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「……はぁ。もう一度、おっしゃってくださる?」
私は、事務机に置かれた高級羽根ペンを置き、目の前の令嬢を凝視した。
相談所の記念すべき第一号クライアント、マリア・ベル公爵令嬢。
彼女は、おっとりとした垂れ目に、今にも消えてしまいそうな儚げな雰囲気を持つ、まさに「守ってあげたい令嬢」の象徴のような女性だ。
「は、はい……。あの、私、アクア様のように……立派な『悪役令嬢』になりたいのですっ!」
マリア様は、小さな拳を握りしめて、震える声で断言した。
……隣で、助手のリルが「は? お姉様のポジションを狙う不届き者ですか?」と、ものすごい形相でメモ帳を握りつぶしている。
「リルさん、落ち着きなさい。……マリア様、一つお聞きしますけれど。なぜ、わざわざ茨の道……いえ、泥沼の道を選ぼうとなさるの? あなたのようなタイプは、黙っていても王子様が助けに来てくれるでしょうに」
「それが……助けに来てくださる婚約者の殿下が、その……浮気をしているんです。しかも、私があまりに何も言わないから『マリアは僕がいなくても生きていける強い女だ(※誤解です)』と言って、平気で他の女性と夜会に行き……」
マリア様は、ポロポロと涙をこぼし始めた。
なるほど。よくある「お人好しすぎて、舐められているパターン」ですわね。
「それで、アクア様のように凛とした……いえ、ドスの利いた声で相手を威圧し、婚約破棄を突きつけてもビクともしない、鋼のメンタルを手に入れたいと思ったのです!」
「マリア様。勘違いしないでいただきたいのですが、私の声は生まれつきですわ。あと、鋼のメンタルではなく、単なる『損得計算の速さ』です」
私はため息をつき、ゼノの方を見た。
彼は部屋の隅で、「お前が教育したら、この国にまた一人怪物が生まれるぞ」と、目で訴えかけてきている。
「いいでしょう。マリア様、悪役令嬢への変身パッケージ……通常なら金貨十枚のところ、初回キャンペーンで金貨七枚で承りますわ。……リルさん、契約書を」
「お姉様、本気ですか!? こんなフワフワした綿菓子みたいな令嬢が、毒霧を吐けるようになるとは思えません!」
「リル、商売に私情を挟まないの。……いいですか、マリア様。まず、悪役令嬢の基本は『声量』と『語尾』ですわ。試しに、私を真似して言ってみてください。……『この、給料泥棒が!』と」
マリア様は、頬を染めながら、おずおずと口を開いた。
「こ、この……きゅうりょうどろぼう……さん……?」
「『さん』はいりませんわ! あと、語尾に音符が見えます! もっと、胃の底から空気を押し出し、相手の心臓に直接、請求書を叩きつけるような気持ちで!」
「は、はい! ……このっ、給料泥棒めっ!」
「……三十分の一点。リルさん、彼女に『悪役令嬢の笑い方・基礎編』を叩き込んで。私は、彼女の婚約者の不貞の証拠を集めるコスト計算をしますわ」
「承知いたしましたわ、お姉様! さあ、マリア様。まずはその『お花畑のような笑顔』を封印することから始めましょう。鏡を見て、自分が『昨日の特売で、目の前で最後の卵を買われた主婦』だと思い込むのです!」
リルの指導は、私以上にスパルタだった。
部屋の向こう側から「おーっほっほっほ!(裏返った声)」という、聞くに耐えない高笑いが響き始める。
「……なぁ、アクア」
ゼノが、いたたまれなくなったのか近寄ってきた。
「なんだ、ゼノ。忙しいのだから、無駄な話なら有料よ」
「いや、あのマリア嬢……あいつの婚約者って、あの『ナルシスト二号』と呼ばれているクロード伯爵だろ? あいつもかなり癖が強いぞ。お前が直接乗り込んだ方が早いんじゃないか?」
