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「ウィルフレッド・フォン・クリスタリア。貴様を本日、この瞬間をもって王位継承権から剥奪し、王族の籍より除名する」
重苦しい空気の流れる王宮の大ホール。
かつてはきらびやかな衣装を纏い、高慢な笑みを浮かべていた第一王子ウィルフレッドの姿は、今や見る影もなかった。
ぼろぼろのシャツはボタンが取れ、髪は乱れ、足元は裸足に近い。
対して、その対面に立つ私は、アストレア公爵家の威信をかけた最新のドレスに身を包んでいた。
「……父上。冗談はやめてください。私が王位を継がなければ、この国はどうなるのですか? ラーニャと、そして愛しきメリルとの平穏な日々は……」
ウィルフレッドは、鎖に繋がれた手で空を仰ぎ、悲劇のヒーローさながらに呟いた。
その視線の先には、私、そして私の隣で幸せそうにガウェインの腕にしがみつくメリルがいる。
「殿下。いいえ、ウィルフレッド様。平穏な日々なら、すでに始まっておりますわ。……あなた抜きの、最高に刺激的で実利的な日々がね」
私は扇子をバサリと閉じ、彼にこれ以上ないほど冷ややかな、しかし晴れやかな微笑みを向けた。
「ラーニャ! 君までそんな冷たいことを……。わかっているんだ。君は、私に『王』という重責から解放されてほしくて、あえて父上に進言したんだろう? 私を自由にするための、究極の愛……」
「……陛下。聞こえましたかしら? 彼の頭の中では、あなたの断罪さえも私の『愛の演出』に変換されているようですわ。もはや治療の段階を過ぎ、新種の病と言っても差し支えありませんわね」
私の言葉に、国王陛下は深く、深く天を仰いだ。
その隣で、大臣たちが「信じられん……」「現実が見えていないのか……」と絶望的な顔で囁き合っている。
「ウィルフレッド、もうよい。貴様の妄想に付き合う時間は一分たりとも残されていない。……ラーニャ嬢、例の『清算書』を。全貴族の前で、彼の『価値』を明確にしておこう」
「はい、陛下。……メリル、準備はよろしくて?」
「お任せください、ボス! ガウェイン様、例のブツをお願いしますわ!」
メリルの合図で、ガウェインが一本の巻物を取り出した。
それは床に落とされると、シュルシュルと音を立てて大ホールの端まで転がっていった。
そこに記されているのは、ウィルフレッドが浪費した金額と、それによって生じた損害、そしてアストレア家が肩代わりしたすべての負債のリストだ。
「えー、発表します! ウィルフレッド元殿下による、通算損失額! ざっと金貨三千万枚相当ですわ! これは、この国の平民が一生かかってパンを食べて、十回生まれ変わっても返せない金額です!」
メリルの元気な声が、凍りついたホールに響き渡る。
「……三千万? ははは、メリル、君は数字に弱いな。そんな小銭の話を……」
「小銭じゃありません! 私の給料なら三万年分ですよ! あなた一人のわがままのために、どれだけの国民が、そしてラーニャ様が苦労したと思っているんですか!」
メリルが指を突きつけて叫ぶ。その瞳には、かつての「守られるヒロイン」の弱々しさなど欠片もない。
「ウィルフレッドさん。……今日から、あなたは辺境の塔へと移送されます。そこでの食費、管理費、およびあなたの『ポエム執筆用』の紙代。これらすべては、アストレア家が投資として計上いたしますわ」
「投資……? ついに認めたな! ラーニャ、君は私を自分だけのものにするために、囲い込むつもりなんだな!」
「いいえ。……あなたがどれほど『何もしないこと』が、この国にとっての利益になるか。それを証明するための社会実験費用ですわ。何もしないあなたが、一番価値がある。皮肉な話ですけれど」
私は最後に、国王陛下から預かった「廃嫡決定通知書」を彼の足元に放り投げた。
「さあ、ガウェイン。連れて行って。……あ、道中で歌を歌い始めたら、口に特製の『激辛パン』を詰め込んでもよろしくてよ」
「承知いたしました。……おい、元殿下。行きましょう。あなたのための『一国一城』……地下二階、窓なしの個室が待っていますよ」
ガウェインが王子の首根っこを掴み、文字通り引きずり始めた。
「ラーニャ! メリル! 待ってくれ、行かないでくれ! 僕はまだ、君たちの愛なしでは……! ああああああ! 私の物語は、こんなところで終わらないんだあああ!」
王子の叫びが遠ざかっていく。
その声が消えた瞬間、ホールにはこれまでにないほどの解放感が漂った。
貴族たちは顔を見合わせ、ようやく自分たちの財産と平穏が守られたことを悟ったのだ。
「……終わりましたわね」
私は隣に立つゼクス様に視線を向けた。彼は静かに私の手を取り、唇を寄せた。
「ええ。最高の喜劇でしたよ、ラーニャ。……さて、邪魔者はいなくなった。これからは、我々の『新しい物語』を始めるとしましょうか。もちろん、事務的で、実利に満ちた、最高に甘い契約をね」
「あら、契約金は高くつきますわよ?」
「望むところだ」
私たちは、王子の絶叫が消えた後の静かな廊下を、ゆっくりと歩き出した。
