悪役令嬢の断罪――え、いま婚約破棄と?聞こえませんでしたわ!

ちゃっぴー

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「……お姉様。正直に申し上げてもよろしいでしょうか」

公爵家の着替え室で、リルが手鏡を握りしめたまま、プルプルと震えている。
その視線の先には、今夜の夜会のために仕立てられた「勝負服」を纏った私の姿があった。

「いいですわよ、リルさん。……やはり、この装飾の少なさは公爵令嬢として『費用対効果』が低すぎるとおっしゃりたいのでしょう?」

「いいえ! 逆ですわ! 削ぎ落とされた無駄! 計算し尽くされたシルエット! そして何より、あのバカ王子の全裸像を溶かした金から抽出した『復讐の輝き』を糸に練り込んだという背景設定……! エモすぎますわ!!」

リルが鼻息荒く、私のドレスの裾に頬ずりしようとしたので、扇子で優しく(物理的に)制した。
今夜のドレスは、華美なレースや重たい宝石を一切排除している。
代わりに、彫像を溶かした金で細い糸を作り、それを胸元に繊細な刺繍として施した一品だ。
「素材の再利用」こそ、真のラグジュアリー。私はそう信じている。

「……アクア、準備はいいか。迎えに来たぞ」

ドアをノックして現れたのは、これまた珍しく正装に身を包んだゼノだった。
近衛騎士団長の礼服。漆黒の生地に銀の飾緒(しょくじょ)が映え、いつもより五割増しで「資産価値」が高そうに見える。

「……あらゼノ。その格好、仕立てるのにいくらかかりましたの?」

「開口一番に金の話かよ。……これは騎士団の支給品だ。お前の言う『税金の有効活用』の一環だよ」

ゼノは私を一瞥すると、一瞬だけ息を呑んだように硬直した。
そして、照れ隠しのように不自然に視線を逸らす。

「……なんだ。案外、まともな格好もできるんだな。……悪くない」

「『悪くない』ではありませんわ。このドレスの設計図を書くのに、私がどれだけ睡眠時間(労働力)を削ったと思っているのですか。……さあ、行きましょう。国王陛下に、あの全裸像の『換金報告書』を叩きつけて差し上げなくては」

王宮の大広間。
国王主催の夜会は、建国記念ということもあり、国中の貴族が集まる最大級の社交場だ。
私がゼノの腕に手を添えて入場した瞬間、それまで流れていた優雅な旋律が、ピタリと止まった。

「……おい、あれは」「アクア・ラズライト様か?」「嘘だろ、断罪されたはずじゃ……」

周囲から漏れる驚愕の囁き。
彼らにとって、私は「没落寸前の悪役令嬢」だったはずだ。
だが、今の私は、どんな高価な宝石をジャラジャラと着飾った令嬢よりも、鋭く、気高く、そして――圧倒的に「高そう」に見えるはずである。

「……アクア。会場の男たちの視線が、お前の首元ばかり見てるぞ。……落ち着かないな」

「あら、それは私の『刺繍の技術』を査定しているだけですわ。気にしないでちょうだい」

会場の中央。
そこには、国王陛下と共に、何やら憔悴しきった様子のジュリアス殿下が立っていた。
殿下は私を見るなり、幽霊でも見たかのように指を指した。

「あ、アクア……!? 貴様、なぜ……そのドレスは、もしや私の……!」

「ご機嫌よう、陛下。そして殿下。……ええ、お察しの通り。この刺繍は、殿下が寄付してくださった『純金像の一部』を再利用したものですわ。おかげで、公爵家の被服費を大幅に節約できました。感謝いたしますわ」

私は優雅にカーテシーを決めた。
その所作一つに、会場中の貴族たちが息を呑む。
王子の「横領の証拠」をドレスにして着こなす……その不敵なスタイルが、逆に彼らには「王者の風格」に映ったらしい。

「ガハハハ! ジュリアス、お前のセンスのない彫像が、アクア嬢の手にかかればこれほど美しい芸術になるのか! これは愉快だ!」

国王陛下が豪快に笑い飛ばした。
陛下は、私の提出した「換金報告書」と「孤児院への寄付証明書」を受け取ると、満足げに頷いた。

「アクア・ラズライト。お前の機転により、王室の不名誉な負債が、国民の利益に変わった。礼を言う。……ジュリアス、お前も彼女に謝罪し、感謝するがいい」

「そ、そんな……。私の誇りが、彼女のドレスの一部に……」

殿下は膝をつき、私のドレスの裾に刻まれた「自分の鼻だったはずの金糸」を見つめて、またしても泣き崩れた。
……本当に、この人は水分(涙)の無駄遣いが多いですわね。

「アクア。お前、本当に陛下の懐に入るのが上手いな」

ゼノが耳元で、半分感心したように囁く。
その距離の近さに、私は少しだけ頬を染めた。

「……経営者として、大株主(国王)の機嫌を取るのは当然の義務ですわ。……それよりゼノ」

「なんだ?」

「……今の陛下のお言葉。これは、私の『社会的地位』という無形資産が、婚約破棄前よりも上昇したことを意味しますわよね?」

「……ああ、そうだな。今や、お前はこの国で一番『価値のある女』だよ。……いろんな意味でな」

ゼノは私の手を、少しだけ強く握りしめた。
その確かな手のひらの厚みが、ドレスのどの刺繍よりも、今の私には「安心できる資産」のように感じられた。

だが、そんな平穏な時間は長くは続かない。
「アクア様ぁぁ!! お美しい! そのドレス、私に一分だけでいいので貸してください! お姉様の体温を感じながら、市場の卵の価格表を読み上げたいですわ!!」

背後から、警備をすり抜けて猛突進してくるリルの姿が見えた。
……平和な夜会への投資は、どうやら早期に終了してしまいそうです。

私はゼノの腕を強く掴み直し、次なる「騒動(利益)」に向けて、覚悟を決めるのであった。
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