完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

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「なんで、こんなことに……はぁ……」

 やはり寝かしつけをするような相手には見えない。いや、寝かしつけをするのが自分というのが合わない。
 これが、金髪碧眼でナイスバディな美女なら絵にもなるし、違和感もないだろう。

 ため息とともに亮の茶髪も下がる。
 そこに仁王立ちをしているシュラーフェンが胸の前で腕を組んだ。

「ほら、早く寝かせろ」
「あんた、寝かせてもらう側なのに態度がデカいな」

 翡翠の瞳がジロリと見上げる。
 だが、アイスブルーの瞳は平然としたまま、フンッと鼻を鳴らした。

「おまえに本当に寝かせるだけの技量があるならな。私はこれ以上、睡眠薬も睡眠魔法も使えない体だ。そんな私を寝かしつけることなど、本当にできるのか?」

 その態度にカチンときた亮がシュラーフェンを指さす。

「そっちが勝手に寝かしつけられるヤツとしてオレを召喚したんやろ! 寝られなかったら、さっさとオレを元の世界に返品せえよ!」
「当然だ。無能に用はない」

 指を刺されても眉一つ動かさず、淡々としている。
 そんなシュラーフェンの態度に亮はますます声を荒げた。

「あー、いちいち腹が立つヤツやな! 無駄に顔と声が良い分、よけに腹立つし!」
「御託はいいから、さっさと始めろ」

 感情の見えない声音とともにアイスブルーの瞳が鋭くなる。
 その様子に亮は喚くのを止めて意識を切り替えた。

「わかった、わかった。まずはベッドに座れ」

 そう言いながら亮はテーブルでゴソゴソと作業を始めた。
 一方でシュラーフェンが大人しくベッドへ腰を下ろす。ピンッと張ったシワ一つない白いシーツ。そこに、ふわりと花の香りが舞い上がった。

「……ん? なんだ、この匂いは?」

 軽く周囲を見まわすように白銀の髪が揺れる。
 その様子に亮が作業をしていた手を止めて枕元を指さした。

「ラベンダーの匂い袋や。リラックスと安眠効果がある匂いといえばラベンダーやろ。さっきの魔法使いに取り寄せてもらったんや。あと、寝る前に珈琲とか紅茶とか酒とか飲んでないやろうな?」
「……酒も飲んだらいけないのか?」

 思わぬ質問に茶髪が逆立つ。

「アホか! 酒は眠りが浅くなるし、夜中に目覚めやすくなるんや! 良眠したいなら、酒や珈琲は飲むな! ノンカフェインのハーブティーを飲め! ほら!」

 テーブルでゴソゴソと作業をしていた亮がティーカップを差し出した。
 カップの中からほわんと湯気があがり、花の香りがシュラーフェンの鼻をくすぐる。

「……これは?」
「カモミールとスペアミントをブレンドしたハーブティーや。これも魔法使いに茶葉を取り寄せてもらってな。淹れたてやで」

 説明を聞きながらシュラーフェンは大人しくティーカップを受け取った。
 だが、そこから硬直したように動かない。淡い黄金色の水面に映ったアイスブルーの瞳が揺れるのみ。

「……なんや、変な顔して。毒なんか入ってないから、さっさと飲めや。これも、寝かしつけの一つやで」

 その言葉に押されるように薄い唇がゆっくりとティーカップに口をつけた。
 珈琲のような苦みも、紅茶のような渋みもない。ほどよい温もりと落ち着く風味が喉から体の芯へと落ちていく。

「…………ふむ。青りんごのような甘く爽やかな香りだが、後味はスッキリしているな」
「よし。全部、飲んだら次は手を出せ」

 亮の指示にシュラーフェンは空になったカップをサイドテーブルに置いて大人しく右手を出した。

「何をするつもりだ?」
「ツボ押しや。体が寝やすくなるように誘導する」

 そう言いながら亮がシュラーフェンの大きな右手を両手で包んだ。
 同じ男のはずなのに、自分より少し小さく細い指が右手の親指と人差し指の付け根が交差する辺りをグイグイと押していく。若干の痛みがある程度で眠気も何も感じない。

