255 / 499
第8部
エピローグ
しおりを挟む
「うわあ、凄い人達だね」
と、サーシャは感嘆の声を上げた。
その日、街はお祭り騒ぎだった。
大通りには普段は並ばない露店が軒を連ね、港湾区、市街区、王城区のどこの区にある店舗も無礼講。まさに建国祭にも匹敵するほどの大賑わいだ。
いきなり沸き上がったカーニバル。しかし、この唐突な祭りには理由がある。
それは先日、王家より大々的に報じられた吉報のためだった。
「まさか、サリア王妃がご懐妊なんてね」
と、サーシャの隣を歩くアリシアが苦笑を浮かべた。
時刻は二時過ぎ。今日は週末であったため、講義も昼までだった彼女達は制服姿のまま待ち合わせの場所に向かっていた。
普段はよく行動を共にする男子二人の姿はない。
今日、これから行う会合に彼らは無関係――と言うより邪魔だからだ。
「急にルカが留学先から呼び戻されたのも、これが理由だったってことよね」
アリシアは、あごに手をやって首肯した。
新たな王族誕生。ルカにとっては弟か妹が生まれるということだ。
その祝辞を王族総出で行うというのが、アティス王の意志だろう。
まあ、異国の地にいる愛娘に会うための口実かもしれないが。
「ふふ」その時、口元を抑えてサーシャが微笑む。
「ルカもお姉ちゃんになるのか」
「ふふ、まあ、そうよね」
アリシアも口元に微笑を浮かべるが、すぐに表情を改めた。
「けどサーシャ。分かってると思うけど今日の議題はそのルカの事なんだからね」
真剣な親友の眼差しに、サーシャも真剣な顔で「うん」と頷く。
「分かっているよ。そろそろ先延ばしも限界だし、具体的な対策を決めないと」
「ええ、その通りよ」
彼女達は互いにこくんと頷くとそれ以降は会話せず足早に目的地へと向かった。
そして幾つかの角を曲がり、いよいよ目的の店舗が見えてくる。
――《獅子の胃袋亭》。
学生達がよく利用する憩いの店だ。
サーシャ達は《獅子の胃袋亭》のドアを開けて、店内に入った。
ウエイトレスや店主の「いらっしゃいませ」という挨拶に対し、軽く礼をするだけで応えて、サーシャ達は店内を見渡し――。
「あっ、いたわ。二人ともすでに来てるわよ。サーシャ」
と、アリシアが告げる。
彼女の視線の先には、丸テーブルの席に座る二人の人物がいた。
紫紺の髪の美女――オトハと、空色の髪の少女――ユーリィだ。
彼女達もサーシャ達の来店に気付いたようで、無言のまま首肯していた。
サーシャとアリシアは真剣な面持ちで、オトハ達の席に着いた。
一瞬テーブル席に沈黙が降りる。が、
「全員揃ったようだな」
オトハが両肘を丸テーブルの上について話を切り出した。
「では、始めよう」
続けてオトハは宣言する。
「いかにして王女とクラインを無難に再会させるかについて、な」
そうして《獅子の胃袋亭》の一角にて議論は白熱する。
しかし、彼女達は知らない。
それらすべてが、もはや不毛な議論であることを。
すでに議論など関係なく、ルカはアッシュとの再会を果たしており、どっぷりと関わっているとは夢にも思わない彼女達であった。
◆
「……くしゅん」
可愛らしいくしゃみが夜の公園に響く。
口元を抑えているルカのくしゃみだ。
「ん? 風邪か? お嬢ちゃん?」
いつものように長椅子に座るアッシュが、首を傾げて尋ねる。
