アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第二章】時を制する少女

  パワー配分アルゴリズム    

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「やーん。逃げられましたぁ」
「アカネよー。起動に時間が掛かる武器なんて、どんなにすごい威力だとしてもダメだろう。思ったとおりのポンコツじゃねえか」
「もぉ…………」
 粒子加速銃は寂しげに音を落していき、茜は無念そうにうつむき、玲子が問いかける。
「どういう事なの? また先手を打たれたってわけ?」
「だな……」
 現実を見れば瞭然としている。俺たちだけが静穏とした瓦礫の山に取り残されていた。

 思っていた以上に連中は小賢しいということがこれで判明した。未来の管理者が焦る気持ちがよく伝わる一場面だと添えておく。



「この後、どないしたらエエねん?」
 不安げにつぶやく社長の声が薄ら寒い。しかし気構えを整える間もなく優衣が立ち上がる。
「とにかく追いかけましょう。まだそう遠くへは飛べないはずです」

 茜がポケットから何らかの装置を取り出し、口元を近づけた。
「パーサーちゃん。みなさんを銀龍へ戻してくださぁい」
 それは茜が手作りした銀龍との通信機だった。
「そんなものまで作っていたのか」
 思わず口に出た。

 出しゃばった行動取ると、必ず憤慨するのが我が社の瞬間湯沸かし器なのだが、この時のタイミングは絶妙で完璧に社長の意を読んでおり、玲子も呆気にとられていた。
 うかうかしてたら、お前の仕事が盗られちまうぞ──と忠告してやろうか。



 銀龍へ戻ると、パーサーはまじろぎもせずに茜を見つめていた。
 たぶん社長以外の指示に動いた自分に驚きを隠せないんだろう。

 社長は縁日で売っているヒヨコを見るような目でパーサーを窺ってから指示を飛ばした。
「周辺に浮遊する小惑星の破片やら瓦礫を片っ端にスキャンして、そのデータを司令室へ送ってくれまへんか」
 一拍ほど返事が遅れたが、パーサーは黙って作業に入り、社長はその動きを目で追いつつ、
「ほんで玲子は送られてきたデータから、ドロイドのEM輻射波のスペクトルを抽出するんや!」
「え……?」
 先に司令室へ向かおうと歩き出した玲子の足を縫い付ける結果に、俺は苦笑いを浮かべる。。
 秘書課のチーフであろうと、さすがにそんな専門的なことはできないはずだ。
 案の定玲子は強張った顔をして、
「え……っと。どうやって……」
「ワタシにやらせてください」
 前に出たのは優衣だ。
「そのような仕事に従事するのは、ワタシが最も適任だと思います」
 超納得だ。世紀末オンナは戦闘に従事する保安部がいい。そして優衣はデータ分析係とアドバイザー兼、星間コーディネーターだな。人それぞれ向き不向きがある。

 となると浮くのは、茜だな。
 どうする?
 漫才でもやらせておく?
 ま、おいおい考えるとして……。

 各自の持ち場がそれぞれ決まり出し、うまく隙間が埋まっていくのはいいのだが、俺はどうにも落ち着かない気持ちに苛まれた。のんびりしている状況ではないからだ。
「社長。そろそろ超新星爆発が始まらないか? 先にここから逃げたほうがいい」

 分析装置を起動していた手を止め、優衣が振り返り、
「だいじょうぶですよ。爆発の時間はちゃんと歴史どおりに起きますから、あと2時間15分後です」
 続いて茜が工具箱を手にして言う。
「その前にやることがありまぁーす」
「何しまんの?」
「実はですねぇ……」

 茜からとんでもない要求を突き付けられて、社長は「なんやてー!」と叫んだ。
 二人は過去から持ち込んできた武器を銀龍の外壁へ装着する許可を求めたのだ。

 そう、格納庫の隅に山積みにされた機材のことだ。
「いったい何を付けまんねん?」
「プラズマフォトンレーザーのランチャーポッドです」
 空気清浄器の親玉みたいな事を優衣は平然と言うが、
「レーザーとか言うんだから、たぶん銃器の類だろ? でさ、それでいったい何を撃とうというんだ?」
「ドロイドです。ギンリュウには宇宙空間を逃げ回る敵を狙う武器が装備されていません。ワタシがデータの分析をするあいだにアカネに取り付けさせます」