「それじゃあビジネスにならないでしょう。クライアント自身が『自分は変わった』という実感を持たなければ、リピーターにはなってくれませんわ。……まぁ、クロード伯爵の資産状況については、既に調査済みですけれど」
私は、手元の資料をゼノに見せた。
そこには、伯爵が浮気相手に贈った宝石の鑑定額と、その資金源がマリア様の家からの「援助」であることを示す完璧な流れ図が描かれていた。
「……お前、いつの間にこんなものを」
「昨夜、リルさんに寝る間も惜しんでゴミ箱を漁らせましたわ」
「お姉様! ゴミ箱の中から、伯爵が書いた『愛のポエム(マリア様宛の使い回し)』を発見しましたわよ!」
リルが、マリア様の特訓を中断して、汚れた紙切れを掲げた。
それを見たマリア様は、一瞬で顔を蒼白にし、次の瞬間には、今までにない冷たい表情を浮かべた。
「……使い回し。私の名前の部分だけ、インクの色が違いますわ……」
「マリア様、今ですわ! その『こいつ、一銭の価値もないわね』という軽蔑の眼差し! それを維持したまま、明日の夜会に乗り込みますわよ!」
私は立ち上がり、マリア様の肩に手を置いた。
「いいですか、マリア様。復讐は、感情ではなく『経済的制裁』で行うのが最も効果的です。明日、あなたが彼に突きつけるのは婚約破棄の言葉ではなく、今まで彼に貢いだ全額の返済請求書。……さあ、最高の笑顔(悪役風)で、彼を破産させに行きましょう」
「……はい、アクア様。私、頑張りますわ。……あいつの資産を、一粒残らず毟り取って差し上げます」
マリア様の瞳から、光が消えた。
代わりに、ドロリとした「何か」が宿り、その口角が不自然に吊り上がる。
「……おい、アクア。本当にとんでもない化け物を生み出したんじゃないか?」
ゼノの引きつった声を無視し、私はリルの持ってきた「追加の請求書」に、マリア様の名前を書き込んだ。
悪役令嬢相談所、最初の勝利は、目前である。
私は、事務机に置かれた高級羽根ペンを置き、目の前の令嬢を凝視した。
相談所の記念すべき第一号クライアント、マリア・ベル公爵令嬢。
彼女は、おっとりとした垂れ目に、今にも消えてしまいそうな儚げな雰囲気を持つ、まさに「守ってあげたい令嬢」の象徴のような女性だ。
「は、はい……。あの、私、アクア様のように……立派な『悪役令嬢』になりたいのですっ!」
マリア様は、小さな拳を握りしめて、震える声で断言した。
……隣で、助手のリルが「は? お姉様のポジションを狙う不届き者ですか?」と、ものすごい形相でメモ帳を握りつぶしている。
「リルさん、落ち着きなさい。……マリア様、一つお聞きしますけれど。なぜ、わざわざ茨の道……いえ、泥沼の道を選ぼうとなさるの? あなたのようなタイプは、黙っていても王子様が助けに来てくれるでしょうに」
「それが……助けに来てくださる婚約者の殿下が、その……浮気をしているんです。しかも、私があまりに何も言わないから『マリアは僕がいなくても生きていける強い女だ(※誤解です)』と言って、平気で他の女性と夜会に行き……」
マリア様は、ポロポロと涙をこぼし始めた。
なるほど。よくある「お人好しすぎて、舐められているパターン」ですわね。
「それで、アクア様のように凛とした……いえ、ドスの利いた声で相手を威圧し、婚約破棄を突きつけてもビクともしない、鋼のメンタルを手に入れたいと思ったのです!」
「マリア様。勘違いしないでいただきたいのですが、私の声は生まれつきですわ。あと、鋼のメンタルではなく、単なる『損得計算の速さ』です」
私はため息をつき、ゼノの方を見た。
彼は部屋の隅で、「お前が教育したら、この国にまた一人怪物が生まれるぞ」と、目で訴えかけてきている。
