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凱旋
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もうすぐ街が見えてくる頃だった。太陽は真上から少し西へと傾いている。
「晩飯はおやっさんの美味い飯が食えそうだな。」
「うむ!親父殿の料理か…楽しみだ。」
途中、領境の山の様子を見て来た為少し予定より遅い時間になっていた。山の要塞化は少しずつ進んでおり、井戸の方はほぼ完成していた。これから水路を整備するそうである。
街の門へと近づくと、馴染みの門兵が手を振っている。
「やあ、今帰ったよ。」
「ああ、お帰り、テル。ユキちゃんも。凄かったんだってな、2人共。早く宿に戻ってストラトとおやっさんに顔見せてやれよ。あと、落ち着いたらギルドに顔出せってゼマティスさんが。」
「ああ、わかった。ギルドには明日にでも顔を出すよ。」
そう言い門兵と別れ寄り道はせずにまっすぐに『森の梟亭』へと向かう。途中でテルとユキを見かけた人は一様に手を振ったり声を掛けてくる。中には見知らぬ人も多くいたが防衛戦が終わり帰還した冒険者や傭兵達によって2人の活躍の噂は拡散されているようだった。中にはテルとユキが聞いたら愕然とするほど盛られた話もあったりするのだが。
2人が定宿にしていた、今は2人の帰る家となっている『森の梟亭』が見えて来た。
「随分と懐かしく感じるな。」
「ああ、実際は10日かそこらしか空けてないのにな。」
ユキの呟きにテルも同意する。戦争という非日常が感覚を狂わせる事が戦場で生きて来た2人にとっては良く分かっている。その感覚を上手く切り替え出来るかどうかも重要な技術だと言う事も。
感覚の切り替えが上手く出来ない者は平和に馴染めずに常に危険に身を置く生活しか出来なくなる者もいる。幸いにもこの2人はオンオフの切り替えは上手く出来るようだった。
宿の厩舎にムスタングを繋ぎ留め、今までの道程を労いながら念入りにブラッシングをしてやり蹄の手入れをする。飼葉と水をやり馬首を撫でてから厩舎を出た2人はやや緊張気味に宿の入り口の扉を開いた。《ガランガラン》と扉が開いた事を知らせる鐘が鳴った。
「いらっしゃ…」
「ただいま、ストラト。元気だったか?」
「無事戻ったよ、ストラト。」
「テル兄さん!ユキ姉さん!お帰りなさいっ!」
ぱあっと花が咲いたような笑顔で駆け寄りストラトは2人を抱きしめる。
「良かった!無事で本当に良かった!おとうさーん!兄さんと姉さんが帰ったよー!」
感極まり過ぎて目が潤み始めたストラトを見てユキもうるうるさせている。
「おう、テル、ユキ。よく無事で戻って来た。今日はゆっくり休め。美味いもん食わせてやる。」
「ああ、ただいま。おやっさん。晩飯、期待してるよ。」
筋骨隆々のスキンヘッドの宿主、スタインが無理矢理感情を押し殺したように奥の厨房から出て来た。本当はストラトの様に感情を爆発させたいのだろうがシャイな男なので不愛想に振舞ってしまう。
「そうだ、これ、2人にお土産なんだ。」
テルが左手のグローブの甲に刻まれた魔法陣に魔力を流すと空間が歪み、何か物体が出て来た。
「ストラトにははい、コレ。」
「うわぁ…綺麗…」
ブルーに煌めく魔石に穴を開けて革紐を通して作ったタリスマン。魔石の大きさからかなりの値打ち物なのは想像に難くない。
「でもこれって…高かったんじゃ?」
つい最近までやりくりに苦慮していた2人の懐事情を知っているストラトにしてみれば複雑な気持ちになる。
「大丈夫。俺もユキもよく頑張りましたってセリカ陛下からご褒美を頂いたんだ。だからさ、今まで俺達を支えてくれたストラトとおやっさんにはどうしても貰って欲しいんだよ。そのタリスマンには疲労回復の効果があるんだって。常に身に付けておいてよ。」
