悪役令嬢の断罪――え、いま婚約破棄と?聞こえませんでしたわ!

ちゃっぴー

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「待てと言っているだろう、アクア! まだ罪状の読み上げは終わっていないぞ!」

背後から響くジュリアス殿下の怒声に、私は深いため息をついて足を止めた。
会場の出口付近で、ゼノが「行かせてやればいいのに、しつこい男だな」と小声で毒を吐く。
全く、その通りですわ。

「殿下、時間は有限です。私の時給は高いんですから、手短にお願いしますわ」

「時給だと!? 貴様、王族を相手に何を……っ、ええい、いいから聞け! 貴様は先々月、リルの大切にしていたペンダントを盗み、あろうことか質屋に売り飛ばしただろう!」

殿下が突きつけた新たな罪状に、会場が「まあ、泥棒まで……」と色めき立つ。
対するリルさんは、ハンカチで目元を抑えながら、プルプルと肩を震わせていた。

「……あの、リルさん。そのペンダント、いくらくらいのものでした?」

私が問いかけると、リルさんは一瞬だけハンカチの隙間から、ギラリと光る情熱的な視線をこちらに向けた。

「えっ……あ、はい! たしか、市場価格で金貨五枚分ほどのものでしたわ! アクア様が『こんな安物、私には相応しくないわ!』と仰りながら奪い去るあの横顔、とっても凛々しくて……」

「リル、無理に思い出して怯えなくていいんだぞ」

殿下が優しく彼女の肩を抱くが、私はそれどころではない。
金貨五枚。
その数字を聞いた瞬間、私の脳内にある精密な計算機が、はじき出した答えを拒絶した。

「……ありえませんわ。殿下、私はそんな非効率なことはいたしません」

「盗んだことを認めないつもりか!」

「違います。金貨五枚程度のもののために、公爵令嬢としての社会的信用をリスクにさらすはずがないと言っているのです。投資対効果(ROI)が悪すぎますわ。やるなら最低でも、国庫が傾くレベルの宝石を狙います」

「堂々と犯罪宣言をするな!」

私は扇子をバチンと閉じ、殿下に向かって一歩踏み出した。
殿下がわずかに後ずさるが、構わず距離を詰める。

「よろしいですか、殿下。私が質屋を利用する時は、売る時ではなく『掘り出し物を買い叩く時』だけです。先々月、私がその質屋に行ったのは事実ですが、目的は『流質(りゅうじち)になった高級茶葉』を三割引きで回収するためでしたわ」

「茶葉……? 貴様はどこまで所帯じみているのだ……」

「節約は、国を豊かにする第一歩ですわ。あと、リルさんのペンダントでしたら、彼女が自分で校舎裏の茂みに隠しているのを見かけましたけれど?」

その言葉に、リルさんが「ギクッ」と分かりやすく飛び上がった。
彼女は慌てて視線を泳がせ、モゴモゴと口を動かす。

「あ、あら……? そ、そういえば、あそこは日当たりが良くて、ペンダントを日光浴させるのに最適でしたわね……? 忘れていましたわ、おほほほ!」

「日光浴だと!? リル、貴様……」

「殿下、彼女の天然ボケに付き合うのも大変でしょうが、冤罪(えんざい)で人を裁くのは感心いたしませんわね。これで二つ目、不合格です」

私はやれやれと首を振る。
すると今度は、王子の側近の一人である魔導公使の息子が、私に詰め寄ってきた。

「アクア様! ならばこれはどう説明される! 貴様はリルの誕生日に、泥だらけの靴をプレゼントしただろう! 彼女はショックで三日三晩寝込んだのだぞ!」

私は思わず、天を仰いだ。
それについては、たしかに身に覚えがある。
だが、事実は少し……いや、かなり違う。

「……あれは、泥だらけの靴ではありません。最新の農法に基づいた『高栄養価な微生物を含む土』を付着させた、特製のガーデニングシューズですわ」

「何だと……?」

「リルさんが『お花を育てるのが好き』だと仰っていたので。せっかくなら、その靴で庭を歩くだけで土壌が改良されるようにと、私が自ら領地の肥沃な土を厳選して塗り固めたのです。職人による手作りですわよ?」

会場に沈黙が流れる。
誰もが「なぜそれを誕生日に贈ったのか」という根本的な疑問を抱いたが、私の真剣な表情に圧倒されて声が出ないようだ。

「……アクア。お前、相変わらずプレゼントのセンスが壊滅的だな」

壁際で見ていたゼノが、こらえきれずに吹き出した。
私は彼をキッと睨みつける。

「失礼ね。あれがどれだけ高価な土だと思っているの? 一キログラムあたりの単価を聞いたら、殿下のその安っぽい香水の瓶がいくつ買えることか!」

「安っぽいだと!? これは王室御用達の――」

「あ、その香水。来週から『ロイヤル・マート』で、ワゴンセールの対象品になりますわよ。在庫処分だそうです。殿下、先取りしすぎて流行に置いていかれていますわね」

「な……ななな、何だとぉぉぉ!?」

プライドをズタズタにされた殿下が、ついにその場で膝をついた。
婚約破棄を言い渡した側のはずなのに、今の彼はどう見ても「ボロ雑巾のように打ちのめされた敗北者」である。

「……もうよろしいかしら? あまり長居すると、深夜のタイムセールに間に合わなくなってしまいます。ゼノ、帰りましょう」

「ああ。送ってやるよ。……おい、王子。あんまり変な言いがかりつけて、アクアを怒らせるなよ。こいつ、怒ると領地の税率計算をやり直して、お前の遊興費を合法的に削りにくるからな」

「本当ですわ。今の殿下の支出、精査したら真っ赤っかですもの。……では、失礼いたします」

私はドレスの裾を優雅に持ち上げ、完璧なカーテシーを披露した。
呆然自失の王子と、なぜか「もっと罵ってください……!」と言いたげな潤んだ瞳でこちらを見つめるリルさんを置いて、私は堂々とパーティー会場を後にした。

夜風が心地よい。
隣を歩くゼノが、おかしそうに肩を揺らしている。

「アクア、お前本当に自由だな。これからどうするんだ? 公爵家には戻るんだろ?」

「もちろん。でも、ただ戻るだけじゃつまらないわ。お父様を説得して、新しいビジネスを始めようと思っているの」

「ビジネス? また卵の販売か?」

「もっと効率的で、もっと刺激的なことよ。……そうね、私のような『冤罪をかけられた令嬢』を救うための、コンサルタントなんてどうかしら?」

「……お前に相談したら、解決する前に相手が精神崩壊しそうだな」

ゼノの呆れ顔を見ながら、私は心の中で次のステップを組み立てる。
まずは、公爵家での立場を盤石にし、無能な王子との縁を完全に断ち切るための「法的措置」の準備だ。

私の辞書に、泣き寝入りという言葉はない。
あるのは「利益」と「勝利」の二文字だけ。
夜の王都を馬車が駆ける。
私の新しい人生は、今、爆音(王子の叫び声)と共に始まったばかりなのだ。
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