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二章 獄炎の転生者

14話 魂の監視者ミルミル

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 足りない。まだ足りない。全然足りない。殺し足りない。
 俺はアルテオと男二人を殺した事で、さらに殺意が高まった状態になっていた。
 殺してはいけないという理性はまだ頭の片隅に残っている。しかしその理性だけではもはや殺意の衝動を止めるには不十分だった。
 思いは交錯したが、俺は、俺の住む町へと向けて足を踏み出した。
 と、その時だった。

 陽が落ちた暗がりの森の中から、草むらを掻き分けて一匹の黒猫がそろりと姿を現した。

「ミャー」

 黒猫、俺が施設で可愛がってやってる黒猫のミルだ。
 俺はコイツに七年も付きまとわれて過ごしてきた。見間違える事はありえない。
 何故こんな所まで……やっぱりコイツが俺の魂を監視する者なのか。

「ミル、それ以上近付くと殺すぞ。今の俺は容赦出来ない状態だ」

「ニャ……」

 するとミルは言葉を理解しているかのように、その場でピタっと足を止めた。

 殺したい。ミルの身体をバラバラに引き千切って燃やしてしまいたい。
 愛猫と呼ぶべきかどうかは置いておいて、俺は七年も付き添ってきた親しい猫ですら殺したいと思う自分が信じられなくなった。例え相手がリアだとしてもそう思ってしまうのだろうかと。
 俺は沸々とこみ上げてくる殺意を握りつぶすように、グッと拳を握った。
 と、そこでふと異変に気付く。

「ん……?」

 ミルをよく見ると、身体からもくもくと白い煙が出ているのだ。

「煙……?」

 ミルの身体から出る白煙は段々と勢いを増して濃くなり、風に流されることなくミルの全身を包み込んでいく。そして人の背ほどの高さまで煙が膨張すると、薄っすらとその中から人影が見えてきた。

「……はぁ、……だなぁ、……するなぁ」

 煙の中から若い女の声が微かに聞こえた。可愛らしい声だ。
 次第に煙は薄れていく。

「なんだ……人か?」

 煙が風に流されて消えると、そこにミルの姿はなく、代わりに正体不明の羽衣を着た小柄な女の子が立っていた。

「……だから、……でいいかな、……うん」

 女の子は口に手を添え何かをブツブツ呟いている。
 そしてふと目が合い、二人の間に微妙な空気が流れた。
 と、そこで慌てて女の子が口を開く。

「あ! ……わ、わたしは閻魔大王様より、安田丸男、現在名マルの魂を監視せとよとの命を受け天界からまいりました、ミルミルと申します! よろしくお願いします!」

 ミルミルと名乗る女は深々と一礼すると、胸に手を当て溜息をついた。
 ミルミル? 監視って……こいつがミルに変化していたってことか? それにしてもこの女……。

「……かわえぇ」

 思わずそう口から零れるほど彼女は可愛らしかった。
 肩のラインで揃えられた桜色の髪に同色の大きな瞳。
 小柄な体型を包み込む羽衣は虹を纏っているかの如く華やかで、腰の位置で括られた帯紐を解けば裸体を露にしてしまいそうなほどに危うい姿だ。

 たまらん……ち○ぽが勃ってきた。
 しかしマズい、猛烈に殺したくなってきたぞ。どうやら性的に興奮すると殺意まで高まってくるみたいだ。

「ミルミル、お前ずっと俺を監視してた黒猫のミルだよな?」

 俺は気を紛らわすようにミルミルに思いつく言葉を投げかけた。

「……あ、はい。黒猫のミルこと天界の使者ミルミルです。偶然にも似た名前を付けていただいた事、凄く驚きました。……でも、わたしが監視している事をお気付きになられていたんですね。ストレスを与えないよう配慮して猫に化けていたのですが……はぁ、私もまだまだ未熟ですね」

