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カラン、カラン、カラン……。
王都の青空に、祝福の鐘が高らかに鳴り響く。
「……夢みたい」
私は、王城の大聖堂へと続く長いバージンロードの入り口で、眩しい光に目を細めた。
今日、私、ミュール・アークライトは、この国の王太子、キース・フレイ・オルコット殿下と結婚する。
本来のシナリオであれば、私は断罪され、国外追放され、どこかの寒村で細々と暮らしているはずだった。
それなのに。
「お姉様! 最高です! 美の暴力です! 後光が見えます!」
足元では、フラワーガール(兼、警備主任)を務める妹のリナが、感動のあまり号泣しながら私のドレスの裾を直している。
「リナ、泣かないで。メイクが崩れるわよ」
「無理です……! 今日のお姉様が美しすぎて、網膜に焼き付いて離れません……ううっ」
リナは鼻をすすりながら、それでも幸せそうに笑った。
今日の私は、昨日の激闘(試着大会)の末に選ばれた、純白のウェディングドレスを身に纏っている。
レースと宝石をふんだんに使いながらも、シルエットは洗練されており、私の「悪役(だと思い込んでいた)令嬢」としての気高さと、「聖女(と勘違いされている)」としての清らかさが同居した、奇跡の一着だ。
「さあ、ミュール。行こうか」
隣に立つお父様が、震える声で腕を差し出してくる。
「ああ、私の可愛い娘が……王家に嫁ぐなんて……」
「お父様まで泣かないでください」
私は苦笑しながら、その腕に手を添えた。
扉が開く。
パイプオルガンの荘厳な音色が響き渡る。
参列席には、国中の高位貴族たち、そして特別に招待された私の「ファンクラブ(国民代表)」たちが詰めかけていた。
「ミュール様、おめでとう!」
「俺たちの聖女様!」
「キース殿下、ミュール様を泣かせたら許さないぞ!」
歓声と拍手の嵐。
私は顔が熱くなるのを感じながら、一歩ずつ絨毯の上を進んだ。
その先に。
祭壇の前で、白い礼服に身を包んだ、世界一の王子様が待っていた。
キース様。
彼は私を見ると、太陽のように眩しく、そして蕩けるように甘く微笑んだ。
(……悔しいけど、かっこいいわ)
私は心臓が高鳴るのを抑えられなかった。
祭壇にたどり着く。
お父様から、キース様へと私の手が渡される。
「……待っていたよ、ミュール」
キース様が私の手を強く握りしめる。
「今日の君は、言葉を失うほど綺麗だ」
「殿下も……無駄にかっこいいです」
「ふふ、素直じゃないな」
神父様が咳払いをした。
「えー、では。汝、キース・フレイ・オルコットは……」
誓いの言葉が始まる。
長い儀式の間、キース様はずっと私を見つめていた。
その視線が熱くて、私はヴェールの下で何度も瞬きをした。
「……誓います」
キース様の力強い声。
続いて、私の番だ。
「汝、ミュール・アークライトは……」
私は深呼吸をした。
この言葉を言えば、もう後戻りはできない。
悪役令嬢としての自由も、気ままな独身生活も終わりだ。
でも。
チラリと横を見ると、リナがハンカチを噛み締めながら、必死に親指を立てて「グッ!」とポーズを送ってくれている。
そして目の前には、私を愛し、守り、追いかけ続けてくれた人がいる。
(……悪くないわね)
私は小さく笑って、はっきりと答えた。
「はい、誓います」
神父様が頷く。
「では、誓いの口づけを」
キース様がヴェールを上げる。
私たちの顔が近づく。
その時、キース様が私にしか聞こえない小声で囁いた。
「覚悟してね。……これからは、もう二度と君を離さないから」
「……望むところですわ」
私が言い返すと同時に、唇が重なった。
チュッ。
一瞬の儀式的なキス……かと思いきや、キース様は私の腰を引き寄せ、深々と口づけをした。
長い。
情熱的すぎる。
「きゃあああああっ!!」
「ヒューヒュー!」
会場が大爆発したような歓声に包まれる。
リナが「尊い……!」と言って卒倒しかけ、エヴァン様に支えられているのが視界の端に見えた。
◇
「さあ、ここからは戦争ですお姉様!」
式が終わった直後の控え室。
感動に浸る間もなく、リナが叫んだ。
「次はお色直しです! 目標タイム5分! 急いで!」
「5分!?」
