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「もっと速く走れないの!? 馬に魔力強化(ブースト)をかけなさい!」
王都へ向かう街道。
最高速で疾走する馬車の中で、私は御者台に向かって叫んでいた。
「ご、ご無体ですミュール様! これ以上スピードを出したら、車輪が空を飛んでしまいます!」
御者の悲鳴が返ってくる。
「飛びなさいよ! ペガサスになれない馬なんて、ただのポニーよ!」
「無茶苦茶だ……」
隣でキース様が苦笑いしながら、私をしっかりと抱きとめている。
馬車は文字通り、石畳の上を跳ねるように爆走していた。
振動が凄まじい。
普通なら舌を噛みそうな揺れだが、キース様が人間サスペンションとなって衝撃を吸収してくれているおかげで、私は無傷だ。
「ミュール、落ち着いて。リナ嬢は逃げないよ」
「逃げなくても、病魔が襲っているのよ!」
私はハンカチを握りしめた。
「ああ、リナ……。熱でうなされているのかしら。喉が渇いていないかしら。寂しくて泣いていないかしら……!」
想像するだけで胸が張り裂けそうだ。
あの子は、見た目は強気な天才美少女だが、中身は甘えん坊なのだ。
風邪を引いた時なんて、私が手を握っていないと眠れないような子なのだ。
「もし……もし、私がいない間に、リナが『お姉様……』って言いながら力尽きたら……」
「縁起でもないことを言うな。ただの風邪だと言っただろう?」
「でも、『謎の奇病』なんでしょう!? うわ言で『猫になりたい』って言うんでしょう!? リナが猫になったらどうやってお世話すればいいの!?」
「それはそれで見ものだけどね」
キース様は呑気だ。
この男には、シスコンの危機感というものが分かっていない。
「見えたぞ、王都の城門だ」
キース様が窓の外を指差す。
巨大な石造りの門が迫ってくる。
通常なら、入城審査のために長蛇の列ができている場所だ。
「止まってください! 検問です!」
門番たちが槍を交差させて、道を塞ごうとしているのが見えた。
マズい。
私はハッとした。
今の私は「王都追放の刑」を受けている身だ。
許可なく王都へ戻れば、それは「追放令違反」。
最悪の場合、捕まって本当に北の果ての牢獄行きかもしれない。
「ど、どうしましょう殿下! 私、指名手配犯みたいなものですわ!」
「そうだね。見つかったら即逮捕かな」
「そんな! リナに会う前に捕まるなんて!」
私は焦った。
ここで止まるわけにはいかない。
でも、強行突破すれば反逆罪だ。
どうする?
どうすれば、門番たちを納得させて通れる?
(……そうよ!)
私は閃いた。
私は「悪役令嬢」だ。
悪役なら、法律なんて守らない。
堂々と、ふてぶてしく、悪の限りを尽くして通ればいいのだ!
私は窓を全開にし、身を乗り出した。
「おどきなさい!!」
私の怒号が響き渡る。
門番たちがギョッとしてこちらを見た。
「あ、あれは……アークライト家のミュール嬢!?」
「追放されたはずの悪役令嬢が、なぜここに!?」
ざわめく門番たちに向かって、私は高らかに宣言した。
「そうよ、私が帰ってきたわ! 地獄の底(別荘)から這い上がってきたのよ!」
私は髪を振り乱し、狂気を演出した。
「邪魔をするなら容赦しないわ! この馬車には、王太子殿下を人質として乗せているのよ! 私が指を鳴らせば、殿下の貞操が危ないわよ!」
「なっ……!?」
門番たちが青ざめた。
「殿下を人質に!? なんて恐ろしい……!」
「貞操の危機だと……!?」
よし、怯んだ!
「さあ、道を開けなさい! さもないと、この馬車ごと突っ込んで、門を粉砕してあげるわ!」
私は「オーッホッホ!」と高笑いをした。
完璧な悪役ムーブだ。
これなら、誰も手出しできまい。
「……ミュール」
後ろから、キース様が私の腰を引き寄せた。
「君、僕を人質にしたね?」
「ええ、しました! 文句はあとで聞きます!」
「いや、構わないよ。むしろ『貞操の危機』という響きにゾクゾクした」
「変態!」
キース様は楽しそうに笑うと、私の肩越しに顔を出した。
「門番たち、聞け!」
王太子のよく通る声が、空気を震わせる。
「殿下!?」
「ご無事ですか!」
「ああ、無事だ(今のところはな)。……この『極悪非道な悪女』の要求通り、門を開けろ!」
キース様がウインクをする。
「彼女は今、気が立っている。逆らえば王都が火の海になるぞ。……僕の命令だ、緊急事態として通せ!」
「は、はいっ! 開門ーーーッ!!」
ギギギギ……と音を立てて、巨大な門が開いていく。
やった!
