【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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閉ざされた世界からの反撃

それは、お風呂での出来事でした

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 離れとはいえ、王族の客人用の風呂。大理石とタイルをふんだんに使った豪華な造りで、かなり広い。水が貴重な地域のためサウナが主流なのだが、水風呂と普通の風呂もある。

 そのため、クリスは密かにここの風呂を気に入っていた。一人でゆっくり湯に浸かろうとしたところでベレンが駆けこみ、計画は崩れた。

「使用人が湯の準備をしている、と耳にしまして。もしや、と思いましたの!」
「……見事な推理だな」
「で! 何がありましたの!? いいかげん、教えてくださいな!」
「……わかった。とりあえず、風呂に入らせてくれないか?」

 服を脱いでいたクリスはベレンと一緒に風呂に入った。少しぬるいぐらいだが、たっぷりの湯は気持ちがいい。
 一息ついたクリスは記憶が戻ってからのことを簡単にベレンに説明した。

 すべてを聞いたベレンが大きくため息を吐く。

「そのようなことが、ありましたの……」
「イディの怪我はどうだ?」
「一晩寝たら魔力が戻りましたので、治療魔法をかけていただき、すっかり治りました」
「それなら良かった」

 安堵するクリスにベレンが顔をよせる。

「そちらは、どうなのですか?」
「なにがだ?」
「ルドですわ。ルドは戻ったのでしょう?」
「あぁ」
「でしたら、残るは告白のみでしょう!」

 深緑の瞳が丸くなる。

「な、なぜ、そうなる!?」
「記憶がない時のあなたは、それはもう積極的でしたよ?」
「い、いや、あれはだな……」
「でしたら、もう後は告白しか残っておりませんわ」
「いや。どうして、そうなる?」

 ベレンが首を傾げる。

「むしろ、どうしてそうならないのか、が不思議ですわ。なぜ、そんなに躊躇うのですか?」
「いや。躊躇うとか、そういう問題ではなくてだな」
「普段は男装をしていますが、素材はいいんですし、躊躇う理由なんて……」

 ベレンがクリスを頭の先から下へと視線を動かす。その途中、クリスの胸で視線が止まった。そこから、ゆっくりとベレンが自分の胸に視線を移す。

 二人の間に沈黙が落ちた。

 ベレンが悔しそうに湯を叩く。

「ちょっと大きいからって、余裕ぶっていたら逃げられますわよ!」
「ちょっ! 水を飛ばすな! なぜ、怒る!?」
「怒ってなんかいませんわ! 羨ましいなんて、思っていませんわ!」
「いや。胸の大きさなど、大した問題ではなかろう」
「キィー! 誰が! 小さくて! 慎ましやかな胸ですってぇ!?」

 ベレンが湯とともに喚き散らす。

「誰もそこまで言ってないだろ!」
「こんな! こんな! 何もしなくても、谷間ができる胸なんて……あら? 柔らかい」
「ちょっ!? どさくさに紛れて触るな!」
「少しぐらい、良いじゃありませんか。減るもんじゃありませんし」
「そういう問題ではない!」

 逃げるクリスをベレンが追いかける。浴室内にキャッキャッと可愛らしい声が響いた。

※※

 ルドが食後の紅茶を飲んでいると、オグウェノが部屋に飛び込んできた。

「月姫が起きたって!?」
「あ……」

 オグウェノが睨みながら、にじり寄る。

「おまえ、オレのこと忘れていたな? 月姫が起きたら知らせろって言ったよな?」
「あ、いえ、その……あ、第四王子は、今まで何をされていたのですか?」

 ルドが視線を逸らしたまま話題を変える。オグウェノは肩を落とした。

「急に神の加護がなくなったからな。女王への報告と、国内が混乱しないように当面の指示を出していたんだ。とはいえ、ケリーマ王国は神の加護を使った魔法をあまり使用していないからな。混乱することは、あまりなさそうだ」
「お疲れ様です」
「おまえ、他人事じゃないぞ。一応、セルシティ第三皇子に簡単に報告しておいたが、すでに混乱が始まってるってよ」
「あー……」

 神の加護による治療魔法だけに頼っていたため、治療ができなくなる。そうなれば混乱は必須。だが、あのセルシティなら、なんとかしそうな気がする。

 根拠のない確信にルドが頷く。

「まあ、大丈夫でしょう」
「軽いな。で、月姫はどこだ?」

 室内を探すオグウェノにカリストが教えた。

「クリス様なら風呂に……」
「カリスト!」

 ルドがカリストの言葉を隠すように大声を出したが遅かった。オグウェノの目が光る。

「風呂!? よっしゃ! オレも一緒に入ろう!」

 勢い歩き出したオグウェノの背後にルドが立つ。そのままオグウェノの肩を鷲掴みした。

「いま、なんと?」

 殺気がこもった声とともにオグウェノの肩を掴んでいる指が食い込む。オグウェノは必死にルドの手を叩いた。

「もげる! 肩がもげる! ここの風呂は混浴なんだよ! 服を着て入るんだ!」
「へ?」

 間抜けな声とともにオグウェノの肩が開放される。
 オグウェノは肩を軽く回しながらルドを睨んだ。

「あー、痛かった。知らなかったのか?」
「そんなの、聞いていませんよ」
「脱衣所は男女で分かれているが、風呂場は繋がっている。風呂に着て入る用の服が置いてあっただろ?」
「入浴後に着る服だと思っていました」