そこからは、昨日の宣言通りの「地獄のファッションショー」が幕を開けた。
披露宴会場の扉が開くたびに、私は違う姿で登場した。
「2着目! 王家の伝統色、深紅のドレス!」
「おおおーっ!」
「3着目! リナ様デザイン、天使の羽付きドレス!」
「可愛いーーっ!」
「4着目! 殿下のリクエスト、伝説の猫耳ドレス!」
「にゃーん!」
参列者たちは、食事をする暇もなく私の着替えに喝采を送った。
私はもう、自分が結婚式をしているのか、耐久レースをしているのか分からなくなっていた。
「はあ、はあ……もう無理……」
10着目の着替えを終え、バルコニーで夜風に当たっていた私は、手すりにぐったりと寄りかかった。
「お疲れ様、ミュール」
キース様がシャンパングラスを二つ持ってやってきた。
彼も何度もお色直しに付き合ってくれたので、少し乱れた髪がセクシーだ。
「乾杯しようか。僕たちの新しい門出に」
「……乾杯」
グラスを合わせる。
冷たい液体が喉を通り、ようやく人心地がついた。
「どうだった? 君が夢見た『悪役令嬢の末路』とは違っただろうけど」
キース様が夜景を見下ろしながら聞く。
私は苦笑した。
「ええ、全然違います。……本当なら今頃、私は修道院で静かにシチューでも食べているはずでした」
「それは残念だ。今日のディナーはフルコースだからね」
「でも」
私は空を見上げた。
満天の星空。
そして、遠くから聞こえる宴の喧騒と、リナの笑い声。
「……これも、悪くないかも」
私は素直な気持ちを口にした。
「みんなが笑っていて、リナが幸せそうで、そして……あなたが隣にいる」
私はキース様を見た。
「計画通りにはいかなかったけれど、今の私は……世界一、幸せな悪役令嬢(元)かもしれません」
キース様が目を細め、愛おしそうに私を見つめた。
「訂正しよう。君は悪役令嬢(元)じゃない」
「え?」
「君は、僕の最愛のプリンセスだ」
キース様が私の手を取り、甲にキスを落とす。
「これからもよろしく頼むよ、ミュール。……僕の人生を、君色に振り回してくれ」
「ふふ、覚悟してくださいね。私のワガママは、国庫を傾けるくらい重いですよ?」
「望むところだ」
私たちは見つめ合い、そして笑い合った。
その時。
「お姉様ーーーッ! 抜け駆け禁止ですーーーッ!」
バンッ!
バルコニーの扉が開き、リナが飛び込んできた。
「もーっ! いつまでイチャイチャしてるんですか! 次はケーキ入刀ですよ! 私が焼いた10段重ねの特製ケーキです!」
「10段!?」
「早くしないと溶けちゃいます! 行きましょう!」
リナが私の右腕を引く。
「やれやれ、相変わらず騒がしい妹君だ」
キース様が苦笑いしながら、私の左腕を取る。
私は二人に挟まれ、引っ張られた。
「ちょ、ちょっと! ドレスが破けるわ!」
「大丈夫です、あと5着ありますから!」
「買いすぎだ!」
私は二人に引きずられながら、光溢れる会場へと戻っていく。
これが、私の新しい日常。
妹と、夫と、そしてたくさんの愛に囲まれた、騒がしくも幸せな日々。
私は心の中で、かつての自分に別れを告げた。
(さようなら、悪役令嬢の私)
(こんにちは、幸せな私)
「……みんな、大好きよ!」
私の叫びは、新たなファンファーレと歓声の中に溶けていった。
◇
「……はあ」
会場の隅で、エヴァンは胃薬の瓶を空にして、深いため息をついた。
目の前では、新郎新婦と妹が、ケーキを顔に塗り合って大騒ぎしている。
王族の結婚式とは到底思えないカオスぶりだ。
「やっと終わった……。これで少しは休める……」
エヴァンは涙ぐみながら手帳を閉じた。
明日からは、彼らがハネムーンに出かけるため、しばらく静かな執務室が戻ってくるはずだ。
そう思った矢先。
「おいエヴァン!」
キース殿下が満面の笑みで手招きをした。
「明日からのハネムーンだけどな、リナ嬢も連れて行くことにした!」
「は?」
「あと、行程を変更して『世界一周・珍道中の旅』にする。ついては、お前も同行しろ。荷物持ちが必要だ」
「……はい?」
「出発は明朝5時だ! 遅れるなよ!」
キース、ミュール、リナの三人が、キラキラした笑顔で親指を立てる。
エヴァンは遠い目をした。
そして、静かに新しい胃薬の封を切った。
「……辞表の書き方、調べておくか」
