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「……ふむ。純度はそれなり、ですが鋳造(ちゅうぞう)の詰めが甘いですわね。表面に若干の気泡が見受けられますわ」
私は、工事現場の真ん中にそびえ立つ「巨大な布に包まれた何か」の裾をめくり、鑑定用のルーペを片手に呟いた。
周囲には、私の気迫に押された役人たちと、今にも泣き出しそうなジュリアス殿下が立ち尽くしている。
「な、何を勝手に査定している! それは私の魂の結晶、至高の芸術なのだぞ! ルーペで覗くなど、私の全裸……いや、全霊に対する冒涜だ!」
「殿下、芸術で腹は膨れませんが、金塊なら数千人の空腹を満たせますわ。……ゼノ、その布、邪魔ですわ。一気に剥ぎ取ってくださる?」
「了解。……おい、お前ら。破片が飛ぶから下がってろよ」
ゼノがマントを翻し、彫像を覆っていた巨大な布を力任せに引き剥がした。
次の瞬間、夕日を浴びて、眩いばかりの――そして驚くほど悪趣味な「黄金の巨像」が姿を現した。
ポーズは、なぜか片手を天に突き上げ、もう片方の手で自分の前髪を弄るという、殿下のナルシズムを煮詰めて固めたような造形だった。
「……うわぁ。お姉様、これはひどいですわ。視覚的な暴力ですわ! これを見た子供たちが夜尿症(やおにょうしょう)になったら、その治療費も請求リストに入れなければなりませんわね!」
リルが目を手で覆いながら、指の隙間から熱心にその姿を観察している。
……この子、文句を言いながらもしっかり記憶に焼き付けているわね。
「……さて。ゼノ、この彫像の総重量、どれくらいに見えます?」
「そうだな。台座の容積から推測するに……中まで詰まっていれば、十トンは下らないだろうな。……あのアホ、本当に国庫を空にする気だったのか」
ゼノの冷ややかな視線が殿下を射抜く。
私は手元の計算機(最新の魔導式)を叩き、はじき出された数字を殿下に見せつけた。
「殿下。現在の金の国際レートに、あなたの『悪趣味料』としてのマイナス査定を引き、そこから解体費用と運搬コストを差し引きますと……。おめでとうございます、孤児院の屋根を五回分新調してもお釣りがくる計算になりますわ」
「か、換金する前提で話すな! これは私が、次世代の国民に残すべき文化遺産……」
「文化遺産になる前に、物理的な『負債』として処理させていただきます。……ボブ、解体作業員(元誘拐犯たち)を呼びなさい。まずはその、無駄に反り上がった鼻のあたりから削り取ってちょうだい」
「承知しました、姐さん! 腕が鳴りますぜ!」
黒マントに身を包んだボブたちが、大きなノミとハンマーを持って像に飛びかかろうとした。
その時、殿下が彫像の足元に縋り付いて叫んだ。
「待て! 待ってくれアクア! せめて……せめて顔だけは! 私のこの麗しい顔だけは、溶かさないでくれ!」
「顔から真っ先に溶かすのが、精神衛生上のセオリーですわ。……殿下、どうしてもこれを残したいのでしたら、今すぐ現金で建設費の全額を返済なさいな。そうすれば、これをあなたの私室にでも飾らせてあげますわよ。……あ、床が抜けるでしょうけれど」
「そ、そんな大金、今すぐあるわけがないだろう!」
「ならば、この金はもう私の……いえ、不当に予算を奪われた国民のものですわ。……さあ、始めなさい!」
カン、カン、という金属音が虚しく響き渡る。
殿下の鼻の先が削り取られ、小さな金塊となって私の持つトレイに落ちた。
私はそれを拾い上げ、重さを量り、帳簿に一文字ずつ丁寧に書き込んでいく。
「……鼻先一点、金貨二十枚相当。……はい、次。右耳をお願いしますわ」
「アクア……お前、本当に血も涙もないんだな」
ゼノが隣で、半分呆れ、半分感心したように呟いた。
「失礼ね、ゼノ。私は涙の代わりに、正確な『収支』を流しているのですわ。……見てください、殿下のあの顔。自分の偶像がバラバラにされていく絶望。これこそが、他人の予算を私物化した人間が味わうべき正当な対価ではありませんか?」
