王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー

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「……ククク。見ろ、この身軽な身のこなしを。やはり私は、闇に紛れる一輪の毒薔薇だったのだな」

深夜のアストレア公爵邸。
ウィルフレッド王子は、震える手で窓枠を掴み、ラーニャの私室へと続くベランダに這い上がっていた。
辺境の塔へ移送される直前の、まさに土壇場。
彼は「深夜に令嬢の部屋へ忍び込み、既成事実を作る」という、最低かつ古典的な作戦を決行したのである。

「ラーニャ……。驚くだろうな。君が寝静まった寝室に、愛する王子が舞い降りるのだ。恐怖と興奮で、君の心臓は僕と同じビートを刻むに違いない!」

王子は、かつてないほど「物語の主人公」らしい顔を作り、静かに窓を開けた。
部屋の中は暗く、微かに甘い香りが漂っている。

「……ラーニャ、そこにいるんだろう? もう強がらなくていい。君のすべてを、この私が受け止めて……」

王子がベッドに横たわるシルエットに手を伸ばした、その時。

「……おい。誰の許可を得て、私の安眠を妨害している」

「ひっ!? な、なんだ、その地獄の底から響くような野太い声は!」

パチリ、と指を鳴らす音が響いた。
次の瞬間、部屋中の魔石灯が一斉に点灯し、昼間のような明るさが王子を襲う。

「ま、眩しい! ラーニャ、これは一体……!?」

王子が目を細めながら視界を戻すと、そこには期待していた「怯える婚約者」の姿などなかった。
ベッドに座っていたのは、上半身裸で鋼のような胸筋を晒したガウェイン。
そして、その横のソファでは、ラーニャとメリルが優雅に深夜のティータイムを楽しんでいた。

「ごきげんよう、ウィルフレッドさん。……不法侵入にしては、少々ノックが乱暴ではありませんかしら?」

「ボース、見てください! この人、本当に窓から来ましたよ! 私の予想通り、この新作の『深夜の防犯用激辛タルト』を設置する暇もありませんでしたわ!」

メリルがサクサクとタルトを頬張りながら、残念そうに王子を指差す。

「き、貴様ら……! なぜ、私の行動が分かったんだ!」

「分かっていないとでも? 王宮から我が家までの最短ルートに、これ見よがしに『令嬢の部屋へ続くハシゴ』を置いておいたのは、私ですわよ」

ラーニャが扇子で口元を隠し、冷徹な瞳で王子を見据える。

「ハシゴ……!? あれは、天が私に授けた救いの糸ではなかったのか!」

「ただのトラップですわ。……さて、ガウェイン。証拠物件の確保は?」

「はっ。不法侵入、ならびに準強制わいせつ未遂の現行犯。……および、こちらの記録石に、先ほどの『愛する王子が舞い降りる』というマヌケな台詞もしっかり録音しております」

「やめろ! それを流すのはやめろ! 私の尊厳が死ぬ!」

王子がガウェインの腕の中でバタバタと暴れるが、岩のような筋肉には蚊が止まったほどの衝撃も与えられない。

「ところで、ウィルフレッドさん。今日はもう一人、お客様をお呼びしているのですわ」

「お客様……?」

部屋の奥、カーテンで仕切られていた一角から、一人の老人が姿を現した。
この国の国王。ウィルフレッドの父である。
その顔は、もはや怒りを通り越し、深い悲しみと絶望に染まっていた。

「……父上……。な、なぜここに……」

「ウィルフレッド……。私はな、ラーニャ嬢から『最後にもう一度、息子の教育方針を話し合いたい』と呼ばれたのだ。……まさか、実の息子が令嬢の寝室に泥棒のように忍び込む現場を見せられるとは、夢にも思わなかったぞ」

国王の声は震えていた。

「ち、父上! これは誤解です! 私はただ、ラーニャに真実の愛を伝えに……!」

「真実の愛は、窓を叩き割って寝室に来るものではない! それはただの犯罪だ!」

国王の怒声が、静かな夜の公爵邸に響き渡る。

「ラーニャ嬢……。済まない。この愚か者は、もはや『辺境の塔』ですら温情が過ぎるようだ。……今すぐ、この男を塔の中の、さらに地下にある『反省の間』へと移送せよ!」

「地下!? 父上、地下は光が入らないと聞いています! 私の美肌が、ビタミン不足で荒れてしまいます!」

「黙れ! お前の肌など知ったことか! ガウェイン、連れて行け!」

「御意」

ガウェインが、王子の襟首を掴んで軽々と持ち上げる。
王子は最後まで「ラーニャ! 君も一言言ってくれ! 本当は、僕と一緒に朝を迎えたかったんだろう!?」と叫び続けていたが、ラーニャは無言で紅茶を啜るだけだった。

「……ふぅ。お騒がせいたしました、陛下。お茶のお代わりはいかがかしら?」

「……いや。情けなくて、喉を通らんよ。ラーニャ嬢、君という有能な娘を失ったこと、一生の不覚だ」

国王は、肩を落として部屋を後にした。

「ボス、終わりましたね。王子の最後の『物語』。……視聴率、アストレア邸内では最高潮でしたわよ」

「そうね、メリル。……でも、これでようやく、静かな夜が送れそうですわ」

ラーニャは、窓の外の月を見つめた。
王子のいない、しかし実利と平和に満ちた新しい一日が、もうすぐ始まろうとしていた。
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