【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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第三章・両思い編〜失われた記憶

それは、師匠しか見えていない犬でした

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 青年騎士たちが気を失ったことに気がついたセルシティがクリスに淡々と言った。

「気絶したみたいだな」
「あぁ」

 クリスが三人が倒れているところへ戻り、骨折をしている男の足に手を向けた。

『骨組織の修復。血管組織、神経の修復』

 ふにゃふにゃになっていた足と、あらぬ方向に曲がっていた指が元通りになる。

「治療するとは優しい。だが先ほどのは、あまりよくなったな。怒りで頭に血がのぼって、詠唱をせずに魔法を使っただろ?」

 クリスは答えなかったが、セルシティは気にせず続けた。

普通・・は、詠唱せずに魔法を使うなんてありえないんだ。そのことを、くれぐれも忘れないように」

 クリスがセルシティを睨む。

「そもそも、なんでこんな程度が低い奴らが、親衛隊の服を着て、ここにいるんだ?」
「ちょっと面倒なのがいるから躾けてくれ、と頼まれてな。王都だと家柄やら、しがらみやらで難しいんだそうだ」
「それで私を呼んだのか?」

 セルシティが心外そうに肩をすくめる。

「まさか。それだけじゃないよ。そろそろ城の警備訓練もしようと思っていたんだ」
「それで、犬と私を別々に呼んだのか」

 セルシティがにっこりと微笑む。そこに微かな爆発音と地鳴りが響いた。

「来たみたいだな」

 足元の三人が呻き声を上げる。

「少し離れたところで見学しようか」

 セルシティの提案にクリスは頷き、廊下の奥へと移動した。

 クリスとセルシティが廊下の突き当りに到着した頃、倒れていた青年騎士たちが目を覚ました。息苦しさも、骨折した箇所の痛みもない。
 三人はゆっくりと立ち上がり全身を確認した。

「……夢、だったのか?」
「いや、それはないだろ」
「だが、あいつはどこに……」

 三人は全身を震わし顔を青くした。

「な、なにもなかった。いいな」

 ケラックの言葉に残りの二人が神妙に頷く。そこにドタバタと激しく走って来る音がした。

「なんだ!?」

 三人が揃って同じ方向に視線を向ける。そこには、警備兵から騎士、親衛隊まで、城にいる全ての戦力が突進してきていた。しかも、全員が鬼の形相。
 あまりの迫力に三人が後ずさる。

「なにが起きているんだ!?」
「どけぇ!」

 逃げそびれた三人は様々な人からの体当たりを喰らい、倒れ、踏まれる。そして、波が去った時には、背中に大量の足跡が付き、絨毯と同化していた。
 ケラックがどうにか声を絞り出しながら体を起こす。

「な、なんなんだ、この城は……」

 全身に痛みに座るだけで精一杯。そこに怒鳴り声と叫び声が飛び込む。

「止めろ! なにをしてもいい! とにかく止めろ!」
「いや! これ、無理っ……ぎゃぁぁあぁぁ!」
「命をかけろ! ここを通したら、地獄の特訓だぞ!」
「わかっ……ぐぁぁぁぁ!」
「待て! とまっ、ダァァァァァァ………」

 次々と聞こえてくる断末魔に三人が顔を見合わす。

「……こっちに近づいてきてないか?」
「あぁ……」
「ここに、来るのか?」

 三人がゴクリと生唾を呑み込む。一際大きな爆発音とともに煙が流れてきた。その中から走って来る人影。
 まっすぐ前だけを見つめ、燃えるような赤髪を揺ら突進してくる。

 さすがに相手は一人。こちらを避けて走り抜けるだろう、と三人は座り込んだまま動かなかった。しかし、避ける様子なく突っ込んでくる。

 そのことに気づいたケラッグが慌てた。

「ちょ、待て! 止まれ!」
「おい! 逃げよう!」
「でも、体が……」

 体が思うように動かない三人が床を這って逃げるが、間に合わず。
 ルドと盛大にぶつかり、三人の体が宙を舞う。しかも、ルドは何事もなかったかのように駆け抜けた。
 そして、爽やかな笑顔のままクリスに挨拶をする。

