その都市伝説を殺せ

瀬尾修二

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一章

一話

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 変化は、突然訪れた。
眠気を誘う陽光の下、授業を受けていた生徒達の誰もが、(このまま何も考えずに眠ってしまえれば、どれほど幸せだろうか)と思っていた。
 この春に高校生となった藤村和義もその中の一人で、夢と現実との狭間を行き来しながら、瞼にかかる重圧と戦っている。その閉じ掛かった視界の端に何かを捉えても、最初の内は感情が動かなかった。だが、その[何か]が迫りくるにつれて、段々と意識を向け始める。

  三階にある教室のベランダすれすれを、全長四メートルほどの[鳥のようなもの]が飛んでいた。その顔はどことなく人と似ているが、大きな嘴を付けており、鋭い牙の先を覗かせる。また、殺傷力の高そうな太い爪が両足の末端から伸びて、爬虫類のような尾を持っていた。

 怪鳥の頭が自身の真横に着いた時、彼はようやく覚醒した。そして、当然のように横切っていく化け物を、ポカンとした顔で見つめしまう。数秒後、慌てて前の席の生徒に呼びかけた。
「おい、外見みろ!! おい!!」
 話しかけられた男子生徒が、怪訝な表情を浮かべながら後ろを向く。それから気怠げに窓の外を確認すると、和義の方を見返して「何?」と言ったきり黙り込んだ。
 二人は、周囲から多くの視線を感じ取った。それらを遡っていけば、同じ数の無表情な顔に行き着く。窓の外にはまだ巨大な尻尾があり、和義達を視界に入れているのなら、異常に気づかない筈がない。
 生徒達が次々と黒板へ向き直る中、教師は場の空気を乱した教え子に訓戒を垂れると、何事も無かったかの様に授業を再開した。
 和義は、もう一度窓の外を確かめてみる。しかしガラスの向こうには、見慣れた風景があるだけだった。
 釈然としないまま授業に意識を戻そうとするが、今度は教壇のすぐ側に[白い靄のようなもの]を見つけた。それを凝視している間に、靄は扉を開けずに廊下へ通り抜けていく。
 彼は、現状を把握しようと努めたが、うまく考えが纏まらずに困り果ててしまう。
(さっきの化け物達が、また出てきたらどうするんだ)
 そう思うと、居ても立っても居られなくなり、早退することにした。

 学校から離れれば助かると決めつけて、勢いよく昇降口を飛び出す。そんな彼を待ち受けていたのは、街中に溢れ返る化け物達だった。
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