 服を着て風呂に入るという、文化の違いにルドが戸惑う。

「服を着て入ることが当たり前すぎて、説明を忘れたのかもしれないな。じゃ、オレは風呂に行ってくる」
「いや、だから……」
「なら、おまえも一緒にくればいいだろ」
「は? い、いや、自分は……」
「おまえも月姫と一緒に入りたいんだろ?」

 オグウェノに小突かれ、ルドが顔を赤くする。クリスには冗談で一緒に入るか訊ねた。しかし、本当に一緒に入るとなったら別問題だ。

「そ、それは……いや、そういう問題ではなく!」
「よし! じゃあ、一緒に風呂に行くぞ!」

 オグウェノはルドの首に腕を回して固定すると引きずるように歩き出した。


 入浴用の短パンに履き替えた二人が浴室に入る。しかし、そこには誰もいなかった。脱衣所は男女で別れているため、浴室に入らないと異性が入っているか分からない。

 オグウェノは明らかに落胆し、ルドは明らかに安堵した。

「もう出たのか」
「そのようですね」

 オグウェノが持っていた大きな布をルドに渡して湯に浸かる。

「それはサウナに入る時に敷く布だ。サウナは知ってるだろ?」
「はい、シェットランド領にありました」
「シェットランド領のサウナは木だったが、ケリーマ王国のは大理石だ。布を敷いて座らないと火傷するぞ。奥のドアがサウナで、その前にあるのが水風呂だ。あと、これ。バラのオイル。水の中に数滴垂らしてサウナの中にある岩にかけると、良い匂いがするぞ」

 ルドが渡された布と小瓶を眺める。

「そんな楽しみ方があるのですね。ちょっと、サウナに入ってきます」
「おう、倒れる前に出ろよ」

 ルドがドアを開けると湿度の高い空気が襲ってきた。

「シェットランド領のサウナより温度は低ぃ……」

 言葉が止まる。誰もいないと思っていたところに人が立っていた。

 白い肌に湿った茶髪が絡みつく。深緑の瞳は丸くなり、呆然とこちらを見ている。口は開いているが、驚きで声を出すのも忘れているらしい。
 しかも身に付けているのは首からかけているタオル一枚のみ。

 ルドは後ろ手でドアを閉めると、持っていた布を素早くクリスの体に巻いた。これで胸から太ももまで隠れる。

 魂が抜けかけているクリスにルドが声をかけた。

「師匠、師匠。わかりますか?」
「おま、なぜ、ここ?」
「もしかして、師匠もここが混浴と知らなかったのですか?」
「こん……よく?」
「はい。自分もさっき知ったのですが、実は……」

 ルドの説明にクリスの顔に表情が戻っていく。目が怒りと羞恥に燃える。

「そんな説明なかったぞ!」
「同じですね」
「……嫌がらせか?」
「自分たちが風呂は裸で入るのと同じぐらい、こちらでは服を着て入るのが当たり前なんでしょう」
「逆上せたベレンをラミラに任せて、久しぶりにサウナに入ったら、これか」
「ちょ、まっ……」

 サウナから出ようとするクリスをルドが止める。外にはオグウェノがいる。布で隠したとはいえ、クリスのこの姿を見せたくない。

「も、もう少し、サウナに入られていては、どうですか? このオイルを使うと、良い匂いがするそうですよ?」

 ルドが柄杓に水をすくい、その中にオイルを数滴垂らして、熱々の岩にかける。すると、バラの甘い香りが広がった。

「いい匂いだな」

 クリスが座っていた場所に戻る。これでしばらくサウナにいるだろう。次はオグウェノを早く風呂から出さなくては。

 ルドがサウナから出ようとしたら、クリスが声をかけた。

「おまえこそ入ったばかりなのに出るのか?」

 ルドが振り返るとクリスが一人分のスペースを空けて敷いてあった布に座っている。

 蒸気で濡れた髪。自分を見つめる潤んだ目。ほのかに紅く染まった頬に、艶やかな唇。

 その姿にルドの胸が射抜かれた。断れるわけがない。

 ルドは静かにクリスの隣に腰を下ろした。





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