アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第三章】追 跡

  緊急バイオクリーナー  

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 憤然とする俺を取り残して、部屋の中央ではヤスと玲子の宴会が始まった。マサはとっくに酔いつぶれ、ソファーから首を後ろに落として眠りこけている。

「ねえぇ。ヤスくん。なんかツマミが欲しいなぁ」
 肉食オンナめ。甘い声を出しやがって。そのまま、ぱくりとヤスを丸呑みにすればいいだろ。
 "あたしの魅惑的作戦" はどこ行ったんだよ。飲んで食うだけのつもりじゃねえだろうな。

「へいっ。じゃオレ得意のパスタでも作りやす」
「わぁ。うれしぃ」
 面倒見のいいヤスは足早に台所へ消え、ついと顔を上げた玲子がギラリとした鋭い目で俺を見た。
「な……なんだよ」
 いつもの癖で、無意識にたじろいでしまった。

「何だじゃないわよ。早くアカネをなんとかしなさい!」
「あっそうか」
 その目で睨まれたら、俺は反射的に身を竦(すく)めてしまうのさ。

「アカネ。目を覚ませ。おい、アカネ」
「ぬふぁにゅの? アカネはたらいま留守に、にゅるりゅろれまふ」
「あー。めんどくせぇ。名前を替えるんじゃなかった」
「あなたが言い出したんでしょ」
「酒臭い息をこっちに吹っ掛けるな」

 玲子はぷいとあらぬ方向へ体をひねると、ピンクダイヤを探して部屋の中を物色し始めた。
「たしかマサがリュックに入れていたのを見たんだけどな」
 ワイングラスを持ったまま部屋をうろつく玲子。こいつ絶対にグラスを離さないつもりだ。

 まぁいい。こっちは茜を何とかしよう。

「おい、シズカ、起きろっ!」
 肩を揺するが、首のジョイントに掛かる力が完全に抜けていた。ぐらんぐらんだったが、それでも声は出る。

「あ、ふぁいふぁい。起きまふよー」

 片目だけが開いていたが、今にも瞼は閉じそうだ。
 再び眠りに入りそうな茜に叫ぶ。
「おーい、俺はお前のなんだ!」
 と、言っておきながら、
「いや、べつに変な意味じゃないぜ」
 と、妙な弁解を、茜にではなく部屋の中をウロウロしている玲子に向かって言う。
 玲子はちらりと俺を見て、さっさとやれと言う命令じみた目つきで、顎をしゃくって見せた。

 俺の前で茜は可愛いらしい声だが、ろれつが回っていない口調で答える。
「コマンらーれーす」
「そうだ、コマンダーだ。それなら、何でも俺の言うことを訊かなければ、いけないよな?」
「あい……」
 再び瞼が重そうに閉じ、そのまま後ろへ、かくんと倒れた。
「お、おおーい寝るな、シズカ! 緊急に酔いを醒ます方法はないのか?」

『緊急バイオクリーナーを起動することを推奨します』

 茜のシステムボイスだ。助かったー。
 それは天からの声に聞こえたね。一気に気分が緩んだ。

「それを起動したい。どうやったらいい?」
 という俺の問いに、システムボイス様は神の声的なメッセージをお告げになられた。

『承認コードと起動コードを述べてください』

「コードっすか? テレビは電源切ってないからリモコンで点きやすぜ」
 エプロンをしたヤスが、フライパン片手に現れた。

「どわぁぁーーお!」

 喉から何かが出そうになったが、グイッと堪えて、
「そ、そのコードじゃないんだ。あのさ、えーっと」
「ねぇ。もうワインが無いのよ。このワイン美味しいわー。同じのってあるかしら?」
 グイッと飲み干してから、玲子はワイングラスをヤスへと差し出した。

「あぁ。コードって、ワインのっすか。瓶(びん)の横に貼ってあるヤツっすね。テーブルの上にバーコードリーダーがあるでしょ、それでワインの横っ腹に貼ってるコードを読ませてください。ワインクーラーの奥に検索装置があって。どのワインか解るようになってんす。オレあんまりワインに詳しくなくって、業者に頼んで特別に作らせたんっすよ」