「……そんな指の付け根を押すだけで眠くなるのか?」

 左手のツボ押しもした亮がフッと意味深に口角をあげた。

「ツボはここだけじゃあらへん。ほら、次は頭のてっぺんをマッサージするで。そのまま、ジッとしとき。ちょっと後ろに行くで」

 ギシリとベッドがしなり、茶髪が背後へと移動する。

「なにをする!?」

 職業柄、命を狙われることも少なくないシュラーフェンは護衛がいない時に背後に人が立つことを良しとしない。
 だが、そんなことを知るはずもない亮は不思議そうに首を傾げた。

「だから、ツボ押しやって。後ろからやないと押しにくいからな。ほら、頭のてっぺんから押していくで」

 ベッドの端に座るシュラーフェンの後ろで亮が膝立ちになる。さすがに、この姿勢なら亮の方が頭の位置は高い。

 見下されるのは癪だが、これも寝るため、と己に言い聞かせながらシュラーフェンは前を向いた。

(なんや、素直なところもあるやん)

 あれだけ態度が大きかったシュラーフェンが自分の指示に大人しく従ったことに軽い優越感を覚えつつ、亮は白銀の髪の中へ自分の指を埋めた。それから、ぐいーっとゆっくり頭頂部を押しては、ゆっくりと離すを数回、繰り返す。
 それが終わると、次は白銀の頭をボールのように掴み、頭皮全体を揉むように指に力を入れた。

「……っ、くっ、ふっ」

 気持ち良さを堪えるような声がシュラーフェンの薄い唇から漏れる。
 そのことに気分が良くなった亮が指を頭から首へと滑らせた。

「なかなか気持ちええやろ。あとは耳の後ろにも安眠のツボがあるんやで」

 白銀の髪がかかる形の良い耳。その後ろから下にむかってマッサージをするように指を滑らせながらツボも押していく。

 一方のシュラーフェンは、亮が施術する不思議な気持ち良さに流されないように耐えるだけで精一杯になっていた。

「こ、これは、初めての感覚だな」
「なんや、マッサージされたことないんか? こんなに体がガチガチに固まってたら、そりゃあ寝れんわ。ついでだから、肩と背中も軽くもんでストレッチしといたる」

 ガッシリと肩を掴まれたかと思えば、そのまま指が食い込んできた。

「は? んっ、ふっ……お、ぅん!」

 強い力で押されているはずなのに、痛みはなく気持ちいい。しかも、親指が背中の中心を押すのだが、それがまた丁度いい。
 亮の親指が固まった筋肉を揉みほぐすように少しずつ移動しながら気持ちがいいところを的確に押していく。

「気持ちええなら我慢せずに声だしや」

 そう言われて、はい、そうします。と言える性格のシュラーフェンではない。
 とにかく無言のまま初めて感じる快楽を耐え忍んでいると、背中から手が離れた。

「よし、ええ感じにほぐれてきたな。ほな、最後の仕上げや。ほら、ベッドに転がれ。あ、うつ伏せでな」

 ベッドがギシリと揺れ、亮が後ろへと下がる。
 シュラーフェンは快楽に耐えるため、微妙に疲労していたので、これ幸いと体を倒した。

「これで、いいのか? なっ、足に何をする!?」

 うつ伏せになったところで、足元へ移動した亮がシュラーフェンの右足首をガッシリと掴んだ。

「なにって、足裏のマッサージや。足裏には、いろんなツボがあるからな。痛すぎたら言うんやで。痛気持ちいいぐらいなら、我慢しいや」

 足の裏を触られればくすぐったい。それなのに、痛気持ちいいとはどういうことなのか?
 そんな疑問がシュラーフェンの脳裏に過ったところで、亮が足裏にグリグリと拳を押し付けた。


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