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第一章・無自覚編〜出遭い
メイドによる適切な判定
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その夜、クリスはベッドで食事をしていた。
皿が空になると、カリストがワゴンから次の料理を差し出す。明日は治療院での仕事があり、それまでに必要量の魔力を取り戻さないといけない。
黙々と食べるクリスにカリストがため息を吐いた。
「緊急の治療が必要だったのは分かりますが、無理はしないでください。連絡くだされば道具を持参しましたのに」
「……」
「外で意識を失っていたら大変でしたよ」
「屋敷に戻るまで耐えたからいいだろ」
カリストがクリスの金髪に視線を落とす。
「眠ると魔法の効力が消えて髪の色が戻ることをお忘れなく」
「わかっている。不必要な騒ぎは起こしたくない」
気まずくなったクリスは話題を変えた。
「そういえば、ルドをもてなしたのか?」
「はい。カルラがもてなしました」
「何を出した?」
「バラのジャムです」
「……つまらないな」
カリストが神妙な顔で首を横に振る。
「いえ、あれはバラで正解です。下手なものを出しても、余計な詮索をされます」
「だが、バラである必要はないだろ。薬を入れていないジャムなら、他にもある」
「ですが、それがカルラがした彼への評価です。実際に会話をして、私もその通りだと思いました」
カリストがその時の様子を話した。
※
ルドが案内のカルラと一定の距離をとりつつ、屋敷内を歩いていた。
「そういえば、さっきの子どもたちは師しょ、クリス様の親族ですか? あまり似ていな……いえ、いえ。みんな仲が良く親しそうでしたので」
しかし、カルラからの返事はない。
微妙な雰囲気にルドがどうするか悩んでいると、カルラが目の前の扉を開けた。
「こちらへどうぞ」
通されたのは一面ガラス張りで作られたサロン。柱が一切ない上に、汚れ一つなく磨かれたガラスの壁。
そして、外に案内されたのかと錯覚してしまうように広がった庭。
さり気なく剪定された木々。色鮮やかな花々が咲き誇り、小鳥の囀りが響く。
庭の真ん中には大理石に囲まれた大きな池があり、常に水が流れ出る瓶を担いだ女性の像が立つ。
見惚れるルドの鼻に心地よい風と花の香りがかすめた。よく見るとガラスの壁の一部が開いている。
「すごいですね。いろんなサロンを見てきましたが、ここまで見事なのは初めてです」
「みなさま、驚かれます。お座りください」
カルラがルドをサロンの中心に置かれた円卓の椅子を勧めながら、少し離れたところで紅茶を淹れる。
その香りにルドが率直な感想を口にした。
「よい茶葉ですね」
「ありがとうございます」
ルドが池を指さす。
「あの像から出ている水は、どうやってあそこまで水を上げているのですか? このような技術は見たことがありません」
「申し訳ございません。私はなにぶん無知でして、その仕組みを知りません」
カルラの返答にルドが納得する。これだけの技術は秘匿にするのが普通だ。
ルドがあっさりと話題を変える。
「そうですか。それにしても良い屋敷ですね。中も外も手入れが行き届いている」
ルドの賛辞にカルラが目を丸くした。ここを訪れる客はこの屋敷を好奇な目か、蔑むような目で見ることが多く、建前の世辞しか言わない。
しかし、ルドは本心から褒め続ける。顔に感情を出さないようにしているが、琥珀の瞳は雄弁だ。
カルラがルドに紅茶とジャム入りの小瓶を出す。
「こちらのジャムを紅茶に入れますと甘味と風味が増します」
「紅茶にジャムを入れるなんて初めて聞きました」
カルラが紅茶にジャムを混ぜた。カップの中で花びらが踊る。
「このジャムは?」
「バラの花びらから作られております」
「バラのジャム? それも初耳です」
「どうぞ」
ルドが出されたカップに口をつけた。湯気とともにバラの豊潤な香りが溢れ、程よい甘さと紅茶の味が広がる。
「バラの匂いは苦手ですが、このバラは好きです」
「香料に使われるバラは匂いが強調されてますから」
「失礼します」
カリストがサロンに入ってきた。さりげなくルドのカップの中身を確認して頭を下げる。