「行けえぇぇぇッ!!」
私は御者に叫んだ。
馬車は速度を緩めることなく、開いたばかりの門の隙間へと突っ込んだ。
ヒュンッ!
風を切る音とともに、私たちは王都へと侵入した。
「侵入成功ね!」
私は肩で息をしながら、椅子にドサリと座り込んだ。
「やったわ……私、ついに法を犯してしまったわ……」
「立派な反逆者だね、ミュール」
キース様が私の頭を撫でる。
「愛のために国法を無視するその姿勢、嫌いじゃないよ」
「うるさいです。……全部、リナのためなんですから」
馬車は王都の大通りを爆走する。
市民たちが「なんだあの暴走馬車は!?」「王家の紋章だぞ!?」と驚いて道を空けていく。
モーゼの十戒のように道が開ける。
「あと5分で城に着く」
キース様が懐中時計を見る。
「リナの部屋は?」
「西棟の三階だ。窓から入るかい?」
「正面から行きます! コソコソするのは悪役の美学に反します!」
王城が見えてきた。
尖塔が空に突き刺さる、白亜の巨城。
あの中に、リナがいる。
「待ってて、リナ」
馬車が城の車寄せに、ドリフトしながら停車した。
キキーッ!!
完全に止まる前に、私は扉を開けて飛び降りた。
「ミュール様!?」
出迎えの衛兵たちが驚愕する中、私はドレスの裾をまくり上げてダッシュした。
「リナァァァァッ!!」
「お、お待ちくださいミュール様! 通行証を!」
「そんなものはないわ! あるのは妹への愛だけよ!」
私は衛兵の脇をすり抜け、大理石の階段を駆け上がる。
「あはは、待ってよミュール」
後ろから、キース様が優雅に(しかし結構なスピードで)ついてくる。
「殿下! 彼女を止めてください!」
「無理だね。今の彼女は、暴走したドラゴンより手がつけられない」
キース様は衛兵たちに手を振って制止させながら、私を追う。
廊下を走る。
角を曲がる。
邪魔な彫像を避け、驚く侍女たちに「ごめんあそばせ!」と叫びながら。
そして。
西棟、三階。
見覚えのある、ピンク色の装飾が施された扉の前。
「ここね!」
私はノックもせずに、扉をバーンと開け放った。
「リナ!!」
部屋の中は薄暗かった。
天蓋付きのベッドに、小さな影が横たわっている。
「……お、姉……さま……?」
か細い声が聞こえた。
「リナ!」
私はベッドに駆け寄り、布団の上から彼女を抱きしめた。
「来たわよ! お姉ちゃんが来たわよ!」
「お姉様……ううっ、幻覚……? また夢……?」
リナが熱っぽい瞳で私を見上げる。
その頬は赤く染まり、目はトロンとしている。
「夢じゃないわ。本物よ。ほら、触って」
私はリナの手を自分の頬に当てた。
「……冷たい。本物だ……」
リナの目から、ポロリと涙がこぼれた。
「会いたかったです……お姉様……」
「私もよ。ごめんね、遅くなって」
私はリナの汗ばんだ額を撫でた。
熱い。
確かに高熱だ。
でも、命に関わるような深刻な病気という感じではない。
ただの知恵熱か、風邪だろう。
「よかった……生きてて……」
私は安堵で力が抜け、その場にへたり込んだ。
「……お姉様」
「なあに?」
「追放令は……?」
リナが心配そうに聞く。
私はニカッと笑って、サムズアップした。
「無視してきたわ! 門番も脅して突破したの!」
「ふふ……さすがはお姉様……」
リナが嬉しそうに微笑んだ。
「最高に……ロックです……」
そう言い残して、リナは安心したように瞳を閉じた。
「リナ!?」
「大丈夫、寝ただけだよ」
遅れて入ってきたキース様が、リナの寝息を確認して言った。
「安心したんだろうね。君の顔を見たら、熱も下がりそうだ」
「……よかった」
私はリナの手を握りしめたまま、深く息を吐いた。
こうして、私の「決死の王都帰還作戦(所要時間:別荘から40分)」は成功した。
しかし。
この後、私が「無断帰還の罪」でどう裁かれるか、そしてこの「奇病」の正体が何なのかを知るのは、もう少し先の話である。
王都へ向かう街道。
最高速で疾走する馬車の中で、私は御者台に向かって叫んでいた。
「ご、ご無体ですミュール様! これ以上スピードを出したら、車輪が空を飛んでしまいます!」
御者の悲鳴が返ってくる。
