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文久3年

岩城升屋事件ってなんだっけ?(参)

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 ちなみにほむろたち妖狐のことも聞きました。

 九匹の妖狐は、その力を利用しようとする権力者から身を隠すため、全国各地にあるそれぞれの隠れ里で暮らしているらしい。

 だが仮に人間が押し寄せても、妖術によってコテンパンに撃退され、人間が妖狐の協力を仰げたことはないらしいが。

 つまり妖狐は自分から人間に協力する時以外は里に引きこもってるか付近をうろついてるってことなのかな?

 一尾の狐は江戸、二尾の狐は長州、三尾の狐は土佐、四尾の狐は函館、五尾の狐は仙台、六尾の狐は薩摩、七尾の狐は京の都、八尾の狐は会津、そして九尾の狐が奈良の近くに里を持っているようだ。

 しかし詳しい場所までは、ほむろも把握していないらしい。

『妾たちは集まることはあっても、場所はいつも奈良の都じゃったからのう。妾の方から他の妖狐を訪ねたことはない』

 というのがほむろの言い分だ。




『雫、お涼が来ておるぞ。入れて良いか?』
(ん?お涼さんが?うん、いいよ)

 あれ?お涼さん、昼食の用意があるからもう帰らないと、って言ってさっき出て行ったはずだけど?

『なんか、康順が雫の手製の傷薬を持ってきて欲しいらしいぞ』
(あ、それを伝えにきてくれたのね)

 風読みの術を使ってお涼さんの位置を特定して、そこに向かって一礼する。

『また午後に来るね、とお涼が言っておる』
(うん)

 お涼のいるだろう場所に向かって頷き、微笑む。

 なんかこれ、虚しいよね。自分が誰に返事を返しているのかもわからないし、向こうが言ってることやってることもわからないんだもん。

 お涼さんが出て行った、という報告をほむろからもらい、私は移転の術を発動して、目当ての傷薬を手元に転移させてくる。

 調合のお仕事をもらった最初は粉薬しか作らせてもらえなかったが、最近では働きや腕が認められたのか、薬を煎じたり、煮詰めたりと、いろんな製薬法をやらせてもらえるようになった。

 それに伴って作る薬の量も増えたんだけど。

 そんなこんなでより多くの薬を作れるようになったから、薬学部生時代に趣味としていた薬作りもぼちぼち再開できている。今はまだ傷薬だけだ。

 幸い、材料は全部この時代にもあるものだったから困ることもなかった。

 そういえば最近その傷薬を康順先生が使ってくれて、効き目がとてもよかったから治療にも使うようになったんだっけ?

 この時代は医学も薬学もまだまだ孵らずの卵だから、私の製法で薬を作る人はいないだろうし、未来の薬より効き目がいいような薬もないのだろう。

 まあ、重宝されてるならそれはそれでいいが。

 でも、2017年でこれやったら捕まるよね。薬事法違反で。文久3年ありがとう。

 2017年で一般的な、化学反応が必要な薬は作れないけど、天然の薬用植物で作れる薬も多い。

 作り方もだいたい知ってるし、これからもいろいろ作るつもりでいる。
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