アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第三章】追 跡

  ザリオン式ショッピング  

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「ところで模造刀とは何だ?」
 陰極カソードが2本突っ立ったカートを押しながら、爬虫類顔が玲子に振り返る。

「剣術の鍛錬で使う練習用の剣よ」
「ば、馬鹿め……」
 急いで玲子を引き寄せて耳元で忠告してやる。
「たった今、お前は社員旅行だと言い切ったよな。その真っ最中に剣術の鍛錬をする奴がどこにいるんだ」
「え? だっけ?」
「ったく……。何も考えないで口先を動かすから辻褄の合わない話になるんだ」

 気付いているのだろうが、ザグルは我関せずを貫き通して鼻で笑った。
「ふんっ。銃の時代に剣術なんて役に立つのか?」
「いつかお相手してあげるワ」

「断っておいた方がいいぜ……このあいだサンクリオでこいつはロープ一本でアンタをのしたんだぜ? 忘れちゃったのか?」
 俺からの親切な進言だというのに、ワニ野郎は無反応だった。
 代わりに、「はんっ」と口と鼻から同時に息を噴き出し、後ろに向かって言う。

「じゃぁ、なるべく硬いのがいいんだな」

 意外と真面目な受け答えをし、
「チタンとジグ鋼の合金ではすぐ曲がっちゃうのよ」
 と返した玲子に、ザグルは一つしかないオレンジの目玉を見開いた。
「馬鹿なことを言うなっ!」
 鼓膜が破れんばかりの怒声が店内を轟いて通った。

「グォロォォ……」

 喉を鳴らしたのか、咳払いなのかよく解らない仕草をすると、今度は囁くような小さな声に戻した。
「チタンが曲がるだと? それはほんとうに剣術なんだろうな」
「この子たちは力があるからね」

「そういうことか……」
 ザグルは優衣と茜に視線を巡らせて納得した。
「でしょ。だからもっとも固い金属柱を探しているのよ。太くても細くてもダメ」

「それ以上となると、チタンではダメだ。タングステンとジグ鋼の合金しかないな。これは硬いぜ、宇宙船の先端部分に使用されるんだ」

「その選択は妥当でシュ」
 いつもの調子でシロタマが口を出したが、
「あぅ……」
 ザグルにギロリと睨まれ、玲子の黒髪の中にスゴスゴと戻って行った。
 シロタマを黙らせる眼力。俺にも欲しいな。



「あなた、お仲間ほっといていいの?」と玲子。
「かまわん。ヴォルティに敬意を表するのが礼儀だ」
「無理しなくても案内してくれるクルマをチャーターしてあるからいいわよ……あれ? いない」
 ザリオン人に拒否反応を見せるのは店の者だけではないようだ。モーターカーもどこかに消えていた。人工知能までも脅かすザリオンてか?
 そのザリオンをひざまずかせた玲子。恐るべしだな。


「大型のパワー筐体はおマエらでは持てない。それと売り場も知っている。こっちだ」
 ドシドシ、ズシズシと重量感たっぷりで歩く様は何度も言うが、ワニではなく恐竜だった。
 その巨漢の周りをちょこまかと茜がくっ付いて歩くこと数分、売り場に到着。

 パワーエンクロージャー(電源筐体)は、ザグルの言うとおり小型乗用車ほどもあった。確かに俺では持ち歩けないが、奴はそれをいとも軽々と肩に掛けて移動した。早い話しが小型自動車を肩に掛けたのだ。もしかするとこいつならあの粒子加速銃を持ち運べるかもしれない。

 でかい荷物を担ぐザリオン人に遭遇した買い物客は、一様に息を飲んで固まり、すぐに我に返って飛んで逃げる、という同じ動作を繰り返して、道を譲ってくれるため移動が楽なのはうれしいが、落ち着けないのも事実だ。

「タングステン鋼ならこのあたりだ」
 こいつを雇ったほうが、よほど売り上げを伸ばすのではないかと思う的確な案内で、宇宙船の装甲板などが並んだ資材売り場にやって来た。