「なんですとー?」
 涼しい顔してよく言うよな。
「気温は関係ありませーん」
「うるせえな~。いちいち絡んでくるな、アカネ」

「ただし外壁に取り付ける時は宇宙空間に出なければいけません。ここはシロタマさんに頼みます」
 優衣の視線が示す先、天井の隅にゴキブリがいた。いつからそこにいたのか知らないが、完璧にその場所を自分の定位置と決め込んでいて、天井から音も無く下りてくると、俺たちの真上で報告モードに切り替わった。

『ガイノイドは真空中での稼動が不可能だとは言いませんが、推奨されません』
「なんでや?」
「カタログによると動作温度がマイナス20℃からプラス130℃となっており、さらに声帯振動による音声合成のため超低気圧環境での稼働は部品破損の恐れがあります。従って宇宙服無しで銀龍の外に出ることが可能なシロタマが代わって作業することを許可します』

 許可するって……。あくまでも上から目線なヤツ。

「家電製品の取り説みたいなことをゆうとるけど、手が無いおまはんがどうやって作業しまんねん?」
 社長の疑問は、シロタマが作業を始めるとすぐに解消した。

 なるほど……。体からマニピュレーターを出すのか。
「そういえば、ステージ3だっけ。手術もできたもんな。便利な野郎だぜ」
「だけど相変わらず、カニみたいダすな」
 田吾の言うこともまんざら間違っちゃあいない。



 外の作業を黙々とこなしていくシロタマの姿を外壁に取り付けられたカメラが捉えていた。
「あの効率の良さはどないや。何とかあいつを会社の組み立て部門にまわされへんやろか……」
 と言ってから、
「アホな、こっちが振り回されるワ!」
 一人突っ込みに精を出していた。

 続いて社長は、優衣と茜が第二格納庫に運び込むパーツをシロタマがドアツードア転送で外に移動させる様子を苦々しい表情で見た。
「あのアホタマは最後まで銀龍の改造場所を教えへんかった」
「調べたら解るんじゃないですか? 社長はその道の権威でもあるんだし……」
「ああ」
 と、うなずいたものの、ハゲオヤジは悔しげな目を俺にくれ、
「ワケの解らん装置が至る所に付けられとるんやけどな。それが何にかも解らん。ワシらの技術の遥か先を行くテクノロジーでっせ。理屈すら意味不明や」

 なりほどね……。
 何だかその背中が寂しげでもあった。



 半時もして。
 今度は外の作業を見て、複雑そうな顔をする社長。
 今日はいろいろあって、このおっさんの七変化(ななへんげ)が見られてとても楽しい。

 その社長がのたまう。
「一銭も出さんと、銀龍がグレードアップされていくんは気分ええけど。それが武器となるとちょっと重たいな」
 探査船だった銀龍が武装化されていくことにわだかまりがあるものの、経費が掛からずゴージャスになる事に関してはひとまず許すようだ。
 なるほど、倫理か進化か、それは複雑な心境だろうな。

 ところが脇で田吾がポツリ。
「これが済んだら、パーツに戻して売っぱらえばいいんダすよ」
 ケチらハゲの眼が急激に輝やくのは、陽が沈めば暗くなるより明確な事実である。

 おいおい……。




 2時間後──。
 俺の席に妙なコンソールパネルが追加されていた。
「なにこれ?」
 小型のディスプレイと十字レバー付のパッド。数個のボタンが付属した物がデスクの上に置いてある。

 会社では開発課の下っ端だが、特殊危険課として銀龍に搭乗する時は船外制御全般が俺の仕事だ。という役割から見れば、当然、取り付けられたフォトン何とかレーザーの制御を俺に任せられるのは自然な流れなのだが、これはちょっと……。

「これって、冗談じゃないよな?」
 優衣に尋ねると、
「今のギンリュウのパワーレベルでは10パーセントほどの出力で限界です」と前置きをしてから、
「フォトンレーザーコントローラーです。簡単に言って照準器ですね」

