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第一章・無自覚編〜出遭い
治療師に不向きな後輩による真っ直ぐな決意表明
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研究室に戻ったクリスは、落ち込んだルドを放置して話題を変えた。
「ここでは自分の好きな研究が出来るが、義務もある」
「町や村にある治療院への定期出張ですね」
「そうだ。ちょうど明日は治療院に行く日だから、一緒に来て見学しろ」
真顔のまま琥珀の瞳がキラキラと輝く。いや、眩しすぎる。
普通と違う自分の治癒魔法に、なぜそこまで憧れるのか。もしかして、普通の治癒魔法を知らないのか?
純粋な眼差しから逃げるようにクリスは本の山を指さした。
「今日はそこにある本を全て読んで頭に叩き込め」
「……すべて、ですか?」
「そうだ。最低でも、そこにある本の内容ぐらいは理解しておけ。治療魔法を教えるのは、それからだ」
クリスは断言すると壁に貼っている紙の前にある椅子に座った。
「あの、どれから読んだらいいですか?」
「読めそうな本から読め。私は集中する」
そう言うとクリスは紙を睨んで思考を集中させた。魔法式から魔力の流れを想像する。
「…………ここから魔力を増幅させるために、あの式を……いや、あれだと反発するな。反発させないためには……ん? あの文献で応用できるか?」
ルドの存在を忘れたかのように本と紙を持ち出し、クリスは研究の続きを始めた。
その変わり身の速さに、ルドが感心しながら山積みの本を見た。とりあえず上から順番に目を通していく。しかし、どれもこれも読んだことがあり、記憶している本ばかり。
「師匠、本のことですが……」
声をかけかけたルドが思わず黙った。
クリスは膝の上に紙の束を置いて魔法式と魔力の流れを書きなぐり続ける。
「仕方ない」
ルドが大人しく待つことにしたところで、クリスは叫んだ。膝に置いていた紙を天井へ投げる。
「詰んだ!」
「は? え? つんだ?」
「始めから考え直しだ」
椅子から立ち上がったクリスは壁に貼っていた紙を勢いよく剥がし、ルドに押し付けた。
「捨てておけ」
「いいのですか?」
「あぁ。破いて捨てろ」
「は、はい」
勢いのままルドが紙を受け取る。クリスは顎に手を当てて考えた。
「どこがいけなかった? 発想が間違ってるのか?」
ぶつぶつと呟き考え込むクリス。
声がかけられないルドが押し付けられた紙に視線を落とす。そこで魔法式が目に入り……
ルドと紙の間に小さな火花が起きた。
「しまっ!」
ルドの声と同時に火花が爆発する。
「げほっ、ごほっ」
埃に喉を刺激され、クリスは咳き込んだ。爆発音と同時になにかが覆い被さり、倒された。起きようとするが、体が動かせない。
「なんだ?」
顔を上げると眼前に琥珀の瞳。長く伸びた赤髪が顔の横に垂れ、鍛えられた体が小柄な体に被さる。
心配そうにルドが顔を覗き込んできた。
「怪我はありませんか?」
周囲には棚から落ちた瓶や本が転がる。しかし、ルドが体を張ってクリスを守ったため、傷一つない。
だが、クリスは別の意味で重症だった。
重なった体が! 体温が! 顔が! すべてが近い! 近すぎる!
深緑の瞳を丸くしたまま硬直するクリス。
「大丈夫ですか? 動けますか?」
我に返ったクリスは慌てて腕を動かす。
「お前が邪魔で動けないんだ! さっさと、どけ!」
「あ、失礼しました!」
ルドが素早く飛び退く。クリスは体についた埃を払いながら立ち上がった。
机や椅子は部屋の端に吹っ飛び、本はバラバラ。棚から落ちた瓶は床の絨毯がクッションとなり割れなかったのが幸いだ。
「なぜ、こうなった?」
ルドが反射的に姿勢を正し、敬礼しそうな勢いで直立する。
「紙に書いてある魔法式を読んでしまい、火花が発生し、爆発しました!」
「それだけか?」
「はい!」
普通なら声が小さくなったり、言い訳をしそうになるが、それが一切ない。まるで、どんな処分でも受ける覚悟ができているような潔さでルドが答える。
「いや、私の管理が甘かった。魔力が大きいお前が魔法式を読めば無意識に式が発動する可能性があった。無造作に渡した私の落ち度だ」
研究室内を見回したクリスはため息を吐いた。
「壁や備品が破損している……仕方ない。テオに報告する」
「は、はい!」
クリスはルドとともにテオの部屋を訪れた。ドアをノックするが返事はない。
ルドが眉間にシワを寄せて室内の気配を探る。
「誰もいないようですね。テオに用事があるのですか?」
「あぁ。まあ、テオは研究所にいるほうが少ないからな。事務室へ行くぞ」
事務室には先程の老人ではなくニコがいた。クリスに気がついたニコが笑顔で挨拶をする。
「おはようございます、クリスさん」
「おはよう、ニコ。今日のテオのスケジュールはどうなっている?」
ニコがカウンターの下から本を出して調べた。