 そんなシステムがあんのか。知らなかったぜ。
 どちらにしても今回は玲子が酒に強い奴で助かった。ヤスは説明だけを済ますと、またキッチンへ戻って行った。

 玲子と互いに安堵の息を吐き、玲子はワインコードをバーコードリーダーへ、俺は承認コードをガイノイドへ入力する。

「えっと、承認コードは、『7730、ユウスケ3321』だ」
 玲子はピッと軽やかな音をバーコードリーダーから鳴らし、茜のシステムは冷然な声で告げる。

『承認コードが受理されました。起動コマンド名と起動コードを述べてください』

「えー? 面倒臭いなぁ」とも言っていられない。
「緊急バイオクリーナーを起動だ」
 でもここで行き詰まった。

「起動コードなんか知らんぜ。お前知ってる?」
 機械音痴のこいつに訊いた俺が馬鹿だった。
 玲子は握っていたワインのバーコードリーダーでもって茜の額を擦った
 もちろん、ピッとも言わないので、玲子は首をかしげる。

「あ、アホウ! そんな単純じゃないワ」

 仕方が無いのでシステムに尋ねる。
「起動コードを教えられていないんだ」

『起動コードはガイノイド本人が発行します』
「その本人が酔っちまってんだぜ?」

『Fシリーズの取り扱い説明書、1523ページ、34項。誤ってアルコール分子に近づけてしまった時の欄をお読みください』

 面倒な物を作りやがって、いったいその取り説は何ページ構成なんだ。

「なうあふぁぁ」
 茜がちょっと目を覚ませた。
 そしていきなり歌を唄い始めた。それはただの歌ではない。MSK通信だ。優衣と茜だけで行う、旋律偏移変調方式のデータ通信だ。

 到達距離は極端に短いが電磁波で行う通信ではないので、未来に伝わることもなく秘密裏にデータのやり取りができる優衣の考え出した通信プロトコルなのだが、それは人間が理解できるものではなく──。

「バカか。俺はアンドロイドじゃないから何言ってんのか解らない。言葉で伝えろ、言葉で」

「きろうふぉぉろふぁ。いひふぁひごぉ、へぇぇたぁ」

 言葉で言われたのに、じぇんじぇんわかんね。

「今の歌声っすか? 白鐘さん、歌までやるんすかい?」
 感心して部屋に入って来たヤスの手には、玲子ご注文のワインだ。
「へい。レイコさん。ワインです。同じヤツですよ」
 と言って、またキッチンに戻って行った。

「ふ~」と息を継いで玲子に視線を振る。
 玲子は飲む気満々でコルクを抜こうとしていた。

「ば……ばかやろめ」
 呆れ返って、一気に脱力する俺に、玲子は顔を真っ赤にして口先を尖らせた。
「ねぇ。電動ワインオープナー無いのぉ? これ堅いわー」
「貸せ!」
 ボトルをむしり取り、ヤケクソで十字型のオープナーを力任せに旋回させる俺。

「あ、だめよ、そんなに強くしちゃ」
「うるせー。お前、マジで飲む気だろ」
「そんなことないわよ。ただチャンスを待ってるだけ。それにこのワイン、ビンテージ物で高級品なのよ。今度いつ飲めるか分からないレベルのね」
「うそっ。そんないいのを2本も開けてんのか?」
「そうよ」
 実家が超お金持ちのこいつのことだ。この手のものにはそうとう舌が肥えているはず。そいつが言うんだから間違いないだろう。

「俺にも注いでくれ」と言ってグラスを出すのは酒飲みの性(さが)というもので……そこへ、
「へ~い。お待ちどう。オレ得意のパスタでやんすよ」
 酒の肴もそろったことだし……。

 飲み明かす?