 外壁に取り付けられた仰々しい装置の割に──これって。
 訝しげに手のひらに載せて真上と真横とを交互に見比べる。
 どこかで見たことのある代物だったからだ。

 しげしげと見る俺の前に、ゴキブリ野郎が舞い下りて来た。
「おしゃる(猿)しゃんに馴染みやすいものにしてやったでシュよ」

 むかっ腹の立つ言葉を上から落としてきやがったので、
「作業中に流れ星にでも当たって、ぶっ潰れたらよかったのにな!」て言ってやったら、

『流れ星は惑星の大気に突入し発光したものです。宇宙空間に漂うものは流星となる前の物質で今の発言は的確ではありません』

「うっせぇ──。そんな説明はいらん。それより何だ、これは!」
 厚さ大きさ共にゲーム機のパッドそのものだった。それをタマの前に突き出す。

「だからおしゃるしゃんでも解るようにしてあげたんでシュよ」
 流動性金属と化したシロタマはまるで宙に浮かぶ水風船だ。俺の意見に反論する意思表示なのか、目の前でボディをくねらせた。

「ここは正規の探査船でな、今日からネブラ攻撃の戦艦でもあるワケだ。お前、遊んでるのか!」

『使い馴染んだ物が最適であるのは明白で、かつ知能レベルから推測される形状はそれだと判断されました』

「それなら流行りのVRもんにしてくれたらよかったんだよ。そっちのほうが体感的でやり易いだろ」
「ふんっだ。VRなんかにしちぇみろ、1分でオマエの三半規管がぶっ潰れるんだよ……きゅわぁぁぁー!」
 途中で変な声になったのは、玲子が引っ掴み部屋の外へぽいと放ったからだ。

「あなたもあの子と言い争っていないで、与えられたもので最善を尽くしなさい」
 保安部長の采配には文句を言えないのである。言い返す言葉も思い浮かばんかった。



「パワー配分アルゴリズムは、こちらから入力します」
 優衣は苦笑いを堪えるようなおかしな顔をしながら、小さなディスプレイ付きのプレートを俺に差し出した。
「あ?」
 かろうじて理解できる範囲だが、アルゴリズムってなんだろ?
 そりゃ何だと尋ねたら、またシロタマが勇んで戻って来るので、知ったかをする。
「なるほどね。パワー配分アルゴリズムね。了解、了解。ちょろいもんよ」

「大丈夫なの?」
 と左隣から玲子が突っついてきたので、とにかくニヤリと笑って誤魔化した。でもそれを見透かしたみたいに茜が告げる。
「ギンリュウに残るパワーをすべてフォトンレーザーに流れるように、パワーシステムの構築をするんですよ?」
 何だよ~、システムの構築って?

 額に汗が滲むが、
「あぁ。任せておけアカネ」
 何だか解らないが、とにかく適当に数字を入力した。

 し~らね……。




 データの解析を始めていた優衣が、ほどなくしてコンソールから顔を上げた。
「パーサーさんに集めていただいたスキャンスペクトルに、ドロイド固有のEM輻射波のデータが混じっています。ここから5万4千キロメートル先に漂う、大きな岩の塊です」

「機長。ユイの言う場所まで飛ばしたら何ぼで着く?」
 船内通信で尋ねる社長に機長が答える。

《申し訳ありませんが、いま貰ったデータはどう解釈したらいいのでしょうか?》
「どういう意味や?」
《私が学んだ空間位置情報と違うもので……》

 優衣へ説明を求めるハゲ。
「すみません。未来では銀河座標を使うのが一般的で、銀河の中心と水平円周角度と同じく垂直円周角度から位置を特定します」
「説明してる時間が無い。しゃあない、直接操縦席へ行って機長に伝えてきなはれ」

 優衣はさっと席を立つと閃光に包まれその場から消え、続いて機長の声が船内無線から轟く。

《場所は了解しました。加速時間を考えて、ここから20分ぐらいの位置ですね》

「ちょい待ちなはれ。シロタマはどこからドアツードア転送をコントロールしてまんねん?」

 再び優衣が光と共に自分の座席の横に実体化。
「シロタマさんの転送ではありません。ワタシ自身のDTSDを使用しています」
「……んが」
 言葉が出んだろな。今こいつは船内で時空間移動をやったと言いのけたんだぜ。