エヴァンの受難は、まだまだ続きそうである。
王都の青空に、祝福の鐘が高らかに鳴り響く。
「……夢みたい」
私は、王城の大聖堂へと続く長いバージンロードの入り口で、眩しい光に目を細めた。
今日、私、ミュール・アークライトは、この国の王太子、キース・フレイ・オルコット殿下と結婚する。
本来のシナリオであれば、私は断罪され、国外追放され、どこかの寒村で細々と暮らしているはずだった。
それなのに。
「お姉様! 最高です! 美の暴力です! 後光が見えます!」
足元では、フラワーガール(兼、警備主任)を務める妹のリナが、感動のあまり号泣しながら私のドレスの裾を直している。
「リナ、泣かないで。メイクが崩れるわよ」
「無理です……! 今日のお姉様が美しすぎて、網膜に焼き付いて離れません……ううっ」
リナは鼻をすすりながら、それでも幸せそうに笑った。
今日の私は、昨日の激闘(試着大会)の末に選ばれた、純白のウェディングドレスを身に纏っている。
レースと宝石をふんだんに使いながらも、シルエットは洗練されており、私の「悪役(だと思い込んでいた)令嬢」としての気高さと、「聖女(と勘違いされている)」としての清らかさが同居した、奇跡の一着だ。
「さあ、ミュール。行こうか」
隣に立つお父様が、震える声で腕を差し出してくる。
「ああ、私の可愛い娘が……王家に嫁ぐなんて……」
「お父様まで泣かないでください」
私は苦笑しながら、その腕に手を添えた。
扉が開く。
パイプオルガンの荘厳な音色が響き渡る。
参列席には、国中の高位貴族たち、そして特別に招待された私の「ファンクラブ(国民代表)」たちが詰めかけていた。
「ミュール様、おめでとう!」
「俺たちの聖女様!」
「キース殿下、ミュール様を泣かせたら許さないぞ!」
歓声と拍手の嵐。
私は顔が熱くなるのを感じながら、一歩ずつ絨毯の上を進んだ。
その先に。
祭壇の前で、白い礼服に身を包んだ、世界一の王子様が待っていた。
キース様。
彼は私を見ると、太陽のように眩しく、そして蕩けるように甘く微笑んだ。
(……悔しいけど、かっこいいわ)
私は心臓が高鳴るのを抑えられなかった。
祭壇にたどり着く。
お父様から、キース様へと私の手が渡される。
「……待っていたよ、ミュール」
キース様が私の手を強く握りしめる。
「今日の君は、言葉を失うほど綺麗だ」
「殿下も……無駄にかっこいいです」
「ふふ、素直じゃないな」
神父様が咳払いをした。
「えー、では。汝、キース・フレイ・オルコットは……」
誓いの言葉が始まる。
長い儀式の間、キース様はずっと私を見つめていた。
その視線が熱くて、私はヴェールの下で何度も瞬きをした。
「……誓います」
キース様の力強い声。
続いて、私の番だ。
「汝、ミュール・アークライトは……」
私は深呼吸をした。
この言葉を言えば、もう後戻りはできない。
悪役令嬢としての自由も、気ままな独身生活も終わりだ。
でも。
チラリと横を見ると、リナがハンカチを噛み締めながら、必死に親指を立てて「グッ!」とポーズを送ってくれている。
そして目の前には、私を愛し、守り、追いかけ続けてくれた人がいる。
(……悪くないわね)
私は小さく笑って、はっきりと答えた。
「はい、誓います」
神父様が頷く。
「では、誓いの口づけを」
キース様がヴェールを上げる。
私たちの顔が近づく。
その時、キース様が私にしか聞こえない小声で囁いた。
「覚悟してね。……これからは、もう二度と君を離さないから」
「……望むところですわ」
私が言い返すと同時に、唇が重なった。
チュッ。
一瞬の儀式的なキス……かと思いきや、キース様は私の腰を引き寄せ、深々と口づけをした。
長い。
情熱的すぎる。
「きゃあああああっ!!」
「ヒューヒュー!」
会場が大爆発したような歓声に包まれる。
リナが「尊い……!」と言って卒倒しかけ、エヴァン様に支えられているのが視界の端に見えた。
◇
「さあ、ここからは戦争ですお姉様!」
式が終わった直後の控え室。
感動に浸る間もなく、リナが叫んだ。
「次はお色直しです! 目標タイム5分! 急いで!」
「5分!?」
そこからは、昨日の宣言通りの「地獄のファッションショー」が幕を開けた。
披露宴会場の扉が開くたびに、私は違う姿で登場した。