 それからだいぶ経って──。
 結局、何も進展せず。俺も一緒になって、ワイングラスを傾けていた。

「ね。ダイヤ見せてよ」
 唐突に、何を思い立ったのか玲子がヤスに告げた。
「いいっすよ」
 気が良いというか、警戒心が無いというか、ヤスは眠りこけるマサの頭の下に手をやり、そっとボール大の煌めく物体を取り出した。

 何だよ~。枕にしていたのか。そりゃあ見つからないはずだ。とかいう落胆よりも、その輝きをもう一度マジマジと見て、驚愕度を倍増させるほうが勝っていた。

「今日は大師匠御神様にはご活躍いただいたので、お疲れなんでやんすね。ぐっすり寝ておられますね」
 と、茜の愛らしい寝顔を覗き見しながら、無造作に俺の目の前に置かれた世界最大のピンクダイヤ。よほどのことが無いと人前には出てこない宝石だ。テレビにだってめったに出ない。それが普通に俺の目の前にある。

「綺麗ぇぇ」と手を出そうとする玲子にヤスは、
「いやいや、そんなダイヤよりレイコさんのほうが、ぜってぇ~っ、綺麗っす。オレ惚れました。姐御の美しさと、あそこの銃に……」
「えっ?」
 茜に被せてある毛皮のコートに視線を振る俺と玲子……とヤス。

 見られていたか。
 胸中で舌打ちをするが、
「隠さなくっていいすよ。あの銃でかいっすね。俺のは、ほれ、これです。あにいから預かってる銃です」
 と言って、平然と懐の内から拳銃を取り出すと、テーブルクロスの隅っこのほうでグリップを拭いてから、ごとりとピンクダイヤの横に置いた。

 ダイヤモンドと拳銃──。
 映画のタイトルのようだ。

 野球ボール大のダイヤというのも見たこともないが、モノホンの銃だってこの国では許可がないと不法保持になるから、元来は見られるものではない。ただ最近やたらと見る機会が増えたため免疫がついたのは、隠しようも無い事実さ。

 玲子の視線はテーブルの物体にくぎ付けだ。小さく色っぽい吐息をしてからさっと手を伸ばした。

 ──銃にな。

「やっぱり……」
 思わず囁いちまった。

 ダイヤモンドより拳銃のほうが重要なんだ。こいつはそういう女なのさ。
 楽しげに握った銃を手ひらでクルリと廻してグリップを掴み、そして目の色を濃くした。

「このゴムの感じがとても気持ちいいわ。結構いい品でしょ」
 お前は舞黒屋の社長秘書だ。銃の良し悪しなんか分からなくていい。とか言ってやろうか。

 手のひらで旋回しては握る、という振る舞いを数回行い、素早く直立すると両脚を半歩開いて構えた。

 ヤスはワインを飲み干してから息を吐き出す。
「くぅ~。 レイコさんカッコいい。さすが慣れてらっしゃる。型ができてますぜ。ぜひオレに銃の扱いを教えてください。あにいが言ってましたレイコさんは銃の達人だって……。ぜひっ、お願げぇしやす」
 膝に手を当て、ソファーに座ったまま深々と頭を下げた。

 まさかその気にはならないだろうな。
 でも玲子はじっと銃を見つめていた。

「あ、そうか。弾倉が入っていないんだ」
 ヤスはポケットから取り出して平然と渡し、玲子もそれを受け取り、手慣れた仕草でグリップのケツからそれを突っ込んだ。

 切れのいい金属音を出して装着すると、セーフティレバーを下げる。
「おい、玲子。ここは会社のガン倶楽部じゃないんだぞ」
 と忠告するオレを尻目に、
「誰もいやせんから、お好きに撃っちゃっていいっすよ」
 酒の勢いもあってか、玲子はまさにトリガーに指を掛けようと、
「バカ。ヤスさんが起きるだろ。撃つな!」
「あそうすね。じゃ、これ」
 と彼女に渡したのはサイレンサーの丸い筒。

 キラキラした目を丸く膨らまし、嬉しげにサイレンサーを摘まんで、これまた手際よく銃の先へ取り付けた。

 玲子のしなやかな指の動きに、ヤスはさらなる感嘆の溜め息と共に目を細める。
「やっぱ手つきが違うっすね。そんなに動きが身に付いた女性は見たことがありやせんぜ。あにいの言うとおりだ」

 付き合いきれん。お前らは勝手にやっとれ。俺は奥の部屋で茜とイイことをする。
 あー。勘違いするなよ。緊急バイオクリーナーを起動させるだけだからな。

 銃談議が始まってしまい、俺には無縁の話だし。この岬のマンションで数発の銃声がしたところで、どこに聞こえるというものでもない。ヤスは玲子に任せて、俺は茜を起こしてダイヤを元の場所に戻しに行く。

 茜の両脇に手を通し、ずるずると引き摺りながら隣の部屋へ移動させようとする俺の鼻先を、

 ドシュッ!