「このたびは主を送り届けて下さり、ありがとうございました」
「師しょ、クリス様は大丈夫ですか?」
「一日休めば大丈夫です。あと主より伝言を預かっております」
「伝言?」
「はい。明日は治療師の仕事があるからバドの町の治療院に来い、とのことです」
「バドの町……」
ここより北にある小さな町だが、歩いて行くには遠い。
「足がなければ事務で馬車を借りてこい、と言われておりました」
「足はありますが……クリス様は本当に大丈夫ですか?」
「主が決められたことです。私たちは従うまで」
「ですが、主が間違ったら、それを正すのも従う者の役目ではありませんか?」
カリストが諦めたように首を振る。
「聞き入れる主ではありませんから」
「でも言わないより言ったほうが良いと思います」
「余計や進言は身を滅ぼすこともあります」
「主が傷つくのを黙認するぐらいなら、滅ぶ道を選びます」
頑として自分の意見を譲らないルドにカリストの目が緩む。
「あなたは面白い人ですね。どうか、その意思を忘れぬよう……と、私としたことが出過ぎたことを。失礼致しました」
カリストが優雅に頭を下げた。
「それで友好のバラジャムか。つまらない」
話を聞き終えたクリスはスープを飲む。
そこに料理をのせたワゴンとともに栗色の髪のメイドが部屋に来た。
「クリス様。あとどれぐらい食べるか、とシェフが聞いております」
「その料理で十分だ。エマ、あまり無理はするなよ。いつ産まれてもおかしくないからな」
エマと呼ばれたメイドが膨らんだお腹を優しくさする。
「はい。力仕事はしておりませんし、ゆっくり動くようにしております」
「適度に動くのは必要だ。あと一人では行動するな」
エマが大きな青い瞳を細くした。髪は綺麗に波打ち、整った顔立ちから人形のように可愛らしい。
「はい、気を付けます」
クリスは口と態度が悪いが、人一倍心配性なところもある。
他人の心配より自分の心配をしてほしい、と使用人たちは思うが、クリス自身が許さない。
「では、ステーキを持ってまいります」
エマが部屋から出て行った。
「無事に生まれるといいな」
「クリス様、そういうのを古の言葉で、フラグと言うそうです」
「意味は知らんが、不吉な言葉ということは分かった」
カリストはなにも言わずに微笑んだ。
皿が空になると、カリストがワゴンから次の料理を差し出す。明日は治療院での仕事があり、それまでに必要量の魔力を取り戻さないといけない。
黙々と食べるクリスにカリストがため息を吐いた。
「緊急の治療が必要だったのは分かりますが、無理はしないでください。連絡くだされば道具を持参しましたのに」
「……」
「外で意識を失っていたら大変でしたよ」
「屋敷に戻るまで耐えたからいいだろ」
カリストがクリスの金髪に視線を落とす。
「眠ると魔法の効力が消えて髪の色が戻ることをお忘れなく」
「わかっている。不必要な騒ぎは起こしたくない」
気まずくなったクリスは話題を変えた。
「そういえば、ルドをもてなしたのか?」
「はい。カルラがもてなしました」
「何を出した?」
「バラのジャムです」
「……つまらないな」
カリストが神妙な顔で首を横に振る。
「いえ、あれはバラで正解です。下手なものを出しても、余計な詮索をされます」
「だが、バラである必要はないだろ。薬を入れていないジャムなら、他にもある」
「ですが、それがカルラがした彼への評価です。実際に会話をして、私もその通りだと思いました」
カリストがその時の様子を話した。
※
ルドが案内のカルラと一定の距離をとりつつ、屋敷内を歩いていた。
「そういえば、さっきの子どもたちは師しょ、クリス様の親族ですか? あまり似ていな……いえ、いえ。みんな仲が良く親しそうでしたので」
しかし、カルラからの返事はない。
微妙な雰囲気にルドがどうするか悩んでいると、カルラが目の前の扉を開けた。
「こちらへどうぞ」
通されたのは一面ガラス張りで作られたサロン。柱が一切ない上に、汚れ一つなく磨かれたガラスの壁。
そして、外に案内されたのかと錯覚してしまうように広がった庭。
さり気なく剪定された木々。色鮮やかな花々が咲き誇り、小鳥の囀りが響く。