 目が点になったまま固まる社長に、優衣は言う。
「超新星爆発の25分前には到着します」

 焦点の合わない目でまだ優衣を見つめる社長を窺いつつ。
「あの……。ワタシは時空間の移動に制限はありません。このようなシチュエーションでは利用したほうが効率的だと思いまして……。慎んだほうがいいのでしょうか?」

 社長はブンブン頭を振り、
「か、かまへん。しやけど、使い方によったら銭に変わりそうな臭いがしまんな」
 と言ってから、重ねて頭を振り、
「今はそれどろやないワ。ほんで、ハイパートランスポーターの起動に何分掛かりまっか?」

「12分です」
「よっしゃ。お釣りが出ますな。大儲けやで。ほな裕輔、行こか。発進準備どないや?」

 時間の猶予がどうやって金銭的な関係に変換されるのか、クビを捻ってしまいそうだが、とにかく職務を全うしなければこっちの給料に響く、てなもんだ。
 それにしたって宇宙規模のミッションをサラリーマン感覚で実行されちゃあ、管理者も堪ったもんではないだろうが……俺は責任を持たんぜ。

「えーと、慣性ダンプナーオーケー。人工重力プレート正常。ディフレクター起動っと。いつでもいいぜ」
 司令室全体が最もよく見える位置を船長席だと子供みたいな宣言したケチらハゲが、俺の返事を待って操縦席へと合図を送る。

「ほな、機長。出発や」

《了解……》


「みなさーん。お茶の時間で~す。お茶ですよ~」
 場違いなことを言いながら、茜が司令室に入って来た。
 静かだと思ったら給湯室にいたようで、手に持ったお盆にペットボトル入りの飲み物が横倒しの状態で並んでいた。

「何ゆうてまんねん。この緊迫した時にお茶なんかすすってられまっかいな」
「ダメですよ~。緊張時こそリラックスすることが望ましいのでぇす。わたしの淹(い)れたお茶は美味しいですよぉ」
 つぶらな瞳で社長を見つめる顔は真剣だったが、こっちも頑固だ。

「いらんってゆうてますやろ」
「も~~~~」
 ぷぅっと頬を膨らまし、
「おユイさんから聞いてますよぉ。朝から飲まず食わずなんでしょ。生命体は一定時間ごとにお食事、最低でも水分補給と休息を取ることになっていまーす」

 さすがは管理者のガイド兼メイド役をこなしてきただけのことはあるが、
「あんなぁ。超新星爆発を起こす前に、逃げたドロイドを見つけて破壊するのが先決やろ。お茶はその後でもらうから。そこらに置いといてくれまっか」

 茜はぶつくさ文句を垂れつつも、各座席を回ってお茶入りペットボトルを配り、それが終わるとビューワーの横に立って全員の行動をじっと観察することに専念し始めた。

 となると、気になるもので。
「なんでんねん?」
 怪訝な声音で眉毛を歪める社長。

「飲んでくらさぁーい」
「今はいらん……」ぷいと首をねじるハゲオヤジ。

「すぐにぃ~~飲んでぇぇ~」
 こうなると駄々っ子である。傍(はた)から見るとまるで爺さんと孫みたいな雰囲気が漂うのは致し方ない。

「ねぇぇぇ飲んでぇ~」
 お盆を抱き締め、胸を振られれば、
「も~。ホンマにしょうがないなぁ」
 言語品位レベル2あたりの口調は対象話者を低年齢層とみなした位置にあるようで、この人から見れば念願の孫を相手にするのとそう変わらないようだ。しかもそのレベルで固定しろと言ったのもこのハゲだし。ある意味、自業自得なのである。


