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混乱とクリスの答え
それは、苦い返事でした
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クリスがルドを連れて離れから出る。湿った風に誘われ、湖があるテラスへ移動した。
ボルケーノに体を乗っ取られていたルドが破壊したテラス。だが、壊された柱や屋根は全て片付けられ、床の大理石はタイルに張りかえられていた。
「仕事が早いな」
「なにか、あったのですか? この前と様子が変わっていますが」
オグウェノとサシ呑みをした時と違うことに、ルドが首を傾げる。クリスは軽く口角を上げた。
「気にするな。おまえが悪いわけではない」
「え? それは自分が、なにかしたってことですか!?」
「体はおまえだが、中身が違ったからな。ほら、座れ」
クリスが湖の端に腰を下ろす。足先を水につけ、ここであったことを話した。
話を聞き終えたルドが勢いよく立ち上がる。
「第四王子とイディに謝らなければ!」
ルドの服の裾をクリスが掴む。
「だから、悪いのはおまえじゃない。そのことは、二人も分かっている」
「ですが!」
「なら、謝るのは明日にしておけ。夜に押し掛けるのは迷惑になる」
湖に星が輝き、月が上り始めている。
クリスは悪戯に足を動かし、湖に映る星を消した。どこか子どもっぽい仕草。
ルドは再び隣に座り、同じように足を湖につけた。思っていたより水が冷たくて気持ちいい。足に力を入れ、水を蹴り上げる。水しぶきが、かけ橋のように月へと伸びた。
「水遊びなんて、子どもの頃以来です」
「おまえは力が強いな」
クリスも同じように水を蹴るが、ルドほどの水しぶきは上がらない。少し悔しくなったクリスが、ルドの方を向く。そのまま水を蹴ろうとして、バランスを崩した。
「しまっ……」
「師匠!」
ルドが手を伸ばしてクリスの体を捕まえる。が、そのまま一緒に湖に落ちた。
「ぷはぁ! 師匠、大丈夫ですか?」
「はぁ……大丈夫だ」
湖は足が届く深さだった。クリスの胸の少し下に水がある。一方のルドは、腰の位置に水があった。身長差を嫌でも実感する。
クリスがむぅと口をまげた。
「本当に、おまえは無駄に背が高いな」
その言葉にルドは琥珀の瞳を丸くした後、嬉しそうに笑った。
「な、なんだ?」
「治療院研究所に初めて行った日に、師匠から同じことを言われました」
「そ、そうだったか?」
クリスがワザと忘れたフリをする。あの時は、いきなり片膝を床につき、騎士が主に忠誠を誓うような眼差しを向けてきた。その目が強烈すぎて、忘れようにも忘れらない。
ルドがクリスに近づく。水面が揺れ、小さな波がクリスに当たる。
「師匠は、あの頃から……いや、その前から変わらないですね」
「子どもの頃から、か?」
「はい」
琥珀の瞳が穏やかに微笑む。
覚えている。初めて会った子どもの時のことを。仮面を着けた顔を、不審な目で見る人が多い中で。何も疑わず、まっすぐ見つめてきた琥珀の瞳。思い返せば、あの時、すでに囚われていたのかもしれない。
お互いに見つめ合ったまま動かない。ルドがそっとクリスに手を伸ばし、頬にかかる髪を耳にかけた。髪から水滴が零れ、ルドの手に流れる。
恥ずかしいのに、胸が激しく鼓動しているのに、琥珀の瞳から目が離せない。息づかいまで聞こえてきそうな静寂。
髪から水滴が落ち、湖面に波紋を描く。
ルドがゆっくりと口をひらいた。
「好きです」
クリスの息が止まる。
「師匠の記憶が戻ったら、言おうと思っていました。自分は師匠のことが、好きです」
クリスの胸が熱くなり、締め付けられる。手が、体が、心が、震える。感情が崩れていく。ぐしゃぐしゃに、かき乱される。ナニかが溢れそうになる。
ルドは言葉を続けた。
「今が大変なのは分かっています。ですが……いえ、だからこそ、師匠とともに……」
ルドが一生懸命想いを伝えているが、クリスの耳に入ってこない。いや、音として聞こえている。だが、理解することを頭が拒絶する。
ダメだ。ダメだ。ダメだ。こいつには、もっと相応しい相手がいる。私ではダメだ。私では、ない。私では……ないんだ!
