王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー

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「……ウィルフレッド。そこに直れ」

王宮の謁見の間。
かつてはまばゆいばかりの黄金に彩られていたその場所は、今や見る影もない。
壁に飾られていた歴代国王の肖像画は差し押さえられ、残っているのは壁に残った四角い日焼けの跡だけだ。
その中央、唯一回収を免れた(というより重すぎて運び出せなかった)質素な玉座に、父である国王が頭を抱えて座っていた。

「父上! ああ、ようやく会えました! 聞いてください、あのラーニャの横暴を! 彼女、あろうことか私の部屋の家具どころか、床板まで剥がしていったのですよ! これは王家に対する明らかな反逆です!」

ウィルフレッドは、ボロボロのシャツを振り乱しながら、我が意を得たりとばかりに叫んだ。
彼の目には、父が自分を不憫に思い、今すぐ騎士団を差し向けてラーニャを捕らえてくれるという幻想が見えている。

「……反逆、だと? お前、自分の口からよくそんな言葉が出たものだな」

国王の声は低く、地を這うような怒りに満ちていた。
しかし、ウィルフレッドはその殺気に気づかず、さらに言葉を重ねる。

「ええ、そうですとも! それにメリルまでもが、あんな野蛮な大男と……。父上、今すぐアストレア家に兵を出しましょう! そしてラーニャを膝まずかせ、私に謝罪させるのです! そうすれば、私は慈悲の心で彼女を許し、再び妃に……」

「黙れッ!! この大馬鹿者がぁぁぁぁぁ!!」

玉座の肘掛けを叩き、国王が立ち上がった。
その怒声は、もはや家具一つない謁見の間に凄まじいエコーを伴って響き渡る。
ウィルフレッドは、あまりの衝撃にカエルのような声を上げてその場にひっくり返った。

「ひ、ひぃっ……!? ち、父上……?」

「お前は……お前は自分が何をしたのか、まだ一ミリも理解していないのか! アストレア家に兵を出す!? 今の我が国に、そんな金がどこにある! 兵たちの給料どころか、今夜の飯代すら、アストレア家から借りている状況なのだぞ!」

国王は、机代わりに使っている古びた木箱の上に、山のような請求書を叩きつけた。

「いいか、よく聞け。アストレア家が引き揚げたのは家具だけではない! この国の流通、物流、そして行政を支えていた文官たちの九割だ! 今のこの国はな、ラーニャ嬢が『明日からパンを売るな』と言えば、国民全員が飢え死にする状態なのだ!」

「そ、そんな……。あいつにそんな力があるはずが……」

「あるのだ! すべてはお前が、あの方の献身を『当たり前』だと思い込み、挙句の果てに公衆の前で泥を塗ったからだ! 婚約破棄? 笑わせるな! お前がしたのは、唯一の命綱を自分で切り刻んだ自殺行為だ!」

国王の指さす先には、窓の外に広がる王都の景色があった。
しかし、そこに見える商船や馬車には、すべてアストレア家の紋章が誇らしげに掲げられている。

「ラーニャ嬢はな、お前に愛想を尽かしたのではない。お前という『不良債権』を切り捨てたのだ。そして今、彼女は隣国の特使と組み、この国を丸ごと買い取ろうとしている。……お前が愛だの恋だのと抜かしている間に、我々は国そのものを失ったのだよ!」

「……買い取る? 国を? そんな……物語みたいなことが……」

「現実だ! これがお前の愛した『ヒロインとの真実の愛』の対価だ! 喜べ、ウィルフレッド。お前は、一人の女を捨てることで、数百万の国民の未来を売り払った、歴史に名を残す大悪党だよ!」

国王の目には、怒りを通り越して、もはや涙すら浮かんでいた。
彼もまた、有能なラーニャに頼り切り、息子の教育を疎かにした代償を支払わされているのだ。

「……父上、でも、ラーニャなら、僕が心から謝れば……。バラの花の一本でも持って、彼女の窓辺で歌を歌えば、きっと……」

「まだ言っているのか……! おい、衛兵! この男を連れて行け!」

国王の号令で、残っていた数少ない、しかしこれ以上ないほど不機嫌そうな顔をした衛兵たちが現れた。

「こ、これからどこへ!? 私は王子だぞ! まだパーティーの招待状が届くはずだ!」

「王子などという肩書きは、今日限りで廃止だ。貴様を王位継承権から剥奪し、辺境の塔へ幽閉する。……そこで一生、自分の無能さがどれほどの罪だったのかを数えていろ!」

「塔!? 嫌だ、そんな暗くて寒い場所は! ラーニャ! ラーニャ、助けてくれええええ!」

引きずられていく王子の絶叫が、王宮の長い廊下に響き渡る。
しかし、その声に答える者はいない。

国王は、再び玉座に深く腰掛け、力なく呟いた。

「……セバス。アストレア家に連絡を。……『降伏文書』の準備はできている、と」

影から現れたのは、かつてラーニャの側にいたはずの、しかし今は王宮の最後を見届けるために残っていた老執事だ。

「畏まりました。ラーニャ様はきっと、こうおっしゃるでしょうね。……『高くつきましたわね』、と」

「……全くだな」

王宮に、最後の日が暮れようとしていた。
かつての主人公気取りの王子が、自ら書き上げた「喜劇」が、最悪の「悲劇」へと暗転した瞬間であった。
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