悪役を演じて婚約破棄したのに、なぜか溺愛モードの王子がついてきた!

ちゃっぴー

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「はあ、はあ、はあ……ッ!」

私はドレスの裾をまくり上げ、王城の西塔にある螺旋階段を駆け上がっていた。

心臓が早鐘を打っている。

足はもう限界に近い。

でも、止まるわけにはいかない。

「ここなら……! この塔の最上階なら、入り口は一つしかないわ!」

数分前。

私は愛馬(キース様の馬)を駆って、王都への脱出を試みた。

しかし、空から降ってきた「妹(リナ)」という名の迎撃ミサイル……もとい、飛行魔法による過剰な援護射撃(という名の妨害)により、進路を絶たれてしまったのだ。

『お姉様ー! そっちは危ないです! 私が壁を作っておきました!』

『リナ! それじゃ私も通れないじゃない!』

『あ、間違えました! てへぺろ!』

そんなドタバタ劇の隙を突かれ、キース様に背後から回り込まれ、私は馬を捨ててこの塔へ逃げ込むしかなかった。

「……着いた!」

私は最上階の扉を開け放ち、バルコニーへと飛び出した。

そこは、王都の夜景が一望できる絶景スポットだった。

眼下には宝石を散りばめたような街の灯りが広がり、頭上には満天の星空。

なんてロマンチックな場所だろう。

……逃走中でなければ。

「よし、扉を閉めて鍵を……」

私は振り返り、重厚な扉を閉めようとした。

しかし。

ガッ!

扉が閉まる寸前、革手袋をした手が隙間にねじ込まれた。

「ひっ!?」

「……危ないな、ミュール。指が挟まるところだったよ」

涼しい声とともに、扉が軽々と押し開かれる。

そこに立っていたのは、息ひとつ切らしていない、涼しい顔の王太子殿下だった。

「キ、キース様……!」

私は後ずさりした。

背中が冷たい手すりに当たる。

もう逃げ場はない。

「チェックメイトだね」

キース様がゆっくりと歩み寄ってくる。

月明かりを背負ったその姿は、神々しいほど美しく、そして絶望的なほど強者(捕食者)のオーラを放っていた。

「くっ……! 来ないで!」

私は威嚇した。

「ここから飛び降りるわよ! 私にはリナ直伝の飛翔魔法が……あ、使えないんだった!」

「無茶を言うな。君が怪我をしたら、僕が泣く」

キース様は私の数歩手前で立ち止まった。

「さあ、ゲームセットだ。約束通り、大人しく捕まってくれるね?」

「……嫌です」

私は首を振った。

「なんで……なんでそこまで私に構うんですか!」

私は叫んだ。

この疑問はずっと胸にあった。

「私は悪役令嬢ですよ? 性格が悪くて、妹をいじめて、婚約破棄された女ですよ? そんなの放っておけばいいじゃないですか!」

「ミュール」

「私なんかより、もっと素敵な令嬢がたくさんいるでしょう! ミラベル様とか……は論外としても! とにかく、王太子妃に相応しい完璧な女性が!」

「ミュール」

「どうして私なんですか! ただのシスコンで、演技も下手で、逃げ足だけは速いこんな女の、どこがいいって言うんですか!」

私は息を切らして訴えた。

これが最後の抵抗だ。

私なんかが、この完璧な王子の隣にいていいはずがない。

彼はもっと、高貴で素晴らしい人と結ばれるべきなのだ。

キース様は、静かに私を見つめていた。

その碧眼は、夜空よりも深く、凪いだ湖のように静かだった。

「……理由は、二つある」

彼が一歩近づく。

「一つ目は、君が面白いからだ」

「面白い?」

「ああ。君と一緒にいると、飽きないんだ。カビパンをかじったり、ラディッシュの森を作ったり、馬で暴走したり……。君の予測不能な行動は、退屈な王城生活における最高のスパイスだ」

「私はピエロですか!」

「そして、二つ目」

キース様が、私の目の前まで来た。

彼の腕が伸び、私の頬を包み込む。

逃げられない。

でも、逃げたくないと思ってしまった。

「……いいや、理由なんて後付けだな」

キース様が苦笑するように目を伏せ、そして再び私を真っ直ぐに見た。

「ただ、愛しているんだ」

「え……」

「君がどんなに不器用でも、どんなにシスコンでも、どんなに逃げ回っても。……僕は、ミュール・アークライトという一人の女性を、どうしようもなく愛してしまったんだ」

ストレートな言葉が、胸に突き刺さる。

嘘がない。

駆け引きもない。

ただの、純粋な想い。

「初めて会った時からだ。君が妹君のために必死に悪役を演じようとして、空回りしている姿を見た時から……僕の目は君しか追えなくなった」

「そんな……最初から……?」

「ああ。だから、諦めてくれ」

キース様が、私の額に自分の額をコツンと当てた。

「僕は執着深いんだ。君が地の果てまで逃げても、必ず追いかけて捕まえる。……一生、離さないよ」

「……」

完敗だ。

言葉が出ない。

こんなふうに言われて、拒める女の子なんているわけがない。

私の目から、ポロリと涙がこぼれた。

「……ずるいです、殿下」

「なんとでも」

「私、本当に……王妃なんて務まりませんよ? また脱走するかもしれませんよ?」

「その時は、また鬼ごっこをしよう。僕が何度でも捕まえてあげる」

キース様が優しく微笑み、そしてゆっくりと顔を近づけた。

唇が重なる。

月明かりの下、長い長いキスをした。

甘くて、少ししょっぱくて、そして温かいキスだった。

「……観念したかい?」

唇が離れた後、キース様が囁く。

私は真っ赤な顔で、小さく頷いた。

「……はい。私の負けです」

「いい子だ」

キース様が満足そうに私を抱きしめる。

その腕の中は、悔しいけれど、世界で一番安心できる場所だった。

「お姉様ーーーッ!!」

その時。

空から、空気を読まない絶叫が降ってきた。

「あっ! あそこでチューしてます! キース殿下がお姉様にチューしました! 現行犯です!」

リナだ。

ホウキ(魔導具)に跨り、夜空を旋回しながら叫んでいる。

「エヴァン様! 記録しましたか!?」

「はいはい、記録しましたよ。やれやれ、アツアツですねぇ」

後ろには、なぜかエヴァン様まで一緒に飛んでいる。

「……雰囲気ぶち壊しね」

私がキース様の胸に顔を埋めると、彼も肩を震わせて笑った。

「まあ、これが僕たちらしい日常だよ」

こうして。

私の長い長い「悪役令嬢ごっこ」と「逃亡劇」は、このバルコニーで終わりを告げた。

観念の時。

それは、私が幸せになる覚悟を決めた時でもあった。
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