混沌とした感情。濁りきった中で、微かに輝く光がある。
きっと、これが私の本当の気持ちなのだろう。でも、これを言うことは、できない。この感情は、消さないといけない。
クリスは無言で俯いた。表情を隠すように、濡れた髪が顔にかかる。
「……師匠?」
震える唇をグッと噛む。声を出さないと。答えないと。
でも、口が動かない。喉が張りつく。まるで、体が答えることを拒否しているよう……それでも、答えないわけにはいかない。
「私は……」
クリスがどうにか声を出す。その、かすれた小さな返事は、目からこぼれた雫と一緒に水面へ落ちた。
※※
ドンドンドンドンドン!
無遠慮に激しくドアを叩く。開いたドアからは、うんざりした顔のオグウェノが出てきた。
「何時だと思っているんだ? 用があるなら明日に……」
「いいから! 一緒に朝まで飲んでください!」
酒瓶を片手に、顔を真っ赤にしたルドがオグウェノに絡みついた。手に持っている酒瓶は半分以上ある。だが、ルド自身が酒臭い。
ベロベロに酔い、前後不覚になっているルドをオグウェノが引きはがす。
「おまっ!? どれだけ呑んだんだ!? 鬱陶しい! 引っ付くな!」
「少しぐらい、いいじゃないですか! この前、サシ呑みに付き合ったんですから、今夜は自分に付き合ってください!」
「あー、もう。おまえら、揃いも揃って、酒癖が悪いんだよっ!」
いろいろ鬱憤が溜まっていたオグウェノは、ルドを力任せに室内へ投げた。
「おまえら、二人で勝手に呑んでろ! 朝まで出てくるなよ! 痴話喧嘩にオレを巻き込むな!」
オグウェノは部屋から出ると、ドアを魔法で施錠した。
「なんで、オレがこんな目に……」
オグウェノはうなだれながら暗い廊下に消えた。
一方の投げられたルドは頭を押さえて体を起こしていた。
「痛ててて……もう少し優しくしてくださいよ。こっちは失恋して……あれ?」
さっきまでいたオグウェノの姿がない。
「えぇ~? ちょっと、どこにいったんですかぁ?」
ルドが廊下に出るドアを開けようとしたが開かない。
「あれ? こっちじゃない? かくれんぼですかぁ?」
ルドが室内を探してまわる。王城にある第四王子の自室だけあって広い。ルドが転がされた部屋は応接室になっており、ソファーとローテーブルがある。近くにあるドアを開けると、そこは寝室だった。
大きな天蓋付きベッドに、大人が三人寝れるだけの広さがある。別のドアを開けると、水浴び場とトイレがあった。
「自室に水浴び場とトイレがあるなんて、さすが王族ですね」
ルドが感心しながらフラフラと室内を見回す。すると、テラスから物音がした。
「あー、外で呑むのもいいですね」
ルドがテラスに出るための窓に向かう。ガラスの窓の先に、テーブルにうつ伏せている人影が見えた。オグウェノにしては体の線が細く、長い茶髪が風に揺れている。
その姿が目に入った瞬間、ルドは冷や水を浴びたように頭が冷めた。
ボルケーノに体を乗っ取られていたルドが破壊したテラス。だが、壊された柱や屋根は全て片付けられ、床の大理石はタイルに張りかえられていた。
「仕事が早いな」
「なにか、あったのですか? この前と様子が変わっていますが」
オグウェノとサシ呑みをした時と違うことに、ルドが首を傾げる。クリスは軽く口角を上げた。
「気にするな。おまえが悪いわけではない」
「え? それは自分が、なにかしたってことですか!?」
「体はおまえだが、中身が違ったからな。ほら、座れ」
クリスが湖の端に腰を下ろす。足先を水につけ、ここであったことを話した。
話を聞き終えたルドが勢いよく立ち上がる。
「第四王子とイディに謝らなければ!」
ルドの服の裾をクリスが掴む。
「だから、悪いのはおまえじゃない。そのことは、二人も分かっている」
「ですが!」
「なら、謝るのは明日にしておけ。夜に押し掛けるのは迷惑になる」
湖に星が輝き、月が上り始めている。
クリスは悪戯に足を動かし、湖に映る星を消した。どこか子どもっぽい仕草。
ルドは再び隣に座り、同じように足を湖につけた。思っていたより水が冷たくて気持ちいい。足に力を入れ、水を蹴り上げる。水しぶきが、かけ橋のように月へと伸びた。
「水遊びなんて、子どもの頃以来です」
「おまえは力が強いな」
クリスも同じように水を蹴るが、ルドほどの水しぶきは上がらない。少し悔しくなったクリスが、ルドの方を向く。そのまま水を蹴ろうとして、バランスを崩した。
「しまっ……」
「師匠!」
ルドが手を伸ばしてクリスの体を捕まえる。が、そのまま一緒に湖に落ちた。
「ぷはぁ! 師匠、大丈夫ですか?」
「はぁ……大丈夫だ」
湖は足が届く深さだった。クリスの胸の少し下に水がある。一方のルドは、腰の位置に水があった。身長差を嫌でも実感する。
クリスがむぅと口をまげた。
「本当に、おまえは無駄に背が高いな」
その言葉にルドは琥珀の瞳を丸くした後、嬉しそうに笑った。
「な、なんだ?」
「治療院研究所に初めて行った日に、師匠から同じことを言われました」
「そ、そうだったか?」
クリスがワザと忘れたフリをする。あの時は、いきなり片膝を床につき、騎士が主に忠誠を誓うような眼差しを向けてきた。その目が強烈すぎて、忘れようにも忘れらない。
ルドがクリスに近づく。水面が揺れ、小さな波がクリスに当たる。
「師匠は、あの頃から……いや、その前から変わらないですね」
「子どもの頃から、か?」
「はい」
琥珀の瞳が穏やかに微笑む。
覚えている。初めて会った子どもの時のことを。仮面を着けた顔を、不審な目で見る人が多い中で。何も疑わず、まっすぐ見つめてきた琥珀の瞳。思い返せば、あの時、すでに囚われていたのかもしれない。
お互いに見つめ合ったまま動かない。ルドがそっとクリスに手を伸ばし、頬にかかる髪を耳にかけた。髪から水滴が零れ、ルドの手に流れる。
恥ずかしいのに、胸が激しく鼓動しているのに、琥珀の瞳から目が離せない。息づかいまで聞こえてきそうな静寂。
髪から水滴が落ち、湖面に波紋を描く。
ルドがゆっくりと口をひらいた。
「好きです」
クリスの息が止まる。
「師匠の記憶が戻ったら、言おうと思っていました。自分は師匠のことが、好きです」
クリスの胸が熱くなり、締め付けられる。手が、体が、心が、震える。感情が崩れていく。ぐしゃぐしゃに、かき乱される。ナニかが溢れそうになる。
ルドは言葉を続けた。
「今が大変なのは分かっています。ですが……いえ、だからこそ、師匠とともに……」
ルドが一生懸命想いを伝えているが、クリスの耳に入ってこない。いや、音として聞こえている。だが、理解することを頭が拒絶する。
ダメだ。ダメだ。ダメだ。こいつには、もっと相応しい相手がいる。私ではダメだ。私では、ない。私では……ないんだ!
混沌とした感情。濁りきった中で、微かに輝く光がある。
きっと、これが私の本当の気持ちなのだろう。でも、これを言うことは、できない。この感情は、消さないといけない。
クリスは無言で俯いた。表情を隠すように、濡れた髪が顔にかかる。
「……師匠?」
震える唇をグッと噛む。声を出さないと。答えないと。
でも、口が動かない。喉が張りつく。まるで、体が答えることを拒否しているよう……それでも、答えないわけにはいかない。
「私は……」
クリスがどうにか声を出す。その、かすれた小さな返事は、目からこぼれた雫と一緒に水面へ落ちた。
※※
ドンドンドンドンドン!
無遠慮に激しくドアを叩く。開いたドアからは、うんざりした顔のオグウェノが出てきた。
「何時だと思っているんだ? 用があるなら明日に……」
「いいから! 一緒に朝まで飲んでください!」
酒瓶を片手に、顔を真っ赤にしたルドがオグウェノに絡みついた。手に持っている酒瓶は半分以上ある。だが、ルド自身が酒臭い。
ベロベロに酔い、前後不覚になっているルドをオグウェノが引きはがす。
「おまっ!? どれだけ呑んだんだ!? 鬱陶しい! 引っ付くな!」
「少しぐらい、いいじゃないですか! この前、サシ呑みに付き合ったんですから、今夜は自分に付き合ってください!」
「あー、もう。おまえら、揃いも揃って、酒癖が悪いんだよっ!」
いろいろ鬱憤が溜まっていたオグウェノは、ルドを力任せに室内へ投げた。
「おまえら、二人で勝手に呑んでろ! 朝まで出てくるなよ! 痴話喧嘩にオレを巻き込むな!」
オグウェノは部屋から出ると、ドアを魔法で施錠した。
「なんで、オレがこんな目に……」
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