背後でメリルが「ガウェイン様、今夜は高級肉でお祝いですわ!」と騒いでいるのを聞きながら。
重苦しい空気の流れる王宮の大ホール。
かつてはきらびやかな衣装を纏い、高慢な笑みを浮かべていた第一王子ウィルフレッドの姿は、今や見る影もなかった。
ぼろぼろのシャツはボタンが取れ、髪は乱れ、足元は裸足に近い。
対して、その対面に立つ私は、アストレア公爵家の威信をかけた最新のドレスに身を包んでいた。
「……父上。冗談はやめてください。私が王位を継がなければ、この国はどうなるのですか? ラーニャと、そして愛しきメリルとの平穏な日々は……」
ウィルフレッドは、鎖に繋がれた手で空を仰ぎ、悲劇のヒーローさながらに呟いた。
その視線の先には、私、そして私の隣で幸せそうにガウェインの腕にしがみつくメリルがいる。
「殿下。いいえ、ウィルフレッド様。平穏な日々なら、すでに始まっておりますわ。……あなた抜きの、最高に刺激的で実利的な日々がね」
私は扇子をバサリと閉じ、彼にこれ以上ないほど冷ややかな、しかし晴れやかな微笑みを向けた。
「ラーニャ! 君までそんな冷たいことを……。わかっているんだ。君は、私に『王』という重責から解放されてほしくて、あえて父上に進言したんだろう? 私を自由にするための、究極の愛……」
「……陛下。聞こえましたかしら? 彼の頭の中では、あなたの断罪さえも私の『愛の演出』に変換されているようですわ。もはや治療の段階を過ぎ、新種の病と言っても差し支えありませんわね」
私の言葉に、国王陛下は深く、深く天を仰いだ。
その隣で、大臣たちが「信じられん……」「現実が見えていないのか……」と絶望的な顔で囁き合っている。
「ウィルフレッド、もうよい。貴様の妄想に付き合う時間は一分たりとも残されていない。……ラーニャ嬢、例の『清算書』を。全貴族の前で、彼の『価値』を明確にしておこう」
「はい、陛下。……メリル、準備はよろしくて?」
「お任せください、ボス! ガウェイン様、例のブツをお願いしますわ!」
メリルの合図で、ガウェインが一本の巻物を取り出した。
それは床に落とされると、シュルシュルと音を立てて大ホールの端まで転がっていった。
そこに記されているのは、ウィルフレッドが浪費した金額と、それによって生じた損害、そしてアストレア家が肩代わりしたすべての負債のリストだ。
「えー、発表します! ウィルフレッド元殿下による、通算損失額! ざっと金貨三千万枚相当ですわ! これは、この国の平民が一生かかってパンを食べて、十回生まれ変わっても返せない金額です!」
メリルの元気な声が、凍りついたホールに響き渡る。
「……三千万? ははは、メリル、君は数字に弱いな。そんな小銭の話を……」
「小銭じゃありません! 私の給料なら三万年分ですよ! あなた一人のわがままのために、どれだけの国民が、そしてラーニャ様が苦労したと思っているんですか!」
メリルが指を突きつけて叫ぶ。その瞳には、かつての「守られるヒロイン」の弱々しさなど欠片もない。
「ウィルフレッドさん。……今日から、あなたは辺境の塔へと移送されます。そこでの食費、管理費、およびあなたの『ポエム執筆用』の紙代。これらすべては、アストレア家が投資として計上いたしますわ」
「投資……? ついに認めたな! ラーニャ、君は私を自分だけのものにするために、囲い込むつもりなんだな!」
「いいえ。……あなたがどれほど『何もしないこと』が、この国にとっての利益になるか。それを証明するための社会実験費用ですわ。何もしないあなたが、一番価値がある。皮肉な話ですけれど」
私は最後に、国王陛下から預かった「廃嫡決定通知書」を彼の足元に放り投げた。
「さあ、ガウェイン。連れて行って。……あ、道中で歌を歌い始めたら、口に特製の『激辛パン』を詰め込んでもよろしくてよ」
「承知いたしました。……おい、元殿下。行きましょう。あなたのための『一国一城』……地下二階、窓なしの個室が待っていますよ」
ガウェインが王子の首根っこを掴み、文字通り引きずり始めた。
「ラーニャ! メリル! 待ってくれ、行かないでくれ! 僕はまだ、君たちの愛なしでは……! ああああああ! 私の物語は、こんなところで終わらないんだあああ!」
王子の叫びが遠ざかっていく。
その声が消えた瞬間、ホールにはこれまでにないほどの解放感が漂った。
貴族たちは顔を見合わせ、ようやく自分たちの財産と平穏が守られたことを悟ったのだ。
「……終わりましたわね」
私は隣に立つゼクス様に視線を向けた。彼は静かに私の手を取り、唇を寄せた。
「ええ。最高の喜劇でしたよ、ラーニャ。……さて、邪魔者はいなくなった。これからは、我々の『新しい物語』を始めるとしましょうか。もちろん、事務的で、実利に満ちた、最高に甘い契約をね」
「あら、契約金は高くつきますわよ?」
「望むところだ」
私たちは、王子の絶叫が消えた後の静かな廊下を、ゆっくりと歩き出した。
背後でメリルが「ガウェイン様、今夜は高級肉でお祝いですわ!」と騒いでいるのを聞きながら。
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