 玲子は模造刀になりそうなタングステンの鋼柱を物色し、それを1メートル強に切断してもらい、3本をカートに差し込み、1本を優衣に持たせて軽く振ってみさせた。

「どう?」
「あ、はい。軽くて持ちやすいです」
 傘でも買おうっての話ではないので、誤解の無いように頼む。

「あり得ん。あれで襲われたら一撃だ」
 直径4センチの銀白色をした超硬合金が唸りを上げて宙を切る光景を見て、喉を鳴らすザグル。
「だが、銃の前では何の役にも立たんだろう」
 驚愕の動きに目を剥くものの、すぐに否定した。

 奴の意見を打ち消してやりたかったのだが、口で説明できるようなことではないし、ましてや俺みたいな外野がとやかく言う筋合いのものでもないので、おとなしく黙秘を貫き通すことにする。


 それにしてもザグルがいると買い物がはかどる。売り場が分からなくなると──、
「ごらぁぁぁ! 店員を出せ! オレはザリオン連邦第五艦隊のザグル大佐だ! 5秒以内で出て来なければ艦隊にここを包囲させて店ごとぶっ潰すぞぉぉー」
 地響きを起こしそうな大声で、かつ、恐竜の雄叫び並みの迫力で脅迫めいたフレーズを叫ぶもんだから、本気で5秒以内に付近の店員が飛んで来た。

「おいおい……ヤバくない?」


 それからというもの──。

「オマエは茶の葉を持って来い。オマエは長期航行する船内で栽培できる野菜の種や苗を見繕ってここに並べるんだ。そしてオマエ、そうだオマエが大型プランターを持って来い。こちらの御令嬢たちが所望だ。急ぐんだぞ!」

 すべて命令口調で店員を部下みたいに扱い、店員もザリオンの怖さは承知済みなので、言われたとおりに準備してすっ飛んで戻って来た。

「野菜の苗は、この種類が成長も早く、少ない光で大きく育ちます。またこの種は低重力でもしっかり根を生やしますので宇宙旅行に最適の種類だと思います、ガイノイド様」
「大型プランターは深さが色々ございまして。またリサイクルの腐葉土も必要かと思い、ここにお持ちしました」
 俺たちの周りで即席の出店が並び始めた。

「オマエらは野菜などを育てて食うのか? 軟弱なヤツだ」
 それを見て吼えたのは当然ザグルだ。こいつらは肉食オンリーだろうからな。宇宙船の中で食肉用のギルドと言う動物を飼っていたのは、鮮明に記憶されている。

 しかしそれが珍しく映ったのか、しきりと玲子に野菜のことを尋ねるので、俺からひとつ補足しといてやろう。
「野菜を育てるのはアカネの仕事でな、玲子は傭兵を育てるのが仕事なんだ」
「なに言うのよっ!」

「痛ぇぇぇぇぇ。また尻を抓る! ウソは言ってねえだろ、バカ!」

 でもザグルはさもあらんという表情で、
「この方がトレーナーなら、いい兵士が育つだろう。うん、オレの部下もしばらく預けたいほどだ」
 いらねえよー。

 マジでザグルは感銘を受けたらしく、
「うむ。それは立派な心がけだ。それでこそヴォルティ・ザガだ。オレも鼻が高い」
 奴には冗談として伝わらなかった。

 異星人とのコミュニケーションの難しさを感じつつ、俺も数あるザリオンの仕来たりの中で、ヴォルティ・ザガが最も権威あるモノだと、シロタマから聞くまで知る由もなかった。




 やがて茜待望のお茶の葉が持ち込まれた。こいつはずっとお茶と布巾ばかりを気にしていたので、葉の入った容器を順番に並べる店員の周りをバタバタしていた。

 だが店員の意識は茜より、まずザグル。怖いからな。
 準備をしながら恐る恐るという感じで見上げ、それほど怒気が無いことをうかがうと、今度は神に捧げるような口調で優衣へと言葉を並べていく。
「アーキビスト様。緑茶でもこちらの葉のほうが甘みがあり美味しいかと存じ上げます」

「アーキビストとはどういう意味だ?」
 興味深げに茶葉を見ている優衣の白い顔の前に、ザグルの厳つい顔がぬっと差し込まれた。

「あたしたちの星の言葉で『旅行者』っていう意味よ」
 でたらめを言う玲子。店員が何か言おうとして口を開けるが、ザグルにギリっと睨みつけられて何も言えないでいた。

 玲子の言葉を見透かしたように、ザグルは渋面を笑いでごまかすと思われる表情で──なにしろワニだから怒り以外の表情が読み取りにくいが、まぁ、そんな顔で、
「ふん。どうせそれもウソだろ」
 意外とほがらな雰囲気で茜に体を寄せ、今度は違う質問をした。

