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【第一章】旅の途中
謎のトライアングル
しおりを挟む「よっしゃ。先へ進みまっせ」
流れに腕を巻き込まれた精神的ショックが大きく、ちょっちビビり気味だったが、問題なく川渡りは成功。再び黒い平原の行進が始まった。
進むほどにぼんやりと明るくなり視野が広がる。それによって知らなかった事実も見えてきた。
まず地面は平らで高低差がほとんどない。見渡す限り黒い植物が埋め尽くしており、樹木が一本も生えていなかった。そして何よりも目を奪われるのは、その中にそびえ立つ異様な建造物だ。
「なんやねん、あれ……」
先に言っておくが、タワーではなかった。いやこういうのもタワーって言うかな?
俺たちの頭上に大きく圧し掛かって来たのは予想を遥かに超えた謎めいた物体で、タワーだと思い込んでいたのは、二辺を真横から見ていたためだ。実際は三つの角を持つ物体。早い話が三角形さ。しかも中身が抜け落ちた三角形の枠組みだけの建物だった。
最も簡単に言い表すと、楽器のトライアングルだな。あれの超巨大なヤツが草原にそびえる、てな感じだ。
近づくにつれて、白色の三角形は天を突き、ますます頭上を覆ってきた。
「こりゃあ、でっかいぜぇ。どうやって作ったんだろ?」
「すっごいわ。頂上を見ると目まいしそうよ」
玲子が驚嘆の声を震わせるのも無理は無い。
直径はゆうに10メートルを超す橋脚を思わす材質不明の円柱を、三角形に折り曲げた巨大建築物だ。
まだ少し先にあるのだが、目に映る異様さは尋常ではなく、威厳すら感じさせる。
三角形の高さは──さっぱり解らない。空まで突き抜けて見える。
あいだを月が通過するのではないかと思ったが、さすがにそれはあり得ない。でも感覚的にはブレインタワーより高い。明るくなりつつある空の彼方で、二本の斜辺が互いにもたれ掛かっていた。
見る者を圧倒させる高さを誇り、両斜辺と同じ長さと太さを持った円柱が底辺となって、黒い草原の中を定規で引いたように一直線に走っている。
「こんな三角形の………」
唸りにも似た声が喉からこぼれ落ちた。
「こんだけ高い建物やで。航空機のジャマになるんちゃうか?」
「きっと飛行機が中を通り抜けるんですよ」と玲子は言うが、
「何のために?」
「知んないわよ」
「無責任な……」
やっぱこいつは頭ではなく体でモノを考える生き物だ。
そこから数十分後、底辺の真下までたどり着いて、改めて息を呑んだ。
「高いわ………」
パカリと開けた口を半円にして、首を直角に曲げた玲子の顔は驚きと戸惑いを浮かべている。
「底辺の長さは……ざっと見てどんだけある? 800メートルか? 頂点までの角度が……」
「もっとありそうだけど、目分量では無理だって。比較するもんがねぇもん」
「感覚でええんや。別に観測結果をレポートするわけやないんやから。底辺半分の直角三角形にして……で、角度は?」
『高さは約637メートルです』
「なんで解んねん?」
唐突に言いのけたシロタマに社長はむっとした。
『レーザー測定をしています。結果は約637メートルです』
「ほんまかいな?」
いつまでも訝しげなおっさんだ。ま、俺だって同じ気分だけどね。
「どことどこを測ったんや」
『底辺は正確に1024メートル、底辺と頂上までの角度が51コンマ2度あり、高さ636コンマ79957065059481795688465308704メートル、斜辺は817コンマ10323287867メートルになります』
いつまで経っても腑に落ちない態度を取り続けるオヤジに対する最終攻撃だ。シロタマはまだ続ける。
『具体的な計算方法は、底辺の半分掛けるタンジェント角度51コンマ2度となり、』
「解ったって! もうええワ! 今さら中学生の算数を引っ張り出しなはんな。誰でも知っとる!」
俺と玲子が同時に視線を合わせたのは、互いの算数的知識が中学生以下だと自認したショックからで──。
ひとつ名誉のために言っておくと、俺は三平方の定理で計算しようとしたことを覚えておいてくれよな。
で結局のところ、巨大三角形の高さを知ったところで何の意味もないことに気付いた三人は、ひとまず手分けして物体を調べることにしたが、これも結果を先に伝えると、大規模だがかなりの年代ものだと解っただけだ。白色の表面が部分的に風化しており内側の金属っぽい物質が顔を覗かせていた。
小一時間掛けたが、トライアングル状の建造物が何なのか、何のためにここに置かれているのか、何も解らなかった。