「うん…うん!ありがとう!大事にするよ!」
そしてユキも同じように左手に魔力を流す。
「親父殿にはこれを。」
ぱっと見は羊皮紙が3枚。これは何かと訝しむスタイン。
「あん?なんだこりゃ……っておめえ!これ!料理のレシピじゃねえか!」
スタインの反応を見て明らかに安堵するユキとドヤ顔のテル。
「それはカムリ領都の公爵お抱え料理人の人に頼み込んで貰ったものなんだ。まあ、材料が高級すぎるきらいはあるけどそこはおやっさんの腕でアレンジして欲しい。」
カムリ領都の城をカズトに潰されたために職場を失った者は少なからずいた。大抵の者はセリカが斡旋した仕事に就いたのだがこの料理人は料理しか出来ない。しかし貴族のお抱え料理人としてのプライドが邪魔をして市井のレストランなどで働く気にはなれなかった。城が再建されて職場が復活すれば再雇用する、という役人の言葉に希望を残し、それまで食い繋ぐ為の資金元としてレシピをテルに売却したのである。
「こりゃあ何よりの土産だぜ…ありがとよ。この宿の名物料理にして見せらぁ!」
《ガランガラン》
「はーい!いらっしゃい!あれ?」
「よう!ストラトちゃん!ユキちゃんが戻ったって!?」
「あー!ホントだ!テルがいる!おかえり!テル~!!!お姉さん、テルが居なくて寂しかったよ!」
街の噂を聞き付けた馴染みの冒険者や戦場でテル達の働きに惚れ込んだ志願兵などが続々と宿に詰めかけて来た。
「けっ、ストラト。今日は大騒ぎになるぞ。仕込み手伝え。」
「はーい!兄さんと姉さんはゆっくり休んでてね!」
表面上は不機嫌だが嬉しさが背中からにじみ出ているスタインとウインクして厨房に入って行くストラトを見送るテルとユキは冒険者達に囲まれちっともゆっくり出来ないのであった。
「でも、温かい気持ちになるな。」
「そうだな。」
2人は家族と仲間のあたたかさを噛みしめる。
「晩飯はおやっさんの美味い飯が食えそうだな。」
「うむ!親父殿の料理か…楽しみだ。」
途中、領境の山の様子を見て来た為少し予定より遅い時間になっていた。山の要塞化は少しずつ進んでおり、井戸の方はほぼ完成していた。これから水路を整備するそうである。
街の門へと近づくと、馴染みの門兵が手を振っている。
「やあ、今帰ったよ。」
「ああ、お帰り、テル。ユキちゃんも。凄かったんだってな、2人共。早く宿に戻ってストラトとおやっさんに顔見せてやれよ。あと、落ち着いたらギルドに顔出せってゼマティスさんが。」
「ああ、わかった。ギルドには明日にでも顔を出すよ。」
そう言い門兵と別れ寄り道はせずにまっすぐに『森の梟亭』へと向かう。途中でテルとユキを見かけた人は一様に手を振ったり声を掛けてくる。中には見知らぬ人も多くいたが防衛戦が終わり帰還した冒険者や傭兵達によって2人の活躍の噂は拡散されているようだった。中にはテルとユキが聞いたら愕然とするほど盛られた話もあったりするのだが。
2人が定宿にしていた、今は2人の帰る家となっている『森の梟亭』が見えて来た。
「随分と懐かしく感じるな。」
「ああ、実際は10日かそこらしか空けてないのにな。」
ユキの呟きにテルも同意する。戦争という非日常が感覚を狂わせる事が戦場で生きて来た2人にとっては良く分かっている。その感覚を上手く切り替え出来るかどうかも重要な技術だと言う事も。
感覚の切り替えが上手く出来ない者は平和に馴染めずに常に危険に身を置く生活しか出来なくなる者もいる。幸いにもこの2人はオンオフの切り替えは上手く出来るようだった。