 渋々お茶に手を出す社長。これで俺も遠慮なく飲める。実は緊張続きで喉はカラカラなのだ。

 プシュッと小気味よいエアーの抜ける音。続いて、程よく冷やされた液体が喉を染み透って行く。
「ぷふぁぁぁ」と息を吐き、「美味い!」と叫ぶ。
 さっきまで文句を言っていたケチらハゲの喉がいつまでも上下に動き。
「ぶふぉぉぉ。これは美味いがな」
 しぶきを飛ばしながらボトルを口から離した。
「どういうことや?」
 照明の光を通すように高々と掲(かか)げて中身を見た。

 玲子の雑巾茶とは雲泥の差だ。
「ほんと。美味しいわぁ。アカネちゃん、これどうやって淹れたの? 銀龍には安いお茶しか置いてないでしょ? あっ!」

「安くて上等や……。ここは喫茶店とちゃうからな」

 バカが自分で地雷を踏んでら。
「いや。ワタシが淹(い)れるのとはだいぶ違うという……意味……で……」
 だんだんフェードアウトして行き、最後は口を閉じて下を向いた。

 しかし、玲子も美味いという味がわかるのだから、味覚音痴ではなさそうだ。となると大雑把な性格があいつの淹れたお茶に滲み出るのだろうが、どう大雑把に作ればあんな摩訶不思議な味の領域に達するのだろう。

 茜はニコニコしたまま説明を続ける。
「このお茶はイクトから持ち込んだ地下水を利用してるからでぇす。ミネラル分が多くて美味しく淹れることができまーす」
 こいつらは人間離れした味覚を持っている……。実際人間じゃねえし。
 それよりあんな衛星の地下に水が流れていたほうが驚きだ。

「そんなもん。いつ持ってきたんや!」
「機材と一緒ですよ」
「ほんまに……どれだけの燃料が必要や思もてまんねん」
 と、社長はひとりごちを披露した後、
「タダでっか?」
 丸い目をして茜を見遣り、アカネも明るく答える。
「もちろん、タダでぇ~す」
「ほな許可します。アカネは今日からお茶係や」

 ずりん。

 デスクの上で肘を滑らせてしまった。タダだと何でも通じちまうのが、このオッサンの怖いところだな。
 でもって、喜んだのは茜だ。

「やったぁ~。コマンダぁー。わたしも就職できましたぁ」
 嬉々として俺の正面で小躍りを繰り広げるバカに言ってやる。

「よかったな、アカネ。でもお給料出ないよ」
 ぱたりと動きを止めて、小首をかしげる茜。
「おきゅうりょう?」
「知らないのか?」
「あ、はい」
「ならいい。いつかわかる」

 このオッサンの思うツボだぜ。


 そこへ──。

「社長さん。間もなくネブラのプロトタイプを発見します」
 閃光と共に優衣が司令室に現れて、おかしな物の言いをした。

「何? うがっ!」
 疑問と同時に仰天するのは当たり前だ。
 現時の優衣は座席に着いたまま。今現れたのはたぶん数分先の未来の優衣だろう。
 ほんの短時間だったが、優衣が二人並んでいた。言うだけ言うとすぐに未来体のほうが消えた。

 神出鬼没にもほどがある。社長と一緒になって、変な笑みを浮かべて俺たちの顔色を浮かべる現時の優衣を睨んだ。

「ったく……時間の流れがむちゃくちゃだぜ」
 俺の小言よりも早く、しかも船内通信のランプが点るよりも先に優衣の視線がそこへ滑らされて、二度目の驚きを浮かべる間も無く、通信機のスピーカーが早口で捲し立てた。

《社長、ドロイドを発見しました! 右舷2500メートルにある小天体の破片にへばりついています》
 外部スキャンを続けていたパーサーの声だ。

「爆発まで28分か。予定より3分早いな。ええで、ええで。また儲けた気分や」
 いくらの儲けになるんだよ……。とつぶやく俺の斜め向こうで優衣が跳躍してまたすぐに戻ってきた。

 さっき現れた優衣はこの現時点の優衣だったという、知る必要の無い事実を突き付けられて、ひとまず唖然とした。

 社長は通信機相手に疑問をぶちまけており、こっちの異変には気付いていない様子。
「そやけど、ようそんな小さいモンを見つけられましたな?」

《サルのオモチャを高機能化するのも、シロタマの仕事でしゅよ》
 と無線から聞こえたのはタマの声。すぐに報告モードに切り替わり。
《従来のセンサー精度を500パーセント向上させてあります》

