【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

文字の大きさ
137 / 243
月からの流れ星と治療

ドナドナされるクリスと残された男たち〜ルド視点〜

しおりを挟む
 ルドは両手に荷物に抱えて大通りを歩いていた。

「エスコートというより、荷物持ちと言ったほうが正しいと思うのですが……」

 ルドの呟きは雑踏に踏まれて消える。すぐ前にはクリスの腕を掴み、意気揚々と買い物巡りをする母、エルネスタ。

 この国では、身分ある女性が買い物に出かけることは、はしたない行為とされている。そのため買い物をしたい時は家に商人を呼び、商人が持参した推奨品から選んで購入する。
 しかし最近、身分ある女性が買い物をする店が同じ大通りに数軒並んで建ったことで変化が起きた。

 ある時、気分転換がてら外出した身分ある女性がその大通りで店をはしごして買い物をした。その体験が新鮮だったと口コミで広がり、真似をする女性が続出。
 そこに、ビジネスチャンスと目をつけた店が次々と大通りに出店。身分ある女性向けの店が集まり、流行に敏感な若い女性が多く通うようになった。
 買い物にくる女性の親や夫は権力者。愛しい娘や妻になにかあってはならぬ、と他の地域より警備を厳しくした。
 こうして、女性にとって安全な区画となったこの大通りは、この国では珍しく女性が買い物を出来る場所へと変貌。

 そのため買い物客は圧倒的に女性の数の方が多い。その中で背が高いルドは自然と注目を集めていた。若い少女たちがルドの顔を見てキャアキャアと囁きながらすれ違う。

 ルドはそんな周囲からの視線に内心では青くなりながらも顔は無表情を貫いた。

(女装をさせられている師匠に比べれば、これぐらい……)

 全身ピンク姿のクリスを視界の端で確認しながら、ルドは必死で自分に言い聞かせて我慢する。

 三人の中で唯一、ご満悦のエルネスタが店を指さした。

「さぁ、次はこのお店よ」

 エルネスタが全てを諦めたクリスを引きずり店に入る。

 甘い香りに襲われた先。可愛らしい花と植物が彫られた丸い白テーブルと白い椅子が並ぶ。淡い水色の壁と、白いレースのカーテンで統一された明るい店内。
 小鳥のさえずりのような声とともに軽食を楽しむ女性たちでほぼ満席。
 三人は店員に案内されて席についた。

「ここのティーセットが可愛いって評判で、一度来てみたかったの」
「……そうか。では、それを頼む」

 メニュー表を見る気力も残っていないクリスが死んだ目で呟く。

「ルドは、どうするの?」
「お任せします」
「じゃあ、一緒でいいわね」

 エルネスタが店員を呼んで注文をすると「ちょっと失礼」と席を立ち、トイレの方へ行った。
 そこでルドはクリスに頭をさげた。

「母の我が儘に付き合わせてしまって、すみません」
「いや、もう……」

 クリスの声を遮るように店内がざわついた。
 騒ぎの発生原である店の入り口。そこにオグウェノとイディとベレンが立つ。

 ベレンがキョロキョロと店内を見回す。一方のオグウェノは、自分たちに注目する店内の女性たちに甘い微笑みを送った。それだけで、黄色い歓声があがる。
 思わぬ眼福に女性たちが夢心地のまま視線を隣にずらし、恐怖で息を呑む。イディの厳つい顔立ちと、鍛え上げた筋肉質な体はこの国の女性には刺激が強い。

 クリスを見つけたベレンが席へ案内しようとした店員を断り、突進してきた。

「探しましたわよ」
「よくここにいると分かったな」

 顔を青くしたまま固まったルドを置いてクリスが相手をする。

「この通りにいると聞きましたので、店を一軒一軒探していましたの」
「誰に聞いたんだ?」
「あなたの執事に、ですわ」

 クリスが自分の影を睨んだ。

「カリストか。で、なにか用か?」
「私も買い物をご一緒したいと思ったのですが……」

 ベレンがクリスの全身を見て一刀両断する。

「ダサいですわね。ひと昔どころか、ふた昔ぐらい前のセンスですわ。誰です? こんなセンスの欠片もない服を選びましたのは?」
「いや、これは、その……」

 全員が思っていながらも、誰も口にしなかったことをベレンが堂々と言い切った。
 クリスが自然とルドに視線を向ける。それにベレンが反応した。

「まさか、ルドの趣味ですの?」

 思わぬ飛び火にルドは激しく否定する。

「違います! 母上が……」
「あぁ……将来のお義母さまになられる方だから、と思って黙っていましたが、もう関係ありませんね。こういうところは、訂正してさしあげなければ」

