完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

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『亮って軽いっていうかチャラいよね?』
『そうそう。ノリはいいんだけど』
『なんか、ね』
『本命って感じがしないのよ』

 亮の人付き合いは広く、浅かった。そのため、裏ではチャラいとか、軽いと言われることが多々あった。

 亮自身は別に軽い付き合いをしているつもりはない。だが、深くも付き合えなかった。
 彼女を作ろうとしたことも、彼女を作ったこともある。しかし、どうしても長続きしない。

 その原因は物心がついた時にはあった、心の中にポッカリと空いた穴のような虚無感。誰と一緒にいても、どんなに近くにいても、その穴が埋まる感じはなかった。

 だが、その穴が一度だけ塞がったような感覚になったことがある。
 それは、幼い頃に一度だけ会った子。

 どこで、どうやって会ったのか。それが、どんな子だったのかさえ覚えていない。
 ただ、会った時にずっと感じていた虚無感が消えた。心の中にある塞がらない穴が塞がったような、満たされたような感覚。
 それ以後、その感覚になったことはない。

 そして、その時にその子から言われた言葉が幼心に刺さり、抜けないまま楔となって残っている。

(どうすれば、会えるんやろうなぁ)

 その子の顔を覚えていないので、会えても分からないかもしれない。それでも、つい探してしまう。

 だが、どれだけ探しても見つけられず。見つからず。

 いつからか、その虚しさと心の穴を埋めるように亮はいつからか配信ボイスを始めていた。

 みんなに甘い言葉を囁き、みんなが望むセリフを口にする。

 すると、みんなが喜んで反応を返してくれた。全員が喜んでくれたわけではないが、それでも少しずつリスナーは増えていった。

(もしかしたら、リスナーの中に探している子がいるかもしれない。もしかしたら、向こうからオレを見つけてくれるかもしれない)

 そう考えた亮は配信をやめられなくなり、ますます広く浅い交流を続けていった。

 こうして、ますますチャラいキャラと定着していくイメージ。

 本当の自分とは違う。それでも、その子を見つけるためなら、その子に会うためなら……

 心にぽっかりと穴があいたような虚無感と、探している子に会えない焦燥感。そして、周囲にチャラいキャラと扱われ、不協和音のように広がっていく認識。

 こうして亮は気が付いた時には不眠になっていた。

 医者にもかかったが原因を取り除かなければ睡眠は改善しないと言われた。かといって配信ボイスは止められないし、睡眠薬には依存したくない。

 そのため、亮は不眠対策を調べまくり実戦しまくり、どうにか睡眠薬なしで眠れるぐらいにはなった。だが、眠りは浅く熟睡まではできない。

 それでも眠れるだけマシと考え、自分が不眠のためにやった内容を取り入れたボイス配信をしたところ、いつからか安眠ボイスと呼ばれるようになっていた。

『亮ちゃんの声って心地良いよね。おかげで、ぐっすり眠れたよ』
『せやろ。どうせなら、オレの夢みてや』
『もう、調子がいいんだから。ちなみに、亮ちゃんって彼女いないの?』
『オレはみんなの亮ちゃんやからなぁ。ほら、みんなのアイドル? みたいな』
『もー、亮ちゃんたらぁ』

 こうしてチャラいキャラがますます定着しつつ、心地よい声で良眠へ導いてくれると人気はあがったのだが……

「……それが、こんなことに繋がるなんて想像もできへんやろ」

 そうぼやく亮の前にはヨーロッパの宮殿の一室のような部屋があった。

 キラキラと輝くような絢爛豪華な調度品。
 アンティークに詳しくなくても超高価だと分かる応接セット。土足のまま踏むことを躊躇う職人技が光る絨毯。宝石のごとく光り輝く執務机。
 そのど真ん中に置かれた天蓋付きのキングサイズのベッド。

「広くて派手な部屋だから寝られないだけやないか?」

 嫉妬混じりの声が虚しく響く。
 そこに亮を召喚した魔法使いが部屋に入ってきた。

「頼まれた物をお持ちしました」

 魔法使いが持っている物を見て翡翠の瞳が喜々と輝く。

「よくあったな!」
「あったというか、リョウ様が望んだ物を魔法で召喚しただけですので」
「へぇ、望んだ物を召喚できるなんて魔法ってほんまに便利なんやな。魔力とかは大丈夫なん?」
「そこは魔石を使用しますので」
「ますますファンタジーの世界やな」

 感心する亮に魔法使いがおずおずと訊ねる。

「ですが、これでシュラーフェン様を寝かしつけることができるのですか?」
「わからんけど、やってみるしかないやろ。そもそも、そのシュラーフェンが寝るのに必要なモノとしてオレが召喚されたんやろ?」
「そうですが……シュラーフェン様は不眠が酷く、これまでいくつもの薬と魔法を使ってきました。ですが、それも限界となり、これ以上、薬や魔法を使えば永遠の眠りについてしまいます」
「不眠あるあるやな」

 軽く言った亮に魔法使いが頭をさげる。

「あとはリョウ様だけが頼りなのです」
「まあ、やるだけやってみるから、期待せんとう待っといて」

 そう言うと亮は魔法使いが持ってきた物をテーブルに並べた。
 どれも見覚えも使った覚えもある、不眠対策の品々。

「うん、うん。十分やな」

 満足そうに頷く亮に魔法使いが訊ねる。

「あの、何か手伝えることはありますか?」
「んー、いや。手伝ってもらうようなことはしないし、いろいろ召喚してあんたも疲れたやろ? 今日は休んどき」
「ですが……」
「寝れても、寝れんでも、オレを還すのは明日でええから……って、まさか時間の流れが違うとかあらへんよな!? 元の世界に戻ったら一年ぐらい経ってました、とか!? 浦島太郎になるのは嫌やで!」
「うらし……? については存じませんが、時間の流れは同じですから問題ありません」
「なら、安心やな」

 ホッと息を吐いた亮は改めて魔法使いに言った。

「そんじゃあ、あんたは休んどき。疲労でオレを還せないってならないようにな」
「……わかりました。お先に失礼いたします」

 そう言って頭をさげた魔法使いがすまなそうに部屋を出て行く。
 その後ろ姿を見送った亮はテーブルに視線を落とした。

「よし、やるか」

 亮も不眠の辛さはよく知っている。
 だからこそ、効果的な方法も。

「人それぞれやから効くとは限らんけど、まぁ、効いたらええな」

 安眠へ向けてテキパキと環境を整えていく。
 すると、入り口とは違う奥のドアが開いた。

「言われた通り湯に浸かったぞ」

 低い声とともに薄手の寝間着をまとったシュラーフェンが現れる。
 しっとりと濡れた銀髪に艶を帯びたアイスブルーの瞳。そこに、薄手の寝間着のため鍛えられた筋肉が薄っすらと浮き上がり、微かに蒸気した肌が艶めかしさを倍増させている。

(どこぞの男娼か!?)

 亮は喉から出かけたツッコミを根性で堪えるように額に手を当てて俯いた。



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