「腹立つ言い方しまんな。ワシんとこの先端技術を舐めてケツかるな。なんや500パーセントって」
 5倍精度が上がったって言う意味ですよ……とは声を出して言えなかった。

 憤怒も露わに、オッサンは喚く。
「オマエ! おらへんと思ったら、そっちにおったんかい!」
《そうシャ。おしゃるしゃんに操縦方法を調教するのに忙しいの》

「調教──っ!」

 見る間に社長のスキンヘッドが真っ赤になった。
「パーサー。そいつを転送して船外に捨てなはれ!」

《大丈夫です。シロタマの『調教』はとても分かりやすく、すべて理解できましたのでご安心ください》

「……まぁ。おまはんが気にしてないんなら。それでエエねんけどな」
 ぶつぶつ言いながらも、社長は玲子に命じて、ビューワーを右舷方向に切り替えさせた。

「うわぁぁおぉ」
 映し出された映像に全員が固着した。外は赤黒い霧の中だったからだ。

 惑星系の中心に鎮座するあの赤色巨星、名をガイヤと言う。そこから噴出した水素と塵が混ざった海だ。宇宙空間が濁った物質で塗りつぶされていた。

 そこには大小雑多な大きさの小惑星の破片などが、恒星から逃げるようにして流れて行く。その中の一つの表面にドロイドの姿が見えた。

 岩石の出っ張りを掴み、踏ん張った姿がスクリーンに拡大された。
「こいつか……」
 ミッションの標的。500兆という天文学的な数に膨れ上がるネブラの根底、芯だ。

 こいつさえ破壊すれば、美味い酒と食事にありつけるわけだ。
 そう思うと俄然とやる気が出てきた。

 俺を小馬鹿にしたようなゲーム機のコントロールパッドを手に持ち、ちょうど部屋に戻って来たシロタマをすがめて言い放つ。
「この機械は1ゲームいくらだ? コインの投入口がねえぞ」

「特別に今夜はタダにしとくよ」
 くそっ、動じない奴だな。

 ……で?
 ……どうやんだこれ?
 十字レバーの付いたパッドを握りしめ、途方に暮れた。

「ゲームしたことねえのかよー、おめぇはー」
 この、クソタマ野郎……。

 怒り心頭の俺。強く吐き捨ててやる。
「ちょっとぐらい説明しやがれ!」

「こんにゃモンに説明がしちゅようなのか、ユースケは?」
 と腹立たしい言葉を述べてから、
『左手で十字レバーを操作し、照準モニターに映るマーカーを移動させます。映像内のドロイドに固定させればショットボタンを押すだけの簡単操作です。プレーヤーの対象年齢は3歳児からにしてあります』
 報告モードまでも俺をバカにした言葉を並べ、俺の心はさらに荒んでいく。

「この野郎! 俺をガキ扱いするんじゃねえ!」
 真上にいた球体野郎に飛びつくが、そいつのほうが遥かに機敏だ。瞬間移動かと見紛うような素早い動きで部屋の隅に移りやがった。

「裕輔。それでエエがな。ユーザーインターフェースはイメージしやすく、簡素なのがエエんや。そやさかい照準に集中できるやろ」
「でも社長。こいつ俺をバカにしてるんですよ」

 憤然と言い張る俺に玲子が噛み付く。
「うるさいわね。それだけ豪語して外(はず)したら許さないわよ!」

「うっ……」
 黙り込んだね。だって初めて触れる装置なんだぜ。確かに操作は簡単なほうがいい。うかつに文句を言わずに様子を見てからと決めた。うん、それが無難だ。

 水素の流れはかなり激しく、機長の腕を持ってしてもなかなかターゲットにロックが掛からない。照準モニターもひどく上下左右に揺れてドロイドを追従することができなかった。

 だが突然、ターゲットをロックする甲高い指示音が鳴り響き、照準マーカーがドロイドを指したままぴたりと固定された。

「へへ。これなら外すはずがないだろ」
 自信満々の声に社長が声をそろえた。

「よっしゃ! 発射っ!」
  
  
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