 熱を感じる不気味な音が突き貫けて行った。

「どこ行くの?」と玲子。
「ば、バカ野郎、俺を殺す気か。足止めするのに銃を撃つな! クチで言え、口で」
「その子に悪戯をするとあたしが許さないからね」

 玲子の耳元に飛んで行き、小声で怒鳴り散らす。
「あいつはロボットだ! 手なんか出さんワ!」

 ヤスは驚愕に震える目で俺へと訴えた。
「すげぇ。いまレイコさん見ないで撃ちやしたぜ」
「知ってるさ。こいつの得意とするヤツだ。見ないで飛んでくる皿を撃ち抜くぜ」

「うそっしょ。そんなことできるんすか?」

「俺の会社ではスナイパーも派遣するのを知ってるだろ?」

 だが玲子は恥ずかしげに言う。
「今のはまぐれよ」
「よしてくれぇ! まぐれで撃たれるこっちの身にもなれって!」

 結局、俺もテーブルに戻りグラスを傾ける。

 何してんだろなー、俺。
 ところで確かに極旨のワインだ。気づくと、6本目を開けるところだった。

「ぬぁあ。れいこぉ。おまへの作戦は、どーなってんだよぉ」
「しんすへの旦那ぁ。さくせんってなんれふか?」
「あすのあさまれに、タイヤをさぁ。なんとかするってやつらー」
「あーそれなら。おれが運んであけます。乗用車れすか。バイクのれぇぇすか?」

「はへぇぇ? タイヤらよ?」

「へぇ。タイヤれしょ。何個っすか?」
「いいの? やすくん? はこんでくれるの?」
「へ~い。おやふいごようれふ」

「ねえ。タイヤの話は明日にしてさ。もう一本飲まない?」
 と言った玲子に思わず両手を挙げて降参する。

 こいつぜんぜん酔っていない。そう思った途端。意識が飛んだ。



 時間?
 ──知らん。わからん。
 う~。まだぐるぐる目が回る。

「ここはどこだ?」
「岬のマンションよ」と玲子。
「げぇぇ。まだ飲んでんのかよ」
 玲子の前には空になったワインボトルが、高速連射砲から吐き出された空薬莢のごとく散らばっていた。

「やっとヤスくん寝たわ。魅惑的作戦完了よ」
「なっ……ば……」
 散々のていたらくを見て愕然とする俺の前で、平気で言いのける玲子。まだグラスにワインを注ごうとするので、
「もうやめておけよ」
「あたしのことは気にしないで。やっとこれから楽しみながら飲むんだから。あなたはアカネを起こしてちょうだい」

「………………………………」
 バケもんだこいつ。

 とりあえず茜を揺り起こし、
「おい、緊急バイオクリーナーの起動コードを教えろ」
「ふぁぁぁい」
 まだこいつもおかしい。ちょっとワインを嗅いだだけだなのに、いったい何時間酔い続けるんだ。

「おい。俺の声が聞こえるか? バイオクリーナーの起動コードだぞ」
「ふぁぁい。とくれつせぇぎょしれい85、ベータよんよん5ろく、れす」
「とくれつ、って何だよ?」
「とくれつって、とくれつれすよー」
「特別っていう意味か?」
「ふぁぁぁぁい」

 ひぃぃ。まどろっこしいなー。
「承認コード7730、ユウスケ3321」

『承認コードが受理されました。起動コマンド名と起動コードを述べてください』

「緊急バイオクリーナーを起動だ。特別制御指令85……えっと、『ベータ4456』 だ」

『特別制御指令85、緊急バイオクリーナーの起動を開始します』

 酔ぱらった茜とはまるで正反対。システムボイスは冷徹に告げた。

 初めてのことだから何が起きるのかは俺には解らない。そこへ玲子が、珍しい物を見る目をして覗き込んで来たので睨み返す。
「お前、酒臭いぞ。もうそれぐらいでやめておけよ。アカネがいつまでたっても醒めないだろ」

