王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー

文字の大きさ
20 / 28

20

しおりを挟む
「……ウィルフレッド。そこに直れ」

王宮の謁見の間。
かつてはまばゆいばかりの黄金に彩られていたその場所は、今や見る影もない。
壁に飾られていた歴代国王の肖像画は差し押さえられ、残っているのは壁に残った四角い日焼けの跡だけだ。
その中央、唯一回収を免れた(というより重すぎて運び出せなかった)質素な玉座に、父である国王が頭を抱えて座っていた。

「父上! ああ、ようやく会えました! 聞いてください、あのラーニャの横暴を! 彼女、あろうことか私の部屋の家具どころか、床板まで剥がしていったのですよ! これは王家に対する明らかな反逆です!」

ウィルフレッドは、ボロボロのシャツを振り乱しながら、我が意を得たりとばかりに叫んだ。
彼の目には、父が自分を不憫に思い、今すぐ騎士団を差し向けてラーニャを捕らえてくれるという幻想が見えている。

「……反逆、だと? お前、自分の口からよくそんな言葉が出たものだな」

国王の声は低く、地を這うような怒りに満ちていた。
しかし、ウィルフレッドはその殺気に気づかず、さらに言葉を重ねる。

「ええ、そうですとも! それにメリルまでもが、あんな野蛮な大男と……。父上、今すぐアストレア家に兵を出しましょう! そしてラーニャを膝まずかせ、私に謝罪させるのです! そうすれば、私は慈悲の心で彼女を許し、再び妃に……」

「黙れッ!! この大馬鹿者がぁぁぁぁぁ!!」

玉座の肘掛けを叩き、国王が立ち上がった。
その怒声は、もはや家具一つない謁見の間に凄まじいエコーを伴って響き渡る。
ウィルフレッドは、あまりの衝撃にカエルのような声を上げてその場にひっくり返った。

「ひ、ひぃっ……!? ち、父上……?」

「お前は……お前は自分が何をしたのか、まだ一ミリも理解していないのか! アストレア家に兵を出す!? 今の我が国に、そんな金がどこにある! 兵たちの給料どころか、今夜の飯代すら、アストレア家から借りている状況なのだぞ!」

国王は、机代わりに使っている古びた木箱の上に、山のような請求書を叩きつけた。

「いいか、よく聞け。アストレア家が引き揚げたのは家具だけではない! この国の流通、物流、そして行政を支えていた文官たちの九割だ! 今のこの国はな、ラーニャ嬢が『明日からパンを売るな』と言えば、国民全員が飢え死にする状態なのだ!」

「そ、そんな……。あいつにそんな力があるはずが……」

「あるのだ! すべてはお前が、あの方の献身を『当たり前』だと思い込み、挙句の果てに公衆の前で泥を塗ったからだ! 婚約破棄? 笑わせるな! お前がしたのは、唯一の命綱を自分で切り刻んだ自殺行為だ!」

国王の指さす先には、窓の外に広がる王都の景色があった。
しかし、そこに見える商船や馬車には、すべてアストレア家の紋章が誇らしげに掲げられている。

「ラーニャ嬢はな、お前に愛想を尽かしたのではない。お前という『不良債権』を切り捨てたのだ。そして今、彼女は隣国の特使と組み、この国を丸ごと買い取ろうとしている。……お前が愛だの恋だのと抜かしている間に、我々は国そのものを失ったのだよ!」

「……買い取る? 国を? そんな……物語みたいなことが……」

「現実だ! これがお前の愛した『ヒロインとの真実の愛』の対価だ! 喜べ、ウィルフレッド。お前は、一人の女を捨てることで、数百万の国民の未来を売り払った、歴史に名を残す大悪党だよ!」

国王の目には、怒りを通り越して、もはや涙すら浮かんでいた。
彼もまた、有能なラーニャに頼り切り、息子の教育を疎かにした代償を支払わされているのだ。

「……父上、でも、ラーニャなら、僕が心から謝れば……。バラの花の一本でも持って、彼女の窓辺で歌を歌えば、きっと……」

「まだ言っているのか……! おい、衛兵! この男を連れて行け!」

国王の号令で、残っていた数少ない、しかしこれ以上ないほど不機嫌そうな顔をした衛兵たちが現れた。

「こ、これからどこへ!? 私は王子だぞ! まだパーティーの招待状が届くはずだ!」

「王子などという肩書きは、今日限りで廃止だ。貴様を王位継承権から剥奪し、辺境の塔へ幽閉する。……そこで一生、自分の無能さがどれほどの罪だったのかを数えていろ!」

「塔!? 嫌だ、そんな暗くて寒い場所は! ラーニャ! ラーニャ、助けてくれええええ!」

引きずられていく王子の絶叫が、王宮の長い廊下に響き渡る。
しかし、その声に答える者はいない。

国王は、再び玉座に深く腰掛け、力なく呟いた。

「……セバス。アストレア家に連絡を。……『降伏文書』の準備はできている、と」

影から現れたのは、かつてラーニャの側にいたはずの、しかし今は王宮の最後を見届けるために残っていた老執事だ。

「畏まりました。ラーニャ様はきっと、こうおっしゃるでしょうね。……『高くつきましたわね』、と」

「……全くだな」

王宮に、最後の日が暮れようとしていた。
かつての主人公気取りの王子が、自ら書き上げた「喜劇」が、最悪の「悲劇」へと暗転した瞬間であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※短編です。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4800文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...