庭の真ん中には大理石に囲まれた大きな池があり、常に水が流れ出る瓶を担いだ女性の像が立つ。
見惚れるルドの鼻に心地よい風と花の香りがかすめた。よく見るとガラスの壁の一部が開いている。
「すごいですね。いろんなサロンを見てきましたが、ここまで見事なのは初めてです」
「みなさま、驚かれます。お座りください」
カルラがルドをサロンの中心に置かれた円卓の椅子を勧めながら、少し離れたところで紅茶を淹れる。
その香りにルドが率直な感想を口にした。
「よい茶葉ですね」
「ありがとうございます」
ルドが池を指さす。
「あの像から出ている水は、どうやってあそこまで水を上げているのですか? このような技術は見たことがありません」
「申し訳ございません。私はなにぶん無知でして、その仕組みを知りません」
カルラの返答にルドが納得する。これだけの技術は秘匿にするのが普通だ。
ルドがあっさりと話題を変える。
「そうですか。それにしても良い屋敷ですね。中も外も手入れが行き届いている」
ルドの賛辞にカルラが目を丸くした。ここを訪れる客はこの屋敷を好奇な目か、蔑むような目で見ることが多く、建前の世辞しか言わない。
しかし、ルドは本心から褒め続ける。顔に感情を出さないようにしているが、琥珀の瞳は雄弁だ。
カルラがルドに紅茶とジャム入りの小瓶を出す。
「こちらのジャムを紅茶に入れますと甘味と風味が増します」
「紅茶にジャムを入れるなんて初めて聞きました」
カルラが紅茶にジャムを混ぜた。カップの中で花びらが踊る。
「このジャムは?」
「バラの花びらから作られております」
「バラのジャム? それも初耳です」
「どうぞ」
ルドが出されたカップに口をつけた。湯気とともにバラの豊潤な香りが溢れ、程よい甘さと紅茶の味が広がる。
「バラの匂いは苦手ですが、このバラは好きです」
「香料に使われるバラは匂いが強調されてますから」
「失礼します」
カリストがサロンに入ってきた。さりげなくルドのカップの中身を確認して頭を下げる。
「このたびは主を送り届けて下さり、ありがとうございました」
「師しょ、クリス様は大丈夫ですか?」
「一日休めば大丈夫です。あと主より伝言を預かっております」
「伝言?」
「はい。明日は治療師の仕事があるからバドの町の治療院に来い、とのことです」
「バドの町……」
ここより北にある小さな町だが、歩いて行くには遠い。
「足がなければ事務で馬車を借りてこい、と言われておりました」
「足はありますが……クリス様は本当に大丈夫ですか?」
「主が決められたことです。私たちは従うまで」
「ですが、主が間違ったら、それを正すのも従う者の役目ではありませんか?」
カリストが諦めたように首を振る。
「聞き入れる主ではありませんから」
「でも言わないより言ったほうが良いと思います」
「余計や進言は身を滅ぼすこともあります」
「主が傷つくのを黙認するぐらいなら、滅ぶ道を選びます」
頑として自分の意見を譲らないルドにカリストの目が緩む。
「あなたは面白い人ですね。どうか、その意思を忘れぬよう……と、私としたことが出過ぎたことを。失礼致しました」
カリストが優雅に頭を下げた。
「それで友好のバラジャムか。つまらない」
話を聞き終えたクリスはスープを飲む。
そこに料理をのせたワゴンとともに栗色の髪のメイドが部屋に来た。
「クリス様。あとどれぐらい食べるか、とシェフが聞いております」
「その料理で十分だ。エマ、あまり無理はするなよ。いつ産まれてもおかしくないからな」
エマと呼ばれたメイドが膨らんだお腹を優しくさする。
「はい。力仕事はしておりませんし、ゆっくり動くようにしております」
「適度に動くのは必要だ。あと一人では行動するな」
エマが大きな青い瞳を細くした。髪は綺麗に波打ち、整った顔立ちから人形のように可愛らしい。
「はい、気を付けます」
クリスは口と態度が悪いが、人一倍心配性なところもある。
他人の心配より自分の心配をしてほしい、と使用人たちは思うが、クリス自身が許さない。
「では、ステーキを持ってまいります」
エマが部屋から出て行った。
「無事に生まれるといいな」
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