 ようやくほんのりと頬を染め始めた玲子は、にぃっと笑い、残っていたワインを飲み干すとグラスを隣の部屋へ放り込んだ。ガラスの割れる耳障りな音が響いたが、そんなもので起きる連中ではない。

 ほどなくして茜の腹部が大きく膨らみ始めた。
 そして一気に縮み、それに合わせて力強いエアー音がして、茜の鼻や小さな口から勢いよく気体が噴き出す。
 人間のやる深呼吸と何ら変わらない。ただ加減などまったくしないで、猛烈な勢いでエアーが抜けるので、その様子は異様な雰囲気を伴っている。

 同じ工程を数度繰り返した茜は、長い睫毛(まつげ)をぱちりと開いて、
「みんさーん、お早うございまぁす。今日も一日頑張りましょう」
 上半身をがばりと跳ね起こした。
「あ。コマンダーおはようございます。レイコさんもお元気ですか?」
 何だよ、その無駄に高いテンションは……。でもまぁいいか。
「よっし。ダイヤ持って銀行へ戻るぞ!」

「ぬぁぁぁ。ふぁあ。あーよく飲んだな」
 マサまで目を覚ましてしまった。

「お前がでかい声を出すからだ!」
 と茜に怒ってみても仕方が無い。
「ふぁぁぁ。あれ? 姐御にシンスケの旦那。どうしたんだ? おっと大事なものが」
 持ち出そうとしていたピンクダイヤをさっと横からかっさらうと、またもや懐に突っ込んでしまった。

「おーおー。えらい飲んだんすねレイコねえさん」
「え? えぇ。ヤスくんに飲めって強要されちゃって」
 ウソこけ。その逆だろ。

「かまわんぜ。いくらでも飲めばいい。なんならワインの風呂にでも浸かるか?」

 うぉっぷ。
 変なモノが腹から込み上げそうだ。

「いま何時だ?」
 マサはテレビの前にひっくり返っていた時計を起こして、
「おぉ。もう6時か。ふぁぁぁぁ」と大あくびをして、ワインボトルに埋まって眠りこけているヤスを揺り起こそうとした。
「ぬもぉふぉおぉふるれす」
 意味不明の言葉を並べるだけ。
「ヤス、朝飯作ってくれ。おいヤス、何でもいいから頼む」

「朝食ならわたしが作りますよー」
 茜が挙手するが、
「そんな、大師匠に作らすわけにはいかねぇ」
 ちらりと玲子へ視線を滑らせるが、すぐに逃がして俺に振る。
「シンスケの旦那。何か作れるだろ? 朝飯の用意を頼む」

 何で俺がー!
 暴れたい気分だが、今すぐにでもダイヤを持って戻らないと、もうタイムリミットだ。

「こうなったら玲子、力づくでやるしか……」
 って、こら寝るな。

「だめ。ごめん裕輔。あたし寝る。徹夜はお肌に悪いの」
 何だその行き当たりばったりの作戦は。結局お前飲んでいただけじゃないか。

「それより俺ひとりではこいつら相手できねえよ。拳銃持ってんだぜ」
「あたしの貸したげるから……ごめんね、裕輔」

 ひぃぃ、何だよ。茜が起きたら今度はお前かよ~。
「コマンダー。朝ごはん作るの手伝いまぁす。マサさん。ハムエッグはいかがです?」
「お前、メイドじゃないんだ。特殊危険課の人間だろが」
 俺の小言はここでは通じない。

「オレは味噌汁がいいな。あ、そうだ。豆腐の味噌汁にしてくれ。白鐘さん」
「あ、はーい」
 茜はわざわざ豆腐の味噌汁を作りに、3500年過去から時空移動して来たんじゃないんだ。

 ユイぃぃぃぃ助けてくれぇ。

 俺の願いは5光年先の銀龍に届いたのだろうか。何だか優衣の整った顔が懐かしい。
 って、横でニコニコしているこのメイドになり切った馬鹿と同じなんだけどな。
  
  
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