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第12部
第五章 隠れ里④
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その時。
アヤメは、義兄の屋敷へと続く大通りを歩いていた。
周囲には、懐かしさを感じるアロン様式の建屋が並ぶ。
心角を持つ者、持たない者。様々な通行人がいた。
そんな中を、少し急いでいる。
長老衆への報告が思いの外、長引いたからだ。
(長老たち。随分と浮かれていたのです)
まるで少年のような眼差し。
厳格で知られるその頑固老人たちの、あんな瞳は初めて見た。
次から次へと、御子さま――コウタのことを聞いてくるのである。
(……本当に)
アヤメは足を動かしながら、軽く喉を鳴らした。
(超腐れ義兄さまが言っていたことは、本当ということなのですか)
あの少年こそが、焔魔堂の主。
始祖たる焔魔さまが、長きに渡って待ち続けた御子さまであるのだと。
(……馬鹿馬鹿しいとは、思うのです)
アヤメは、双眸を細めた。
伝承など下らない。
焔魔堂に伝わる《焔魔ノ法》。そして自分の持つ心角から、焔魔さまの存在までを疑っている訳ではない。そういった人外の存在は、確かにいたのだろう。
しかし、アヤメは、伝承に関しては懐疑的だった。
こればかりは、長い年月をかけて引き継がれるものだ。
継承の途中で話が変わることも充分にあり得る。
そもそも、焔魔さまは実在した証があるが、御子さまや、その根源とも呼ぶべき『勇猛なる御方』の存在は、実証されたモノではない。
その上、あの少年が、御子さまと判断されたのは、義兄の眼力によるものだ。
(あの超腐れ義兄さまの眼は、やはり腐れている可能性があるのです)
ふんす、とアヤメは鼻を鳴らした。
結局のところ、確証されていることは一つだけだ。
あの少年が、アヤメの主人であること。
いずれ、この身を捧げる相手であるということだけだ。
――運命の相手は、心角が教えてくれる。
かつて、姉であるフウカ――実際のところは従兄弟――が、教えてくれたことは真実だったということだ。
姉の顔。
そして今回の帰郷で、初めて見た姉の子の顔を思い出す。
名前はタツマ。
抱っこさせてもらったが、本当に愛らしい甥だった。
ぺたぺた、とアヤメの頬に触れてくるのである。
(……赤ん坊)
アヤメは、微かに頬を染めた。
(……私も、いずれは……)
それを思うと、耳まで赤くなる。
その相手が今、義兄の屋敷にいる訳だ。
心臓が早鐘を打つのは、急いでいるせいだけではない。
「……ふう」
アヤメは一度足を止めて、大きく息を吐きだした。
ともあれ、急がないといけない。
そろそろ、あの少年が目を覚ましてもいい頃だ。
屋敷には姉を始め、十数人の使用人もいる。
目を覚ました彼が困ることはないだろうが、何というか、やはり彼の面倒を見るのは自分でありたい。それに今回の強行に関しても『ごめんなさい』をしなければならない。
それを思うと、少し気が重い。
実質的には誘拐だ。あれだけ毛嫌いしていた一族の常套手段である。
「……はァ」
とにかく自己嫌悪が凄い。
溜息も出てしまう。少しだけ足も重くなるが、
「……ともあれ、急ぐのです」
アヤメは、足をさらに速めた。
◆
「本当に、良かった」
胸に手を当て、ホッとする少女。
コウタは目を瞬かせた。
年の頃は、十八か、十九ぐらいだろうか。
アロンの和装を纏う、おっとりとした感じの綺麗な女性だ。
ただ、コウタにしろ、その腕の中のアイリにしろ、目を奪われたのは彼女の額だった。
そこには、一本の角が生えているのである。
アヤメ、そして赤ん坊と同じである。
「……だあっ!」
その時、アイリの上に乗っていた赤ん坊が叫んだ。
女性の方へと手を向けて、ぱたぱたと動かしている。
どうやら、女性に抱っこして欲しいようだ。
「タツマ」
女性もそれに気付き、赤ん坊をアイリから受け取った。
赤ん坊が、ニパッと笑った。