ここがどこで、どんな世界がここにあったのかさえ知らない俺たちには、どだい考えるだけ無駄だということだ。
代わりに安住の場所を求めて時間を費やしたが、忍びこむ入り口すらも無いと判断し、次のターゲット、シロタマが言っていた『小さい建物』に進行方向を変えることとなった。
「せやけどなー。これだけ時間を掛けて歩いとるのに、なーんも分からへんって、どないなってまんねん」
だいぶ疲れていた。精神的にな。
「だよな。新たな発見もあるけど、すべてが意味不明だぜ」
「この星には山は無いの? 何なのよこの黒い草は。それに明るくなってきたのにいっこうに朝陽が出て来ないしさ」
文句を垂れるのはヒューマノイドだけで、ナナもタマも黙って進んでいた。
先頭を行くナナは、茂みを掻き分けるのに疲れた玲子に代わって買って出ただけあって、元気はつらつとしており、時々後ろを振り返り、俺たちに笑顔を振りまいて「がんばれ」とばかりにエールを送り、その前方数メートル先をシロタマが誘導している。
ヤツラは疲れを知らないが、俺たちはそうはいかない。肉体的な疲労よりも、いつまで経っても黒い草原から抜け出せないうえに、目的地までの距離が不明のまま、黙って行進を続けることは精神的に参るのだ。
「シロタマ……まだなの?」
ついに玲子が根をあげた。俺や社長はとうに掛ける声すら失くしていた。ただ惰性的に手足を動かす、それの繰り返しだ。
『到着しています』
「それなら……早く言え……よな」
声も絶え絶えだ。
「お水飲みます?」
ナナがエマージェンシーキットを出してきたので、頭と手を振って拒否を表明する。
「いらね……」
辺りがだいぶ白じんできたおかげで、あり得ない色をした植物の細かいところまで観察できた。ところどころに子供の拳(こぶし)大の黒いツボミを持っており、ぽっかりと濃いピンク色の花びらを広げたのもある。葉の形はほぼ円形で中心に茎が付いたハスの葉によく似ており、大きさもまちまちで、大きいのになると雨傘の代わりになりそうなほどの物が風に揺らいでいた。
それにしたって、濃い紺色をした植物は初見なので、やっぱり不気味の一言に尽きる。同じ色にぐるりと囲まれると気分まで落ち込みそうなのだが、辺りを撫でて通る風は澄み渡り、ヒンヤリしているのが唯一救われる。
「せやけど……三百六十度、黒ハスで埋まってまんな……」
さっそく名付け名人の社長がそう呼んだ。シロタマしかり、この人は何にでも自分の思いついた名前を付けるのが好きだ。
辺りを埋め尽くす植物を『黒ハス』と呼ぼうが、『ネルンボ・ヌキフェラ』と呼ぼうが、この星の住民はもっと適切な名前を付けていたんだろう、とか。はたまた同種の群生が地平線まで続く壮大な光景がなぜ生まれたのか、この種の植物だけが異常繁殖している理由は、とまぁそう言う調査は生活にゆとりができてからでいい。とにかく今は安住の場所を探すのみだ。
とは言っても、地平線まで黒い草原が風に波打つ荒涼とした景色に、白いトライアングルが立つだけの世界だ。
別の言葉で表しても、殺風景、に尽きる。
「何もねえーじゃんか」
「どこにおますんや、その小さい建物は?」
「ほら、そこと。あっちにも」
シロタマが示す場所。
「あ……」
確かに何かがある。平面的に広がる茂みの、その部分だけがこんもりと盛り上がっていた。
「あんな遠くにもあるわ!」
玲子の指先、数百メートル離れたところにも、もっこりと膨らんだ茂みがある。
『約700メートル間隔に4つ確認しています』
自家用車2台分が格納できるほどの大きさがある。最も近くの盛り上がりに近づき、葉むらを掻き分けると白い陶器にも似た光沢をした壁が出てきた。
「何やろ? 小屋かな」
「これは住居じゃありませんよ。屋根が低すぎますもの」とは玲子。
そう、俺たちの肩の高さまでしかなく、屋根の上までびっしりと濃紺の植物が覆い茂っている。
「ナナ、お前も後ろに回って、草を全部剥がしてくれ。俺は前のほうを抜き取る」
「りょっかい」
彼女の働きは目を見張るもので。全身を使って草刈りを始める姿は、まるで雪の中ではしゃぎ回る子供そのものだった。
俺が手を出すことなく、謎の建造物は丸裸にされた。代わりにナナは草から滲み出す液に染まり、白く美しかった腕や脚が赤紫色に染まっていた。
「だいぶ汚れちゃったわね。この場合どうしたらいいの?」と手を出したのは玲子だ。
「汚れたらヒューマノイドと同じで、お風呂に入りますよ」
なぬ?