「飛びなさいよ! ペガサスになれない馬なんて、ただのポニーよ!」
「無茶苦茶だ……」
隣でキース様が苦笑いしながら、私をしっかりと抱きとめている。
馬車は文字通り、石畳の上を跳ねるように爆走していた。
振動が凄まじい。
普通なら舌を噛みそうな揺れだが、キース様が人間サスペンションとなって衝撃を吸収してくれているおかげで、私は無傷だ。
「ミュール、落ち着いて。リナ嬢は逃げないよ」
「逃げなくても、病魔が襲っているのよ!」
私はハンカチを握りしめた。
「ああ、リナ……。熱でうなされているのかしら。喉が渇いていないかしら。寂しくて泣いていないかしら……!」
想像するだけで胸が張り裂けそうだ。
あの子は、見た目は強気な天才美少女だが、中身は甘えん坊なのだ。
風邪を引いた時なんて、私が手を握っていないと眠れないような子なのだ。
「もし……もし、私がいない間に、リナが『お姉様……』って言いながら力尽きたら……」
「縁起でもないことを言うな。ただの風邪だと言っただろう?」
「でも、『謎の奇病』なんでしょう!? うわ言で『猫になりたい』って言うんでしょう!? リナが猫になったらどうやってお世話すればいいの!?」
「それはそれで見ものだけどね」
キース様は呑気だ。
この男には、シスコンの危機感というものが分かっていない。
「見えたぞ、王都の城門だ」
キース様が窓の外を指差す。
巨大な石造りの門が迫ってくる。
通常なら、入城審査のために長蛇の列ができている場所だ。
「止まってください! 検問です!」
門番たちが槍を交差させて、道を塞ごうとしているのが見えた。
マズい。
私はハッとした。
今の私は「王都追放の刑」を受けている身だ。
許可なく王都へ戻れば、それは「追放令違反」。
最悪の場合、捕まって本当に北の果ての牢獄行きかもしれない。
「ど、どうしましょう殿下! 私、指名手配犯みたいなものですわ!」
「そうだね。見つかったら即逮捕かな」
「そんな! リナに会う前に捕まるなんて!」
私は焦った。
ここで止まるわけにはいかない。
でも、強行突破すれば反逆罪だ。
どうする?
どうすれば、門番たちを納得させて通れる?
(……そうよ!)
私は閃いた。
私は「悪役令嬢」だ。
悪役なら、法律なんて守らない。
堂々と、ふてぶてしく、悪の限りを尽くして通ればいいのだ!
私は窓を全開にし、身を乗り出した。
「おどきなさい!!」
私の怒号が響き渡る。
門番たちがギョッとしてこちらを見た。
「あ、あれは……アークライト家のミュール嬢!?」
「追放されたはずの悪役令嬢が、なぜここに!?」
ざわめく門番たちに向かって、私は高らかに宣言した。
「そうよ、私が帰ってきたわ! 地獄の底(別荘)から這い上がってきたのよ!」
私は髪を振り乱し、狂気を演出した。
「邪魔をするなら容赦しないわ! この馬車には、王太子殿下を人質として乗せているのよ! 私が指を鳴らせば、殿下の貞操が危ないわよ!」
「なっ……!?」
門番たちが青ざめた。
「殿下を人質に!? なんて恐ろしい……!」
「貞操の危機だと……!?」
よし、怯んだ!
「さあ、道を開けなさい! さもないと、この馬車ごと突っ込んで、門を粉砕してあげるわ!」
私は「オーッホッホ!」と高笑いをした。
完璧な悪役ムーブだ。
これなら、誰も手出しできまい。
「……ミュール」
後ろから、キース様が私の腰を引き寄せた。
「君、僕を人質にしたね?」
「ええ、しました! 文句はあとで聞きます!」
「いや、構わないよ。むしろ『貞操の危機』という響きにゾクゾクした」
「変態!」
キース様は楽しそうに笑うと、私の肩越しに顔を出した。
「門番たち、聞け!」
王太子のよく通る声が、空気を震わせる。
「殿下!?」
「ご無事ですか!」
「ああ、無事だ(今のところはな)。……この『極悪非道な悪女』の要求通り、門を開けろ!」
キース様がウインクをする。
「彼女は今、気が立っている。逆らえば王都が火の海になるぞ。……僕の命令だ、緊急事態として通せ!」
「は、はいっ! 開門ーーーッ!!」
ギギギギ……と音を立てて、巨大な門が開いていく。
やった!