「今日は教会の近くにある治療院に一日います」
「中心部にある教会の近くか。少し遠いな」
「馬車をまわしますか?」
「そうだな。頼む」
「はい」
ニコが通話機で馬車を手配する。クリスは外へ足を向けた。
「行くぞ」
「あの、先ほどの少年は?」
「今朝いたヘンリ爺さんの孫のニコだ。昼間はニコで、夜間はヘンリ爺さんが事務員をしていることが多い」
「そうなのですか。事務員は通話魔法が使えるのですね」
「他所から緊急の連絡や、急遽で取り寄せて欲しいものがある場合、通話魔法は必須だからな。魔法が使える人間は少ないし、通話魔法も魔力の性質との相性があるから、事務員ができる人は限られるが」
クリスはふと思い出したように訊ねた。
「お前はどの系統の魔法と相性がいいんだ?」
「そ、それは……」
「先ほどの爆発を考えると攻撃系か。治療系とは真反対だな」
「……はい」
ルドが明らかに暗い影を背負う。そこにクリスはとどめを刺した。
「向いていないな。治療魔法は神の加護が大きく影響される。人を攻撃する魔法が得意な時点で、治癒系の神からの加護は少ないから、まともな治療魔法は使えない」
クリスの後ろをついてきていたルドの足音が止まる。
「……ない」
震えるような小声にクリスは振り返った。ルドが両手を握りしめ、歯を食いしばる。
「諦めません! 向いてなかろうと、自分は治療魔法を使えるようになりたいんです! そのためだったら、なんでもします!」
燃えるように逆立つ赤髪。射殺すように鋭く輝く琥珀の瞳。まるで戦場に立つ歴戦の騎士の姿。常人なら腰を抜かし、恐怖で動けなくなる威圧。
しかし、クリスは平然と受け止めて軽く笑った。これだけの強い意志なら、教えてもいいかもしれない。
「なら、ついてこい。魔法で治療が出来るようにしてやる」
断言したクリスは治療院研究所の扉を開けた。
外からの明かりが後光のようにクリスを照らす。自信に満ちた不敵な笑み。その姿にルドが思わず見惚れる。
呆然とするルドの前で扉が閉まっていく。
「へ? あ、ちょっ、待って下さい!」
光の中に飛び出したルドを消すように扉が閉まった。
「ここでは自分の好きな研究が出来るが、義務もある」
「町や村にある治療院への定期出張ですね」
「そうだ。ちょうど明日は治療院に行く日だから、一緒に来て見学しろ」
真顔のまま琥珀の瞳がキラキラと輝く。いや、眩しすぎる。
普通と違う自分の治癒魔法に、なぜそこまで憧れるのか。もしかして、普通の治癒魔法を知らないのか?
純粋な眼差しから逃げるようにクリスは本の山を指さした。
「今日はそこにある本を全て読んで頭に叩き込め」
「……すべて、ですか?」
「そうだ。最低でも、そこにある本の内容ぐらいは理解しておけ。治療魔法を教えるのは、それからだ」
クリスは断言すると壁に貼っている紙の前にある椅子に座った。
「あの、どれから読んだらいいですか?」
「読めそうな本から読め。私は集中する」
そう言うとクリスは紙を睨んで思考を集中させた。魔法式から魔力の流れを想像する。
「…………ここから魔力を増幅させるために、あの式を……いや、あれだと反発するな。反発させないためには……ん? あの文献で応用できるか?」
ルドの存在を忘れたかのように本と紙を持ち出し、クリスは研究の続きを始めた。
その変わり身の速さに、ルドが感心しながら山積みの本を見た。とりあえず上から順番に目を通していく。しかし、どれもこれも読んだことがあり、記憶している本ばかり。
「師匠、本のことですが……」
声をかけかけたルドが思わず黙った。
クリスは膝の上に紙の束を置いて魔法式と魔力の流れを書きなぐり続ける。
「仕方ない」
ルドが大人しく待つことにしたところで、クリスは叫んだ。膝に置いていた紙を天井へ投げる。
「詰んだ!」
「は? え? つんだ?」
「始めから考え直しだ」
椅子から立ち上がったクリスは壁に貼っていた紙を勢いよく剥がし、ルドに押し付けた。
「捨てておけ」
「いいのですか?」
「あぁ。破いて捨てろ」
「は、はい」
勢いのままルドが紙を受け取る。クリスは顎に手を当てて考えた。
「どこがいけなかった? 発想が間違ってるのか?」
ぶつぶつと呟き考え込むクリス。
声がかけられないルドが押し付けられた紙に視線を落とす。そこで魔法式が目に入り……
ルドと紙の間に小さな火花が起きた。
「しまっ!」
ルドの声と同時に火花が爆発する。
「げほっ、ごほっ」
埃に喉を刺激され、クリスは咳き込んだ。爆発音と同時になにかが覆い被さり、倒された。起きようとするが、体が動かせない。
「なんだ?」
顔を上げると眼前に琥珀の瞳。長く伸びた赤髪が顔の横に垂れ、鍛えられた体が小柄な体に被さる。
心配そうにルドが顔を覗き込んできた。
「怪我はありませんか?」
周囲には棚から落ちた瓶や本が転がる。しかし、ルドが体を張ってクリスを守ったため、傷一つない。
だが、クリスは別の意味で重症だった。
重なった体が! 体温が! 顔が! すべてが近い! 近すぎる!