ちなみに彼はまだ、何故か仮面をかぶっていたりする。
「いえ、そんな事はない、です」
と、はにかんで答えるルカ。彼女の肩に止まっているオルタナも「……ウム! ルカハゲンキダゾ!」と翼を広げて告げた。
「ん? そっか?」
アッシュはふっと笑う。
「今日のパレードとか結構疲れたんじゃねえのか?」
今日の昼に行われた大々的なパレード。
ルカは王族の一人としてそれに参加した。若干人見知りの気がある彼女が、大勢の人に囲まれて緊張しない訳もない。多少の疲労はあるはずだ。
「なんなら今日は帰って休むか?」
と、アッシュが気遣うが、ルカはフルフルと勢いよく首を横に振った。
今日は無理を言って、彼とこの時間に待ち合わせをしたのだ。
ロクに会話もせずに帰っては意味がない。
「だ、大丈夫です」と答えるルカに「ん。そっか」とアッシュは笑った。
「けど、パレードの方はともかく、ザインの弟の件に関しては、やっぱ後始末が大変だったんじゃねえか?」
と、アッシュが背もたれに寄りかかり尋ねる。
ルカは「はい」と頷いた。
「ザインさんは弟さんのことで凄く頑張っていました。だけどお父さん達はみんな渋い顔をしていて……特にカザンのお爺ちゃんは、ザインさんは弟さんに甘すぎるって怒鳴っていました。けど、結局、お母さんの祝辞の恩赦ということで……」
現在、ザインの弟は、ガロンワーズ家の別宅にて無期限の謹慎中だった。
今回の事件は公爵家当主の暗殺未遂。本来ならば司法沙汰の一件ではあったが、ザインの強い弁護で、監視付きながらもその程度の対応で済んだのだ。
なお、今回の騒動の首謀者であるガダルの方は、彼本来の計画ではルカやザインを傷つける意図はなかったので、二週間の自宅謹慎で留まっている。
「まあ、あいつは何だかんだで甘い奴だからな」
と、アッシュは友人から借りている仮面をコツコツとつついた。
「けどよ、決して無責任な奴じゃねえ。弟の身柄を引き受けたってことは、きっと本気で弟を自分の手で更生させる気なんだろな」
「……はい。私もそう思います」
ルカは微笑みながら同意する。彼女の肩の上のオルタナも「……ウム! キンニクナラバ、ダイジョウブダ!」と太鼓判を押していた。
そうして十数秒ほど、夜の公園に沈黙が降りる。と、
「あ、あの、仮面さん」
ややあって、ルカはおずおずと口を開いた。
今日こうして彼に会いに来たのは、どうしてもお願いしたい事があったからだ。
しかし、これはお願いしてもいいことなのか。
そんな不安があるが、それでも勇気を出して訊いてみる。
「あの、その、一度仮面を取ってもらえませんか?」
一度だけでも彼の素顔を見てみたい。
それが彼女の願望であり、今日の目的の一つだった。
すると、アッシュは、
「ん? いいぞ」
ルカが拍子抜けするほど、あっさり了承した。
「え? い、いいん、ですか?」
逆にルカが訊いてしまう。対し、アッシュはははっと笑い、
「いや、別に構わねえよ。もうこの仮面も必要ねえし。今日つけて来たのは、お嬢ちゃんはまだ俺の顔を知らねえからな。目印代わりだよ」
そう言って、アッシュは仮面の後頭部に手を回した。
そしてカチャリと鳴らして仮面を取る。
精悍な顔つきと、先端だけがわずかに黒い真っ白な髪が面に出る。
(………え?)