「2着目! 王家の伝統色、深紅のドレス!」
「おおおーっ!」
「3着目! リナ様デザイン、天使の羽付きドレス!」
「可愛いーーっ!」
「4着目! 殿下のリクエスト、伝説の猫耳ドレス!」
「にゃーん!」
参列者たちは、食事をする暇もなく私の着替えに喝采を送った。
私はもう、自分が結婚式をしているのか、耐久レースをしているのか分からなくなっていた。
「はあ、はあ……もう無理……」
10着目の着替えを終え、バルコニーで夜風に当たっていた私は、手すりにぐったりと寄りかかった。
「お疲れ様、ミュール」
キース様がシャンパングラスを二つ持ってやってきた。
彼も何度もお色直しに付き合ってくれたので、少し乱れた髪がセクシーだ。
「乾杯しようか。僕たちの新しい門出に」
「……乾杯」
グラスを合わせる。
冷たい液体が喉を通り、ようやく人心地がついた。
「どうだった? 君が夢見た『悪役令嬢の末路』とは違っただろうけど」
キース様が夜景を見下ろしながら聞く。
私は苦笑した。
「ええ、全然違います。……本当なら今頃、私は修道院で静かにシチューでも食べているはずでした」
「それは残念だ。今日のディナーはフルコースだからね」
「でも」
私は空を見上げた。
満天の星空。
そして、遠くから聞こえる宴の喧騒と、リナの笑い声。
「……これも、悪くないかも」
私は素直な気持ちを口にした。
「みんなが笑っていて、リナが幸せそうで、そして……あなたが隣にいる」
私はキース様を見た。
「計画通りにはいかなかったけれど、今の私は……世界一、幸せな悪役令嬢(元)かもしれません」
キース様が目を細め、愛おしそうに私を見つめた。
「訂正しよう。君は悪役令嬢(元)じゃない」
「え?」
「君は、僕の最愛のプリンセスだ」
キース様が私の手を取り、甲にキスを落とす。
「これからもよろしく頼むよ、ミュール。……僕の人生を、君色に振り回してくれ」
「ふふ、覚悟してくださいね。私のワガママは、国庫を傾けるくらい重いですよ?」
「望むところだ」
私たちは見つめ合い、そして笑い合った。
その時。
「お姉様ーーーッ! 抜け駆け禁止ですーーーッ!」
バンッ!
バルコニーの扉が開き、リナが飛び込んできた。
「もーっ! いつまでイチャイチャしてるんですか! 次はケーキ入刀ですよ! 私が焼いた10段重ねの特製ケーキです!」
「10段!?」
「早くしないと溶けちゃいます! 行きましょう!」
リナが私の右腕を引く。
「やれやれ、相変わらず騒がしい妹君だ」
キース様が苦笑いしながら、私の左腕を取る。
私は二人に挟まれ、引っ張られた。
「ちょ、ちょっと! ドレスが破けるわ!」
「大丈夫です、あと5着ありますから!」
「買いすぎだ!」
私は二人に引きずられながら、光溢れる会場へと戻っていく。
これが、私の新しい日常。
妹と、夫と、そしてたくさんの愛に囲まれた、騒がしくも幸せな日々。
私は心の中で、かつての自分に別れを告げた。
(さようなら、悪役令嬢の私)
(こんにちは、幸せな私)
「……みんな、大好きよ!」
私の叫びは、新たなファンファーレと歓声の中に溶けていった。
◇
「……はあ」
会場の隅で、エヴァンは胃薬の瓶を空にして、深いため息をついた。
目の前では、新郎新婦と妹が、ケーキを顔に塗り合って大騒ぎしている。
王族の結婚式とは到底思えないカオスぶりだ。
「やっと終わった……。これで少しは休める……」
エヴァンは涙ぐみながら手帳を閉じた。
明日からは、彼らがハネムーンに出かけるため、しばらく静かな執務室が戻ってくるはずだ。
そう思った矢先。
「おいエヴァン!」
キース殿下が満面の笑みで手招きをした。
「明日からのハネムーンだけどな、リナ嬢も連れて行くことにした!」
「は?」
「あと、行程を変更して『世界一周・珍道中の旅』にする。ついては、お前も同行しろ。荷物持ちが必要だ」
「……はい?」
「出発は明朝5時だ! 遅れるなよ!」
キース、ミュール、リナの三人が、キラキラした笑顔で親指を立てる。
エヴァンは遠い目をした。
そして、静かに新しい胃薬の封を切った。
「……辞表の書き方、調べておくか」
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