【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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第一章・無自覚編〜出遭い

クリスによる簡単な施設案内(11/23一部変更)

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 翌朝。
 クリスは治療院研究所までいつものように歩いていたが、足がなんとなく重い。

 昨日、なぜ治療魔法を教えると言ってしまったのか。

 撤回できない言葉に沈んでいると、威勢がいい声がした。

「師匠! おはようございます!」

 クリスは顔を引きつらせて振り返った。

「……まだ、その呼び方をしているのか?」
「はい!」

 ルドが純真無垢な目で駆け寄りクリスを見下ろす。これが子犬や子どもなら可愛らしいのだが、相手は大きく育った青年。
 顔立ちは精悍でカッコいい部類になるが、年齢を考えると不相応。

「とにかく、その呼び方はやめろ」
「好きに呼んでいいって言ったじゃないですか」

 素直に不満を口にするルドを無視してクリスは歩きだした。どんなに早足で歩いても、ルドがゆったりとついてくる。足の長さの差が恨めしい。

 クリスは荒々しく自分の研究室のドアを開けた。

「入れ」

 部屋に入ったルドが壁に貼られた大きな白い紙を見つける。

「これは何ですか?」
「少ない魔力で効率よく魔法を使うための式を考えている途中だ。他のものには触るなよ」

 そう言われ、ルドが部屋の中を見回した。机と床には無造作に積み上げられた本の山。棚にはさまざまなモノが入った瓶。

「今日は簡単にこの建物を案内する。ここは私の研究室だ。迷ったら、この部屋に戻れ」

 それだけ言うとクリスはルドを連れて研究室を出た。そのまま建物の奥へと歩く。少しして円形のカウンターが現れた。

「ここが、この建物の中心だ。あそこは事務室で、なにか必要なものがあれば注文するといい。大抵のものは手に入る」

 事務室というには仕切りも何もなく、中が丸見え。そこに老人がいてウトウトと舟をこいでいた。
 仕事中に堂々と寝ている老人に驚くルドを置いてクリスは説明を続ける。

「左側にトイレ、右側に浴場がある。他の部屋は研究室で、上の階は寮になっている。そういえば、おまえは寮暮らしではなかったな?」
「はい。祖父の家が近いので、そこから通ってます」
「そうか。ここでは寮に限らず、部屋の持ち主の許可なくドアを開けるな。命の保証はないぞ」

 物騒な話にルドが怪しむ。

「命……ですか?」
「あぁ。どんな研究、実験をしているか分からないからな。ある時、清掃員が勝手にドアを開けて部屋が爆発したことがあった」
「爆発って、ここは攻撃魔法の研究所ではないですよね?」
「機密情報の漏洩防止のために、そういう罠をしかけている者もいる。部屋の床には防壁魔法陣があり、それが衝撃を吸収するため研究所が壊れることもないしな」
「治療の研究をしているのに人を傷つけるなんて……」

 納得のいかない様子のルドを無視してクリスは階段を登った。

「行くぞ」

 ルドが渋々ついて行く。事務所の真上にある部屋のドアをクリスは開けた。

「ここが食堂だ。ここでは、いつでも好きなだけ、ここにあるものが食べられる」

 食欲を誘ういい匂いが漂う。十個ほどの円形のテーブルと椅子が整然と並び、壁際には複数の鍋が置かれている。

「無駄なほど贅沢だろ? この国には、その日食べるのもやっとの奴らも大勢いるのにな」
「確かに贅沢ですが、治療院研究所がなければ治療師は育成されません。国がここを重要な施設だと考えている結果だと思います」
「一定数の治療師を育成して、この国の民は・・・・・・無料で治療を受けられるようにしているからな」
「あと、この国の治療魔法のレベルが高いのも、この治療院での研究結果があるからだと思います」

 クリスは思わず鼻で笑った。

「若返りだの永遠の命だの、無駄な研究をしているやつが多いがな」
「無駄ですか?」
「あぁ」
「どうして無駄なのですか? 若返りや永遠の命も治療に役立つと思います」

 食堂を出たクリスは階段を下りていく。

「確かに若返りの魔法式が発見できれば治療にも役立つ。だが、そんなものは使えない」
「何故ですか?」
「今使われている治療魔法の魔法式でさえも、治療結果にバラつきがあるんだ。それを改善しようともせず、ただ治療魔法の構築式を頭に浮かべ、神に『助けてくれ』と願いながら魔法を発動する。それだと、若返りの魔法式が発見されても、どこまで若返るかは不明な上に、文字通り神頼みになる。そんな魔法は恐ろしくて使えん」
「では、どうすればいいのですか?」
「それは……しまっ!?」

 振り返ろうとしたクリスの足が階段から滑り落ちた。体のバランスが崩れ、倒れかける。


「危ない!」


 ルドの腕が伸びてクリスの体を支える。無骨な手がクリスを抱きとめ、力強く引き寄せる。
 背中に触れる温もり。慣れない状況にクリスの胸が跳ねる。

「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……」

 そっと下ろされたクリスはルドから体を背けた。
 ルドから見えないように、触られた胸に手を当てて確認する。頑丈な補正下着を着ているため、体のラインは分からなかったはず。

 クリスは横目でルドを覗き見た。気づかれた様子はない。
 ホッと一安心したクリスは残りの階段を下りながら説明の続きをした。

「確実に治療をしようと思うなら、まずは基礎基本を理解することだな」
「基礎基本を理解すれば出来るようになりますか?」
「それならいいが、そう簡単なものでもない。ただ、私は神頼みな魔法より、確実な方を選ぶ」

 ルドがクリスの研究室の壁に貼られた紙を思い出す。

「それで少ない魔力で効率よく魔法を使う方法ですか! 少ない魔力で魔法が使えたら、それだけ多くの人を治せますからね!」
「それは使う魔法による。人を傷つける魔法であれば、それだけ多くの人が傷つく」
「たしかに……」

 シュンとルドが項垂れる。

(……叱られた犬のようだな)

 心の中でそう思いながらクリスは自分の研究室に戻った。






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