ルカは一瞬だけ困惑した。
彼の素顔を見た途端、誰かに似ているような気がしたのだ。
が、すぐに気のせいだと考える。
こんな雪のように真っ白な髪を持つ人物を、他には知らないからだ。
それに、今はそんな事よりも――。
「か、仮面さん。どうして顔を隠していたん、ですか?」
正直、思っていたよりもずっとカッコよかった。
思わず胸がドキドキし、青年の横顔を見入ってしまう。
一方、アッシュとしては苦笑を浮かべるしかない。
「いや、まあ、成り行きだな。何となくこうなった」
「そ、そうなんですか?」
ルカにはその経緯は分からないが、別に彼は趣味で仮面をかぶっていた訳ではないことは理解できた。と、同時に、今度はもう一つの願望が湧き上がる。
「あ、あの、仮面さん」
ルカはもう一度だけ勇気を振り絞った。
「その、仮面さんのお名前を教えてもらえませんか」
するとアッシュは目を丸くして、
「……ん? あ、そっか。俺は一度もお嬢ちゃんに名乗ってなかったのか」
ボリボリ、と気まずげに自分の頭をかいた。
が、すぐにふっと口角を崩して。
「アッシュだ。アッシュ=クラインだ」
ようやく。ここでようやくアッシュはルカに名乗った。
ルカはすうと目を細めて微笑み、
「良い名前ですね」
「おう。ありがとな。ルカ嬢ちゃん」
そう言って、アッシュも笑った。
そして二人はしばらくの間、談笑に興じた。
些細な話題から、何故かオルタナも交えて鎧機兵の構造に関する議論。まだしばらくルカが故郷にいること。今度、自分の姉達にアッシュを紹介したいなど――ちなみにその時ルカの姉達がどんな顔を浮かべるかは言うまでもない――を語った。
そして充分会話を楽しんだ後、
「今日は、付き合ってくれてありがとう、ございました。アッシュさん。ううん、ずっと前から助けてくれて、ありがとう」
ルカは立ち上がり深々と頭を下げた。
アッシュは座ったまま「ああ、別に畏まらなくてもいいよ」と笑って返す。
アッシュが彼女を助けたのは、誰かに強要された訳ではない。
ザインに共感し、自分の意志で動いたのだ。
それに不快な光景を見ることにもなったが、ルカやオルタナと親しくなれたし、実に興味深い相手とも巡り会えた。むしろ有意義な時間だったと思う。
しかし、ルカとしては心苦しいのだろう。
「あ、あの、私、お礼なんて出来なくて、その、だから考えて……」
と、しどろもどろに言葉を紡ぐが、
「……ウム! ルカ! ガンバレ!」
「う、うん」
オルタナの声援にルカは、きゅっと唇を引き締める。
そして細い指先をアッシュの方へと伸ばして身体を近付けると。
――ちゅ、と。
とても小さな音が鳴った。
頬に伝わる柔らかな感触に、アッシュは一瞬目を丸くする。
対するルカは、うなじまで真っ赤になっていた。
「おいおい、ルカ嬢ちゃん……」
「あ、あうゥ……」
水色の瞳を潤ませて、少女の顔はますます赤くなった。そして遂に自分のした行いに耐え切れなくなったのか、彼女は躓きそうな勢いで走り去って行った。
しばし静寂に包まれる公園。
そして――。
「……ははっ」
頬を押さえてアッシュは笑う。
「こいつは、王女さまからのご褒美って奴か」
まるで冒険譚の主人公にでもなった気分だ。
アッシュは、しばらく頬を撫でて夜空を眺めていた。
が、不意に目を細めて――。
「……しかし、弟か」
ザインの弟に、いずれ生まれてくるルカの弟妹。
兄弟に関わる話題が多かったためか、アッシュは少しだけ昔を思い出していた。
故郷で暮らしていた時、いつも自分の後に付いて来た幼い弟。
泣き虫で。怖がりで。幼さゆえに無邪気だった。
歳がかなり離れていたので手のかかる弟だったが、その分、愛しい家族だった。
だが、そんな弟ももういない。
忌まわしいあの『炎の日』に、故郷と共に死んでしまった。
そう思うと、胸の奥が強く痛む。
もし弟が生きていれば、ルカやユーリィよりも一歳ほど年上になるのか。