深緑の瞳を丸くしたまま硬直するクリス。
「大丈夫ですか? 動けますか?」
我に返ったクリスは慌てて腕を動かす。
「お前が邪魔で動けないんだ! さっさと、どけ!」
「あ、失礼しました!」
ルドが素早く飛び退く。クリスは体についた埃を払いながら立ち上がった。
机や椅子は部屋の端に吹っ飛び、本はバラバラ。棚から落ちた瓶は床の絨毯がクッションとなり割れなかったのが幸いだ。
「なぜ、こうなった?」
ルドが反射的に姿勢を正し、敬礼しそうな勢いで直立する。
「紙に書いてある魔法式を読んでしまい、火花が発生し、爆発しました!」
「それだけか?」
「はい!」
普通なら声が小さくなったり、言い訳をしそうになるが、それが一切ない。まるで、どんな処分でも受ける覚悟ができているような潔さでルドが答える。
「いや、私の管理が甘かった。魔力が大きいお前が魔法式を読めば無意識に式が発動する可能性があった。無造作に渡した私の落ち度だ」
研究室内を見回したクリスはため息を吐いた。
「壁や備品が破損している……仕方ない。テオに報告する」
「は、はい!」
クリスはルドとともにテオの部屋を訪れた。ドアをノックするが返事はない。
ルドが眉間にシワを寄せて室内の気配を探る。
「誰もいないようですね。テオに用事があるのですか?」
「あぁ。まあ、テオは研究所にいるほうが少ないからな。事務室へ行くぞ」
事務室には先程の老人ではなくニコがいた。クリスに気がついたニコが笑顔で挨拶をする。
「おはようございます、クリスさん」
「おはよう、ニコ。今日のテオのスケジュールはどうなっている?」
ニコがカウンターの下から本を出して調べた。
「今日は教会の近くにある治療院に一日います」
「中心部にある教会の近くか。少し遠いな」
「馬車をまわしますか?」
「そうだな。頼む」
「はい」
ニコが通話機で馬車を手配する。クリスは外へ足を向けた。
「行くぞ」
「あの、先ほどの少年は?」
「今朝いたヘンリ爺さんの孫のニコだ。昼間はニコで、夜間はヘンリ爺さんが事務員をしていることが多い」
「そうなのですか。事務員は通話魔法が使えるのですね」
「他所から緊急の連絡や、急遽で取り寄せて欲しいものがある場合、通話魔法は必須だからな。魔法が使える人間は少ないし、通話魔法も魔力の性質との相性があるから、事務員ができる人は限られるが」
クリスはふと思い出したように訊ねた。
「お前はどの系統の魔法と相性がいいんだ?」
「そ、それは……」
「先ほどの爆発を考えると攻撃系か。治療系とは真反対だな」
「……はい」
ルドが明らかに暗い影を背負う。そこにクリスはとどめを刺した。
「向いていないな。治療魔法は神の加護が大きく影響される。人を攻撃する魔法が得意な時点で、治癒系の神からの加護は少ないから、まともな治療魔法は使えない」
クリスの後ろをついてきていたルドの足音が止まる。
「……ない」
震えるような小声にクリスは振り返った。ルドが両手を握りしめ、歯を食いしばる。
「諦めません! 向いてなかろうと、自分は治療魔法を使えるようになりたいんです! そのためだったら、なんでもします!」
燃えるように逆立つ赤髪。射殺すように鋭く輝く琥珀の瞳。まるで戦場に立つ歴戦の騎士の姿。常人なら腰を抜かし、恐怖で動けなくなる威圧。
しかし、クリスは平然と受け止めて軽く笑った。これだけの強い意志なら、教えてもいいかもしれない。
「なら、ついてこい。魔法で治療が出来るようにしてやる」
断言したクリスは治療院研究所の扉を開けた。
外からの明かりが後光のようにクリスを照らす。自信に満ちた不敵な笑み。その姿にルドが思わず見惚れる。
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光の中に飛び出したルドを消すように扉が閉まった。
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