議論がまるで進まないのです」

「それは……容易に想像できます」


 カテリーナが苦笑のような笑みを零した。
 本当に容易に想像できる。きっとボルドのことだ。自らまとめ役を率先して行い、どうにか収めようと苦労したのだろう。


「欲望のまま突き進み、最高幹部にまで至った方々ですしね」


 クスクスと口元を押さえて笑うカテリーナ。
 ボルドは何とも言えない微妙な表情を見せた。


「まあ、それでも今回は……」


 そこで彼は足を止めた。


「昨年に比べ、まだ静かな方でしたね。なにせ、今年には彼がいない」


 そう語るボルドの瞳はどこか寂しそうだった。
 カテリーナも足を止めて上司の横顔を見つめる。
 彼が今、誰を思い浮かべているかは一目瞭然だった。


(やはりお寂しいのですね。ボルドさま)


 今年の《星系会議》は九名で実施されたと聞く。
 社長と八名の最高幹部。要するに本来の数に対し、一人足りないのだ。
 その足りない男はすでにこの世から去っていた。口にして語りなどしないが、同僚の死にボルドも心を痛めているのだろう。
 カテリーナは数瞬、そのままボルドを見つめ続けた。
 それから、とても小さく嘆息し、


(それにしても……ああ、ボルドさまぁ)


 あまりに寂しそうな愛しい男の横顔に、ここが支部であることも忘れ、このままギュッと抱きしめたい衝動を抱く。
 しかし、カテリーナはグッと堪えた。
 そんなことをしては間違いなくボルドがドン引きするからだ。こと恋愛に関して鈍すぎるこの上司は、未だカテリーナの想いに気付いてもいなかった。


(まったく。私の想いはいつ実るのでしょうか)


 今度は深々と嘆息する。
 と、その時、


「おや、珍しい客人ですね」


 ふと、ボルドが前を見据えてそんなことを呟いた。
 カテリーナも前を見やると、そこには一人の男がいた。
 年齢は二十代半ばほどか。
 肩まである茶系統の髪。中肉中背の、実に一般的な体格。
 全身を黒一色の――《黒陽社》の社装と言ってもいい服を着込んだ人物だった。
 支部長室の前で佇んでいた男はボルドの帰還に気付き、軽く一礼する。


「あら、貴方は」


 カテリーナはその男に見覚えがあった。


「ヒル、ですね。カルロス=ヒル」


 彼はカテリーナの同期だった。数多い同期達の中でもカテリーナと並ぶ出世頭の一人である。親しくはないが、噂を聞く程度には知っていた。
 ただ、彼は第5支部所属のカテリーナと違い、兵器開発及び供給を担う第2支部所属の社員だった。本来はこの支部にはいない人物でもある。


「どうかしたのですか、ヒル?」


 と、カテリーナが尋ねるが、カルロスは何も答えずボルドだけを見据えていた。
 そして、


「グレッグ支部長」


 ボルドに問いかける。


「唐突な訪問、申し訳ありません。ですが、グレッグ支部長にどうしてもお教え頂きたいことがあるのです」

「……ほう。私にですか? 何でしょうか」


 不躾な社員の問いかけにもボルドは笑みを崩さず堪えた。
 カルロスは再び一礼してから、


「本社で行われた《星系会議》。社長はオージス支部長について、何か仰ってはおられなかったでしょうか?」

「……ガレックについてですか」


 ボルドは細い目をスッと開いた。
 ガレック=オージス。ボルドの同僚にして《九妖星》の一角男。
 先の回想にも出てきた今はもういない男だ。カルロスはその人物の部下だった。


「『惜しい男を亡くした』と仰ってましたよ。それが何か?」

「………そう、ですか」


 カルロスは一拍おいてそう呟いた。
 それからグッと強く拳を握りしめると、ボルドに対してもう一度だけ一礼し、踵を返して立ち去ろうとする。
 その背にボルドは語りかけた。


「仇討ちですか」

「……はい」


 カルロスは足を止めて背中を向けたまま答える。


「恐らく無駄になりますよ。あのガレックが勝てなかった相手に、貴方達も勝てるとは思っていないでしょう」


 ガレック=オージスの仇討ち。
 その話は、第2支部からよく挙がっていた。
 ガレックは女癖が悪いことで有名で女性には蛇蝎のように嫌われていたが、職場では案外まともで部下に対しては人望のある人間だった。
 ガレックの部下達は、そんな上司の仇を討ちたいと常々上申していた。
 しかし、その上申はことごとく却下。
 上層部にも考えはあるのだが、それでも納得がいかない彼らは社長も参加した《星系会議》に期待をかけていたのだろう。

 ――もしかすると社長自らが陣頭指揮を取るではないか、と。

 だが、その期待はあっさりと霧散した。


「あの男が手強いことは重々承知の上です。ですが、それでも我々は退きません。たとえ《黒陽社》の方針に背くことになっても」


 カルロスは強い意志を以て告げた。
 ボルドはただ小さく「……そうですか」と呟いた。
 そうしてカルロスは再び歩き出す。ボルドは彼の姿が廊下の角を曲がって消えるまで見送っていた。すると、


「……ボルドさま」


 今まで沈黙を保っていたカテリーナが尋ねてきた。


「よろしかったのですか。ヒルを止めなくて」


 同僚が立ち去った場所を見据える。
 これは、明らかに組織からの離反だ。
 しかしボルドは気に病む様子もなく瞳を細めて、


「欲望に対して素直でよいではありませんか。何より私の死んだ同僚の仇を討ちたいという者を止めることなどできませんよ」


 そう言って止めていた足を進める。カテリーナも後を追った。
 そしてボルドは、支部長室のドアノブに手を触れ、


「それに勝つことは難しくとも、彼らにもやれることはあるでしょう」


 そこで双眸を細めた。
 最も苛烈だった《九妖星》。その魂は死してなお燃え続けるということか。
 かつての同僚の残影を見据え、ボルドは少しだけ口角を崩した。


「《火妖星》の残火。決して侮れませんよ」


 とは言っても、どう足掻いても自分の宿敵には届かない。
 ボルドはそう思っていた。
 まさかその残火が恐るべき業火へと変わるとは、思いもよらなかったのだ。


「まあ、兎にも角にも私達はまず溜まったお仕事を片しましょう」

「ええ、そうですね」


 が、その事実を知るのは後日のこと。
 今はただ精力的に仕事をこなすボルト達だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~

さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』 誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。 辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。 だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。 学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」  ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

処理中です...