「行けえぇぇぇッ!!」
私は御者に叫んだ。
馬車は速度を緩めることなく、開いたばかりの門の隙間へと突っ込んだ。
ヒュンッ!
風を切る音とともに、私たちは王都へと侵入した。
「侵入成功ね!」
私は肩で息をしながら、椅子にドサリと座り込んだ。
「やったわ……私、ついに法を犯してしまったわ……」
「立派な反逆者だね、ミュール」
キース様が私の頭を撫でる。
「愛のために国法を無視するその姿勢、嫌いじゃないよ」
「うるさいです。……全部、リナのためなんですから」
馬車は王都の大通りを爆走する。
市民たちが「なんだあの暴走馬車は!?」「王家の紋章だぞ!?」と驚いて道を空けていく。
モーゼの十戒のように道が開ける。
「あと5分で城に着く」
キース様が懐中時計を見る。
「リナの部屋は?」
「西棟の三階だ。窓から入るかい?」
「正面から行きます! コソコソするのは悪役の美学に反します!」
王城が見えてきた。
尖塔が空に突き刺さる、白亜の巨城。
あの中に、リナがいる。
「待ってて、リナ」
馬車が城の車寄せに、ドリフトしながら停車した。
キキーッ!!
完全に止まる前に、私は扉を開けて飛び降りた。
「ミュール様!?」
出迎えの衛兵たちが驚愕する中、私はドレスの裾をまくり上げてダッシュした。
「リナァァァァッ!!」
「お、お待ちくださいミュール様! 通行証を!」
「そんなものはないわ! あるのは妹への愛だけよ!」
私は衛兵の脇をすり抜け、大理石の階段を駆け上がる。
「あはは、待ってよミュール」
後ろから、キース様が優雅に(しかし結構なスピードで)ついてくる。
「殿下! 彼女を止めてください!」
「無理だね。今の彼女は、暴走したドラゴンより手がつけられない」
キース様は衛兵たちに手を振って制止させながら、私を追う。
廊下を走る。
角を曲がる。
邪魔な彫像を避け、驚く侍女たちに「ごめんあそばせ!」と叫びながら。
そして。
西棟、三階。
見覚えのある、ピンク色の装飾が施された扉の前。
「ここね!」
私はノックもせずに、扉をバーンと開け放った。
「リナ!!」
部屋の中は薄暗かった。
天蓋付きのベッドに、小さな影が横たわっている。
「……お、姉……さま……?」
か細い声が聞こえた。
「リナ!」
私はベッドに駆け寄り、布団の上から彼女を抱きしめた。
「来たわよ! お姉ちゃんが来たわよ!」
「お姉様……ううっ、幻覚……? また夢……?」
リナが熱っぽい瞳で私を見上げる。
その頬は赤く染まり、目はトロンとしている。
「夢じゃないわ。本物よ。ほら、触って」
私はリナの手を自分の頬に当てた。
「……冷たい。本物だ……」
リナの目から、ポロリと涙がこぼれた。
「会いたかったです……お姉様……」
「私もよ。ごめんね、遅くなって」
私はリナの汗ばんだ額を撫でた。
熱い。
確かに高熱だ。
でも、命に関わるような深刻な病気という感じではない。
ただの知恵熱か、風邪だろう。
「よかった……生きてて……」
私は安堵で力が抜け、その場にへたり込んだ。
「……お姉様」
「なあに?」
「追放令は……?」
リナが心配そうに聞く。
私はニカッと笑って、サムズアップした。
「無視してきたわ! 門番も脅して突破したの!」
「ふふ……さすがはお姉様……」
リナが嬉しそうに微笑んだ。
「最高に……ロックです……」
そう言い残して、リナは安心したように瞳を閉じた。
「リナ!?」
「大丈夫、寝ただけだよ」
遅れて入ってきたキース様が、リナの寝息を確認して言った。
「安心したんだろうね。君の顔を見たら、熱も下がりそうだ」
「……よかった」
私はリナの手を握りしめたまま、深く息を吐いた。
こうして、私の「決死の王都帰還作戦(所要時間:別荘から40分)」は成功した。
しかし。
この後、私が「無断帰還の罪」でどう裁かれるか、そしてこの「奇病」の正体が何なのかを知るのは、もう少し先の話である。
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