殿下は地面に膝をつき、「私の鼻が……私の黄金の鼻がぁぁ……!」と、情けない声を上げて泣き崩れていた。
その横でリルが、「お姉様、殿下が泣くたびにダイヤのような涙が出ればいいのに。……あ、無理ですね、あの不純物だらけの涙じゃ」と、毒を吐き続けている。
作業が進むにつれ、庭園には金の山が築かれていった。
最初は抵抗していた役人たちも、私の持ってきた「公爵家の認印入り差し押さえ文書」の威力に屈し、今では一緒になって「ここの金の方が純度が高いぞ」などと査定を手伝い始めている。
「……よし。これで上半身の解体は完了ですわね。……さて、殿下。まだそこにいらっしゃいます?」
私は、足元で丸まっている「黄金色のゴミ(王子の成れの果て)」を、ドレスの裾が汚れないように少しだけ離れて見下ろした。
「……もう、どうにでもしてくれ。私の誇りは、もう粉々だ……」
「誇り? そんな換金性の低いものは、最初から持たないことをお勧めしますわ。……殿下、今回の件、国王陛下には私から報告しておきます。……『殿下が自ら、国民のために自分の彫像を寄付してくださった』と。……美談にして差し上げるのですから、感謝してくださる?」
「……き、貴様……っ、どこまで私を弄べば気が済むんだ……!」
「私が満足するのは、この国の通帳が黒字に染まった時だけですわ。……さあ、ボブ! 残りの下半身も一気にやりなさい! 日が暮れると、作業員の残業代が発生してしまいますわよ!」
「「「がってん承知だ、姐さん!!!」」」
夜の帳が降りる頃、王宮の裏庭には、悪趣味な庭園の代わりに、孤児院を救うための「黄金の輝き」だけが残された。
私はその輝きを瞳に映し、今日一番の、最高に「悪役らしい」笑みを浮かべた。
……ふふ。これで、次のステップのための資金は十分に確保できましたわね。
私は、ゼノに差し出された温かい布(マントの端)に包まりながら、次なる「利益」の計算を始めるのであった。
私は、工事現場の真ん中にそびえ立つ「巨大な布に包まれた何か」の裾をめくり、鑑定用のルーペを片手に呟いた。
周囲には、私の気迫に押された役人たちと、今にも泣き出しそうなジュリアス殿下が立ち尽くしている。
「な、何を勝手に査定している! それは私の魂の結晶、至高の芸術なのだぞ! ルーペで覗くなど、私の全裸……いや、全霊に対する冒涜だ!」
「殿下、芸術で腹は膨れませんが、金塊なら数千人の空腹を満たせますわ。……ゼノ、その布、邪魔ですわ。一気に剥ぎ取ってくださる?」
「了解。……おい、お前ら。破片が飛ぶから下がってろよ」
ゼノがマントを翻し、彫像を覆っていた巨大な布を力任せに引き剥がした。
次の瞬間、夕日を浴びて、眩いばかりの――そして驚くほど悪趣味な「黄金の巨像」が姿を現した。
ポーズは、なぜか片手を天に突き上げ、もう片方の手で自分の前髪を弄るという、殿下のナルシズムを煮詰めて固めたような造形だった。
「……うわぁ。お姉様、これはひどいですわ。視覚的な暴力ですわ! これを見た子供たちが夜尿症(やおにょうしょう)になったら、その治療費も請求リストに入れなければなりませんわね!」
リルが目を手で覆いながら、指の隙間から熱心にその姿を観察している。
……この子、文句を言いながらもしっかり記憶に焼き付けているわね。
「……さて。ゼノ、この彫像の総重量、どれくらいに見えます?」
「そうだな。台座の容積から推測するに……中まで詰まっていれば、十トンは下らないだろうな。……あのアホ、本当に国庫を空にする気だったのか」
ゼノの冷ややかな視線が殿下を射抜く。
私は手元の計算機(最新の魔導式)を叩き、はじき出された数字を殿下に見せつけた。