アッシュは再び夜空を見上げる。
「なあ、コウタ」
そしてそこに弟がいることを信じて語りかける。
「お前は天国で幸せにやっているか」
◆
その日、森に覆われた王国にて、重い剣戟音が轟いた。
十数秒間に渡って続く硬い金属同士が叩きつけられる重低音。
剣戟はいつまでも続くかのように思われたが、不意にひと際大きい金属音が鳴り響くと同時に、グルグルと巨大な斧が宙を舞い、地面にズシンと打ちつけられた。
広いグラウンドの一角に濛々と土煙が立ち昇る。と、
『これでチェックメイトだよ』
すうっと黒い処刑刀をかざして、竜装の鎧機兵が宣告した。
その切っ先の先には、腰をつく褐色の鎧機兵がいた。
左半身に白い外套を纏う機体であり、先程まで模擬戦をしていた相手だ。
『やっぱ強えェな。お前さんはよ』
と、褐色の鎧機兵の操手が告げる。
かなり若い声――恐らくは十代半ばの少年の声だ。
それもそのはず。彼らは学生。このエリーズ国の騎士学校に通う生徒なのだ。
竜装の鎧機兵と褐色の鎧機兵は放課後に残り、自主訓練に励んでいたのである。
『ははっ、けど今の攻撃は危なかったよ』
そう言って胸部装甲を開ける竜装の鎧機兵。
その操縦席から顔をのぞかせたのは、やはり十代半ばの少年。
黒曜石のような黒い瞳と、黒髪が印象的な少年だった。
一方、褐色の鎧機兵も機体の胸部装甲を開く。出てきたのは短く刈った濃い緑色の髪が特徴的な、かなり体格のいい少年である。
彼の方は操縦席から降りて、愛機を転移陣で帰還させる所まで行う。
それから竜装の鎧機兵を見上げて。
「良い訓練になったぜ。また付き合ってくれよ」
ニカッと笑ってそう告げる。対し、黒髪の少年もふっと笑い、
「うん。構わないよ。ボクの訓練にもなるし」
「そう言ってくれるとありがてえ……っと」
そこで巨漢の少年は身につけた騎士学校の制服――その一部である腰に巻いた白布から懐中時計を取り出し、
「そろそろ時間も時間だな。じゃあ、皇国行きの準備もあるしオレッちは帰るわ」
「ああ、そうだね。それはボクも用意しないと」
何の幸運なのか、彼らは隣国・グレイシア皇国の公爵家に招待されていた。
すでに家族――保護者には了承を得ている。
後は、少しだけ長くなる旅に向けて準備をするだけだった。
しかし、それが結構問題であって……。
「けど、彼女だけは渋って中々用意してくれなくてさ……」
「はははっ! 相変わらずだな。お前の姫さんは」
と、巨漢の少年は豪快に笑った。が、そもそも彼もあまりのんびりしている余裕もないのだろう。すぐに表情を改めると。
「とにかくオレッちは行くわ。じゃあ、またな! コウタ!」
そう告げて、巨漢の少年はグラウンドを走り去って行った。
その場に残ったのは、竜装の機体に乗る少年のみ。
少年は、しばし操縦シートで力を抜いて瞑目していた。
グレイシア皇国。その首都である皇都ディノス。
その近くには彼の故郷もある。もう何の痕跡もない故郷だが。
しかし、故郷に手掛かりはなくとも、もしかすると皇都ならば――。
「……トウヤ兄さん」
少年は兄の名を呟く。
果たして、今回の故郷への旅で何を掴めるのか。
「……ボクは元気だよ」
少年は、兄と同じ黒い双眸をすっと開いた。
そして生き別れた家族に想いを馳せ、彼――コウタ=ヒラサカは呟くのだった。
「兄さんと――サクヤ姉さんは今、どこで何をしているの?」
第八部〈了〉
と、サーシャは感嘆の声を上げた。
その日、街はお祭り騒ぎだった。
大通りには普段は並ばない露店が軒を連ね、港湾区、市街区、王城区のどこの区にある店舗も無礼講。まさに建国祭にも匹敵するほどの大賑わいだ。
いきなり沸き上がったカーニバル。しかし、この唐突な祭りには理由がある。
それは先日、王家より大々的に報じられた吉報のためだった。
「まさか、サリア王妃がご懐妊なんてね」
と、サーシャの隣を歩くアリシアが苦笑を浮かべた。
