悪役令嬢の断罪――え、いま婚約破棄と?聞こえませんでしたわ!

ちゃっぴー

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「あら、失礼。手が滑ってしまいましたわ。おーっほっほっほ!」

夜会の会場に、わざとらしい高笑いと、ピチャリという嫌な音が響いた。
私の、あの「全裸像再利用ドレス」の純白の裾に、鮮やかな赤ワインのシミが広がっていく。
犯人は、ジュリアス殿下の新しい婚約者候補と目されている、ボルドー侯爵家の令嬢・セシル様だ。

彼女の後ろには、同じような扇子をパタつかせる令嬢たちが数人、勝ち誇った顔で並んでいる。
周囲の貴族たちが「あぁ、また始まった……」「アクア様、せっかくのドレスが……」と、憐れみの視線を送ってくるのがわかる。

「……セシル様。少々よろしいでしょうか」

私はドレスのシミを悲しむどころか、汚れをじっと見つめ、懐から時計とメモ帳を取り出した。

「な、何かしら? 泣いて謝るなら今のうち……」

「まず、このワイン。ヴィンテージ・ロゼ・一六八八年物ですわね。市場価格でボトル一本金貨三枚。今、私のドレスにかかった量は約五十ミリリットル……。つまり、銀貨二枚分を床と私の布地にドブ捨てしたことになりますわ」

私は冷徹に、三白眼で彼女を射抜いた。

「次に、その『手が滑った』という演技。あまりに不自然で、周囲の注目を集めるためのコスト(羞恥心)に見合っていませんわ。この会場の平均時給を考えれば、今この十秒間の沈黙で、国全体として金貨一枚分の労働力が損失されていますの。自覚はありますか?」

「な、何よその計算! ドレスが汚れたのよ!? 悔しくないの!?」

セシル様が顔を真っ赤にして叫ぶ。
私はふっと、慈悲深い(と自分では思っている)笑みを浮かべた。

「悔しい? いいえ。……このドレス、先ほど申し上げた通り『王子の全裸像』を溶かした金糸を使っていますの。この金糸には特殊な魔導撥水加工(コスト削減のため自作)を施してありますので、ワイン程度、振れば落ちますわ」

私はドレスの裾をパサリと振った。
すると、魔法のようにワインの滴が床に転がり落ち、ドレスは何事もなかったかのように輝きを取り戻した。

「……えっ」

「対して、セシル様。あなたのそのドレス。最高級のシルクですが、先ほど跳ね返ったワインが数滴、あなたの袖口に付着していますわよ。その生地、一度汚れたら専門の職人による洗浄で金貨一枚は飛びますわね。……嫌がらせの返り血で、自分の資産を削るなんて。……算数が苦手なんですの?」

「ひ、ひぃっ……!」

セシル様が自分の袖を見て、絶望の表情を浮かべる。
そこに、私の最強の助手が影から飛び出してきた。

「お姉様! この令嬢たちの実家の家計簿、先ほどボブたちに調査させましたわ! ボルドー侯爵家、実は先月の高級馬車購入のせいで、現在かなりキャッシュフローが火の車ですわよ!」

リルが、どこから取り出したのか機密書類のような束を掲げて笑う。

「セシル様! そんな安っぽい嫌がらせをする暇があったら、領地の特産品であるブドウの廃棄率を三パーセント下げる努力をなさい! お姉様に挑むなら、せめて年商を私の十倍にしてからいらっしゃいな!」

「お、おぼえてなさーい!!」

セシル様一行は、計算ずくの正論(とリルの狂気)に耐えきれず、脱兎のごとく逃げ出していった。
会場には、嵐が去った後のような妙な静寂が訪れる。

「……アクア。お前、本当に情け容赦ないな。相手の家の財布事情までバラすとは」

ゼノが、壁際でワイン(こちらは無事なやつ)を飲みながら呆れ顔で歩み寄ってきた。

「失礼ね、ゼノ。私は彼女たちの『将来的な負債』を未然に防いであげただけですわ。……あ、それよりゼノ」

「今度はなんだ? また何か売りつける気か?」

「いえ。……先ほどセシル様が床にぶちまけたワイン。もったいないので、後でボブたちに掃除させて、染料として再利用できないか検討させますわ。……夜会の清掃代、運営から請求できるかしら?」

「……お前、国王陛下の目の前でそんな小銭稼ぎを考えるなよ」

ゼノが私の額を指で小突いた。
その仕草は乱暴だったけれど、彼の手のひらからは、私のトゲトゲした心を鎮めるような温かさが伝わってくる。

「……時給は出せませんわよ、ゼノ」

「ああ、わかってる。……だが、俺の専属警護料。そろそろ『言葉』以外で支払ってもらおうか」

ゼノが私の腰を抱き寄せ、ダンスフロアの中央へと導いた。
音楽が再び鳴り始める。
私の計算によれば、ここでダンスを踊ることは、体力の消耗と靴の摩耗というコストが発生する。

……けれど。
ゼノの瞳に映る自分の顔が、少しだけ緩んでいるのを見て。
私はその「不利益」を、今夜だけは黙認することにしたのでした。
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