「殿下。現在の金の国際レートに、あなたの『悪趣味料』としてのマイナス査定を引き、そこから解体費用と運搬コストを差し引きますと……。おめでとうございます、孤児院の屋根を五回分新調してもお釣りがくる計算になりますわ」
「か、換金する前提で話すな! これは私が、次世代の国民に残すべき文化遺産……」
「文化遺産になる前に、物理的な『負債』として処理させていただきます。……ボブ、解体作業員(元誘拐犯たち)を呼びなさい。まずはその、無駄に反り上がった鼻のあたりから削り取ってちょうだい」
「承知しました、姐さん! 腕が鳴りますぜ!」
黒マントに身を包んだボブたちが、大きなノミとハンマーを持って像に飛びかかろうとした。
その時、殿下が彫像の足元に縋り付いて叫んだ。
「待て! 待ってくれアクア! せめて……せめて顔だけは! 私のこの麗しい顔だけは、溶かさないでくれ!」
「顔から真っ先に溶かすのが、精神衛生上のセオリーですわ。……殿下、どうしてもこれを残したいのでしたら、今すぐ現金で建設費の全額を返済なさいな。そうすれば、これをあなたの私室にでも飾らせてあげますわよ。……あ、床が抜けるでしょうけれど」
「そ、そんな大金、今すぐあるわけがないだろう!」
「ならば、この金はもう私の……いえ、不当に予算を奪われた国民のものですわ。……さあ、始めなさい!」
カン、カン、という金属音が虚しく響き渡る。
殿下の鼻の先が削り取られ、小さな金塊となって私の持つトレイに落ちた。
私はそれを拾い上げ、重さを量り、帳簿に一文字ずつ丁寧に書き込んでいく。
「……鼻先一点、金貨二十枚相当。……はい、次。右耳をお願いしますわ」
「アクア……お前、本当に血も涙もないんだな」
ゼノが隣で、半分呆れ、半分感心したように呟いた。
「失礼ね、ゼノ。私は涙の代わりに、正確な『収支』を流しているのですわ。……見てください、殿下のあの顔。自分の偶像がバラバラにされていく絶望。これこそが、他人の予算を私物化した人間が味わうべき正当な対価ではありませんか?」
殿下は地面に膝をつき、「私の鼻が……私の黄金の鼻がぁぁ……!」と、情けない声を上げて泣き崩れていた。
その横でリルが、「お姉様、殿下が泣くたびにダイヤのような涙が出ればいいのに。……あ、無理ですね、あの不純物だらけの涙じゃ」と、毒を吐き続けている。
作業が進むにつれ、庭園には金の山が築かれていった。
最初は抵抗していた役人たちも、私の持ってきた「公爵家の認印入り差し押さえ文書」の威力に屈し、今では一緒になって「ここの金の方が純度が高いぞ」などと査定を手伝い始めている。
「……よし。これで上半身の解体は完了ですわね。……さて、殿下。まだそこにいらっしゃいます?」
私は、足元で丸まっている「黄金色のゴミ(王子の成れの果て)」を、ドレスの裾が汚れないように少しだけ離れて見下ろした。
「……もう、どうにでもしてくれ。私の誇りは、もう粉々だ……」
「誇り? そんな換金性の低いものは、最初から持たないことをお勧めしますわ。……殿下、今回の件、国王陛下には私から報告しておきます。……『殿下が自ら、国民のために自分の彫像を寄付してくださった』と。……美談にして差し上げるのですから、感謝してくださる?」
「……き、貴様……っ、どこまで私を弄べば気が済むんだ……!」
「私が満足するのは、この国の通帳が黒字に染まった時だけですわ。……さあ、ボブ! 残りの下半身も一気にやりなさい! 日が暮れると、作業員の残業代が発生してしまいますわよ!」
「「「がってん承知だ、姐さん!!!」」」
夜の帳が降りる頃、王宮の裏庭には、悪趣味な庭園の代わりに、孤児院を救うための「黄金の輝き」だけが残された。
私はその輝きを瞳に映し、今日一番の、最高に「悪役らしい」笑みを浮かべた。
……ふふ。これで、次のステップのための資金は十分に確保できましたわね。
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