時刻は二時過ぎ。今日は週末であったため、講義も昼までだった彼女達は制服姿のまま待ち合わせの場所に向かっていた。
普段はよく行動を共にする男子二人の姿はない。
今日、これから行う会合に彼らは無関係――と言うより邪魔だからだ。
「急にルカが留学先から呼び戻されたのも、これが理由だったってことよね」
アリシアは、あごに手をやって首肯した。
新たな王族誕生。ルカにとっては弟か妹が生まれるということだ。
その祝辞を王族総出で行うというのが、アティス王の意志だろう。
まあ、異国の地にいる愛娘に会うための口実かもしれないが。
「ふふ」その時、口元を抑えてサーシャが微笑む。
「ルカもお姉ちゃんになるのか」
「ふふ、まあ、そうよね」
アリシアも口元に微笑を浮かべるが、すぐに表情を改めた。
「けどサーシャ。分かってると思うけど今日の議題はそのルカの事なんだからね」
真剣な親友の眼差しに、サーシャも真剣な顔で「うん」と頷く。
「分かっているよ。そろそろ先延ばしも限界だし、具体的な対策を決めないと」
「ええ、その通りよ」
彼女達は互いにこくんと頷くとそれ以降は会話せず足早に目的地へと向かった。
そして幾つかの角を曲がり、いよいよ目的の店舗が見えてくる。
――《獅子の胃袋亭》。
学生達がよく利用する憩いの店だ。
サーシャ達は《獅子の胃袋亭》のドアを開けて、店内に入った。
ウエイトレスや店主の「いらっしゃいませ」という挨拶に対し、軽く礼をするだけで応えて、サーシャ達は店内を見渡し――。
「あっ、いたわ。二人ともすでに来てるわよ。サーシャ」
と、アリシアが告げる。
彼女の視線の先には、丸テーブルの席に座る二人の人物がいた。
紫紺の髪の美女――オトハと、空色の髪の少女――ユーリィだ。
彼女達もサーシャ達の来店に気付いたようで、無言のまま首肯していた。
サーシャとアリシアは真剣な面持ちで、オトハ達の席に着いた。
一瞬テーブル席に沈黙が降りる。が、
「全員揃ったようだな」
オトハが両肘を丸テーブルの上について話を切り出した。
「では、始めよう」
続けてオトハは宣言する。
「いかにして王女とクラインを無難に再会させるかについて、な」
そうして《獅子の胃袋亭》の一角にて議論は白熱する。
しかし、彼女達は知らない。
それらすべてが、もはや不毛な議論であることを。
すでに議論など関係なく、ルカはアッシュとの再会を果たしており、どっぷりと関わっているとは夢にも思わない彼女達であった。
◆
「……くしゅん」
可愛らしいくしゃみが夜の公園に響く。
口元を抑えているルカのくしゃみだ。
「ん? 風邪か? お嬢ちゃん?」
いつものように長椅子に座るアッシュが、首を傾げて尋ねる。
ちなみに彼はまだ、何故か仮面をかぶっていたりする。
「いえ、そんな事はない、です」
と、はにかんで答えるルカ。彼女の肩に止まっているオルタナも「……ウム! ルカハゲンキダゾ!」と翼を広げて告げた。
「ん? そっか?」
アッシュはふっと笑う。
「今日のパレードとか結構疲れたんじゃねえのか?」
今日の昼に行われた大々的なパレード。
ルカは王族の一人としてそれに参加した。若干人見知りの気がある彼女が、大勢の人に囲まれて緊張しない訳もない。多少の疲労はあるはずだ。
「なんなら今日は帰って休むか?」
と、アッシュが気遣うが、ルカはフルフルと勢いよく首を横に振った。
今日は無理を言って、彼とこの時間に待ち合わせをしたのだ。
ロクに会話もせずに帰っては意味がない。
「だ、大丈夫です」と答えるルカに「ん。そっか」とアッシュは笑った。
「けど、パレードの方はともかく、ザインの弟の件に関しては、やっぱ後始末が大変だったんじゃねえか?」
と、アッシュが背もたれに寄りかかり尋ねる。
ルカは「はい」と頷いた。
「ザインさんは弟さんのことで凄く頑張っていました。だけどお父さん達はみんな渋い顔をしていて……特にカザンのお爺ちゃんは、ザインさんは弟さんに甘すぎるって怒鳴っていました。けど、結局、お母さんの祝辞の恩赦ということで……」