風呂だと?
やたら耳が鋭敏化する。
「だいたいワぁ。コマンダーが洗うことになっています」
俺の耳たぶが熱くなり、鼓動が高鳴る。バレるとまずいので目を逸らして気配を殺す。
「だめだめ、あたしが洗ってあげるから、絶対に裕輔なんかに洗わせたらダメよ」
あのヤロウ。お節介なことを言いやがって。
「どーしてですか?」
「あいつはケダモノだからよ」
「えー? 哺乳類は哺乳類ですけど、ヒューマノイド型れすよ?」
「違うわ。それは仮の姿。夜になると四つ足になるのよ」
「お前なぁ。黙って聞いていりゃ、なんだよ!」
「おまはんら! しょーもないことで言い争っとらんと。入り口を探さんかい!」
まーた。叱られたじゃないか。ほんとにあいつはよけいな事を言うヤツだ。こんな聖人君子がケダモノなわけがネエだろ。
あんまり自信ないけどな。
しかしまぁあれだ。コマンダーがガイノイドの洗浄を任されていたとは、なかなかやり応えのある役職だな。うん。
煩悩にくれていた俺は何も注意せずに周囲を歩いていたようだ。
「ぬぁぁー! 何だコリャ。社長! いつの間にか中へ入ってますよ」
「アホか! どうやって入ったんや!」と外から怒鳴るハゲオヤジ。
「よく解らないっす。考え事をしてて、気付いたら中に入っていた」
「……ホンマにアホやな」
アホアホ言うな。
ブツブツ文句を垂れながら、社長が顔を覗かせた。
「なるほどな………。何や知らんけど、時計回りで壁に沿って歩いとったら自然と中に入れる構造や。しかも床が地面より掘り下げてあるから、天井に頭も打たへんがな」
時計方向に渦を描く側壁はまるで巻き貝だ。
材質はツルツルと固く、感触は陶器と言ってもいいかも。遠目で見ると、どこに入り口があるか判別がつきにくい。とにかく壁に沿って右に回っていると、中に入れる不思議な構造をしていた。
一段低くなった床のすみには長い年月のあいだに堆積したホコリが分厚く重なっていたが、中央部はまるで白磁の食器みたいにピカピカに磨かれた白色だった。
社長に続いて玲子とナナも入って来た。外から観察した限り、全員が入れば狭苦しくなるほどの大きさだと考えていたが、なぜか広々としていた。理由は単純明解さ。ここは地下へ伸びる階段が設置された何かの入り口なのだ。
「きっと地下鉄だぜ」
俺の意見は妥当なようで、
「ほんとね。変な入り口が無ければ、アルトオーネの地下鉄もこんな感じよ」
ところが社長は他のところを見ている。
「この惑星の住民はワシらよりだいぶ背が低いな」
「なぜ解るんですか?」
キョトンとした玲子に、にたりと自慢げに笑う。
「手すりの位置や。ワシらよりだいぶ低いやろ」
「ほんとだ………」
下へと続く階段の両脇に金属製の手すりが付いている。赤さびが浮きあがり、長い時間、誰も利用していないのが見て取れるが、社長の言うとおり、手すりの位置が俺たちの膝辺りなのだ。
「と言うことは身長……1メートルちょっとか。小人族かな」
「まぁそんなとこやろ。宇宙は広いからな。どちらにしてもヒューマノイド型でよかったんちゃうか」
「だね。でっかいアメーバーが出て来たらどう応対していいか、困っちまうもんな」
『アメーバーは単細胞生物です。高等生命体に進化することはありません』
「お前ねぇ。冗談の定義ができてんだろ。今のは冗談で言ったんだ、ばーか」
『ユースケの知能レベルでは冗談と真剣との判別がとても難しいのが現状です』
「この非常事態に、ようそれだけくだらんことで言い合いができまんな」
と社長はシロタマ咎めてから俺の腕を引いた。
「おまはんがいちいち噛みつくさかいに、イザコザが起きまんねん。罰として、ちょっと階下の様子を探って来ぃな」
「えっ! また俺っすか?」
「嫌ならええ。ワシが行く」
「あ、行かせてもらいます」
ハゲに行かせた日にゃ、後で何を言われるか分かったもんじゃない。
応援ありがとうございます!
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