「オマエはガイノイドのクセにお茶を飲むのか?」
「あー。わたしは味を確かめるために口に含みますけどぉー。飲むという行為はしませーん」

「この子の淹れたお茶は美味しいのよ。今度ご馳走してあげたら?」
「あ、はーい。よろこんでぇー」
「あ、いや。遠慮しておく。オレはブラッドワイン以外飲まないので、茶の補給は必要ない」
 と言うとザグルは背を向けて、購入したものをひとまとめにし始めた。

 巨漢の割に動きが軽快で小回りの利く奴だ。

「これだけの物、よくこんな短時間でそろったな……」

 嘆息混じりの声が自然とこぼれるのは当然だが、ザグルは平然と応える。
「こう見えてもオレは下積み生活が長かったからな。旅の準備はお手の物だ」
「旅って?」
 ザグルは目の上のシワを怪訝そうに歪めると、小首を傾ける玲子を見た。

「オマエらは旅行中なんだろ?」

「えっ、そうなの? ……あ。そ、そうなのよー」
 ばーか。自分で言ったことをもう忘れてやがる。

 ワニ野郎はフッと鼻で笑い飛ばし、
「まぁ、何をしようとオレには関係ない」
 腰をぐぉぉんと伸ばして、山積みになった商品に満足げな視線を巡らせた。

 お茶は大きな木箱で購入。農業でも始めるのかと思わせる数々の野菜の苗とそれを育てる土にプランター、パワーエンクロージャーなど大型の商品。どう見たって旅行中の観光客が購入する商品ではない。長期探査任務に出る宇宙船へ積み込まれる荷物にしか見えない。

 穏やかに商品を見つめていたザリオンの艦長は、表情を一変させると、
「店員! これらをこの人らの宇宙船に搬入するんだ。すぐやれ!」
 オレンジのきつい目線で数名の店員を怯え上がらせた。

 やり方は強引だが、俺たちの手伝いを根気よく続けるこの男、意外と人がいい。

「ザグルさん。今日はどうもお手伝いありがとうございました」
 茜は購入した布巾を大切に握りしめ、丁寧に腰を折って礼を言う。

「どうも……」
 釣られてザグルもでっかい身体を屈めて頭を下げた。それはあまりにも不釣合いな景色だった。


 荷物を運び出そうとする店員の手から、カートだけは自分で運ぶと主張した玲子が、ガラガラとそれを引っ張って来て、俺の手に握らせた。

「なんで俺が運ぶんだよ。一緒に運んでもらえば手ぶらで帰れるじゃないか~」
「手ぶらで帰ったら社長に叱れるじゃない」
 文句を垂れる俺に言い切るちゃっかりした性格は、あのケチらハゲを知り尽くしている。

「なるほど……」
 納得して黙り込んだ俺に笑みを返し、玲子はそびえ立つザグルを仰いだ。

「それじゃぁさ、仲間のとこへ行く? あたしを紹介してくれるんでしょ。一杯おごらせてよ」
 本気で爬虫類の待つ酒場へ行く気か?

 いくら茜と優衣にアルコールフィルターが付いたからといって──こいつ肝臓だけでなく心臓まで鉄製なのか?

「この子たちの社会勉強も兼ねていい機会よ」
「そうかなぁ。俺的にはまた厄介なことが待ってる気配がプンプンしてんだけどな」

 俺の懸念などカトンボのようなもの。ザグルは一切無視して事を進める。
「ガイノイドに酒の匂いを嗅がせて大丈夫なのか?」
「ヘイキだよ」
 ワニ野郎の高い頭のさらに上から声を落とすシロタマ。
「バイオフィルターを取りつけたから、呑まなければ大丈夫でシュ」

「そうか。それなら行くか」

 ザグルを先頭に、三人の美女と雑多な物が突っ込まれたカートを重い足取りで押して行く俺。まるで重労働を終えた奴隷みたいに映っているんじゃないかな。それはそれは異様な空気が店内を浸透したのは言うまでも無い。

 あーー。神さまぁぁぁ。シャボン玉のハートが壊れそうです。
  
  
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