現在、ザインの弟は、ガロンワーズ家の別宅にて無期限の謹慎中だった。
今回の事件は公爵家当主の暗殺未遂。本来ならば司法沙汰の一件ではあったが、ザインの強い弁護で、監視付きながらもその程度の対応で済んだのだ。
なお、今回の騒動の首謀者であるガダルの方は、彼本来の計画ではルカやザインを傷つける意図はなかったので、二週間の自宅謹慎で留まっている。
「まあ、あいつは何だかんだで甘い奴だからな」
と、アッシュは友人から借りている仮面をコツコツとつついた。
「けどよ、決して無責任な奴じゃねえ。弟の身柄を引き受けたってことは、きっと本気で弟を自分の手で更生させる気なんだろな」
「……はい。私もそう思います」
ルカは微笑みながら同意する。彼女の肩の上のオルタナも「……ウム! キンニクナラバ、ダイジョウブダ!」と太鼓判を押していた。
そうして十数秒ほど、夜の公園に沈黙が降りる。と、
「あ、あの、仮面さん」
ややあって、ルカはおずおずと口を開いた。
今日こうして彼に会いに来たのは、どうしてもお願いしたい事があったからだ。
しかし、これはお願いしてもいいことなのか。
そんな不安があるが、それでも勇気を出して訊いてみる。
「あの、その、一度仮面を取ってもらえませんか?」
一度だけでも彼の素顔を見てみたい。
それが彼女の願望であり、今日の目的の一つだった。
すると、アッシュは、
「ん? いいぞ」
ルカが拍子抜けするほど、あっさり了承した。
「え? い、いいん、ですか?」
逆にルカが訊いてしまう。対し、アッシュはははっと笑い、
「いや、別に構わねえよ。もうこの仮面も必要ねえし。今日つけて来たのは、お嬢ちゃんはまだ俺の顔を知らねえからな。目印代わりだよ」
そう言って、アッシュは仮面の後頭部に手を回した。
そしてカチャリと鳴らして仮面を取る。
精悍な顔つきと、先端だけがわずかに黒い真っ白な髪が面に出る。
(………え?)
ルカは一瞬だけ困惑した。
彼の素顔を見た途端、誰かに似ているような気がしたのだ。
が、すぐに気のせいだと考える。
こんな雪のように真っ白な髪を持つ人物を、他には知らないからだ。
それに、今はそんな事よりも――。
「か、仮面さん。どうして顔を隠していたん、ですか?」
正直、思っていたよりもずっとカッコよかった。
思わず胸がドキドキし、青年の横顔を見入ってしまう。
一方、アッシュとしては苦笑を浮かべるしかない。
「いや、まあ、成り行きだな。何となくこうなった」
「そ、そうなんですか?」
ルカにはその経緯は分からないが、別に彼は趣味で仮面をかぶっていた訳ではないことは理解できた。と、同時に、今度はもう一つの願望が湧き上がる。
「あ、あの、仮面さん」
ルカはもう一度だけ勇気を振り絞った。
「その、仮面さんのお名前を教えてもらえませんか」
するとアッシュは目を丸くして、
「……ん? あ、そっか。俺は一度もお嬢ちゃんに名乗ってなかったのか」
ボリボリ、と気まずげに自分の頭をかいた。
が、すぐにふっと口角を崩して。
「アッシュだ。アッシュ=クラインだ」
ようやく。ここでようやくアッシュはルカに名乗った。
ルカはすうと目を細めて微笑み、
「良い名前ですね」
「おう。ありがとな。ルカ嬢ちゃん」
そう言って、アッシュも笑った。
そして二人はしばらくの間、談笑に興じた。
些細な話題から、何故かオルタナも交えて鎧機兵の構造に関する議論。まだしばらくルカが故郷にいること。今度、自分の姉達にアッシュを紹介したいなど――ちなみにその時ルカの姉達がどんな顔を浮かべるかは言うまでもない――を語った。
そして充分会話を楽しんだ後、
「今日は、付き合ってくれてありがとう、ございました。アッシュさん。ううん、ずっと前から助けてくれて、ありがとう」
ルカは立ち上がり深々と頭を下げた。
アッシュは座ったまま「ああ、別に畏まらなくてもいいよ」と笑って返す。
