王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー

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「……くっ、父上まで僕を見捨てるなんて。だが、まだだ。まだ終わっていないぞ。私には、とっておきの『逆転満塁ホームラン』があるんだ!」

辺境の塔へと送られる前夜。
かろうじて監視の目を盗んだウィルフレッド王子は、王宮の裏庭、今や雑草だらけの物置小屋で、二人の男と向かい合っていた。
男たちは、かつて王子が遊び半分で雇っていた、がらの悪い「自称・何でも屋」だ。

「おい、お前たち。……金ならある。この、私の服についている本物の真珠のボタンを持っていけ。……これで、ラーニャを誘拐するんだ!」

「……はぁ? 公爵令嬢を誘拐?」

男の一人が、ボタンを光にかざしながら呆れたような声を出す。

「そうだ! 彼女は今、自分の立場が分からなくなっている。隣国の男にたぶらかされ、私を嫉妬させるために意地を張っているだけなんだ。だから、私が力ずくで彼女を連れ去り、誰もいない場所で『愛している』と囁けば……彼女は泣いて私に縋り付くはずだ!」

「……王子。あんた、物語の読みすぎじゃねえか?」

「黙れ! これは『真実の愛』を証明するための儀式だ! 誘拐されて初めて、女は自分の本心に気づくものなんだよ。……さあ、明日、彼女が例の『新事業』の視察で街の外れに来る。そこを狙え!」

王子は、狂信的な光を瞳に宿し、拳を握りしめた。
彼の脳内では、すでに感動のフィナーレが再生されている。
囚われの身となったラーニャが、王子の腕の中で「……やっぱり、あなただけが私のヒーローよ」と微笑む場面だ。

「……ま、ボタンが本物ならやってやるよ。……ただし、失敗しても俺たちのせいにすんなよ?」

「失敗などあるはずがない! 私の愛は、運命に守られているのだからな!」

王子は高笑いを上げた。
……しかし、彼が雇ったその男たちは、小屋を出た瞬間に顔を見合わせた。

「おい……どうするよ。あの公爵令嬢、最近じゃ『王都の支配者』って呼ばれてるぜ?」

「馬鹿。そんなもん、やるわけねえだろ。……とりあえず、アストレア公爵邸の『情報提供窓口』に行って、これを売ろうぜ。王子に誘拐を頼まれたって言えば、ボタンの十倍は金がもらえるはずだ」

「違いない。あそこの秘書のお姉ちゃん、情報には金に糸目をつけねえからな」

男たちは、王子の期待を裏切るどころか、光の速さで彼を「商品」として売却しに走った。

一方、その頃のアストレア公爵邸。
私は、ゼクス様から贈られた最高級のワインを傾けながら、明日の視察ルートを確認していた。

「ボス! 大変です、ニュースです! さっき、ボロを着た不審者が門に来たんですけどね!」

メリルが、口の周りにチョコレートをつけたまま部屋に飛び込んできた。
彼女の手には、王子の服から引きちぎられたであろう真珠のボタンが握られている。

「……なんですの、それは。汚らわしい」

「これ、王子の誘拐計画の『着手金』だそうですよ! あのアホ、明日ボスのことを誘拐して、無理やり結婚するつもりなんですって! あはは、笑いすぎてお腹がよじれそうです!」

メリルは膝を叩いて爆笑している。
背後に控えていたガウェインが、静かに剣の柄に手をかけた。

「……ラーニャ様。不敬の極みです。今すぐその『何でも屋』ごと、物理的に排除いたしましょうか」

「いいえ、ガウェイン。それでは面白くありませんわ」

私はグラスを置き、優雅に立ち上がった。

「誘拐、いいですわね。あの方がそこまで『物語』に憧れるのでしたら、私が最高にスリル溢れるエンディングを用意して差し上げますわ。……メリル、明日の視察の警備を『特別仕様』に変更なさい」

「了解です、ボス! 網、用意します? それとも落とし穴?」

「両方ですわ。……それと、国王陛下にも招待状を送りなさいな。『王子の最後の晴れ舞台、ぜひご高覧ください』とね」

私は、窓の外の暗闇を見つめ、これ以上ないほど冷酷に、しかし楽しげに微笑んだ。

「ウィルフレッドさん。……あなた、誘拐犯を演じるには、少々知性も体力も足りないということを、その身に刻んで差し上げますわ」

夜の静寂の中に、私の笑い声が静かに響いた。
王子が夢見る「ロマンチックな心中」は、幕を開ける前から、私の掌の上で「喜劇」として書き換えられていたのである。
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