完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

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「痛気持ちいい? はっ!? なっ! んぅ、くっ! あっ、んっ……こっ、これが、痛気持ちい、い、か……グッ!」

 確かに痛いが気持ちがいい。
 シュラーフェンはこれまた初めての感覚に声が漏れそうになったが、どうにか唇の端を噛んで誤魔化した。声を我慢しなくていいと言われたが、そこは山脈より高いプライドが許さない。
 両手でシーツを握り、どうにか声が出ないように堪える。

「せやで。意外とクセになる痛みやろ?」
「ま、まぁまぁだな……っく!」
「じゃあ、反対の足やな」

 亮の無情な声にシュラーフェンは思わず上半身をのけ反らせて声をあげた。

「反対もするのか!?」
「当然や。まぁまぁなら問題ないやろ」

 そう言ってニヤリと笑う翡翠の瞳。まるで、これで降参か? と挑発するような亮の顔にカチンときたシュラーフェンが、フンッとうつ伏せた。

「好きにしろ」
「へい、へい。じゃあ、好きにさせてもらうで」

 再び始まる足裏マッサージ。やはり先程と同じ痛気持ちいい感覚がシュラーフェンを襲う。
 とにかく声が漏れないように我慢しつつ、顔をシーツに埋める。それでも我慢しきれない声はシーツに吸い込まれ……

「クッ……ぁ、ふっ! っう、ンぅ……ック」

 徐々に声が増えてきたところで亮がシュラーフェンの足を解放した。

「……よし。これで、寝る前の準備は終わりやな」
「はぁ、はぁ、はぁ……って、これは準備だったのか!?」

 脱力してベッドに伏せていた白銀の髪が跳ね上がる。
 唖然とした目をむけるシュラーフェンに亮は胸の前で腕を組んで大きく頷いた。

「当然やろ。体にこれから寝るぞって準備をさせないで、なんで寝られると思ってるんや」
「こんなに準備が必要なのか。知らなかった」

 上半身を起こしたまま項垂れるシュラーフェンに軽い声がかかる。

「そこは人それぞれやからな。慣れてきたら、もっと簡単な準備だけで眠くなるから安心しいや。今日は初めてやから念入りにしているだけや。ほら、仰向けになり」
「……今度は何をする気だ?」

 ジロリと見上げてくる警戒心に染まったアイスブルーの瞳。
 その様子に亮が思わず苦笑いを浮かべた。

「ええかげん、その不審者を見るような目はやめや。こっちは、そちらさんの都合で勝手に召喚された身なんやから」

 そう言われてシュラーフェンはハッとした。
 散々体を弄ばれたような感覚になってはいたが、これもすべては自分を寝かしつけるため。無理を言っているのは、こちらの方なのだ。
 そのことを思い出し、気まずい気持ちとともに視線を逸らす。

「……すまん、そんな目をしているつもりはなかったんだが」
「なんや、謝れるんか。偉いやん」
「……えらい?」

 思わぬ言葉に白銀の髪がピクリと動く。
 だが、そのことに気づいていない亮はいつもの軽いノリで言った。

「そうや。ちゃんと謝れるのは偉いで。あと、あんたは体がこんなにカチコチになるぐらい頑張ってきて、偉いな。あ、そうか。お偉いさんだから、常に気を張ってるから、そんな目になるんやな。それなら、安心しい。オレに気を張る必要なないからな」

 ペラペラとしゃべる口を封じるようにギロッとアイスブルーの瞳が睨む。

「おまえに私の何が分かる?」

 怒りを堪えた、淡々とした声音。この声を聞いた者は失礼をした、とすぐに頭をさげて謝ってきた。
 だが、亮は翡翠の瞳が柔らかくしてニコッと笑った。

「分からんから、何も気にせんでええって言うことや。ほら、横になって、そのまま目を閉じて。ゆっくり大きく深呼吸してみい」

 どこまでもマイペースで軽いノリ。
 暖簾に腕押しのような手ごたえのなさにシュラーフェンは肩の力を抜いて諦めた。

(所詮は異世界の人間。思考も常識も違う相手だ)

 そう考えて己を納得させたシュラーフェンは言われた通りに深呼吸をした。

「……すぅ、はぁ」
「そうそう、上手やで」

 呼吸に合わせてベッドの端に腰かけた亮が白銀の頭を撫でる。
 柔らかく温かな手のひらの感触に毛羽立っていた心が落ちついていく。

「そのまま、何も考えずにオレの声だけを聴くんや。ほら、何も考えずに、大きく息を吸って……吐いて……息を吐く度に顔の力を抜いて……そうや、上手いで」

 私欲や裏のない純粋な褒め言葉。
 そんな言葉をむけられたのは、いつ以来か。人から向けられる言葉には常に警戒して、緊張していた。どこまで信じていいのか、何が真実なのか。
 常に考え、正しい判断を求められていた。

 でも、今はそんなことを考えなくていい。言われるまま、何も考えなくていい……

「そのまま、大きく息を吸って、吐いて……次は首から肩の力を抜いて……そう、そのまま次は腕の力も抜いて……大きく息を吸って、吐いて……胸の力も抜いて……」

 少しずつ全身の力が抜け、体が重くなっていく。

「息を吐くたびに力を抜いたところがベッドに沈み込ませて……そう、そう、少しずつ上から全身の力を抜いていくんや」

 すべての感覚が遠のいていく中で、亮の心地良い声が全身に沁み込んでいく。
 まるで水の中で浮かんでいるような、不思議な浮遊感と解放感が心と体を満たしていく。

「ほら、余計なことは何も考えんでええ。オレの声だけを聴いて……そのまま、ベッドに体を沈み込ませて……そう、そのまま何も考えずに、ゆっくりと意識を落として……ええ子や……」

 ずっと、この声を聞いていたいのに、意識が沈んでいく。
 もっと聞いていたいのに……

「……すぅ」

 穏やかな寝息が寝室に響いた。

「ほんまに寝てもうた……」

 自分の手の下でスヤスヤと眠る寝顔。
 その姿に亮は唖然となっていた。
 ここまで上手くいくとは思っておらず、この後のことをまったく考えていなかったのだ。

「すぅ……」

 手の下でサラリと流れる白銀の髪。見た目通りにサラサラでツヤツヤなのだが、意外と柔らかく触り心地はいい。
 眉目秀麗で絶世の美男。だが、性格は横柄で表情筋は死んでいるのかというほど不愛想。

 それなのに、自分の声でこんなに簡単に寝てしまうとは。

「寝顔は案外、可愛いんやな。仕方ない、もう少し居てやるか」

 どこか愛らしさを感じてしまった亮はしばらくその寝顔を眺めていた。



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