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第三章 虚 実
虚 実 (ニ)
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カキーン。ガッガッ。刃が交わる音が響いた。互いに跳びずさって、ふたたび元の構えにもどった。
「胎中、破れたり!」
小太郎が叫んだ。
優男には似つかわしくない鋭い一喝だった。
互いに間をおいて叫び合う理由というものが、ようやくわたしにもわかりかけてきた。口から放たれた気のようなものが、見えない刃となって対手の体幹を貫くこともあるのだろう。
ふいに、彦左の切っ先が閃いた。
小太郎は左肩からくるりと回転しながら地面に転げざま一刀を放った。
それが、彦左の首を斬った。
たしかにそのように見えた。
けれど、一寸手前で小太郎が刀を止めたのだとわかって、安堵のため息が出た。
彦左は硬直したまま呆然としていた。さぞ悔しかったろう。駆け寄ろうとすると、彦左の声が耳にはいった。
「ま、参ったずら……」
潔さが感じられる語調だった。すると、取り囲んでいた群衆が、やんややんやの喝采を浴びせかけた。
彦左が照れた顔を小太郎に向けた。
小太郎が口を開きかけたときであった。ガバッと彦左が小太郎に飛びつくや否や、そのまま地面に倒れこんだ。
「卑怯なり!」
叫んだのは、誰でもないこのわたしだ。
意趣返しなのだろう、小太郎に恥をかかせようとする彦左の所業は断じて許せない。
「ひゃああぁ」
誰が挙げた声であったろうか。
小太郎に上乗りになった彦左をめがけて突き出された何本もの短槍を視た。
群衆のなかの菅笠をかぶった足軽たちが、彦左と小太郎の二人をめがけて斬りかかっていた。
三、四……の少数ではない。
十数人はいただろう。あの群衆に紛れ込んでいたのだ。
すると、別の菅笠の一群が、二人を襲った菅笠に応戦した。
視界には、まるでお祭り騒ぎのように、菅笠と菅笠が乱れに乱れていた。これでは、誰が敵か味方なのかわからない……。
「姫さま、危のうございます」
背後から複数の腕がのびてきて、羽交い締めにされた。
笹がわたしの頭に両の手をかぶせ、わたしをしゃがませた。笹の指揮で、侍女たちが一斉に周りを取り囲み、わたしに覆い被さってきた。
四方から悲鳴と甲高い声がこだましている。馬の嘶きすらも、人が発する叫びに聴こえてくる。
銃声。
火矢。
土埃。
……このとき、長槍をしごいて戦っている彦左の勇姿を視た。
彦左が小太郎に飛びついて押し倒したのは、矢か鉄砲の弾を避けるためであったのだ。卑怯者呼ばわりしてしまったことが悔やまれた。
と、地に倒れていた菅笠が、急に起き上がったかとおもうと小太郎に襲いかかった。
「小太郎!うしろに!」
ありったけの声を振り絞って、わたしは叫んだ。
敵に気づいた小太郎だが、避けるのが遅すぎると身をすくませたとき、別の菅笠が小太郎を突き飛ばし、かばうようにして短い刀で襲撃者を斬った。
間一髪の出来事だった。
「ひゃああぁ」
またしても誰の声か判らない。小太郎を助けた菅笠が、いきなり小太郎に抱きついた。
その二人に彦左が近づいていった。
中庭での襲撃者による乱闘は、ひとまず決着がついたらしい。
わたしを護ってくれた侍女たちに目配せで謝意を伝え歩き出した。すると彦左が駆け寄ってきて、傷を負っていないかを確認した。いつもの饒舌の彦左とはちがい、丈夫の貌つきになっていた。
黙ったまま、彦左と歩調を合わせ小太郎に近づいた。
小太郎を救った菅笠は、かれの肩や腕を撫でていた。傷の有無を確かめていたのだろう。菅笠が小太郎の配下の者ならば、主思いの忠臣といっていい。
小太郎がわたしに気づき、菅笠になにごとかを耳打ちした。
すると、菅笠はわたしの足元で片膝をついた。菅笠の手は、土と埃にまみれていたけれど、ところどころが白く光っているように見えた。
斜陽がもたらす木洩れ日の淡い光が、菅笠にあたっていた。違和感をおぼえたのは、このときである。さらしを巻いた胸のあたりが膨らんでいた。
……なんと、菅笠は女人であったのだ。
笠をはずして、わたしを仰ぎみた。
「ひゃあぁ!」
わたしが立てた叫びではない。彦左の声だ。わたしも唾を飲み込んだ。
髪は赤みがかった栗色、青い瞳、そうして白い肌……。明国の皇女かともおもったけれど、そうではない。あきらかに、南蛮の異国人であった。
小太郎には、そのような配下までいるということなのか。かれはその女人の腕をつかんで立たせた。
「姉上……」