 ベレンがクリスの手を取る。

「なんだ?」
「行きますわよ」
「どこへ?」
「私が似合う服を見立てて差し上げますわ」
「いやっ、そういうのはいらん……ちょっ、お前たちも止め……」

 助けを求めたクリスだが、オグウェノは笑顔で手を振っただけ。ルドは何か言おうとしたが、ベレンの一睨みで硬直。
 イディに至っては、

「イディは、そこで座って待っていなさい」

 の一言で椅子に腰をかけるという、誰が主人が分からない状況。

 この場でベレンに勝てる人はいない。

 諦めの境地になったクリスに、ルドは声を絞り出した。

「ご、ご一緒します」
「ダメよ」

 情け容赦なく斬られたルドは両手を握りしめる。額には冷や汗。
 その姿にクリスはベレンを止めた。

「少し待ってくれ」

 クリスがルドの肩に手を置き、安心させるように言った。

「お前はここで待っていろ」
「ですが!?」
「現帝の言葉を思い出せ。安全は保障されている」

 ルドは声を出そうとして呑み込んだ。クリスがぎこちない笑みを浮かべる。

「どんな姿になるか分からないが……待っていてくれ」

 ベレンの様子から、女装が継続されるのは間違いない。次はどんな服を着せられるのか。想像できないが、着せ替え人形となるのは確実。

 クリスの心中を察したルドは自分の不甲斐なさを悔やみながら俯いた。

「すみません、自分に力がないばかりに……」
「気にするな。いってくる」
「ご武運を!」

 敬礼をしたルドに見送られ、クリスがベレンとともに店を出る。

 まるで戦地に行く友人を見送るようなルドを眺めながらオグウェノが椅子に座った。

「なかなか、気が強いお姫様だな」
「自分に力がないために、師匠が……」
「で、こんなところでデートでもしていたのか?」

 突然の質問にルドがむせる。

「デッ!? そ、そのようなものでは、ありません! 母上に無理やり連れられて……」

 オグウェノが短くなった髪をかきあげる。金色に染めていた髪をすべて切り、黒一色になった姿は、褐色の肌と相まって男の色気が増している。

「へぇ~。それなら、このあとオレがデートに誘っても問題ないな?」
「は?」
「お姫さんのセンスなら綺麗系に仕上がるだろうからな。楽しみだな」
「それより、師匠は男です。なのに……」
「おい」

 オグウェノの真剣な声にルドは思わず黙った。怒りがこもったように燃える深緑の瞳がまっすぐルドを睨む。

「月姫の本当の姿を見ようとしないのは勝手だが、それで……」
「失礼します」

 緊迫した二人の間に店員がティーセットを置く。

 ティータイムは店員にとって戦場。多少、雰囲気が悪くても、さっさとオーダー品を運ばなければ仕事が回らない。

 店員がテキパキとテーブルにエルネスタが注文した品を並べる。

 丸いテーブルの中心に三段の皿タワー。一段目にはパンにチーズやハムを挟んだ軽食。二段目にはマドレーヌやクッキーなどの焼き菓子。三段目にはカットされた果物。
 そして一人一人の前には、クリームとカラフルな花びらが飾られた、小さなパンケーキと紅茶。

「……これ、どうするんだ?」

 オグウェノの問いに誰も答えない。

 エルネスタが席に戻ってきた時、むさい男たちが無言で可愛らしいスイーツを囲むという、シュールな光景が爆誕していた。






しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋
恋愛
大規模な自然災害により絶滅寸前となった兎耳族の生き残りは、大帝国の皇帝の計らいにより宮廷で保護という名目の軟禁下に置かれている。 彼らは宮廷内の仕事に従事しながら、一切の外出を許可されず、婚姻は同族間のみと定義づけられ、宮廷内の籠の鳥と化していた。 そんな中、宮廷薬師となった兎耳族のユーファは、帝国に滅ぼされたアズール王国の王子で今は皇宮の側用人となったスレンツェと共に、生まれつき病弱で両親から次期皇帝候補になることはないと見限られた五歳の第四皇子フラムアーク付きとなり、皇子という地位にありながら冷遇された彼を献身的に支えてきた。 フラムアークはユーファに懐き、スレンツェを慕い、成長と共に少しずつ丈夫になっていく。 だがそれは、彼が現実という名の壁に直面し、自らの境遇に立ち向かっていかねばならないことを意味していた―――。 柔和な性格ながら確たる覚悟を内に秘め、男としての牙を隠す第四皇子と、高潔で侠気に富み、自らの過去と戦いながら彼を補佐する亡国の王子、彼らの心の支えとなり、国の制約と湧き起こる感情の狭間で葛藤する亜人の宮廷薬師。 三者三様の立ち位置にある彼らが手を携え合い、ひとつひとつ困難を乗り越えて掴み取る、思慕と軌跡の逆転劇。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

処理中です...