「もう。ダメでしょう。一体どうやってここまで来たの?」
「……ウム。フツウニ、ロウカニイタゾ」
と、サザンⅩが言う。女性は「え?」と目を丸くした。
サザンⅩは、さらに続ける。
「……ロウカヲ、ハイハイシテイタ。アブナイカラ、ツレテキタ」
「え? そうなの?」
女性は赤ん坊――タツマを視線が重なるように掲げた。
「あなた、いつハイハイが出来るようになったの?」
そんなことを尋ねる。
女性も、タツマが『ハイハイ』できることを知らなかったらしい。
「えっと」
その時、コウタはアイリを下ろして尋ねた。
「あの、あなたは?」
「あ、これは申し遅れました」
言って、タツマを抱き直して、女性は会釈をした。
「御子さまにおかれましては、ご機嫌麗しく。私の名はフウカ=ムラサメ。アヤメの姉であり、この子の母でございます」
「え? アヤちゃんのお姉さん? って、その子のお母さん!?」
コウタは驚いた。アイリも目を丸くしている。
確かに、彼女は赤ん坊とよく似ている。
目元の辺りなどそっくりだ。
てっきり姉かと思っていたのだが、まさか母親だったとは……。
すると、女性――フウカは、クスリと笑った。
「御子さまは、あの子のことを『アヤちゃん』って呼ばれているのですね」
「え、えっと、それは……」
そこで、コウタはふと気付いた。
「その、ところで『御子さま』って何ですか?」
「御身のことです」
フウカは、双眸を細めて告げる。
「コウタ=ヒラサカさま。我らが御子さま」
「……はい?」
目を瞬かせるコウタ。
フウカは、言葉を続けた。
「御身は、我が一族の主たる御方なのです」
「え、えっと主? その、よく分からないんですけど?」
コウタが、率直に言った。
一方、フウカはふっと笑い、
「そのお話は後ほど。当家の主人であるライガ。もしくは、御子さまのお側女役であるアヤメからございます。ともあれ今は……」
改めて告げる。
「焔魔堂の里へ、ようこそお出で下さりました。心より歓迎いたします」
そして、アヤメによく似た彼女は微笑んだ。
そんな母に倣うかのように、
「……だあっ!」
タツマもまた、コウタの方に手を向けて歓迎した。
アヤメは、義兄の屋敷へと続く大通りを歩いていた。
周囲には、懐かしさを感じるアロン様式の建屋が並ぶ。
心角を持つ者、持たない者。様々な通行人がいた。
そんな中を、少し急いでいる。
長老衆への報告が思いの外、長引いたからだ。
(長老たち。随分と浮かれていたのです)
まるで少年のような眼差し。
厳格で知られるその頑固老人たちの、あんな瞳は初めて見た。
次から次へと、御子さま――コウタのことを聞いてくるのである。
(……本当に)
アヤメは足を動かしながら、軽く喉を鳴らした。
(超腐れ義兄さまが言っていたことは、本当ということなのですか)
あの少年こそが、焔魔堂の主。
始祖たる焔魔さまが、長きに渡って待ち続けた御子さまであるのだと。
(……馬鹿馬鹿しいとは、思うのです)
アヤメは、双眸を細めた。
伝承など下らない。
焔魔堂に伝わる《焔魔ノ法》。そして自分の持つ心角から、焔魔さまの存在までを疑っている訳ではない。そういった人外の存在は、確かにいたのだろう。
しかし、アヤメは、伝承に関しては懐疑的だった。
こればかりは、長い年月をかけて引き継がれるものだ。
継承の途中で話が変わることも充分にあり得る。
そもそも、焔魔さまは実在した証があるが、御子さまや、その根源とも呼ぶべき『勇猛なる御方』の存在は、実証されたモノではない。
その上、あの少年が、御子さまと判断されたのは、義兄の眼力によるものだ。
(あの超腐れ義兄さまの眼は、やはり腐れている可能性があるのです)
ふんす、とアヤメは鼻を鳴らした。
結局のところ、確証されていることは一つだけだ。
あの少年が、アヤメの主人であること。
いずれ、この身を捧げる相手であるということだけだ。
――運命の相手は、心角が教えてくれる。
かつて、姉であるフウカ――実際のところは従兄弟――が、教えてくれたことは真実だったということだ。