「師匠! おはようございます!」
「……あぁ」

 クリスがルドの背後に視線を移すと、そこには屍と化した兵や騎士たちが転がっていた。



 初夏の爽やかな風が吹き抜ける庭で、クリスたち三人は椅子に座っていた。
 セルシティが白金の髪を揺らしながら楽しそうに話す。

「ルドのおかげで、城の警備の弱点が明確になるから助かる」
「それなら、自分だけ呼べばいいだろ。師匠まで城に呼ぶのは止めろ。師匠は忙しいんだ」
「そう怒るな。気分転換に、と思ったんだ。それに見せたいものがあるのは事実だし」

 ティーセットを運んできたメイドがクッキーを並べる。焼きたての香ばしい匂いが鼻をくすぐるがクリスは興味を持たず、セルシティに淡々と訊ねた。

「見せたいものとは、なんだ?」
「今から見せるよ」

 老齢の執事が布に包まれた板をクリスに差し出す。

「先帝が最近、絵を描くことに目覚めたらしくてな。治療の礼として、クリスティに送ってきた」
「絵?」

 クリスは興味なさそうに老齢の執事が持っている板を見ながらも、視線の端ではルドの様子を覗き見していた。

 若いメイドがルドのカップに紅茶を注ぎ、一歩下がる。すると、ルドが少し引きつった笑顔で礼を言った。
 そのことに若いメイドが頬を赤くする。このメイドは始めて見る顔だが、可愛らしく動きも良い。こういう子がルドの隣に立つべきなんだ。
 そう考えながらも、心のどこかでトゲが刺さったような痛みもある。

(いや、気のせいだ。気のせい)

 自分に暗示をかけているクリスを内心を悟ったのか、セルシティが口角を上げて挑発するように声をかけた。

「どうした? 絵は見ないのか? それとも他に気になることがあるか?」
「さっさと絵を見せろ」

 クリスは眉間にシワをよせると、老齢の執事が恭しく布を取った。
 真っ白なキャンパスに赤や黄色などの絵の具を叩きつけたような、殴り描きに近い絵らしきもの。正直、子どもの落書きの方がマシなレベル。

「……何を描いたんだ?」

 クリスの呟きに誰も答えられない。セルシティは絵と同封してあった手紙をクリスに渡した。

「ここに書いてあるんじゃないか?」
「そうだな」

 クリスが手紙を開けて中を読む。そこには治療の礼と体調は問題ないこと。そして、これが花の絵であることが書いてあった。

「花瓶に飾られた花を描いたそうだ」
「そう言われれば、花のようにも見えます……ね?」

 ルドのフォローに誰も何も言わない。クリスは老齢の執事に声をかけた。

「後で屋敷に届けてくれ」
「かしこまりました」

 老齢の執事が絵を布で包んで下がる。

「なかなか独創的な絵でしたね」

 ルドがクリスに笑いかけながら紅茶を飲む。

「そうだな」

 クリスが紅茶を飲もうとしたところでルドが止めた。

「この紅茶は、この方が師匠の好みの味だと思います」

 ルドが砂糖をスプーンに半分とミルクを足す。クリスはルドが作ったミルクティーを一口飲んで頷いた。
 しっかりとした茶葉の味は紅茶としては一級品。しかし、味が主張しすぎている上に雑味もある。そこをミルクがまろやかにして、砂糖が絶妙な甘さで雑味を隠す。

「ちょうどいいな」
「よかったです」

 二人のやり取りと眺めながらセルシティが紅茶を口にする。

「確かに濃いね。でも、これなら砂糖は足さなくてもミルクだけで十分じゃないかな」

 老齢の執事がさり気なくセルシティの紅茶にミルクを足す。

「師匠はほんのりとした甘みがあるほうが好きなんですよ」
「ほう? よく知ってるな」

 セルシティが紫の瞳を細めてクリスを見た。クリスは気まずそうに顔を逸らす。

「犬が勝手に覚えているだけだ。私はなにも教えてない」
「へぇ?」

 クリスは横目でセルシティを見た。

「なんだ?」
「別に?」

 ニコニコとしているセルシティを殴りたい気分になったクリスは手が出る前に帰ることにした。

「行くぞ」

 クリスが立ちあがると、そこに可愛らしい声が飛んできた。







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