アッシュが彼女を助けたのは、誰かに強要された訳ではない。
ザインに共感し、自分の意志で動いたのだ。
それに不快な光景を見ることにもなったが、ルカやオルタナと親しくなれたし、実に興味深い相手とも巡り会えた。むしろ有意義な時間だったと思う。
しかし、ルカとしては心苦しいのだろう。
「あ、あの、私、お礼なんて出来なくて、その、だから考えて……」
と、しどろもどろに言葉を紡ぐが、
「……ウム! ルカ! ガンバレ!」
「う、うん」
オルタナの声援にルカは、きゅっと唇を引き締める。
そして細い指先をアッシュの方へと伸ばして身体を近付けると。
――ちゅ、と。
とても小さな音が鳴った。
頬に伝わる柔らかな感触に、アッシュは一瞬目を丸くする。
対するルカは、うなじまで真っ赤になっていた。
「おいおい、ルカ嬢ちゃん……」
「あ、あうゥ……」
水色の瞳を潤ませて、少女の顔はますます赤くなった。そして遂に自分のした行いに耐え切れなくなったのか、彼女は躓きそうな勢いで走り去って行った。
しばし静寂に包まれる公園。
そして――。
「……ははっ」
頬を押さえてアッシュは笑う。
「こいつは、王女さまからのご褒美って奴か」
まるで冒険譚の主人公にでもなった気分だ。
アッシュは、しばらく頬を撫でて夜空を眺めていた。
が、不意に目を細めて――。
「……しかし、弟か」
ザインの弟に、いずれ生まれてくるルカの弟妹。
兄弟に関わる話題が多かったためか、アッシュは少しだけ昔を思い出していた。
故郷で暮らしていた時、いつも自分の後に付いて来た幼い弟。
泣き虫で。怖がりで。幼さゆえに無邪気だった。
歳がかなり離れていたので手のかかる弟だったが、その分、愛しい家族だった。
だが、そんな弟ももういない。
忌まわしいあの『炎の日』に、故郷と共に死んでしまった。
そう思うと、胸の奥が強く痛む。
もし弟が生きていれば、ルカやユーリィよりも一歳ほど年上になるのか。
アッシュは再び夜空を見上げる。
「なあ、コウタ」
そしてそこに弟がいることを信じて語りかける。
「お前は天国で幸せにやっているか」
◆
その日、森に覆われた王国にて、重い剣戟音が轟いた。
十数秒間に渡って続く硬い金属同士が叩きつけられる重低音。
剣戟はいつまでも続くかのように思われたが、不意にひと際大きい金属音が鳴り響くと同時に、グルグルと巨大な斧が宙を舞い、地面にズシンと打ちつけられた。
広いグラウンドの一角に濛々と土煙が立ち昇る。と、
『これでチェックメイトだよ』
すうっと黒い処刑刀をかざして、竜装の鎧機兵が宣告した。
その切っ先の先には、腰をつく褐色の鎧機兵がいた。
左半身に白い外套を纏う機体であり、先程まで模擬戦をしていた相手だ。
『やっぱ強えェな。お前さんはよ』
と、褐色の鎧機兵の操手が告げる。
かなり若い声――恐らくは十代半ばの少年の声だ。
それもそのはず。彼らは学生。このエリーズ国の騎士学校に通う生徒なのだ。
竜装の鎧機兵と褐色の鎧機兵は放課後に残り、自主訓練に励んでいたのである。
『ははっ、けど今の攻撃は危なかったよ』
そう言って胸部装甲を開ける竜装の鎧機兵。
その操縦席から顔をのぞかせたのは、やはり十代半ばの少年。
黒曜石のような黒い瞳と、黒髪が印象的な少年だった。
一方、褐色の鎧機兵も機体の胸部装甲を開く。出てきたのは短く刈った濃い緑色の髪が特徴的な、かなり体格のいい少年である。
彼の方は操縦席から降りて、愛機を転移陣で帰還させる所まで行う。
それから竜装の鎧機兵を見上げて。
「良い訓練になったぜ。また付き合ってくれよ」
ニカッと笑ってそう告げる。対し、黒髪の少年もふっと笑い、
「うん。構わないよ。ボクの訓練にもなるし」
「そう言ってくれるとありがてえ……っと」
そこで巨漢の少年は身につけた騎士学校の制服――その一部である腰に巻いた白布から懐中時計を取り出し、