姉の顔。
そして今回の帰郷で、初めて見た姉の子の顔を思い出す。
名前はタツマ。
抱っこさせてもらったが、本当に愛らしい甥だった。
ぺたぺた、とアヤメの頬に触れてくるのである。
(……赤ん坊)
アヤメは、微かに頬を染めた。
(……私も、いずれは……)
それを思うと、耳まで赤くなる。
その相手が今、義兄の屋敷にいる訳だ。
心臓が早鐘を打つのは、急いでいるせいだけではない。
「……ふう」
アヤメは一度足を止めて、大きく息を吐きだした。
ともあれ、急がないといけない。
そろそろ、あの少年が目を覚ましてもいい頃だ。
屋敷には姉を始め、十数人の使用人もいる。
目を覚ました彼が困ることはないだろうが、何というか、やはり彼の面倒を見るのは自分でありたい。それに今回の強行に関しても『ごめんなさい』をしなければならない。
それを思うと、少し気が重い。
実質的には誘拐だ。あれだけ毛嫌いしていた一族の常套手段である。
「……はァ」
とにかく自己嫌悪が凄い。
溜息も出てしまう。少しだけ足も重くなるが、
「……ともあれ、急ぐのです」
アヤメは、足をさらに速めた。
◆
「本当に、良かった」
胸に手を当て、ホッとする少女。
コウタは目を瞬かせた。
年の頃は、十八か、十九ぐらいだろうか。
アロンの和装を纏う、おっとりとした感じの綺麗な女性だ。
ただ、コウタにしろ、その腕の中のアイリにしろ、目を奪われたのは彼女の額だった。
そこには、一本の角が生えているのである。
アヤメ、そして赤ん坊と同じである。
「……だあっ!」
その時、アイリの上に乗っていた赤ん坊が叫んだ。
女性の方へと手を向けて、ぱたぱたと動かしている。
どうやら、女性に抱っこして欲しいようだ。
「タツマ」
女性もそれに気付き、赤ん坊をアイリから受け取った。
赤ん坊が、ニパッと笑った。
「もう。ダメでしょう。一体どうやってここまで来たの?」
「……ウム。フツウニ、ロウカニイタゾ」
と、サザンⅩが言う。女性は「え?」と目を丸くした。
サザンⅩは、さらに続ける。
「……ロウカヲ、ハイハイシテイタ。アブナイカラ、ツレテキタ」
「え? そうなの?」
女性は赤ん坊――タツマを視線が重なるように掲げた。
「あなた、いつハイハイが出来るようになったの?」
そんなことを尋ねる。
女性も、タツマが『ハイハイ』できることを知らなかったらしい。
「えっと」
その時、コウタはアイリを下ろして尋ねた。
「あの、あなたは?」
「あ、これは申し遅れました」
言って、タツマを抱き直して、女性は会釈をした。
「御子さまにおかれましては、ご機嫌麗しく。私の名はフウカ=ムラサメ。アヤメの姉であり、この子の母でございます」
「え? アヤちゃんのお姉さん? って、その子のお母さん!?」
コウタは驚いた。アイリも目を丸くしている。
確かに、彼女は赤ん坊とよく似ている。
目元の辺りなどそっくりだ。
てっきり姉かと思っていたのだが、まさか母親だったとは……。
すると、女性――フウカは、クスリと笑った。
「御子さまは、あの子のことを『アヤちゃん』って呼ばれているのですね」
「え、えっと、それは……」
そこで、コウタはふと気付いた。
「その、ところで『御子さま』って何ですか?」
「御身のことです」
フウカは、双眸を細めて告げる。
「コウタ=ヒラサカさま。我らが御子さま」
「……はい?」
目を瞬かせるコウタ。
フウカは、言葉を続けた。
「御身は、我が一族の主たる御方なのです」
「え、えっと主? その、よく分からないんですけど?」
コウタが、率直に言った。
一方、フウカはふっと笑い、
「そのお話は後ほど。当家の主人であるライガ。もしくは、御子さまのお側女役であるアヤメからございます。ともあれ今は……」
改めて告げる。
「焔魔堂の里へ、ようこそお出で下さりました。心より歓迎いたします」
そして、アヤメによく似た彼女は微笑んだ。
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