 ついつい開けそうな羽衣に目がいってしまう。
 ……もうち○ぽがギンギンなんだが。くそ……ブッ殺してえ。

「で、お前は何しに来たんだ……?」

「はい、マルさんの魂の封印が解けてしまいましたから、再度封印する為に姿を出させていただきました。その鬼の状態では規約違反に当たりますからね」

「封印……何で俺が人を殺す前にそれをしなかった……?」

「わたしにはマルさんの行動を制限する義務も権限もありません。魂の封印が解かれた時、生態系に影響の出ない範囲で被害を留め、再度魂を封印するのが私の役割なんです。覚醒したマルさんの力を見極めずに割り込むのはあまりにも危険でしたし、その力を知っておく必要もありました。ですから、あのお三方にはお気の毒ですが犠牲になってもらいました。私がいなくなればマルさんを止められる存在がいなくなるからです」

 ダメだ、ムラムラし過ぎて長文が頭に入らん。もうち○ぽが張り裂けそうだ。くっそお、ち○ぽぶち込んでぶち殺してえ……! もうヤるか……いやダメだ、こいつはミルなんだ。こいつを殺したらもう、俺は本当の鬼になってしまう……絶対に耐えなきゃ。冷静になれ! 冷静に……!

「――――ぐぅうおぁああおおお!」

 俺は葛藤し、頭を抱えて地面を這いずり回った。
 ちんぽの方はまだギリギリ我慢出来る、しかし殺意が抑えられない。
 例えるなら……炎天下の砂漠に投げ出され、喉がカラカラに渇き切っている状態。そんな時、コップ一杯の冷たい水が差し出された。飲んだら大事な人が死ぬ。そんな感じだ。

「……苦しそうですね。そうですよね、鬼ですもんね。早いとこ封印しちゃわないとですね」

 ミルミルがしゃがみ込み、俺の顔を覗き込む。
 丈の短い羽衣だ、間違いなく角度によって股間が見える。既に太ももが丸見えだ。
 俺は脛に隠れた股間部を必死に覗き込もうとするが、ミルミルは絶妙な脛の位置調整でそれを回避する。

「ふふっ、そろそろ限界ですかぁ?」

 ミルミルは悪戯な笑みを浮かべ俺の顔を覗き込んだ。
 こいつ、からかってんのか? 人が苦しんで耐えてるっていうのに……チラチラさせやがって。もうヤっちまうか……。

「おい、出来るならさっさと封印しろよ! ち○ぽブチ込むぞてめえ!」

 ミルミルは首を傾げて俺の額、恐らく角をツンツンとつついている。

「それは無理だと思いますよ。わたしのお腹の中には強力な結界が張られていますから、無理矢理変な事をしようとしても侵入するモノを破壊しちゃいます」

「何だそれ……?」

 俺の角を下から上へと指でなぞる。

「お腹を守る事は私にとって命よりも大事なことなんです。強力な封印の力を使えるのもそのお陰ですからね」

――――白だ。

「魚嗚呼あああ! 犯数宇宇宇宇宇! ブッコロ数宇宇宇! 殺数宇宇宇宇宇う――――!」

 俺は昂る性欲と殺意が限界に達し、四足動物さながらにミルミルに襲いかかった。

「はい、ここが限界のようですね。それでは魂を封印させていただきます――――」

 ミルミルはふわりと跳躍して俺の突進をかわすと、空中で自身の掌を合わせ指を絡ませた。

りん!」

「――――っ!」

 ドンと胸に杭を打たれるような激痛が走り、全身にそれが響いていく。

ぴょう! とう! しゃ! かい! じん! れつ! ざい!」

 言葉が増えるたびに、胸に刺さる杭の数が増えていく。その度、雷に撃たれたかのような衝撃が走り全身が痺れる。
 これは俺が閻魔大王に能力を付与された時と同じ感覚、いやそれ以上だ。

「――――ぜん! ばく!」

 ミルミルが掌に握り拳を乗せた瞬間、心臓をギュッと捩じ切られたような感覚になり、直後、身体の力が全て奪われた。
 俺は地面に倒れこみ、意識を失っていった……。
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