宿の厩舎にムスタングを繋ぎ留め、今までの道程を労いながら念入りにブラッシングをしてやり蹄の手入れをする。飼葉と水をやり馬首を撫でてから厩舎を出た2人はやや緊張気味に宿の入り口の扉を開いた。《ガランガラン》と扉が開いた事を知らせる鐘が鳴った。
「いらっしゃ…」
「ただいま、ストラト。元気だったか?」
「無事戻ったよ、ストラト。」
「テル兄さん!ユキ姉さん!お帰りなさいっ!」
ぱあっと花が咲いたような笑顔で駆け寄りストラトは2人を抱きしめる。
「良かった!無事で本当に良かった!おとうさーん!兄さんと姉さんが帰ったよー!」
感極まり過ぎて目が潤み始めたストラトを見てユキもうるうるさせている。
「おう、テル、ユキ。よく無事で戻って来た。今日はゆっくり休め。美味いもん食わせてやる。」
「ああ、ただいま。おやっさん。晩飯、期待してるよ。」
筋骨隆々のスキンヘッドの宿主、スタインが無理矢理感情を押し殺したように奥の厨房から出て来た。本当はストラトの様に感情を爆発させたいのだろうがシャイな男なので不愛想に振舞ってしまう。
「そうだ、これ、2人にお土産なんだ。」
テルが左手のグローブの甲に刻まれた魔法陣に魔力を流すと空間が歪み、何か物体が出て来た。
「ストラトにははい、コレ。」
「うわぁ…綺麗…」
ブルーに煌めく魔石に穴を開けて革紐を通して作ったタリスマン。魔石の大きさからかなりの値打ち物なのは想像に難くない。
「でもこれって…高かったんじゃ?」
つい最近までやりくりに苦慮していた2人の懐事情を知っているストラトにしてみれば複雑な気持ちになる。
「大丈夫。俺もユキもよく頑張りましたってセリカ陛下からご褒美を頂いたんだ。だからさ、今まで俺達を支えてくれたストラトとおやっさんにはどうしても貰って欲しいんだよ。そのタリスマンには疲労回復の効果があるんだって。常に身に付けておいてよ。」
「うん…うん!ありがとう!大事にするよ!」
そしてユキも同じように左手に魔力を流す。
「親父殿にはこれを。」
ぱっと見は羊皮紙が3枚。これは何かと訝しむスタイン。
「あん?なんだこりゃ……っておめえ!これ!料理のレシピじゃねえか!」
スタインの反応を見て明らかに安堵するユキとドヤ顔のテル。
「それはカムリ領都の公爵お抱え料理人の人に頼み込んで貰ったものなんだ。まあ、材料が高級すぎるきらいはあるけどそこはおやっさんの腕でアレンジして欲しい。」
カムリ領都の城をカズトに潰されたために職場を失った者は少なからずいた。大抵の者はセリカが斡旋した仕事に就いたのだがこの料理人は料理しか出来ない。しかし貴族のお抱え料理人としてのプライドが邪魔をして市井のレストランなどで働く気にはなれなかった。城が再建されて職場が復活すれば再雇用する、という役人の言葉に希望を残し、それまで食い繋ぐ為の資金元としてレシピをテルに売却したのである。
「こりゃあ何よりの土産だぜ…ありがとよ。この宿の名物料理にして見せらぁ!」
《ガランガラン》
「はーい!いらっしゃい!あれ?」
「よう!ストラトちゃん!ユキちゃんが戻ったって!?」
「あー!ホントだ!テルがいる!おかえり!テル~!!!お姉さん、テルが居なくて寂しかったよ!」
街の噂を聞き付けた馴染みの冒険者や戦場でテル達の働きに惚れ込んだ志願兵などが続々と宿に詰めかけて来た。
「けっ、ストラト。今日は大騒ぎになるぞ。仕込み手伝え。」
「はーい!兄さんと姉さんはゆっくり休んでてね!」
表面上は不機嫌だが嬉しさが背中からにじみ出ているスタインとウインクして厨房に入って行くストラトを見送るテルとユキは冒険者達に囲まれちっともゆっくり出来ないのであった。
「でも、温かい気持ちになるな。」
「そうだな。」
2人は家族と仲間のあたたかさを噛みしめる。
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