「いいでしょう。マリア様、悪役令嬢への変身パッケージ……通常なら金貨十枚のところ、初回キャンペーンで金貨七枚で承りますわ。……リルさん、契約書を」
「お姉様、本気ですか!? こんなフワフワした綿菓子みたいな令嬢が、毒霧を吐けるようになるとは思えません!」
「リル、商売に私情を挟まないの。……いいですか、マリア様。まず、悪役令嬢の基本は『声量』と『語尾』ですわ。試しに、私を真似して言ってみてください。……『この、給料泥棒が!』と」
マリア様は、頬を染めながら、おずおずと口を開いた。
「こ、この……きゅうりょうどろぼう……さん……?」
「『さん』はいりませんわ! あと、語尾に音符が見えます! もっと、胃の底から空気を押し出し、相手の心臓に直接、請求書を叩きつけるような気持ちで!」
「は、はい! ……このっ、給料泥棒めっ!」
「……三十分の一点。リルさん、彼女に『悪役令嬢の笑い方・基礎編』を叩き込んで。私は、彼女の婚約者の不貞の証拠を集めるコスト計算をしますわ」
「承知いたしましたわ、お姉様! さあ、マリア様。まずはその『お花畑のような笑顔』を封印することから始めましょう。鏡を見て、自分が『昨日の特売で、目の前で最後の卵を買われた主婦』だと思い込むのです!」
リルの指導は、私以上にスパルタだった。
部屋の向こう側から「おーっほっほっほ!(裏返った声)」という、聞くに耐えない高笑いが響き始める。
「……なぁ、アクア」
ゼノが、いたたまれなくなったのか近寄ってきた。
「なんだ、ゼノ。忙しいのだから、無駄な話なら有料よ」
「いや、あのマリア嬢……あいつの婚約者って、あの『ナルシスト二号』と呼ばれているクロード伯爵だろ? あいつもかなり癖が強いぞ。お前が直接乗り込んだ方が早いんじゃないか?」
「それじゃあビジネスにならないでしょう。クライアント自身が『自分は変わった』という実感を持たなければ、リピーターにはなってくれませんわ。……まぁ、クロード伯爵の資産状況については、既に調査済みですけれど」
私は、手元の資料をゼノに見せた。
そこには、伯爵が浮気相手に贈った宝石の鑑定額と、その資金源がマリア様の家からの「援助」であることを示す完璧な流れ図が描かれていた。
「……お前、いつの間にこんなものを」
「昨夜、リルさんに寝る間も惜しんでゴミ箱を漁らせましたわ」
「お姉様! ゴミ箱の中から、伯爵が書いた『愛のポエム(マリア様宛の使い回し)』を発見しましたわよ!」
リルが、マリア様の特訓を中断して、汚れた紙切れを掲げた。
それを見たマリア様は、一瞬で顔を蒼白にし、次の瞬間には、今までにない冷たい表情を浮かべた。
「……使い回し。私の名前の部分だけ、インクの色が違いますわ……」
「マリア様、今ですわ! その『こいつ、一銭の価値もないわね』という軽蔑の眼差し! それを維持したまま、明日の夜会に乗り込みますわよ!」
私は立ち上がり、マリア様の肩に手を置いた。
「いいですか、マリア様。復讐は、感情ではなく『経済的制裁』で行うのが最も効果的です。明日、あなたが彼に突きつけるのは婚約破棄の言葉ではなく、今まで彼に貢いだ全額の返済請求書。……さあ、最高の笑顔(悪役風)で、彼を破産させに行きましょう」
「……はい、アクア様。私、頑張りますわ。……あいつの資産を、一粒残らず毟り取って差し上げます」
マリア様の瞳から、光が消えた。
代わりに、ドロリとした「何か」が宿り、その口角が不自然に吊り上がる。
「……おい、アクア。本当にとんでもない化け物を生み出したんじゃないか?」
ゼノの引きつった声を無視し、私はリルの持ってきた「追加の請求書」に、マリア様の名前を書き込んだ。
悪役令嬢相談所、最初の勝利は、目前である。
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