聴き間違いではない。たしかに小太郎はそう呟いた。
刹那、わたしの思念の流れが、ぽつんと音を立てて崩れ落ちていくかのような感覚にとらわれた。
「胎中、破れたり!」
小太郎が叫んだ。
優男には似つかわしくない鋭い一喝だった。
互いに間をおいて叫び合う理由というものが、ようやくわたしにもわかりかけてきた。口から放たれた気のようなものが、見えない刃となって対手の体幹を貫くこともあるのだろう。
ふいに、彦左の切っ先が閃いた。
小太郎は左肩からくるりと回転しながら地面に転げざま一刀を放った。
それが、彦左の首を斬った。
たしかにそのように見えた。
けれど、一寸手前で小太郎が刀を止めたのだとわかって、安堵のため息が出た。
彦左は硬直したまま呆然としていた。さぞ悔しかったろう。駆け寄ろうとすると、彦左の声が耳にはいった。
「ま、参ったずら……」
潔さが感じられる語調だった。すると、取り囲んでいた群衆が、やんややんやの喝采を浴びせかけた。
彦左が照れた顔を小太郎に向けた。
小太郎が口を開きかけたときであった。ガバッと彦左が小太郎に飛びつくや否や、そのまま地面に倒れこんだ。
「卑怯なり!」
叫んだのは、誰でもないこのわたしだ。
意趣返しなのだろう、小太郎に恥をかかせようとする彦左の所業は断じて許せない。
「ひゃああぁ」
誰が挙げた声であったろうか。
小太郎に上乗りになった彦左をめがけて突き出された何本もの短槍を視た。
群衆のなかの菅笠をかぶった足軽たちが、彦左と小太郎の二人をめがけて斬りかかっていた。
三、四……の少数ではない。
十数人はいただろう。あの群衆に紛れ込んでいたのだ。
すると、別の菅笠の一群が、二人を襲った菅笠に応戦した。
視界には、まるでお祭り騒ぎのように、菅笠と菅笠が乱れに乱れていた。これでは、誰が敵か味方なのかわからない……。
「姫さま、危のうございます」
背後から複数の腕がのびてきて、羽交い締めにされた。
笹がわたしの頭に両の手をかぶせ、わたしをしゃがませた。笹の指揮で、侍女たちが一斉に周りを取り囲み、わたしに覆い被さってきた。
四方から悲鳴と甲高い声がこだましている。馬の嘶きすらも、人が発する叫びに聴こえてくる。
銃声。
火矢。
土埃。
……このとき、長槍をしごいて戦っている彦左の勇姿を視た。
彦左が小太郎に飛びついて押し倒したのは、矢か鉄砲の弾を避けるためであったのだ。卑怯者呼ばわりしてしまったことが悔やまれた。
と、地に倒れていた菅笠が、急に起き上がったかとおもうと小太郎に襲いかかった。
「小太郎!うしろに!」
ありったけの声を振り絞って、わたしは叫んだ。
敵に気づいた小太郎だが、避けるのが遅すぎると身をすくませたとき、別の菅笠が小太郎を突き飛ばし、かばうようにして短い刀で襲撃者を斬った。
間一髪の出来事だった。
「ひゃああぁ」
またしても誰の声か判らない。小太郎を助けた菅笠が、いきなり小太郎に抱きついた。
その二人に彦左が近づいていった。
中庭での襲撃者による乱闘は、ひとまず決着がついたらしい。
わたしを護ってくれた侍女たちに目配せで謝意を伝え歩き出した。すると彦左が駆け寄ってきて、傷を負っていないかを確認した。いつもの饒舌の彦左とはちがい、丈夫の貌つきになっていた。
黙ったまま、彦左と歩調を合わせ小太郎に近づいた。
小太郎を救った菅笠は、かれの肩や腕を撫でていた。傷の有無を確かめていたのだろう。菅笠が小太郎の配下の者ならば、主思いの忠臣といっていい。
小太郎がわたしに気づき、菅笠になにごとかを耳打ちした。
すると、菅笠はわたしの足元で片膝をついた。菅笠の手は、土と埃にまみれていたけれど、ところどころが白く光っているように見えた。
斜陽がもたらす木洩れ日の淡い光が、菅笠にあたっていた。違和感をおぼえたのは、このときである。さらしを巻いた胸のあたりが膨らんでいた。
……なんと、菅笠は女人であったのだ。
笠をはずして、わたしを仰ぎみた。
「ひゃあぁ!」
わたしが立てた叫びではない。彦左の声だ。わたしも唾を飲み込んだ。
髪は赤みがかった栗色、青い瞳、そうして白い肌……。明国の皇女かともおもったけれど、そうではない。あきらかに、南蛮の異国人であった。
小太郎には、そのような配下までいるということなのか。かれはその女人の腕をつかんで立たせた。
「姉上……」
聴き間違いではない。たしかに小太郎はそう呟いた。
刹那、わたしの思念の流れが、ぽつんと音を立てて崩れ落ちていくかのような感覚にとらわれた。
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