「そろそろ時間も時間だな。じゃあ、皇国行きの準備もあるしオレッちは帰るわ」
「ああ、そうだね。それはボクも用意しないと」
何の幸運なのか、彼らは隣国・グレイシア皇国の公爵家に招待されていた。
すでに家族――保護者には了承を得ている。
後は、少しだけ長くなる旅に向けて準備をするだけだった。
しかし、それが結構問題であって……。
「けど、彼女だけは渋って中々用意してくれなくてさ……」
「はははっ! 相変わらずだな。お前の姫さんは」
と、巨漢の少年は豪快に笑った。が、そもそも彼もあまりのんびりしている余裕もないのだろう。すぐに表情を改めると。
「とにかくオレッちは行くわ。じゃあ、またな! コウタ!」
そう告げて、巨漢の少年はグラウンドを走り去って行った。
その場に残ったのは、竜装の機体に乗る少年のみ。
少年は、しばし操縦シートで力を抜いて瞑目していた。
グレイシア皇国。その首都である皇都ディノス。
その近くには彼の故郷もある。もう何の痕跡もない故郷だが。
しかし、故郷に手掛かりはなくとも、もしかすると皇都ならば――。
「……トウヤ兄さん」
少年は兄の名を呟く。
果たして、今回の故郷への旅で何を掴めるのか。
「……ボクは元気だよ」
少年は、兄と同じ黒い双眸をすっと開いた。
そして生き別れた家族に想いを馳せ、彼――コウタ=ヒラサカは呟くのだった。
「兄さんと――サクヤ姉さんは今、どこで何をしているの?」
第八部〈了〉
0
あなたにおすすめの小説
商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~
葉月奈津・男
恋愛
「あなたとの婚約、破棄させていただきます!」
王立学院の舞踏会。
全校生徒が見守る中、商家の三男カロスタークは、貴族令嬢セザールから一方的に婚約破棄を突きつけられる。
努力も誠意も、すべて「退屈だった」の一言で切り捨てられ、彼女は王子様気取りの子爵家の三男と新たな婚約を宣言する。
だが、カロスタークは折れなかった。
「商人の子せがれにだって、意地はあるんだ!」
怒りと屈辱を胸に、彼は商人としての才覚を武器に、静かなる反撃を開始する。
舞踏会の翌日、元婚約者の実家に突如として訪れる債権者たち。
差し押さえ、債権買収、そして“後ろ盾”の意味を思い知らせる逆襲劇が幕を開ける!
これは、貴族社会の常識を覆す、ひとりの青年の成り上がりの物語。
誇りを踏みにじられた男が、金と知恵で世界を変える――!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
レベル1の地図士は、世界の裏側を知ってしまった
あめとおと
ファンタジー
異世界に転移した主人公が得たスキルは【地図作成】。
戦闘能力ゼロ、初期レベル1。
冒険者ギルドでは「外れスキル」と笑われ、
新人向けの雑用クエストしか回ってこない。
しかしそのスキルは、
ダンジョンの隠し通路、未踏破エリア、消えた古代文明の痕跡まで“地図に表示する”
という、とんでもない能力だった。
生き残るために始めた地味な探索が、
やがて世界の秘密と、国家すら動かす大冒険へ――。
これは、
戦えない主人公が“冒険そのもの”で成り上がる物語。
同作品を「小説家になろう」で先行配信してます。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】
異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。
『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。
しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。
そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる