【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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後日談

オグウェノとカリストの場合

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 オグウェノがセルシティの書類仕事の手伝いにも慣れた、ある日のこと。
 クリスが国の治療師の状況報告のため、セルシティの執務室を訪れた。事務仕事をしているオグウェノを見て、クリスが感心する。

「ちゃんと真面目に仕事をしているのだな」
「誰のせいだ? こんなに長く書類仕事をするのは人生で初めてだ」
「貴重な経験だな」
「できれば経験したくなかった」

 オグウェノがぼやきながら机に書類を置く。反対側に座っているセルシティが軽く微笑んだ。

「第四王子は、優秀でとても助かっている。クリスティ、連れてきてくれて、ありがとう」
「いや、そこはオレに礼を言うところだろ」

「「そうか?」」

 二人の声が重なった。オグウェノが項垂れながら立ち上がる。

「そういうところで息を合わさないでくれ。そういえば、月姫」
「なんだ?」
「黒い執事はいるか?」

 クリスが影に視線を向ける。

「呼べば出てくるぞ」
「少し話しがしたいんだが、いいか?」
「だ、そうだ。どうする?」

 クリスの影が揺らめき、カリストが姿を現す。
 艶やかな漆黒の髪にすべての光を吸い込むような純黒の瞳。女性と見間違うほどの麗しい顔立ちが優雅に微笑む。

「ここで、ですか?」
「いや、場所は変えたい」

 カリストがクリスを伺うように見る。クリスが一人で行動できるのはカリストが影から護衛しているのもある。そのため、守るべき主から離れたくない。

 そのことを察したオグウェノがフォローする。

「護衛なら、この部屋の前にイディを置いていく。話をするのは隣の部屋だ。なにかあれば、すぐに駆け付けられる」
「まあ、それならいいでしょう」
「月姫、借りていくぞ」
「あまり長くならないようにな」
「あぁ」

 オグウェノはカリストとともに隣の部屋へ移動した。
 談話や休憩室としても使われるため、余計な備品や飾りはない。落ち着いた淡い緑の壁紙に、庭が見渡せる大きめの窓。その前に大きめのソファーとローテーブルが置いてある。

 オグウェノはソファーに寝転び、足を投げ出した。

「お疲れのようですね」

 カリストが影の中からティーセットを出し、紅茶を淹れる。

「慣れないことの連続だからな」
「それなら断ったら、どうですか? 第三皇子も無理強いはしないと思いますよ?」
「それが、意外と面白いところもあるんだよな。あと十日もすれば結果が出てくる案件もある。それがどうなるか追ってみたい」
「では、やめられませんね」

 カリストが茶菓子をローテーブルに並べる。オグウェノが体を起こした。

「オレが手をつけないって分かってて、準備しているだろ?」
「そうなんですか?」

 カリストが心外とばかりに表情を崩す。オグウェノは呆れたように肩をすくめた。

「わざとらしいな。茶の準備はいいから座れ」
「はい」

 カリストがオグウェノの向かいのソファーに腰かける。

「月姫から聞いたのだが、おまえの一族は人々に根付いていた〝神に棄てられた一族〟への嫌悪意識を和らげる処置をしたそうだな?」
「えぇ。完全に嫌悪感を取り除くことは無理ですが、普通に会話が出来る程度にしました。あとはクリス様次第、といったところでしょうか」
「この世界の人間、全てに、か?」
「はい」
「それだけか?」

 カリストが無言になる。

「月姫は、それだけだと思っているようだが?」
「そうですか」
「月姫も気付いていないんじゃないか?」

 カリストは答えない。

「この国は男尊女卑が強い。現帝からの命とはいえ、女である月姫が治療師総統になるのは、かなりの反発がある。そう考えて、オレは月姫の周囲に人を置いて監視していた」
「はい」
「だが、そこまで露骨な反発はなかった。軽い嫌味や嫌がらせはあるが、その程度だ」
「予想が外れましたか?」

 カリストの問いにオグウェノが視線を鋭くする。

「この国の民の男尊女卑意識も操作したか?」
「この国の民だけ、なんて器用なことはできませんよ」
「……つまり、全世界の人間の男尊女卑意識を操作した、ということか?」

 カリストは答えず、紅茶をポットからカップへ注ぐ。

「無言は肯定ととらえるぞ?」
「どうぞ」

 差し出されたカップから湯気がのぼる。ほのかにレモンの爽やかな香りが混じった良い香りだ。
 だが、オグウェノは一瞥いちべつしただけで手をつけない。

「オレは黒の一族おまえたちが怖い」

 カリストが自分の前にもカップを出し、紅茶を注ぐ。普通ならば一介の使用人と一国の王子が茶をともにするなど考えられない。だが、ここにはそれを咎める人などいないし、オグウェノも気にしない。

「いつか黒の一族は神たちとの闘いを忘れるだろう。そうなった時、この世界をどう見るか」
「遥か未来のことになりそうですね」
「あぁ。だが、ありえない話ではない。この世界に生きるオレたちの子孫を操ろうとするかもしれない。いや、子孫たちの神になろうとするかもしれない」

 カリストが無言のままカップに口をつける。

「そんな未来のことなど、誰にも分からない。できれば、オレの杞憂で終わらせたい」
「そうですね」
「そのためにできることがあるなら、オレはしたい」
「どうするのですか?」

 オグウェノがカップを手にとった。

「黒の一族と交流がしたい」

 カリストが黒い目を丸くする。オグウェノは言葉を続けた。

「今すぐは無理だ。だが、この状況が落ち着いたら、交流を始めたい」
「思いのほか早い決断ですね。クリス様はもう少し流れを見るつもりのようでしたが」
「月姫は領主だ。どうしても国という、大きな存在の動きを見てから判断してしまう」
「その点で言うと、あなたは第四王子という国を動かす存在。自ら世界を動かす判断もする、ということですか」

 オグウェノが軽く手を横に振る。

「そんな大層なものでもない。ただ、そっちも下準備が必要だろう。ならば、早めに動いておいたほうがいい」
「分かりました。こちらも、そのように動きましょう」

 あっさりと受け入れられたことにオグウェノが驚く。

「ここで決めていいのか? 黒の一族で相談とかしなくていいのか?」
「私は、この世界と神の世界を切り離した功労者の一人ですから。今回のことで、それ相応の権限を与えられました。外界との交流は私に一任されています」
「……なんか胡散臭いな」
「おや。そのようなことを言っていると交流なんて出来ませんよ?」
「それは困るな」

 オグウェノがカップを持ち上げ、一口飲んだ。

「これでいいか?」

 カリストが吹き出すように笑う。

「無理に飲まなくてもいいですよ。世界が落ち着きましたら交流を開始しましょう。その時までにもう数人ほど、黒の一族の人間を起こしておきますから」
「タナカハナコのような人間か?」

 カリストが苦笑いをする。

「外に出たいという人は変わり者が多いですから」
「まともに交流できる人を準備してくれ」

 カリストは微笑むだけだった。






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